江戸時代の職人たちの活動を取り上げた短編オムニバス漫画で、とにかく紙面のインパクトが物凄い。コマ絵の一つ一つが、レイアウトも描き込みも美術的と言ってよいほど巧緻に洗練されている。
例えば画像1枚目(単行本64頁)は、主人公が生地を染料に漬けようとするところだ。
全身の筋肉を慎重に制御している動作の、緊張感に満ちた瞬間を見事に切り取っているし、このコマを単体として見ても、均衡感のある絶妙のレイアウトになっている。作画それ自体としても、劇画ベースのリアリズムに立脚しつつ、泥臭さを免れた明晰な画風を確立しているのがユニークだ。
中には、台詞無しに10ページにも亘って作業風景が描き続けられる箇所もいくつかある。画像2枚目(62-63頁)もその一つだが、ここで主人公はひたすら沈黙のまま、そして読者の方に視線を向けることも無いまま、一つ一つの手作業を進めていく。職工の現場のリアリスティックな描写としての迫真性とともに、コマ絵一つ一つの構図設計にも有無を言わさぬ視覚的魅力があり、それらを通じてさらに、主人公の内面(職人としての専心と誇り)が匂い立ってくる。左上の一コマ(画像3枚目)を取り出して見るだけでも、木目の質感から、桶穴の並んだ空間性、そして逆光気味の影を伴った主人公のポージングも、手桶の重量感から彼女の職人的熟練まで様々なものが鮮やかに伝わってくる。
そもそも、漫画のコマ絵とは何なのか? 多くの場合、物語進行に奉仕するためのマテリアルの集合と見做されがちだが、一つ一つのコマ絵を粒立って際立たせるアプローチもある。例えば『明日ちゃんのセーラー服』は、作者のイラストレーター的側面がかなり前景化しており、紙面に視覚的イメージを展開することに主眼が置かれている。あるいは冬目景のいくつかの作品も、ストーリー進行の描写を超えた空想的な大ゴマで締め括られることがある。しかし本作は、そのどちらでもない。一つ一つのコマが、単体としても鑑賞に堪えるほどの存在感を発揮しつつ、しかし物語進行とけっして衝突することなく、情景の連なりとしての説得力を湛えている。(※ツリーで続けます)