キッチンローアルコールドランカー。アヒージョ。今日は創味のシャンタンを入れてみた。うまみが出て悪くはないのだけど、でもこれはアヒージョに似て非なるものだよなあ。なんか違う。
キッチンローアルコールドランカー。アヒージョ。今日は創味のシャンタンを入れてみた。うまみが出て悪くはないのだけど、でもこれはアヒージョに似て非なるものだよなあ。なんか違う。
ちょっと咳がひどくなってきたので、まだ眠くはないのだけど寝る。やるべき仕事がたくさんあるのに、つらい。
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しかも内閣の支持率が下がりまくって過去最低の10%台を記録している内閣が改憲をやろうとしているのだから、民主主義の精神に反することは言うまでもなく、そんな政党、政権、首相に改憲なんて進めさせたらどうなるかってことを考えると末恐ろしいわ。
まさか雑魚みたいな国会議員を2人やそこら逮捕して立件し、幕引きにしようって魂胆じゃあるめえなあ、東京地検特捜部さんよ。東京五輪のときもそうだったけど、黒幕をしっかり押さえないと、根本的な問題は解決しないし、同じ問題は繰り返されるよな。
RT: 安倍派・池田議員と秘書を逮捕 裏金事件で初めて 東京地検特捜部:朝日新聞デジタル https://www.asahi.com/articles/ASS1733HKS16UTIL028.html
自民・安倍派の池田佳隆衆院議員を逮捕…政治資金規正法違反容疑 : 読売新聞オンライン https://www.yomiuri.co.jp/national/20240107-OYT1T50053/
今年は辰年なんですね。いま初めて認識しました。ということは、昨年は卯年ですね。「う」というのはうさぎでしたっけ?あってるよね?
ここからは、第3章「〈支援〉とはなにか」(77-122頁)について。
冒頭「震災以降とくに苦しかったことは何ですか、と訊かれることがよくある。そういったときには、決まって『震災直後の貧相で窮屈な〈支援〉観』と答えてきた」(77頁)から始まり、能力主義的な判断基準に基づく支援観を批判し「当時、巷でよく耳にした『いま自分にできることをやる』などといった呪文にもにたスローガン的な物言いは、震災という〈出来事〉へのわたしたちの係わり方が〈できる/できない〉といった切り口以外にはイメージすらできないことを皮肉にも物語っていたのではないか」(77頁)と西村先生は書いているのだけど、この節の最後で哲学カフェについて「この時期にこのような問い直しのプロセスに立ち会えたことそれ自体が、被災地で哲学対話という場を拓き続けることもまた何らかの意味で〈支援〉となりうることの証左として、それ以降の活動をつねに力強く後押ししてくれていたように思われる」と言っていて、これが能力主義の支援観ないし「いま自分にできることをやる」と何が違うのかわからず混乱している。
79-87頁は「時間をともにする」という節。
哲学カフェの冒頭で訪問看護を専門とする鳴海幸さんと精神看護を専門とする看護教員の近田真美子さんの対談が行われたようなのだが、そのやりとりの一部が紹介されている。以下は近田さんの発言。
「なるほど、そこでの〈支援〉というのは何か特別なことをしてあげるということではなくて、一緒にいて、もともとあった生活に近いかたちで何かをともにするといったニュアンスのことだとおっしゃるのですね。一緒にご飯を食べたり、お茶を飲んだり、ともに時間を過ごすということ。」(81-82頁)
これって2009年4月25日に応用哲学会(於・京都大学)で私が発表した「臨床哲学の観点から応用哲学について」の中で提唱した「『居る』ことの力」そのものなのよね。これは臨床哲学の提唱者である鷲田清一の「『聴く』ことの力」に対して、ただ一緒に居ることそのものにも力があるということを主張したもので、2007年に私が父を看取った際の経験に基づくもの。
そしてこれは別に「個別の言葉」としてでなくとも「一般的な言葉遣い」として語れたことであり、個別の言葉である必要はないのよね。
そしてこのやりとりについての西村先生の地の文としてはシシリー・ソンダースに言及し「わたしは、お二人の対話を傍らで聴きながら、もともとお二方とも医療(看護)専門職者だからといった思い込みがわたしのなかにあったからか、〈支援〉に関する両者のやりとりの底の部分に、いわゆるケアという営みの根幹に”Be there(ともにあること)”という基本的な構えを据えつけたシシリー・ソンダースの存在を勝手に読み取ったりもしていた」(87-88頁)と「一般的な言葉遣い」に重ねて直前で紹介された対談における支援を見ている。
確か「〈負い目〉の感覚を『サバイバーズ・ギルト』などといった専門用語に置き換えることで何かをわかったような気分になり、考えることそれ自体を止めてしまうような事態だけは絶対に避けなければならない」(34頁)と言っていたはずなんだけど、西村先生は考えることそれ自体をまだ続けられているのだろうか。なぜ、サバイバーズ・ギルトという説明は拒絶してシシリー・ソンダースの"Be there"は受け入れられるんだろう。
93頁から乙武洋匡『希望 ぼくが被災地で考えたこと』を参照しつつ支援についての考察がなされている。以下、孫引きになるが、乙武さんの本から次の文章が引用されている。
「けれど、僕は知っている。一方的に浴びつづける善意は、やがてボディブローのように効いてくることを。相手に『してもらう』ことはありがたいことだが、その関係性があまりに一方的だと、いつしか自分を卑下するようになる。それは、物理的に「してもらう」ことが多かった僕が、小さなころから戦ってきた葛藤でもある。だからこそ――。フリースペースで楽器を演奏する。館内で配布される情報誌にイラストを寄せる。イベント時には写真を撮影する。こちらの方言でもある”おだがいさま”の精神で、『自分にも何かできることを』と探し始めた人々の気持ちが、僕にはよく理解できた」(93-94頁)
さっき「当時、巷でよく耳にした『いま自分にできることをやる』などといった呪文にもにたスローガン的な物言いは」(77頁)と書いていたけど、西村先生はこの被災地から遠く離れた場所にいる〈被災者〉のことは視野に入っていないのかな。被災は距離とか程度とか直接だけじゃないのよね?
96頁でミルトン・メイヤロフ『ケアの本質 生きることの意味』に言及。
一般的な言葉遣いを批判しながら一般的な言葉遣いを頻繁にしていてもうわけがわからない。なんだろう、西村先生自身はご自身が一般的な言葉遣いをしているという自覚をもたずに、自分以外の一般的な言葉遣いだけをそれと認識して批判しているのだろうか。
本当に意味が分からない。一般的な言葉遣いを批判するのなら、ここでメイヤロフの『ケアの本質』への言及は要らないんじゃないだろうか。そんな仕方で自身の主張を権威づけなくてもいいではないか。
「ところで、この『”おだがいさま”』という双方向的な〈支援〉のあり方をさらに深くまで読み解いていくと、そこには、これまでの哲学対話のなかで確認してきたさまざまな〈支援〉の要素、さらにそのいくつものヴァリエーションを貫く原則らしきものが透けて見えてくる」(96頁)って、深くまで読み解くのはいいんだけど、西村先生、個別性を捨象して一般的な原則を透視してしまうの?一般的な言葉遣いへの批判はどこへ行ったんだろう?個別の言葉はどこへ行ったんだろう?
