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紙に描いてるときは着彩工程で「どんな色を置くか」という疑問詞のある疑問文の答えを考えながら塗るのに対して,デジタルだと着彩済の箇所の色は後から一括で変えられるので,答えるべき問いが「そこに色が落ちるのか落ちないのか」という疑問詞のない疑問文になる.
前者の問いの方が遥かに複雑なのに対して後者はわずかに二択なので,前者を後者に解体できたのが大きな変化というか,そもそも紙で描いてるときにはそういう発想が出てこなかった.
交換に値する情報も然るべき対価もなく「情報交換しましょう!」みたいに言って搾取しようとする人というのはどの業界にもいるのだなぁとなった.
無償での情報搾取 – V – Medium
https://medium.com/@voluntas/%E7%84%A1%E5%84%9F%E3%81%A7%E3%81%AE%E6%83%85%E5%A0%B1%E6%90%BE%E5%8F%96-a2820d107233
「出版社の方々の才覚と、図書館のインフラに支えられて人文系の研究者の研究環境が提供されてきたために、たとえば実験室や実験器具から自分で資金をとってこなければならなかったり、大がかりなコンピュータ環境を用意しなければ大規模計算ができなくて仕事がうまく進まないような研究者に比べると、恵まれた環境で研究ができてきたと言えるのかもしれない」
人文系(の一部)は外部研究資金なしでどうやってきたのか?(下書き) - digitalnagasakiのブログ
http://digitalnagasaki.hatenablog.com/entry/2019/01/26/171535
自腹を切る場合の原資について「実家に国宝重文級の資料が色々あったり」とあって,そんな場合もあるんか…となった.
もう大分前,なんの前触れもなく,文脈も時代も不明なラテン語を一部分だけ持ってこられて「これはどういう意味ですか,いえ大した問題ではないんですが」と問い合わせを受けたときは「.oO(大した問題かどうかはこっちが決めるっ…!) 」となった.
アニメ,ファンアートを作ろうと思った頃には放送が終わっているので4クールくらいやってほしい.
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DRM、作品が長期に渡ってアクセス可能な状態を保つという点でいえば、コピーさせないための仕組みよりもコピーの大元が追跡できる(≒購入時のトランザクションと照らし合わせることで誰がバラまいたか分かる)仕組みの方が適していると思うのですが、「作品が長期に渡ってアクセス可能な状態を保つ」こと自体が直接企業の利益になるわけではないので難しいですね
depend onの訳で《依存する,影響を受ける》だと生硬な感じの場合は《左右される》くらいで上手くいくこともあるしいかないこともある.
外国語を読んでいると「言いたいことがそもそもわからない」級に難しい文章の他に,「言いたいことは明らかだがきれいな日本語に直らない」文章も数多くあって,後者の場合はほとんど日本語の表現力の問題になりがちなので,優秀な人の口からしばしば「翻訳なんてどうでもいい」「翻訳はやりたくない」というようなことが聞かれるのはその辺の理由によるところが多少はあるのかもしれない.
髪の塗り方にようやく方法論らしいものが見えてきたような気もするし気のせいの気もする 何もわからんという気持ち
「侍と百姓だけの時代劇が取りこぼした人を描こうとした。もっとたくさんの人たちがこの国で生きてきたのに、あいかわらず武士と百姓だけで物語をつくるのは間違いだろうと思ったんです」
宮崎駿監督が流した涙の意味 「もののけ姫」で描いた”ある病”との出会い
https://www.buzzfeed.com/jp/kotahatachi/miyazaki-hansen
Dorandi, T.(1986), `Commentarii opisthographi (Plin., Epist. III 5, 17)’, ZPE 65: 71-75.
『博物誌』を書いた大プリーニウスの生涯については甥の小プリーニウスが書簡の中に綴っており(Epist.3.5),そこに見いだせる彼の著作活動の詳細を検討する論文.主要なポイントとして「読み,注を加え,抜粋するlegere, adnotare, excerpere」と「秘書・筆記者notariusの利用」の二点があって,Dorandiは,「読み,注を加え,抜粋する」活動は一続きになったもので,adnotareはindicareに近く,抜粋に値する箇所の範囲を印で示したもので,その後それらの章句が奴隷を介して口述によって書き写されたと考え,秘書や書字版の利用は旅行中の場合に限られたであろうとする.つまり自作の推敲に有益な資料を集めるという同一の目的のために,状況によって異なる二つの方法があったと考える(pp.72-73).論文の後半ではこうした説の補強としてヘルクラーネウムのパピルス資料も持ち出される.
小プリーニウスの書簡は大プリーニウスの生涯を伝えるだけでなく,この時代の人がどのように著作をしていたのかという観点で見ても(少なくとも一つの)興味深い例を与えてくれているわけだ.
