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天理大学にはスペイン語・ブラジルポルトガル語専攻がある
天理大学 | スペイン語・ブラジルポルトガル語専攻 https://www.tenri-u.ac.jp/ins/spbr/index.html
天理大はまた,全国スペイン語弁論大会も主催している.今年の第49回大会は12月14日開催.
https://www.tenri-u.ac.jp/topics/q3tncs00001ryu5s.html
スペイン語の研究機関が全国にどのくらいあるのかちゃんと把握してないな.マイナーなイメージを抱きがちだが中南米も含めて話者数は相当なので研究者人口も多そうだが.
「2012年まで専門の言語コースとして学生を指導していたノウハウは、現在も言語教育研究センターで言語科目の講義に引き継がれています。イスパニア語コースは、外国語学部が開設された1952年、日本の私立大学最古の「イスパニア学科」として誕生した歴史があります。また、「ブラジル学科」が約20年前に日本で唯一の学科として誕生。こうした、教育の長い歴史と実績、積み重ねてきたノウハウが本学にはあります」
神戸市外国語大学にもイスパニア学科がある.
http://www.kobe-cufs.ac.jp/sp/department/hispania/index.html
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今読んでる本に,ドイツの哲学者ゾーン゠レーテルがナポリを訪れたときのエッセイが引かれているがとても面白い.
「技術にかかわる諸装置は,ナポリでは原則として壊れている.つまり,損傷のない新品があるとすれば,それは例外にすぎないし,奇異な偶然のおかげなのだ.ナポリに滞在しているうちに,すべてのものはすでに壊れた状態で作り出されているという印象を持つようになる.[……]しかしながら,それらが壊れているからといって機能しないというわけではなく,ナポリ人にとっては,何かが壊れていることで初めて機能し始めるのである」(藤原辰史『分解の哲学――腐敗と発酵をめぐる思考――』pp. 30-31)
昔先生に「ナポリに行くならナポリ人の友人を作っておくといいよ」と言われて「ザ・デッドロックじゃん」となったの,よく覚えている.
続き.
「ナポリ人は,卓越した名人芸で,自分の所有する壊れた自動車を,街頭で見つけたような小さな木の棒という予想外のものを取り付けて,ふたたび走らせることができる.だがもちろん,当然のことながら,まもなくそれはふたたび壊れるだけだ.というのも,完全に修理してしまうことは,ナポリ人に嫌悪感をもたらすから.ナポリ人はむしろ完璧な自動車など最初からあきらめているのである」
「完璧な自動車は,それであること以上に何もナポリ人の関心を惹かない.もし,ナポリ人が,それではそもそもモーターや技術的な目的をもった道具を利用しているということにはならない,なんて言われたら,驚いてその人を見るだろう.しかもナポリ人は躍起になって反論するだろう.自分たちにとっては,もはや技術の本質は壊れたものの機能にある,と.そして,毀れた機械を扱うなかで,ナポリ人は,しかしながらすべての技術を克服し,君臨している.[……]」(同書pp.31-32)
「技術の本質は壊れたものの機能にある」というのは意表をついていていいな.
「壊れない」ものや壊れた場合に手に負えないものを使っているのは実は技術的なものから縁遠い.