97頁。「おだがいさま」から「互い(たがい)」と「違い(たがい)」がどうこうということば遊びがはじまった。ある種の人はこういうの好きなのかもしれないけど、私は受けつけない。もっとまじめに厳密にやろうよと思う。
「両者の〈違い〉を跨ぎ越し、同一視しようとするそのような大それた気構えこそが、逆に、〈支援〉という営みそのものを完全に不可能なものへと貶めてしまう。もし仮にそれが可能であったとしても、他者の苦しみを自身の苦しみとして自らのうちに抱え込もうとする試みにどれほどの精神的な労力が必要とされるか、考えただけでも気が遠くなりそうな話である。あらためて言うまでもなく、その先には、被災者の苦しみに思いを寄せ過ぎることで過度の精神的ストレスを感じてしまう『共感疲労』が待ち構えている。そうならないためにも、それこそ他者への『同情・共感・共同感情』について深く哲学的な考察を展開したマックス・シェーラーの言葉――『他者の苦しみを汝自身の苦しみとみなしたり、それを除去するためにエネルギーを消費するがごときのないようにくれぐれも注意せよ』――を重要な戒めの言葉として自らの胸につよく刻み込んでおく必要がある」(97-98頁)
なお「違い」には「たがい」とのルビが振ってある。
ここで述べられていることに異論はないしシェーラーの引用も適切だと思うけど、西村先生が一般的な言葉遣いを持ち出したらだめでしょ。
これなんかは、いまの日本の政治的状況、ウクライナ、パレスチナ、ウイグル自治区、シリアやそこにいる人びと、能登半島地震で被災された方がたに思いをはせ共感をしようとする中で疲弊している人たちもおおぜいいると思うから、それこそ〈一般的な言葉遣い〉であり、かつそのことばの持つ力というか意義は大きいと思うのよね。
もちろん、個別性はだいじだと思うし一般化することによって削ぎ落されたり捨象されたりすることってのはたくさんある。だけど、一般化したり普遍的にものごとをとらえたり、それを専門家が言語化したりってのは、それはそれで必要なことだし、どちらか一方だけでは不十分で両方必要なことなはずなんだよね。
「いくつものヴァリエーションを貫く原則らしきもの」(96頁)を透かして見たときに、サバイバーズ・ギルトというものが浮かび上がってくるのなら、それを最初に持ち出すかどうかは別として、分析や理解のひとつの道具として用いればいいし、逆にそうしないことが不合理となる場面も中にはあるわけよね。
この投稿は直前の投稿を引用しての投稿にして一連の投稿とは別立てにしようと思ったけど、こちらに書くことにした。
先ほどこちらの投稿がお気に入りに入れられたので気づいたのだけど、もう1か月以上読んでいるのに100頁も読めていないんだ。この本、350頁まであって、某原稿の締め切りは今月末なんだけど。本当にやばい。
99頁でシシリー・ソンダースの似ていない者同士の共同体(a community of the unlike)、ミルトン・メイヤロフの差異のなかの同一性(Identity-in-Difference)が取り上げられる。これもケアないし支援の問題を考える上で重要かつ基本的な概念だと思うし、専門家による「一般的な言葉遣い」にほかならないのだけど。
やっと100頁を超えた。あまり細かいつっこみを入れていないで、もっとペースを上げて読まないと。
石川県の馳浩知事は、震災から6日目の1月6日になってようやく非常事態宣言を出したようですね。遅きに失したと言わざるを得ません。
それでは、私が震災当日に投稿したことを振り返っておさらいをしましょう。
自民党とX(旧Twitter)と日本青年会議所は組んでいましたね。
From: @knappertsbuch
https://fedibird.com/@knappertsbuch/111713504925143761
@knappertsbuch そうですね。腐った根っこは根こそぎ引っこ抜かなければなりません。
岸田首相にしろ林官房長官にしろ、記者会見のあと被災地に行くわけでも不測の事態に備えて官邸で待機するでもなく、たんにスーツを着てテレビに出演したり忘年会をハシゴしたりするだけなのに、なぜ作業着を着て記者会見をしているんでしょう。
うん、知ってます。実質を伴わないただの見せかけのコスプレで、何もやっていないのにやっている感だけ演出したいという浅ましいことを考えているからです。
みんなも気づいていると思うけど、こういうペテン師に騙される人がひとりでもいなくなるよう、わかっている人には分かりきったことでもぜんぜんわかっていない人もいるので、しっかり指摘していきましょう!
@knappertsbuch そうですね。メディアを支配する者が我々を支配することにつながりますからね。最大限の警戒が必要です。
@heping 何もやっていないのにやっている感だけ出す演出は、維新のお家芸ですからね。
@heping 安倍も吉村も吉本新喜劇に出ておちゃらけたことやってますからね。それも日本や大阪がたいへんなときに。
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ぼくは食事に関してしっかり自覚があって、冷めたご飯やおかずはとてもつらいし、パンもつらいのよね。
被災するなど極限的な状況に置かれると背に腹は変えられないだろうけど、相当な苦痛が伴うだろうなということは現状において想像していて、というのも、私はヨーロッパに旅行してもお米が食べられるところを探してお米を食べるか自分で持っていったものを調理して食べないと気が触れそうになるし、ラーメンも3日は開けられないのでインスタントラーメンを持って行くか現地で調達して食べないとやはり気が触れそうになるぐらいなので。
だから今年の抱負にたすほどのことはしなかったけど、今年はパンがある程度食べられるように自分を慣らしたいなとは考えているのよね。でも、やんごとなく1月4日に買った成城石井のパンもまずくて不味くて、家に持って帰ってオーブンで軽く温めてようやくちょっとましと思ったぐらいだから、パンに慣れたとしても、次はやっぱり暖かくないものに慣れるというもう一つの試練が待っているのよなあ。
つづく。
続き。中津ぱぶり家を始めた直後に何度かやったサバイバルクッキングワークショップや新型コロナ前にやっていた粗食ワークショップ、缶詰ワークショップなんかは、もし私たちが被災するなり身柄を拘束されて食事が自由にならなくなるなり極限的な状況に置かれたとしてもある程度耐えられる耐性なり適応力を身につけるためにっていう視点から企画したものなのよね。
私はこの点に関してものすごく耐性も適応力も低く、生きる力に乏しいという自覚がある。この点に関してはものすごく甘やかされて育ったし、自分自身の中でもいつだって自分の食べたいものを無理してでも食べるって行くとこで自分を甘やかしてきたので。
よく考えたら、っていうかよく考えなくても自覚しているけど、誰かと行動をともにしているときでも、私だけ違うものを作って食べるし、出かけているときもよほど我慢できないときは私だけ違うところに食べに行くのよね。これは中学生のときからそうで、鍋もカレーも私だけ違うものを作っていたし、カレーに関して私は激辛じゃないとダメだけど私以外の家族は誰もそれを食べられないのよね。そう考えるとそうとう年季が入っているのよな。
