少し以前に大学の資料の配架場所についての嘆きを見た記憶があるが,教員や特定研究室配架になっている場合,学外はもちろんとして同一学部内でも他の研究室では閲覧しに行けないし,ことによるとその研究室構成員でも利用にはばかりがあることも少なくない.「研究資料の軟禁」が進んでいる感じ.
少し以前に大学の資料の配架場所についての嘆きを見た記憶があるが,教員や特定研究室配架になっている場合,学外はもちろんとして同一学部内でも他の研究室では閲覧しに行けないし,ことによるとその研究室構成員でも利用にはばかりがあることも少なくない.「研究資料の軟禁」が進んでいる感じ.
言ってたら早速この案件にぶち当たって頭抱えてる
https://gnosia.info/@ncrt035/101255220669750810
政治的発言が問題なのではなく,どのように個人情報を抜かれ監視されているかもわからない媒体で政治的発言を行うリスクの方を考えるべき.
「今年も残り1週間を切ったなどというフェイクニュースが流れてきてリテラシーが試されている」今年も同じ事態に遭遇
https://twitter.com/ncrt035/status/945500441818800131
「研究と勉強は違う」というありがたいお説教を耳にすることがあるけれども,まさか「よく勉強なさいましたね,もう免許皆伝ですから後は研究だけおやりなさい」とはならないので,「研究は絶えざる勉強に支えられて成り立つ」というのが実際ではという印象がある.
古典詩の無理誇張(adynaton)を扱った文献にDutoit, E.(1936), Le Theme de l'adynaton dans la poesie antique, Parisというのがあるらしいことがわかった.
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ある事柄の不可能性を強調するために,他の不可能な事柄を比較に持ち出すのが「無理誇張adynaton」なので,持ち出される事象にどんな発想を仕込めるかが腕の見せ所である反面,文脈を共有しない読者には下手をすると話が明後日の方へ飛んでいったように聞こえてしまいかねない.
https://gnosia.info/@ncrt035/100297617122669295
イタリア語原書裏表紙の紹介文を訳してみた.
「ギリシア・ラテンの古典は,パピルスの巻物から羊皮紙写本へ,印刷本からデジタルライブラリへと時代により異なる書記媒体を介して長い道筋を経由してきた.写字生たちの時代には,文献学者や読者はめいめいの必要にしたがって古代のテクストの複製や抜粋,翻案といった仕事に絶えず従事した.こうした継承作業は喪失や分散をもたらしこそしたが,しかしまた思想や科学,文学や芸術を育むことでヨーロッパの文化に本質的な貢献を果たしもした.
本書は,古代後期から「新旧論争」へ,そしてインターネットにより火蓋を切られた画期的な変容に至るまでの古典作家の受容を最大限幅広く描き出すことにより,テクストの継承ならびにそれを可能にした物質的媒体の歴史を視野に収め西洋の歴史における古典伝承の変遷をたどりなおしたものである」
(出版社のページにも同じもの有 http://www.carocci.it/index.php?option=com_carocci&task=schedalibro&Itemid=72&isbn=9788843065325)
英語版はなんかウェブサイトまでできてるぞ
Classics from Papyrus to Internet
http://sites.baylor.edu/papyrustointernet/
どうも英語版はイタリア語の単なる翻訳ということではないらしい.
目次を見ていると特に第1章,第2章,第6章のタイトルの違いが目にとまる.
1. La conservazione dei testi > Writing and Literature in Antiquity
2. La trasmisione manoscritta > Grammar, Scholarship, and Scribal Practice from Antiquity to the Middle Ages
6. I classici nell'età della modernità > Tools for the Modern Scholar
やはり英語版も買うかーという気持になっている(はよ買え)
結局そのプロジェクトに contribution できるかどうかってそのプロジェクトのプロダクトをめっちゃ使ってて出てきた問題(ドキュメントが……とかバグが……とか)を issue 上げたり修正したりできるかどうかって感じがある