ところでこの論文の中で『食卓の賢人たち』のアテーナイオスも同じような仕方で著作したという話をパスクァーリがしているとあったので,本の地層のかなり下の方に潜っていたScritti filologiciを引っ張り出してきてみた.
I due Nicandriという論文(初出1913年)の,著作集の方だとp.385に,引用章句の書き写しの際にアテーナイオスが,抜粋すべき箇所の始めと終わりだけ印をつけて筆写作業は書記奴隷に行わせただろうという話が出ている.
大プリーニウスの逸話としては,朗読者の些細な間違いを指摘してきた人に時間の無駄を言って答えた話が特に印象的.
「私は今も覚えていますが,朗読者が何箇所か間違って読み上げたとき,叔父の友人の誰かが,呼び止め,読み直しをさせました.その人に私の叔父は言ったのです.『あなたは誤読とわかっていたのでしょう』。友人が認めると,『ではなぜ朗読のやり直しをさせたのです.あなたのこの横槍のおかげで,十行以上も損をしたよ』」(國原訳『プリニウス書簡集』 p.117)
Landolfi, L.(2003), `Man. Astr. 2, 1-48: Il catalogo letterario’, Landolfi, Integra prata, pp.29-59.
マーニーリウス『アストロノミカ』第2巻の序歌はホメーロス,ヘーシオドスに始まるエポス詩人たちのカタログとなっている.この「文学史」の典拠がどこにあるのかについてはこれまで複数の仮説が出されてきた.Landolfiはそれらとは別に,エレゲイア詩人(プロペルティウス,オウィディウス)との関連性を検討する.とりわけ,これらの詩人が,過去の詩人たちを列挙することで自らをその伝統に連ねようとしたのとは対照的に,マーニーリウスは先人たちとの相違や自身の孤立性に力点を置いているという点が明らかになる(初出は1992年の論文).
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そういえばあれだけ話題になったのにまだGitHubでプライベートリポジトリ作ってみていない
奥村先生の『C言語による標準アルゴリズム事典』は去年改訂新版が出たので欲しいと思っているまま買っていない
https://gihyo.jp/book/2018/978-4-7741-9690-9
イタリア語のesoterico《秘教的な,秘伝の》とessoterico《大衆向きの,公開された》はsがひとつ違うだけで意味が正反対になってしまう……
イタリア語で綴ったときのヘーシュキオス(Ἡσύχιος, Esichio)とアイスキュロス(Αἰσχύλος, Eschilo)も目が悪くなると厳しい
https://twitter.com/ncrt035/status/889378863196774400
Guido CappelliのL'umanesimo italiano da Petrarca a Valla(ペトラルカからヴァッラまでのイタリア人文主義)ってオリジナル版は2007年にスペイン語で出ていたのね.
http://www.carocci.it/index.php?option=com_carocci&task=schedalibro&Itemid=72&isbn=9788843091348
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Carocciから出ている本もモダンな装丁なんだけど,ドイツのWalter de Gruyterのような耐えがたいダサさではなくて洗練された感じだし,値段もそれほど高くはないし,ちゃんと縫ってある丈夫な製本だし,謎だ.
最近の出版物をチェックしてなかったので眺めているけど,よさ気名ものがいっぱい出ている.
P.ChiesaのLa letteratura latina del medioevo(中世ラテン文学)
http://www.carocci.it/index.php?option=com_carocci&task=schedalibro&Itemid=72&isbn=9788843088881
F.D'IntinoとM.Natale編集のLeopardi(レオパルディ)
目次を見るに散文・韻文から文献学関係著作,文体など網羅的に論じてあるらしい.
http://www.carocci.it/index.php?option=com_carocci&task=schedalibro&Itemid=72&isbn=9788843092673
今朝方読んだ大プリーニウスの著作方法に関する論文を書いたT.Dorandiが2016年にこんな本も出していたのは知らなかった.古代ギリシア・ローマの作家たちが著作するにあたりどのように書記道具を用い,どんな製作工程を踏んだのかを扱っていて,とても面白そうな(且つ痒いところに手の届きそうな)本のようだ.
T. Dorandi, Nell'officina dei classici: Come lavoravano gli autori antichi.
http://www.carocci.it/index.php?option=com_carocci&task=schedalibro&Itemid=72&isbn=9788843083121
オランダ大学協会(VSNU)による“Read & Publish”契約に基づいて出版されたOA論文数が2万件に | カレントアウェアネス・ポータル
http://current.ndl.go.jp/node/37468
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去年のこれ,フィードバックは割と好評だった反面,自己評価としてはやや牽強付会の感があるのではというところだったが,このところ大プリーニウスの『博物誌』についても,自然を記述するこの著作それ自体が自然そのものの反映になっているという解釈が行われている様子を見ていると決して無理筋のものではないなと思い直せてきた.
https://speakerdeck.com/ncrt035/lucretius-analogy-between-poem-and-universe-jpn-1
ThuryやSchiesaroのルクレーティウス解釈にVolkは否定的だけれども,書記媒体の発達や書物の流通の拡大とそれらを前提とした制作のあり方などを加味すると,十分有効な反論が形成できそうではある.