@toneji いろいろ食べたことがあるのだけど、話になりませんね。パンそのものが無理なんです。もう、おそらく尋常じゃないほど振り切れたこだわりなんですよ。ちょっとやそっとでなんとかなるようだったら、たぶんこんなに苦しんでいないんですよね。
ここは誤解が広まるとまずいと思うので指摘をさせていただきますが、自助・共助・公助が盛んに言われるようになったのは、むしろ阪神・淡路大震災がきっかけで、複数の研究や観察がありますけど、公助でできることの限界が突きつけられ、それをどうするのかということが行政や専門家のあいだでそれぞれ、あるいはともに議論されるようになったというのがおおよその流れです。
問題は、だからと言って行政が自らの責任を放棄して、(1)災害対策において「自助でやれ」というのは行政としての責任放棄でしかないし、(2)菅義偉元首相のようにこれを社会福祉にまで広げて自助でやれというのは自らの否定でしかないということ。
行政の立場としてはできる限り公助の割合を高めるように努力しつつ、共助も支え、それでもどうしようもないときのために、災害対策としては自助の必要性についても災害教育等で支援していくということを最低でもやるべきところって話だと思います。
From: @crowclaw109
https://fedibird.com/@crowclaw109/111715907680890651
ここは誤解が広まるとまずいと思うので指摘をさせていただきますが、自助・共助・公助が盛んに言われるようになったのは、むしろ阪神・淡路大震災がきっかけで、複数の研究や観察がありますけど、公助でできることの限界が突きつけられ、それをどうするのかということが行政や専門家のあいだでそれぞれ、あるいはともに議論されるようになったというのがおおよその流れです。
問題は、だからと言って行政が自らの責任を放棄して、(1)災害対策において「自助でやれ」というのは行政としての責任放棄でしかないし、(2)菅義偉元首相のようにこれを社会福祉にまで広げて自助でやれというのは自らの否定でしかないということ。
行政の立場としてはできる限り公助の割合を高めるように努力しつつ、共助も支え、それでもどうしようもないときのために、災害対策としては自助の必要性についても災害教育等で支援していくということを最低でもやるべきところって話だと思います。
From: @crowclaw109
https://fedibird.com/@crowclaw109/111715907680890651
@toneji 何もなければ、わずかな苦痛すら味わいたくないのでわざわざパンを食べるようなことはしませんが、被災したらパンしか食べるものがないという状況に陥る可能性がありますよね(ヤマザキパンが被災地にパンを支援物資として送り届けてくれることはありがたいことだけど)。そのときに最初の投稿に遡るのだけど、とても苦しむことになるので、その苦しみを和らげるためにそこまで苦しまない仕方で耐性・適応力をつけておかないとな、って話なのです。
@toneji と殺ワークショップもやりたかったのですが、実現できていないですね。カエルやヘビは東南アジアで食べたことがあるのだけど、やっぱりしんどいですね。だから、カエルや蛇も食べられるようにならないとと、普段からけっこう考えたりもしているのです。
@toneji んー、私もなまじっか一桁台の年齢からこのパンが苦手なのと付き合っているわけではないのでなんなのですが、もう味とか食感とかそういうレベルを超越しているんですよね。まあ、30年以上悩んで何ともならないものなので、ちょっとやそっとで思いつくようなもので解決するものではないのです。
@toneji 国内ではウシガエルが特定外来生物の重点対策外来種に指定されているので、日本全国のボーイスカウトの皆さんに各地でウシガエルの生息地でキャンプしてもらうといいかも。
@toneji あくまでも苦手なものを克服したくてやるのではなくて、災害など極限的な状況に置かれたとき〈生存するため〉にやるだけの話なのです。命に関わるからやるのです。
現状ではぼくは食べたくないものは決して口にしないんです。だから現状のまま被災したら、ぼくはパンを食べずに死んでしまうのです。まわりの人には大げさに聞こえるかもしれないけど、それぐらい振り切れた食べ物への執着があるのです。
@toneji すみません、「被災したら」と先ほどは書きましたけど、私の念頭にあるのは一連の投稿にあるように、たとえば海外で長期間身柄を拘束されてパンしか食事が出されないとか(これの逆が、たとえば日本における外国人の長期収容問題において、拷問として本人が宗教的な信念等で食べられないものをあえて出すな度なわけですが)が念頭にあるのですよね。外国で長期間身柄を拘束されるというのはなかなかありそうにないことですが、要は何か極限的な状況に自分の身が置かれたときのためにってことなんです。
そうそう、 @okazakitakeshi さんがこの投稿をお気に入りに入れてくれたから思い出したけど、私はokažaki takešhiさんが作って持ってきてくれるものも食べられないし、子どもの頃から母が作ったおにぎりも(米飯ではあるけど)潔癖症で食べられなかったのよね。
だから、たとえば被災地の炊き出しとかおにぎりとかも(ラップに巻いてにぎるものとかもあるけど、それも誰かの手が握ったというイメージがまとわりついてダメ)現状においてはダメなのよね。炊き出しは何か衛生的でないイメージがつきまとってダメ。中学生の頃から海釣りなどしていたけど、自分の釣った魚は気持ち悪い餌を食べているという想像が働いて食べられず、家族に食べてもらっていた。
まあ、とにかく私は生存する力が極端に弱いんだよな。
そうそう、 @okazakitakeshi さんがこの投稿をお気に入りに入れてくれたから思い出したけど、私はokažaki takešhiさんが作って持ってきてくれるものも食べられないし、子どもの頃から母が作ったおにぎりも(米飯ではあるけど)潔癖症で食べられなかったのよね。
だから、たとえば被災地の炊き出しとかおにぎりとかも(ラップに巻いてにぎるものとかもあるけど、それも誰かの手が握ったというイメージがまとわりついてダメ)現状においてはダメなのよね。炊き出しは何か衛生的でないイメージがつきまとってダメ。中学生の頃から海釣りなどしていたけど、自分の釣った魚は気持ち悪い餌を食べているという想像が働いて食べられず、家族に食べてもらっていた。
まあ、とにかく私は生存する力が極端に弱いんだよな。
自分が被告人として立たされる法廷でも、裁判官に「あんた頭悪いね」と言ってみて、それがどういう評価を受けるのか身をもって体験したらいいんじゃないかな、この人は。
日本が戦争になって、食べるものがなくなるとか身柄を拘束されるとか、そういうことも考えるのよね。ま、戦争になるようだったら真っ先にどこか安全そうな国に逃げたり亡命したりすると思うけど。
日本が戦争になって、食べるものがなくなるとか身柄を拘束されるとか、そういうことも考えるのよね。ま、戦争になるようだったら真っ先にどこか安全そうな国に逃げたり亡命したりすると思うけど。
@toneji 米と小麦とトウモロコシが三大穀物ですね。穀物ではないですけど、炭水化物の供給源としては私自身はトウモロコシよりもジャガイモの方が身近に感じますが。
そうだ、ボイコットで思い出したのだけど、こないだこの件について書かないとと思ってたのだった。
