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5月ぐらいに好奇心から立てたこのおひとりさまインスタンスは,学術系の情報は広告の入らない媒体でやりたいというのとかtwitterは人文系の治安がアレというのとかもあって割としっくりきてるので,何かヘマをしてデータを飛ばすとかサーバ代も払えないくらい困窮するとかしない限りは多分続けていくと思います.
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写真集 日本軍服大図鑑 明治篇|国書刊行会
http://www.kokusho.co.jp/np/isbn/9784336062864/
@orumin
装飾付き文字が入ったフォントがあればよかったのですが,ないので今回は自分で描き写しました(本文書体はGFS Neohellenicというものです).お手本はGreek Printing Types (London 1927)という本に入っているもので,文章はトゥーキューディデース『歴史』からペリクレースの追悼演説です.
かなり基本的な動詞のはずなのにβάλλω《投げる》という語を,どうにもちゃんと理解できていないようなひっかかりを感じてしまう.
《投げる》という日本語が狭いのも一因かもしれない.手で投げるのをイメージしてしまうが,βάλλωは矢や石など飛道具をはじめかなり広く使える.
またβάλλωの使い方としては,目標物に対格,道具に与格をとって《acc.にdat.を投げつける》の方が基本にあって,投げる行為の方を問題にした《acc.を投げる,投げ捨てる,置く》が出てくるらしく,動きの方向に重点が移ると目的語を伴わず自動詞として使われることもある,と.ποταμὸς Μινυήϊος εἰς ἅλα βάλλων《海に注ぐミニュエーイオス河》(Il. 11.722)
Beekesの語源辞典を見てみるとoriginally probably ‘to reach, hit by throwing’. IE *gᵂelh₁- ‘hit by throwing’とはじめにあるので,何かに当(て|た)る,命中(させ|す)るという点の方を軸に理解した方が一貫した見方ができそう.
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ああ,そうするとσυμβάλλωが《ぶつけ合わせる,付き合わせる》で,symbolの語源のσύμβολονが《割符(=付き合わせるもの),しるし》になるのも頷ける.
Russian police raid NGINX Moscow office | ZDNet https://www.zdnet.com/article/russian-police-raid-nginx-moscow-office/
"In February 2019, NGINX finally dethroned Apache HTTPD and became the most widely deployed server on the internet."(2019年の2月に、nginxはついにApache httpdから首位を奪ってインターネットで最も広く展開されたサーバーとなった)
でも今の綱領は「党は、一人の個人あるいは一つの家族が「国民統合」の象徴となるという現制度は、民主主義および人間の平等の原則と両立するものではなく、国民主権の原則の首尾一貫した展開のためには、民主共和制の政治体制の実現をはかるべきだとの立場に立つ。しかし、これは憲法上の制度であり、その存廃は、将来、情勢が熟したときに、国民の総意によって解決されるべきものである」だから,「将来,情勢が熟」すまでは一応保留という感じなんだよな…
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英労働党コービン党首辞意 総選挙敗北の見通しで次の選挙までに - 毎日新聞 https://mainichi.jp/articles/20191213/k00/00m/030/082000c
「科学技術基本法が、対象分野を「科学技術」に絞り、「人文科学のみに係るものを除く」としている規定をやめようという議論が本格化している」
「人文科学のみは除外」規定、科学技術基本法から削除へ:朝日新聞デジタル https://www.asahi.com/articles/ASMD93WD8MD9ULBJ002.html
これすき「アルコールフリー・ドリンクのレシピを紹介した“How to Drink Without Drinking”(飲酒せずに飲む方法)」
変な書名に与えられる賞“Diagram prize”、2019年の受賞作を発表 | カレントアウェアネス・ポータル https://current.ndl.go.jp/node/39739
Flores, E. (ed.) (1979) La critica testuale greco-latina, oggi. Metodi e problemi. Napoli: Edizioni dell’Ateneoが届いた(1979年10月29日から31日にかけてナポリで開催された国際会議報告書).個別の作家を論じた論文以外で文献学の方法論を扱った論文の中では,ざっと見た感じA.Salvatoreのもの(Tra innovatori e conservatori. Riflessioni metodologiche)が面白そう.