おもしろそう | 人文社会系分野における研究評価シンポジウム~シーズからニーズへ~(2019.2.15) – COTRE(コトリ)|COmmunity of Tsukuba REsearchers
http://ura.sec.tsukuba.ac.jp/archives/17454
これ申し込んだので2月は東京行きだ
http://ura.sec.tsukuba.ac.jp/archives/17454
池田先生,ヘブライ語とかアッカド語が専門の方ですよね.筑波大学はこの辺の言語ができる,数多くはない研究機関の一つなので.
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動物と人間 関係史の生物学の通販/三浦慎悟 - 紙の本:honto本の通販ストア
https://honto.jp/netstore/pd-book_29359521.html
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色Aと色Bが与えられたものとして,色Aに対して乗算で塗った場合に色Bとなるような色Cを得るにはしかるべき計算をすればいいんだけど,よく必要になるのでお絵かきソフトにそういうワンタッチ機能がついていて欲しい.
Carey, S.(2003), Pliny’s Catalogue of Culture: Art and Empire in the Natural History, Oxford University Press.
これまで他の巻から切り離されて理解・研究されてきた大プリーニウス『博物誌』中の芸術史に関する部分を,百科事典的なこの著作全体の文脈と,政治的・文化的背景の中に位置付けることを試みる.
プリーニウスの記述の典拠や彼の提供する個別の情報に対する関心というレベルを超えて,『博物誌』全体を支配する主題やその文化的・歴史的コンテクストへ研究がシフトし始めたのは,70年代後半から80年代にかけてのことらしいから,よく知られたこのローマの「百科事典」についてもまだ未開拓なところが多いらしい.
参考文献にフーコー『言葉と物』が見えるので思ったけれども,70-80年代にかけて研究の方向性が変わったという点,『博物誌』全体の中で知識がどう配列されているかとか,そういう構造的な面への関心に基づく研究の展開には,フーコーの「知の考古学」的観点が影響していたりするのだろうか.『狂気の歴史』や『言葉と物』は60年代だから少し時間的に間が開いているけれども.
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本が糸で綴じてあると,裁断してスキャンする場合に面倒という意見もあるのか,なるほど…
https://twitter.com/tanarin_h/status/1090517717319208960
書籍を裁断して自炊する人もたくさんいるわけだし,これはもう,折丁を束ねただけの体裁で売ってもいいんではないだろうか.装丁にかかる費用が抑えられるし,愛書家の人はプラスアルファでお金を積んで自分の好きに再装丁させれば良いので(錯乱)
利用しているサーバの幾つかについて,Let's EncryptからACMEクライアントをアップデートしてねってメールが来てたので対応(できたはず).
大体ここ(https://community.letsencrypt.org/t/how-to-stop-using-tls-sni-01-with-certbot/83210 )とそのリンク先にしたがって作業した.
ACME, ἀκμήと何か関係あるのっと思ったけどAutomatic Certificate Management Environmentのacronymなのね
眼球の色をあまり強い白にせず,暖色系に少し寄せて肌色に近くすると今風になるのではと思った
新井先生が言及してたこの本,すごく面白そうだ.
『「山月記」はなぜ国民教材となったのか』|漢字文化資料館
http://kanjibunka.com/kikan/kanji-chuugoku/kikan-2871/
「何でうまくいかないのかということを棚おろししたときに、やはり専門性が前面に出過ぎるとよくないということに気づきました。採用側が、本当に専門性を活かした配属できるかどうかもわからないし、それよりはもうちょっとマルチプレーヤーというか、ユーティリティープレーヤー(いろいろな仕事をこなせる人)を採用したいというのがきっとあるのではないか」
なぜ大学院に進むと「就活に不利」なのか (5/5) | プレジデントオンライン
https://president.jp/articles/-/27326?page=5&display=b
1-3月に学振必勝講座なるシリーズが投稿されるらしいので楽しみ(4:55あたりから説明)
【低画質版・1週間後消します】ご無沙汰の理由&今後のチャンネル活動 - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=0mP8hsXvrrg
さっきサンスクリット語をやろうかと思うという人の話を聞いていて,私は大学院の初年度にあまりタイトではないサンスクリット語の講座に出ていたんだけれども,継続的に何か読むということはしなかったのでもうかなり忘れてしまったなぁと悲しい気持ちになった.
教科書の練習問題に韻文が出てきたので,「これはどんな風に読むんですか?」と質問したらリズムだけでなく節までつけて歌ってくれて,「えっメロディまで伝わっているんですか⁉︎」と尋ねたら,「今私がつけました」とか答えるお茶目な先生でした.
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