2019年の「年明け早々に紀伊國屋書店(あいまい検索・異なり検索用:紀伊国屋書店)が百田尚樹のサイン会、サイン本を大々的に宣伝して炎上し、紀伊國屋書店では二度と本を買わないと宣言する人たちが話題になったけど」(私自身のTwitterの投稿より引用)私は1年は買わないでおこうと心に決め、それからもう6年目になり、過去5年間は紀伊國屋書店で本を買っていない。あのころ、私の見た限りではけっこう研究者が多かったけど、二度と紀伊國屋書店で本を買わないと宣言した人たちのうちどれだけがいまも不買を継続しているのだろうか。
私の中では小学生のときから継続している積み重なる不買リストがあって、まあ生きづらいのよなあ、この性格。一見すると発達障害のようにも思われるかもしれないけど、きっとそうではなくて、たんにこだわりが強いだけなのよね。たんに変えないだけで、自分の意思でこのこだわりを変えようと思えば変えられる余地があるし。そこがまた生きづらいのよな。いっそのこと自分の意思でどうしようもない方が楽だなと。
まあ、言葉に対するこだわりもものすごく強いのよね。「一生のお願い」とか「一生買わない」みたいなのを見たり聞いたりすると「本当に一生買わないんだな?」みたいにつっこまないでいられないのよね。最近読んでいる本も、「これ以上のしあわせはない」(iv頁)みたいに書いてあったら、絶対そんなことないだろうって思うもんね。「じゃあ、あなたがこれから何冊本を書いてそれをどれだけ読んでもらおうが幸せの程度としては低いんだな?」とか「(執筆以外の)就職・転職、昇進、家族などにまつわる幸せも、この本を『そばに置いてもらえる』ことほどには幸せではないんだな?」とかつっこんでしまうもんなあ。
言い回しだとかレトリックだとかいうのがあることはもちろん私だって知っているけど、それでもなお、思うところがあるのよな。他の表現を使える中でもあえてその表現を選択することの意識とか意味とか意義を問うてしまう。たとえば、第何弾みたいな表現の「弾」とか、生き死にとか戦争に遠くで結びつくような表現が一般的な言い回しで使われるのを見るとすごく嫌だなと思うし、どういう意識や意味であなたはその表現を使ったのかと気になってしまう。
今日は恒例の新年会。昨年はピルスナーウルケルが売っていて全部買い占めたトーホーストアも、もう今年は売っていなかった。ていうか、どこのコンビニもスーパーもピルスナーウルケルがなかなか売っていなくて、売っていたら棚に陳列してある分は全部買うのだけど、しばらくして次に行くともうないんだよなあ。
まあ、日本のピルスナーウルケルは世界で唯一(いまは他にも違うレシピのところがあるかもしれないけど、日本向けに)レシピが変更されたものが売られているので本場の味とは違うんだけどな。
もうMastodonでは多くの人が指摘していることだからわざわざ指摘するのもはばかられるのだけど、池田佳隆容疑者(逮捕されるまでは自民党所属で、現職の衆議院議員)が先月関係先を東京地検特捜部に捜索された段階で証拠が隠滅されていたとの報道。
当然やん。だって事前に捜査情報がマスコミにリークされ、私たちのような一般人にさえ裏金問題で捜査されることが知られていたのに、証拠を隠滅しないわけがないじゃない、捜査される自覚や確信がある自民党の議員が。小渕優子なんて強制捜査が入る情報を事前に得て、捜査が入る直前に重要な情報が入っていたと誰もが理解しているハードディスクドライブにドリルで穴を開けて物理的に破壊していたわけで、今回の捜査の手ぬるさは出来レースの台本があると言われても仕方がないほど酷いと言わざるを得ないよな。ほんと、酷い。酷すぎる。
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「管制官も海保機の進入に気付いていなかった可能性が浮上してきた羽田空港の事故」って、私が当初から指摘しているように、この手の航空機事故は単一の原因ということは基本的になくて、何重にも張り巡らされた安全策・安全網をかいくぐって初めて起こるものなのね。
だから言うまでもなく、管制と航空機のあいだのミスコミュニケーションだけでなく、ミスコミュニケーションが起こった場合でも、航空機が誤って滑走路に侵入するなどしたときに管制から警告を発するということが機能していなかったということが重ならない限り基本的には起こり得ない事故なのであって、そういう意味では管制が誤侵入に気づいていなかったというのは、ほぼ間違いないのよね。
それぐらい事故が起こった時点でわかってたことだと思うけどなあと。
RT: 日航機衝突“赤い警告画面”管制官が気付けず? 元管制官に聞く「不自然かな」 https://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/900001187.html
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配信版と放送版でそんなに違うことあるんだ。そういうのはやだなあ。
Mastodonにいると、ていうか、実際はTwitterを使っていたときもそうだったので問題はどのプラットフォームかというよりもどんな人をフォローしてどんな情報に囲まれているのかということの方が大きいのだろうけど、能登半島地震での政府の対応がいかにひどいかということ、はっきり言ってしまえば被災者が置き去りにされ見捨てられていることについてどんどん情報が入ってくるのだけど、リアルで会う人に「ひどいですよねー」と無意識に言葉を向けると「え?何がひどいの」という驚きの声が返ってきて、逆にこっちが驚いてしまうという経験をするのよね。
いま何が起こっているのかしっかり関心を持って情報を得ている人はそんなに多くないのかもしれず、むしろ世の中の大半の人は「地震が起きて、救助が行われていて、政府はやるべきことをやっている。自衛隊も頑張ってくれている。地理的な条件でなかなかうまくいかないところもあるみたい。被災地の人たちはたいへんね。がんばって」ぐらいの認識なのかもしれないな、というぐらいの認識を持っておかないと、世間とは感覚がずれてきて、私たちの方がむしろ理解のない人になってしまうかもなと。
Ice Cubes for Mastodonの投稿画面で写真のアイコンをクリックすると新たに”GIPHY”なるメニューが追加されていて、何だろうと思ってタップしてみたら、ご覧のような動くGIF画像(?)のリストが現れた。
欧米でよくあるやつなんだろうけど、ほんま要らんし邪魔やわ。Mammoth: for Mastodonもそうだけど、”For You”とかいうぜんぜん私向けでない英語のアカウントばかりが表示されるおすすめのタイムラインのタブが追加されたり、やはり英語のニュースばかりがタイムラインに表示される”news”というタブが追加されたりで、なんか特定の国や言語圏の特定のユーザーの方ばかり向いていて、無料で使えるのはありがたいけど残念だなあと。
全体として機能的には気に入っているので、それだけに残念な気持ちも大きくなる。
お米がもう1合しか残っていなかった。とりあえず炊飯。これから湯浴み。麦茶も作るべし。今日は普通ゴミを出すべし。
そういえば、もう @calckey.jp さんはなくなったんだよね。年末年始、寝込んでいたから気がつけばって感じなんだけど。管理人の人は良識があって、いいサーバーでした。
そしてIce Cubes for Mastodon、この日本語の〔投稿ではなく〕表示上のバグはずっと放置状態なんだもんなあ。