パライバシー,para-接頭辞と解釈して「プライバシーっぽくて実はプライバシーではないもの,擬似プライバシー」という造語にしよう(適当
para-で「擬似~」になるの,わりと最近まで知らなかったのだよな…(paretymologyとかで知った記憶がある).
ギリシア語のπαράは《~の傍で》でそこから逸脱・違反・背馳などの意味で《外れて,超えて》とかにもなって,接頭辞にもその意味が具わっているから当然と言えば当然ではある.
計算機で para- は para-virtualization がスッと出てきてしまう(定訳は「準仮想化」,対義語は full-virtualization)
para-「準」もよく見かけますね.やっぱり「そのものずばりではない」何らかの意味で「外れて」いて,それが「あるべき基準から」とかであれば,ややネガティブなニュアンスが加わってくる感じかな.
《偏執病》のparanoiaもπαράνοιαです.παρανοέω《気が触れる,思い違える》など
アイスキュロスでπαραπαίω《調子はずれの音を鳴らす,「間違った絃を打つ」(古川辞書)》という意味が出てきて印象的だったのを思い出した.
quasi-もよく出てくる.ラテン語の「まるで,ほとんど」くらいの語.
注釈書の中で,はっきり「述語的だよ」と書いてしまうとケチをつけられそうなときにquasi-predicativeみたいに歯切れの悪い書き方になっていたりする(偏見
ラテン語のsemi-はギリシア語だとἡμι- (hemi-)《半》なのでhemisphere《半球》とかに出てくる.
hemisphereのもとのἡμισφαίριονがどのくらい使われているのか気になって辞書を引いてみたがとても少ない.一応プラトーンの用例があるっぽいが『アクシオコス』なので偽作が疑われている作品だった(宇宙の半球の片側は天の神々が,もう片側は地下の神々が担当しているという話のところ(Plat. Ax. 371B)).
ほかは喜劇詩人アレクシスとか数学者アレクサンドリアのヘーローンのΠνευματικά(『気息学』でいいのか?)とか.
アレクサンドリアのヘーローンはヘロンの公式のヘロンですね.
というかPneumaticaは「ヘロンの蒸気タービン」についての記述が含まれる書物か.
今『フォイエルバッハ全集』(福村出版)全巻揃ってどれくらいするんだろうと思って日本の古本屋検索してみたら,揃だと安い方で35,800円くらいからだった.
コミュニストお嬢様,なにがアレってブルジョワジーの戯画化であるところのお嬢様なのにコミュニストの時点でもう出オチなんだよな
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ヘブライ語の翻訳をしたけど元々専門はイディッシュ語とのこと
「社会言語学者、鴨志田聡子さんは、昨年、イスラエルのYA小説『アンチ』で翻訳家としてデビューした。原書はイスラエルでの出版ということで、ヘブライ語で書かれている。」
第1回 ヘブライ語:鴨志田聡子さん(1/4) | インタビュー「「その他の外国文学」の翻訳者」 | web ふらんす https://webfrance.hakusuisha.co.jp/posts/4214
クソ長通勤時間で読み切れるだろうと舐めプした結果積み残していたゴルギアース『ヘレネー頌』を読み終わった
さて今日はこれなのですが
「人文学の方法論」第一回研究会『人文学と計量的研究手法』開催のお知らせ(日程変更) « 京都大学大学院文学研究科・文学部 https://www.bun.kyoto-u.ac.jp/ceschi/seminar20201213/
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ちゅうか昨日こんなのもやってたのか…
公開シンポジウム「科学的知見の創出に資する可視化 (5):ICT /ビッグデータ時代の文理融合研究を支援する可視化」|日本学術会議 http://www.scj.go.jp/ja/event/2020/297-s-1212.html
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その実現が筋肉によるにせよ刺青によるにせよその他の何によるにせよ「舐められない外見」によって得られる快適さは――いみじくもある人が言っていたように――「見える地雷」として扱われることによって生まれるものであることを十分に承知しておいた方がよい.開けた道に気をとられて閉じた扉の数に気がつかないとすれば滑稽なことだ.
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『感情史の始まり』 訳者あとがきウェブ公開 | みすず書房 https://www.msz.co.jp/news/topics/08942/