廣松渉による「近代の超克」論、いまのところ京都学派とくに高山岩男の「世界史の哲学」の分析だが、当時の知識人にとって「歴史」という観念がひどく重要なのはよくわかった。
https://pleroma.tenjuu.net/notice/AU6rtHIL8hTDRMQgxU
廣松渉による「近代の超克」論、いまのところ京都学派とくに高山岩男の「世界史の哲学」の分析だが、当時の知識人にとって「歴史」という観念がひどく重要なのはよくわかった。
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まあ、西洋化を「進歩」とするような歴史意識があり、そのなかでも資本主義から共産主義へは直線的な歴史発展となると語られていたわけだから、西洋の歴史そのものを経験してきたわけではない日本人が、この歴史観に違和感をいだくのはそれはそう。
これとても今っぽいなとおもったけど、いつの記述だろう(週刊読書人1061号とあるけどバックナンバーの検索が困難)。
松本健一氏は(略)「日本的ファシズム形態」が成立したのは「ミイラとりがミイラになったのではなく、移入ファシズムを否定的媒介にしながら」自己形成をとげたものである経緯を顧みつつ、氏が「いまファシズムの危機を喋々したり、軍国主義の兆候を叫んだりしている手合いの多くは、一朝ことあればそのままの位相で、ファシズムの担い手になり」かねない事情を剔抉され、「それは本人たちによって当面ファシズムと呼ばれることはないだろう。それは新しい何かとして登場するだろう。(略)いえることは、その新しい何かはファシズムを否定するかたちで歴史の舞台に登場してくるだろう、ということだ。このとき、現在唱えられているファシズム否定論は、ほとんど役に立たないにちがいない。むしろこれは、これらファシズム否定論の多くをじぶんの見方にひきいれつつ登場してくるはずである」
中村一美が気になって調べたいが、カタログ買ってないんだなぁ...。やっぱりいざというときのためにカタログ買うべき。
これ、たぶん当時のATGのリーダーはドナルド・ノーマンで、ジョブズの考えとの対立を読みとるべき(ノーマンははしごを外された)だとおもうんだけど、ノーマン的な方針がもともとあったからよいUIだったんだとか、ATGがまだ残っていたらよりよくなっていたはずだとか、こういうのを具体的な根拠もなしに妄想たれながすだけだからHCD信用してない。
https://u-site.jp/lecture/hcd-activities-not-taking-root
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