多くの人にとっては、元日の夕方に大きな地震があって、首相や官房長官がすぐに記者会見をして、「対策を指示した」とかなんとか言うのを聞いて、連日報道されるニュースを見て、「頑張ってるなあ。うん、政府の対応は迅速」みたいな感覚なんだろうなと。
中身まで考えていないし、その能力も(こういう言い方は正直あまりしたくはないけど)ないんだろうなと。
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そうか、もう成人年齢が18歳になったので昨日全国各地の自治体でで行われていた儀式は「二十歳の集い」なんだな。自治体ごとに名称は異なるかもしれないが、JR西日本の新快速車内のモニターではNHKのニュースとしてそのように報じられていた。
成人年齢が18歳となったいま、成人式をやらずに二十歳の集いをやる意味って何なんだろう。自治体によって違うんだったろうか?二十歳の集いをやらずに成人式をやっている自治体とか、両方やっている自治体とかあるのかしら?両方やるとなったら移行期間は置いといたとして、それはそれで意味がわからないし。だいたい、成人年齢を18歳に引き下げる意味って安倍政権下で自民党への得票が増える以外に何か意味あったの?(成人年齢の引き下げ自体は菅義偉政権下で施行されており、それに先立つ選挙権の年齢引き下げは安倍政権下)
年末年始に財布を軽くするため各大学の職員証や図書館利用者カードなどを財布から出して家に置いてあったのだけど、いまスクールバスに乗るときに職員証を出そうとしたら家に置いたままになっていることに気づいて、職員証がないとチケットを買わないといけないので乗車直前に踵を返したら、警備員が事情を察知して無料で乗れる訪問者カードみたいなのを出してくれた。よかった。
出勤と退勤の打刻ができないので、人事課き教務課に行かないとだなあ。
明日は朝イチで健康診断を受けに行く予定にしていたのをすっかり忘れていて、今朝気づいた。危なかった。早めに晩ごはんを食べて絶食かな?今朝炊いたご飯がまだ半合ぐらいは残っているので、晩ごはんは家に帰ってから食べないとな。
そういえば、投稿分析(ポストアナリティクス)を見る限り、Twitterに投稿したものってほとんど誰にも見られていないね。ただでさえシャドーバンで閲覧数が少なかったのに、もう終わったメディアだね。
まあ、しばらくは、Mastodonに私がいることを向こうだけでつながっているフォロワーに知らせることを主な目的として、Twitterの現状分析なんかも兼ねて、こちらに誘導する投稿を続けてみようと思っている。
スターフライヤーが今月15日から国内線全路線・全便対象に提供するというペットと一緒に搭乗できるサービス。できるだけ身近で一緒に過ごしたい、見守りたいという飼い主にとってはありがたいサービスだろう。
一方で、当然のことではあるが、緊急時にペットを一緒に連れ出すことはできないことが「ペットを持ち込む際の遵守事項」の13番目の条件に記されている。
「緊急時の酸素サービスはペットにはご利用頂けません。また、脱出の際にはペットは機内に置いて行かなくてはなりません。In case of emergency, oxygen service will not be available for pets. In addition, pets must be left on board when
evacuating.」
コメントいただきありがとうございます。
世間に向けて発信していくことは重要なことなんだけど、SNSでそれをすることはほとんど効果がないか、むしろデマや陰謀論、あるいは悪どい政治家や政治団体、資本家や企業などがお金を出して画策する情報操作に負けてしまうことがおおよそ示されているんだと理解しています。かといってデモも、日本においては無関心な人に関心をもってもらうものとしてほとんど効果がないし、むしろ反感を抱かれるといった逆の効果を発揮しているようにも思われます。
個人的には、行きつくところまで行きつかないと現状が大きく変わるようなことはないんだろうなと思っているのと、対面で直接会って話をするのが面倒なようだけどいちばん確実なんだろうなと思っているところです。
From: @zpitschi
https://fedibird.com/@zpitschi/111724052703516039
1月2日の羽田空港における航空機同士の衝突事故について。
私は事故が起こってからATC(航空管制交信)を聴いたりするようになったのだけど、この手のものは誤解を避けるためにも必要なやりとり以外は一切排除して、表現も徹底的に統一してやるべきだと思うんだけどな。英語がネイティブでない乗務員の方が圧倒的に多いだろうし。
RT: 「ナンバーワン」など出発順の伝達を停止 国交省が緊急策 羽田事故:朝日新聞デジタル https://www.asahi.com/articles/ASS1942SBS19UTIL00Q.html
コメントいただきありがとうございます。
世間に向けて発信していくことは重要なことなんだけど、SNSでそれをすることはほとんど効果がないか、むしろデマや陰謀論、あるいは悪どい政治家や政治団体、資本家や企業などがお金を出して画策する情報操作に負けてしまうことがおおよそ示されているんだと理解しています。かといってデモも、日本においては無関心な人に関心をもってもらうものとしてほとんど効果がないし、むしろ反感を抱かれるといった逆の効果を発揮しているようにも思われます。
個人的には、行きつくところまで行きつかないと現状が大きく変わるようなことはないんだろうなと思っているのと、対面で直接会って話をするのが面倒なようだけどいちばん確実なんだろうなと思っているところです。
From: @zpitschi
https://fedibird.com/@zpitschi/111724052703516039
今年はめんどうなのでカレーを何食食べたかは記録しないことにする。今日の昼は学食でカレーライスを食べたけど。350円。満足。
いつもはカツカレーにするのだけど、節約のためただのカレーライスにしておいた。
いろいろな食事に自分を慣らすというのはパンだけのものではないのだけど、パンに関しては経済的な理由もあるのよね。
もうコンビニでおにぎり1個を買うのですら高くて躊躇してしまうようになってしまったのだけど、パンはまだそれと比べると安くてお腹がふくらむものがあるから、これから生活費をもっと切り詰めていかないといけなくなったときのためにパンが食べられるようになっておかないとというのがあるのよね。
いろいろな食事に自分を慣らすというのはパンだけのものではないのだけど、パンに関しては経済的な理由もあるのよね。
もうコンビニでおにぎり1個を買うのですら高くて躊躇してしまうようになってしまったのだけど、パンはまだそれと比べると安くてお腹がふくらむものがあるから、これから生活費をもっと切り詰めていかないといけなくなったときのためにパンが食べられるようになっておかないとというのがあるのよね。
Mastodonのタイムラインで話題になっていたジョージ・A・ロメロ監督『アミューズメント・パーク』(1973年制作、2021年公開)をAmazon Prime Videoで観た。今年2本目の映画。
昨日、計算してみたのだけど、よく考えたら年間50本の映画を観ようと思ったら1週間に1本弱観ないといけないんだなと。
