「侍と百姓だけの時代劇が取りこぼした人を描こうとした。もっとたくさんの人たちがこの国で生きてきたのに、あいかわらず武士と百姓だけで物語をつくるのは間違いだろうと思ったんです」
宮崎駿監督が流した涙の意味 「もののけ姫」で描いた”ある病”との出会い
https://www.buzzfeed.com/jp/kotahatachi/miyazaki-hansen
「侍と百姓だけの時代劇が取りこぼした人を描こうとした。もっとたくさんの人たちがこの国で生きてきたのに、あいかわらず武士と百姓だけで物語をつくるのは間違いだろうと思ったんです」
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Dorandi, T.(1986), `Commentarii opisthographi (Plin., Epist. III 5, 17)’, ZPE 65: 71-75.
『博物誌』を書いた大プリーニウスの生涯については甥の小プリーニウスが書簡の中に綴っており(Epist.3.5),そこに見いだせる彼の著作活動の詳細を検討する論文.主要なポイントとして「読み,注を加え,抜粋するlegere, adnotare, excerpere」と「秘書・筆記者notariusの利用」の二点があって,Dorandiは,「読み,注を加え,抜粋する」活動は一続きになったもので,adnotareはindicareに近く,抜粋に値する箇所の範囲を印で示したもので,その後それらの章句が奴隷を介して口述によって書き写されたと考え,秘書や書字版の利用は旅行中の場合に限られたであろうとする.つまり自作の推敲に有益な資料を集めるという同一の目的のために,状況によって異なる二つの方法があったと考える(pp.72-73).論文の後半ではこうした説の補強としてヘルクラーネウムのパピルス資料も持ち出される.
小プリーニウスの書簡は大プリーニウスの生涯を伝えるだけでなく,この時代の人がどのように著作をしていたのかという観点で見ても(少なくとも一つの)興味深い例を与えてくれているわけだ.
ところでこの論文の中で『食卓の賢人たち』のアテーナイオスも同じような仕方で著作したという話をパスクァーリがしているとあったので,本の地層のかなり下の方に潜っていたScritti filologiciを引っ張り出してきてみた.
I due Nicandriという論文(初出1913年)の,著作集の方だとp.385に,引用章句の書き写しの際にアテーナイオスが,抜粋すべき箇所の始めと終わりだけ印をつけて筆写作業は書記奴隷に行わせただろうという話が出ている.
大プリーニウスの逸話としては,朗読者の些細な間違いを指摘してきた人に時間の無駄を言って答えた話が特に印象的.
「私は今も覚えていますが,朗読者が何箇所か間違って読み上げたとき,叔父の友人の誰かが,呼び止め,読み直しをさせました.その人に私の叔父は言ったのです.『あなたは誤読とわかっていたのでしょう』。友人が認めると,『ではなぜ朗読のやり直しをさせたのです.あなたのこの横槍のおかげで,十行以上も損をしたよ』」(國原訳『プリニウス書簡集』 p.117)
Landolfi, L.(2003), `Man. Astr. 2, 1-48: Il catalogo letterario’, Landolfi, Integra prata, pp.29-59.
マーニーリウス『アストロノミカ』第2巻の序歌はホメーロス,ヘーシオドスに始まるエポス詩人たちのカタログとなっている.この「文学史」の典拠がどこにあるのかについてはこれまで複数の仮説が出されてきた.Landolfiはそれらとは別に,エレゲイア詩人(プロペルティウス,オウィディウス)との関連性を検討する.とりわけ,これらの詩人が,過去の詩人たちを列挙することで自らをその伝統に連ねようとしたのとは対照的に,マーニーリウスは先人たちとの相違や自身の孤立性に力点を置いているという点が明らかになる(初出は1992年の論文).
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奥村先生の『C言語による標準アルゴリズム事典』は去年改訂新版が出たので欲しいと思っているまま買っていない
https://gihyo.jp/book/2018/978-4-7741-9690-9
イタリア語のesoterico《秘教的な,秘伝の》とessoterico《大衆向きの,公開された》はsがひとつ違うだけで意味が正反対になってしまう……
イタリア語で綴ったときのヘーシュキオス(Ἡσύχιος, Esichio)とアイスキュロス(Αἰσχύλος, Eschilo)も目が悪くなると厳しい
https://twitter.com/ncrt035/status/889378863196774400
Guido CappelliのL'umanesimo italiano da Petrarca a Valla(ペトラルカからヴァッラまでのイタリア人文主義)ってオリジナル版は2007年にスペイン語で出ていたのね.
http://www.carocci.it/index.php?option=com_carocci&task=schedalibro&Itemid=72&isbn=9788843091348
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Carocciから出ている本もモダンな装丁なんだけど,ドイツのWalter de Gruyterのような耐えがたいダサさではなくて洗練された感じだし,値段もそれほど高くはないし,ちゃんと縫ってある丈夫な製本だし,謎だ.
最近の出版物をチェックしてなかったので眺めているけど,よさ気名ものがいっぱい出ている.
P.ChiesaのLa letteratura latina del medioevo(中世ラテン文学)
http://www.carocci.it/index.php?option=com_carocci&task=schedalibro&Itemid=72&isbn=9788843088881
F.D'IntinoとM.Natale編集のLeopardi(レオパルディ)
目次を見るに散文・韻文から文献学関係著作,文体など網羅的に論じてあるらしい.
http://www.carocci.it/index.php?option=com_carocci&task=schedalibro&Itemid=72&isbn=9788843092673
今朝方読んだ大プリーニウスの著作方法に関する論文を書いたT.Dorandiが2016年にこんな本も出していたのは知らなかった.古代ギリシア・ローマの作家たちが著作するにあたりどのように書記道具を用い,どんな製作工程を踏んだのかを扱っていて,とても面白そうな(且つ痒いところに手の届きそうな)本のようだ.
T. Dorandi, Nell'officina dei classici: Come lavoravano gli autori antichi.
http://www.carocci.it/index.php?option=com_carocci&task=schedalibro&Itemid=72&isbn=9788843083121