ああっ重文展終わってる...
「使う主体」と「使われる道具」という2つの領域に区分してしまって、それらはそれぞれ自律している、という理屈を作るような操作が「道具はそれ自体良いものでも悪いものでもない。使い方次第だ」という言い方に含まれている。「道具それ自体」という観念はめんどくさい。
@hidetakasuzuki 司馬遼󠄁太郎でそんなのを読んだことあるけど、あれは元ネタそっち方面なのか
足立区民ではないのですが、お世話になっている喫茶店オーナーの杉浦さんが足立区議に立候補していて、めっちゃ応援したいのでこちらで紹介しておきます。
https://twitter.com/sgrshnsk/status/1658127929111375877
10年ぶりくらいに会った絵描きの友人が、「家用の絵」という言葉を言っていたのがすごくおもしろかった。
大学のときに、講評に出す用の絵とは別に、家で描いてた絵があって、それは見せるものだとおもっていなかったし、「家用の絵」と「見せる用の絵」とが区別されているのが当然とおもっていた、という話。学内で展示していた人に「家用にはどんな絵を描いてるんですか?」って質問したらポカンとされて、なぜ話がズレているのか理解できなかったって言っていた。
人の描いた絵が、どれだけ家用の絵で、どれだけ見せる用の絵なのかそういえば考えたことなんてなくて、自明に全てが含まれるとおもっていたけど、そういえばそんなことはありえないよな。