今日提出して帰らなければならない書類があって、20時まで残業。まあ、私の仕事に残業なる概念はそもそも存在しないのだけど。
そういうわけで、帰宅してごはんを食べる時間はないと事前に判明したので、授業後に学内のコンビニで一番安いカップラーメンと味付けたまごを買って18時10分に晩ごはんを済ませた。明日の胃カメラの検査まで絶食。
@zpitschi 中には素直な人もいるので、たとえば対面で話をすれば気づいてくれるって人も確かにいるにはいるんですよね。
そして、不快なら不快、悲しいなら悲しい、うれしいならうれしいで、怒っているなら怒っているってことをしっかり表現して伝えることも大切だと思うし、私も基本的にはそのような行動原理に従って生きていますけど、世の中の人はそんなに私たちの怒りに対して理解を示してくれないものだし、むしろ鬱陶しいと思われて遠ざかったり耳を閉ざされたりするようになることも少なくなく、むしろ目指していることとは逆の世界の実現に貢献してしまう、いわばオウンゴールにもなるのですよね。
もちろん、それでも自分の気持ちに素直というのを第一に考えるのもひとつですが、第一の目標・目的がよりよい社会の実現ということにあるのであれば、それ相応の表現の仕方とかふるまい方とか、あるいは目的を達成するためにふさわしい効果的な手段というのがあると思っていて、残念ながらそれはどうも感情をそのまま表現することやデモをやることとは違うところにありそうなんですよね、きっと。
続けます。
@zpitschi 続き。
さらに、私たちは人からの説得や情報提供でそんな簡単には価値観や態度が変わることはなく、事実を突きつけられてもその事実を認めて認識を改めることすらできない人が少なくありません。態度や価値観、認識があるて程度固まってしまった人を、たとえ身近な人で対面であったとしても、説得なり何なりでどうにかしようとするのもほとんどの場合において無駄な努力に等しいのだろうなと内心では思っていて、それでも全くゼロではないという期待にかけて対話や説得や情報提供を続けているといったところです、私の場合で言いますと。
だから私は何に一番期待しているかといえば教育で、残念ながら公教育はすでに歴史修正主義のファシストたちに都合のいいように変えられてしまったのであまり期待できず、そこから変えていくとなると数十年規模での時間がかかると思っています。
@zpitschi 中には素直な人もいるので、たとえば対面で話をすれば気づいてくれるって人も確かにいるにはいるんですよね。
そして、不快なら不快、悲しいなら悲しい、うれしいならうれしいで、怒っているなら怒っているってことをしっかり表現して伝えることも大切だと思うし、私も基本的にはそのような行動原理に従って生きていますけど、世の中の人はそんなに私たちの怒りに対して理解を示してくれないものだし、むしろ鬱陶しいと思われて遠ざかったり耳を閉ざされたりするようになることも少なくなく、むしろ目指していることとは逆の世界の実現に貢献してしまう、いわばオウンゴールにもなるのですよね。
もちろん、それでも自分の気持ちに素直というのを第一に考えるのもひとつですが、第一の目標・目的がよりよい社会の実現ということにあるのであれば、それ相応の表現の仕方とかふるまい方とか、あるいは目的を達成するためにふさわしい効果的な手段というのがあると思っていて、残念ながらそれはどうも感情をそのまま表現することやデモをやることとは違うところにありそうなんですよね、きっと。
続けます。
@zpitschi 続き。
さらに、私たちは人からの説得や情報提供でそんな簡単には価値観や態度が変わることはなく、事実を突きつけられてもその事実を認めて認識を改めることすらできない人が少なくありません。態度や価値観、認識があるて程度固まってしまった人を、たとえ身近な人で対面であったとしても、説得なり何なりでどうにかしようとするのもほとんどの場合において無駄な努力に等しいのだろうなと内心では思っていて、それでも全くゼロではないという期待にかけて対話や説得や情報提供を続けているといったところです、私の場合で言いますと。
だから私は何に一番期待しているかといえば教育で、残念ながら公教育はすでに歴史修正主義のファシストたちに都合のいいように変えられてしまったのであまり期待できず、そこから変えていくとなると数十年規模での時間がかかると思っています。
Amazon Prime Videoで『ザ・タンク』という映画を観た。今年3本目。
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そういえば、昨日みたいに英語の映画を観ていてもほとんど何を話しているかわからないのよね。中学校1年生の時から、年齢にして言えば11歳の時から35年近く(明日で46歳、あと2ヶ月半で4月で新年度)英語を勉強してきているのにな。
WordPressのプラグイン”ActivityPub”が1.3.0から2.0.0にバージョンアップしたみたい。ワードプレスは自動でプラグインなんかも更新してくれて便利。いまは時間がないので、2月末から3月のあいだにもう一度Fediverseへの接続を試みるかな。
2024年の抱負の続き。追加分。
(12)ダイエットをして50kg台を一瞬でも達成する。
10時前に健康診断は終わって、これからかかりつけ医にお薬をもらいに行くところ。水曜日は午前中にやっていないことに気づかず電話をかけてしまったのだけど、対応してくれるみたい。電話を切ったあとに調べて気がついた。
昨年度(2022年12月27日)はバリウムを飲む検査でこらえきれずにげっぷをしてしまい、胃を膨らませる薬とバリウムを追加で飲む羽目になったので検査を受けるまで気が重かったのだけど、今回はげっぷをギリギリのところで我慢できてよかった。あと、今日は検診に来ている人が少なかったみたいで(実感としてもそうだし、誰かがどれぐらい時間がかかるのか尋ねているのに対して受付の人が「今日はゆるやかなので1時間弱で」と、私とはメニューは違うかもしれないけど答えていた)早く進んでよかった。
唯一、自宅から持っていった尿のところで20人ぐらい飛ばされて15分ほど待たされたのはなんだったのかなと。それでも1時間強ですべて終わったのでよかった。
身長が少しずつ伸びているのは何なんだろう。靴下が厚くなっていっているのだろうか?視力は昨年度と同じ、血圧も上下ともに1ずつ低いだけでほぼ同じだった。
ぼくはMastodonでは政治的なことや戦争のことばかり投稿するのではなくって、もっと日常的なことでほのぼのすることを投稿したかったんだけど、いつのまにかこんなになってしまって。日常の要素を増やすように努力します。
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2024年の抱負の続き。追加分。
(13)YouTubeのチャンネル登録者数500を達成し、再び収益化する。
世界で最も有名だったかチャンネル登録者数が多いだったか稼いでいるだったかはわすれたけど、そのYouTuberが日本で無茶苦茶して収益化の条件が厳しくなったことで、年に3000円から5000円ぐらい入ってきてたのがなくなったのよね。年に1回くらいYouTubeの収益で居酒屋に行きたいなと。そのために費やす時間は時給換算したら50倍はくだらないと思うけど。
けっこうお気に入りや共有に入れられているこちらの投稿をTwitterに投稿してみたらどうなるか、文字数の制限もあるし、本文は途中までにして続きはMastodonで読めるよとリンクを投稿してみた。さて、反応はいかに。きっとほとんど何も反応ないと思うけど。
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はじめて @misskey.io のアカウントをフォローしてみた。
そうそう、新500円硬貨、というかもう3年前の11月から流通しているわけで、ぜんぜん「新」でも何でもないんだけど、いまだに多くの券売機や自動販売機で対応してなくて使えないのよね。その割にレジなどはどんどん無人化していってるし。
要は、新しい硬貨に対応するための投資をするだけの余裕が私たちの経済活動に関わる隅々に至るまで失われて無くなってしまっているということをもっとも身近で直接的に実感させてくれるものだと私は理解しているのだけど、こんな状況で今年の7月に新紙幣が流通するようになったらどうするんだろうね。さすがに、新しく発行されるものは一万円、五千円、千円の3種の日本銀行券が一気に変わるので、少々無理してでも対応するところがほとんどだと思うけど。
今日は仕事で大阪狭山市まで行くので、昼ごはんにあびこでスープカレーを食べる。そのため、少々高いけど820円の大阪メトロ(これもこんなふうには呼びたくなくて「大阪市営地下鉄」と言い続けたい)の1日乗車券を買った。
スープカレーは高いからやたらめったら行くもんじゃないけど、自宅で作ろうと思いながらぜんぜん試せないんだよなあ。
本日、1月10日(水)19時から中津ぱぶり家で中津哲学カフェ「どうして悪人がのさばるのか?」を開催します。
https://www.kokuchpro.com/admin/e-c31af7fb170a3ff32887753f885f9842/d-2636392/
逆もまたしかりだろうけど、十三に住んでいて買い物や外食は梅田ぐらいまでという生活をしていると、なんばはまだ違和感がないものの、天王寺まで行くとだいぶ景色や人の雰囲気が違うなあという感じがし、長居やあびこになってくると同じ大阪市やのにかなり街の雰囲気が違うなあとなり、泉ケ丘まで来ると異国情緒にあふれている。
大阪ってもっと広くて貝塚とかもまだ行ったことがないし探検してみたいのだけど、交通費と時間がめちゃくちゃかかんのよなあ。正直、大阪狭山市の仕事に行くより(乗り換え3回、1時間23分で1200円)、姫路まで新快速でぴゅっと行く方が(乗り換え1回、1時間10分で1320円)早いし楽なんやもんなあ。
韓国ドラマもたくさん観たいのだけど、もうやりたいこといっぱいで、結局なんにもできていない。
あと、大阪市北区と中央区あたりを起点にすると、そこから南の方へ遠ざかると高齢者の割合がとても高くなるのを感じるのよね。北に遠ざかる分にはそんなでもなくて、きっとそれは、大学があったり京都とのあいだにJRや私鉄が通っていて通勤通学に便利な分、それなりに途切れずに駅周辺の開発が進んでいるし現役世代の住民もけっこういるからなんだろうなと。
@misskey.io のアカウントと初めてフォロー/フォロワー関係になったのだけど、これで @misskey.io のアカウントからも私の投稿が見つけやすくなったりするものなのだろうか?
いままでまったく @misskey.io のアカウントからの反応がなかったのよね。たんに興味のあることがあちらのサーバーのユーザーと私の投稿とでは大きくずれているだけなのか、それともこれまでまったく繋がっていなかったから反応がなかっただけなのか、しばらく観察してみたい。
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帰宅して、昨日の朝に炊いて半合ほどひや飯にしておいたもので焼き飯を作って食べた。もうお米がないけど木曜日にお米を買うとポイントがつくので、お米は明日買う。
自民党の裏金問題で、自民党が自ら政治刷新本部って何の冗談なんだろうね。泥棒が盗んだものを持ったまま「二度と盗まれないように厳重に保管する方法を考えるから任せろ」って言ってるようなもんだろ。そんな戯言を誰が信じるのかと。
しかもそのメンバーよ。岸田文雄に始まり、麻生太郎、菅義偉、茂木敏充、森山裕って悪人ばかり、挙げ句の果ては東京地検特捜部の強制捜査が入る直前に不正の証拠が保存されていたと思われるハードディスクドライブをドリルで物理的に破壊した小渕優子って。
さらに、メンバーの出身派閥で最多なのが今回問題になっている安倍派の10人である一方、いまのところ裏金問題に関して問題は指摘されておらず本人もそのようなことはないと証言している石破茂はメンバーに入ってすらいないというね。
ここまで国民をコケにしても自分たちはなんともないと思われていること、そして実際こんなことをされても内閣が倒れたり政権交代したりするようなことはなさそうなのが、なんともつらいよな。
RT: 自民党、政治刷新本部の設置決定 木原誠二氏ら参加 - 日本経済新聞 https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA1070X0Q4A110C2000000/
お米がないのでご飯も炊けず、それでも薬を飲まないといけないので納豆を1パックそのまま食べた。あ、新年会でいただいてきたお菓子がいろいろとあるんだった。
紅茶をいれて、岡山の「むらすずめ」をいただこう。
昨日から今日の未明にかけて竜騎士07(原作)、小池ノクト(作画)『蛍火の灯る頃に』全4巻をAmazon Kindle Unlimitedで読んだ。設定とか展開で雑だなと感じるところもあるけど、総じてよかった。さくっと読んでさくっと完結というのはお手軽でよい。何より、どんな漫画でも「完結する漫画はよい漫画」が私の信念。
竜騎士07原作『ひぐらしのなく頃に』のアニメと映画はすべて観ているはずだけど、漫画はひとつも読んだことがなかったので初めて。
碧海景(原案)、和夏弘雨(漫画)『火葬場のない町に鐘が鳴る時』の世界観に似ているなというのが第一印象で、じっさいけっこう似ていた。
とりあえず今年に入って漫画を4冊読んだ。
松本人志の性接待・性暴力についての告発・報道と、その後の芸能活動休止発表に続く『ワイドナショー』出演騒動で、番組の私物化だの何だのと言われているけど、何を今さらという話で、少なくとも私より上の世代でそういうことを今ごろになって得意げにメディアで言ってる人を見て信用できるわけがないでしょう。
だって『ダウンタウンのゴッツええ感じ』がどうやって終わったか、終わるまでの直前のごたごたを知らないなんてはずはないのだから。しかも、あれも『ワイドナショー』と同じフジテレビ系列だよね。
でももうひとつ、怖いなと思ったことがあって、このことを書くためにちょっとネットで調べてみたんだけど、Wikipediaでは安倍晋三が裏金問題に激怒したという岩田明子の作文よろしく、スタッフが番組での安全確認を怠ったことに激怒して松本人志が番組をボイコットしたとだけ書いてあって、いや、そんなこともあったのかもしれないけど(申し訳ないけど私はこの点について記憶がない)、当時松本人志がブチ切れて番組をボイコットして放送の打ち切りにつながったのは、プロ野球の中継で番組の予定が変更されたことだっでしょう?違った?
小池ノクト『マッシュルーム』全4巻の第1巻をAmazon Kindle Unlimitedで読んだ。
RT: 『マッシュルーム (1) (バーズコミックス) [電子書籍]』のレビュー 小池ノクト (morimotoseiichiさん) - ブクログ https://booklog.jp/users/morimotoseiichi/archives/1/B012WD7W4Y #booklog #ブクログ @booklogjpより
けっこう説明的な台詞が多くて、たとえば最初の方で出てくる次のやり取りなんかはとても不自然。まあ、作者がどうやって登場人物の背景を読者に知らせようとしているのかという努力のあとがうかがえるので、むしろそちらの方にぐっとくるのだけど。
「だいたい製薬会社の遺伝資源調査にガキ連れてくるバカがいるか?」
「彼は立派な分子生物学者よ」
(No. 13-14/203)
小池ノクト『マッシュルーム』を最終巻の第4巻まで読んだ。今年読んだ漫画はこれで8冊。
RT: 『マッシュルーム (4) (バーズコミックス) [電子書籍]』のレビュー 小池ノクト (morimotoseiichiさん) - ブクログ https://booklog.jp/users/morimotoseiichi/archives/1/B06XC37R9Q #booklog #ブクログ @booklogjpより
古典ギリシア語の勉強会だん。今日は第24課「比較級と最上級」だけにして、次回、1月25日(木)に第25課「数詞」と第26課「動詞の未来形」をやることになった。年末年始寝込んでしまったのがいたい。がんばって予習しないと。ただ、今月は本当に仕事が追いつかなくてやばい。
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ぼくは中学生のときから歳をとるのが嫌で嫌で、誕生日というのは本当に忌まわしい日なんだよね。
それでも、ここ10年ぐらいは誕生日の楽しみがひとつだけあって、それは近所のひなたの湯で招待券をもらうことなんだよね。誕生日に入浴すると招待券1枚くれるの。いまは入浴料も高くなって850円だから、それが半額になったとしても、もうあんまりお得感はないのだけどね。あはは。
ここ5年くらいはやんごとなく来れていない年もあったけど、そして今日は仕事も滞っているしサウナに入ったら帰って仕事ができなくなるし、来るか来ないかだいぶ悩んだけど、それでも年に1回だけのことだから、ささやかな楽しみとして来ることにした。わーい、わーい。
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今日はサウナを軽めにしておいた。入浴前の体重63.6kg、入浴後の体重62.9kg。血液ドロドロになって病気になっても困るし、帰って水分補給すべし。
朝7時台に仕事に出かけるのですら嫌なのに、朝6時台に仕事に出かけるのは本当に嫌。そして走っている。つらい。もっとゆっくり、仕事や締め切りに追われない生活キボンヌ。
ストレッチと断酒が順調なのはうれしい。お酒を飲まない世界は本当にすっきりしてて清々しいのだけど、ストレッチをすることによる効果というか影響みたいなものはいまのところ積極的には感じられなくて、もしかすると頭や首や腰の痛みが何もしないときよりは軽減されているのかもしれず、とは言えそんな自覚はなく、かと言って体が軽いとか柔らかいという感じもないのよね。
むしろ、ストレッチの影響か、次の日に目が覚めたとき全身に筋肉痛のような痛みがあってなかなか起き上がることができないので、もしそれがストレッチの影響であるとするならば、一時的なものかもしれないけど逆効果ですらあるという状態。
ウィリアム・マッカスキル(千葉敏生訳)『見えない未来を変える「いま」――〈長期主義〉倫理学のフレームワーク』みすず書房、2024年
これおもしろそう。
RT: 「タイムトラベルの物語では、過去の小さな行動が現在の極端な変化につながることが多い。しかし、今日の小さな行動が、未来に劇的な影響を及ぼす可能性について考えることはめったにない」(本文より)
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虫などが付着していて不衛生な、ガーゼのマスクでスカスカの、洗わないで黄ばんだマスクを(印象としては)年配の男性を中心に使い回してやはり不衛生な、口のまわりを十分に覆うことができないぐらい小さくて密着もしていない「アベノマスク」なるものは、利権のために国民が収めた貴重な税金を悪い仲間に横流しし、そこから還流された汚い金をポケットにないないするために国民全員に配られたけどね。
あ、今日は大学入試共通テストの準備で入構禁止だからオンライン授業なんだった。何てこった。
そして帰りのバスは11時までない。行き帰りの時間を考えるとかなりのロスだし、普段の通勤を考えると相当な時間を費やしているよなあ、1コマの授業をするために。
ぐはっ。不意に下記の投稿が目についてしまい、嫌な記憶がよみがえってしまった。
洗いものをして、お風呂掃除をして、洗濯をして、洗濯物を干して、麦茶作って、ごはん炊いたらこんな時間。家事だけで人生が終わってしまう。
駅までまた走った。走ってばかり。つらい。そういえば、月曜日に買ってきたローズマリー・バーベキューを鉢に植え替える作業もおこなったんだった。
郷田マモラ『MAKOTO 完全版』をAmazon Kindle Unlimitedで読んだ。絵はクセがあるかもしれないけど、よかった。漫画9冊目かな。
RT: 『MAKOTO 完全版 [電子書籍]』のレビュー 郷田マモラ (morimotoseiichiさん) - ブクログ https://booklog.jp/users/morimotoseiichi/archives/1/B085DH65HQ #booklog #ブクログ @booklogjpより
え、さらになんと、郷田マモラって強制猥褻や傷害で有罪判決受けてるの?Wikipediaの情報だけど。あかんやん。
最近、YouTubeで限定公開されているドラマ(なのかな?)『勇者ヨシヒコと魔王の城』というのをちょこちょこ観ているのだけど、一昨年の年始に3日かけて観た(1月4日、5日、6日)『新解釈・三國志』にノリが似ているなと思ったら、福田雄一という脚本・演出・監督などを手がける人の作品だった。
『勇者ヨシヒコ』もそうだけどアホ過ぎて5分から10分刻みでしか観ていられないので、とはいえ一度観始めたものは最後まで観るのが信念なので、映画、ドラマ、アニメなどは一気に観る者としては異例なんだけど、何回にも分けてちょっとずつ観ている。別におもしろくないわけじゃないんだけどね。
『新解釈・三國志』は去年の秋に引っ越しで荷物を運びながらちょこちょこ観たりもしていたのよね。まあ、ふつうにアホ過ぎておもしろいよね。けっこう癖があるから好みが大きくわかれると思うけど。あと、基本的にアホらしいものは生理的に受けつけないのだけど、ここまで意識的に突き抜けていると逆にすがすがしくて受け入れられてしまうというのは一昨年の所見で新鮮だったのを覚えている。
ところで、いまFilmarksで福田雄一に関連する作品を調べてみたのだけど、けっこうたくさんあるのね。私は『新解釈・三國志』しか観たことがないけど、生活のなかに笑いが足りなくなってきたときにいいかも。
維新の会と国民民主党も裏金問題で取りざたされている自民党と根っこのところは同じなのよな。何度も指摘してきていることだけど。ちなみにこの村山祥栄(元京都市議)というのは私と同い年で、京都で知り合った(というか私が図書館でナンパした)友人の高校時代の同級生。
RT: 京都市長選出馬予定の元市議、パーティー9回で来場者なし8回…維新と国民が推薦取り消しへ : 読売新聞オンライン https://www.yomiuri.co.jp/election/20240113-OYT1T50022/
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「やっぱりか」って感じしかないし、ますます日本は腐敗が進むことになるのだろうけど、「会計責任者との共謀、立証困難」もなにも、こいつらはみんな主犯やないか!主犯に共謀もなにもあるかいな!
RT: 安倍派幹部の立件断念へ 会計責任者との共謀、立証困難 地検特捜部 | 毎日新聞 https://mainichi.jp/articles/20240113/k00/00m/040/061000c
なつかしいなあ。ぼくは卒論でカントが幸福(Glückselichkeit)を義務から(aus Pflicht)求めることについてどのように考えているのかを分析して(というほどたいそうなものではないけど、まあともかくそういうことについて)書いたのよねー。