練習問題などを解く際,「解けて当たり前,解けないのは頭がおかしい」と思っている節があるらしく,間違えたところにだけペケをつけるので,後から見直す時きれいなのはいいが,あまり精神衛生には良くない気がしてきた.
練習問題などを解く際,「解けて当たり前,解けないのは頭がおかしい」と思っている節があるらしく,間違えたところにだけペケをつけるので,後から見直す時きれいなのはいいが,あまり精神衛生には良くない気がしてきた.
🤔 「実は特に問題意識などないんですね.ゼミを挫折した学生に聞くと最大の要因が『先生の正解を当てに行ったけど,全然分からないので疲弊する』というのです」
大学生の創造性を奪う「自分らしさ地獄」と大人への忖度(藤代裕之) - 個人 - Yahoo!ニュース https://news.yahoo.co.jp/byline/fujisiro/20190329-00119933/
でも自然科学と違って人文科学では,学会を組織したりその学会で論文をヴォランティアでブラインドレヴューをするといった科学として健全な仕組みを作れる規模なんてない分野がかなりあるという構造的問題は存在する
査読は大抵匿名で行われるけど,査読者による盗用やフィードバックを故意に遅らせる妨害など倫理的な問題が生じる場合があるので,署名入りで行い,修正・改善のプロセスの透明性を高める意義はあるし,そうすることで査読者による研究への貢献が可視化される利点がある(これは結構大きな点ではという気がする).
そういえば会場であった指摘として,査読のプロセスに非専門家の目が入りうるとすればpeer reviewerとしてではなくもっとメタなレベルで,になるだろうというのがあった.プロセス全体の健全性の監視という形.
人文系の査読システムが形骸化しないためにはオープン・ピアレビュー方式で,何ならそのプロセスに非専門家の目が入りうるくらいに透明性があった方がいいのではという思いがあるがあまり確信はない.
これもおすすめ
亜紀書房 - 災害と妖怪 - 柳田国男と歩く日本の天変地異 https://www.akishobo.com/book/detail.html?id=511
ものを読んでいると目が疲れるので定期的に目を休ませる必要があるが目を休ませている間はものが読めないという不具合が放置されている
疲れ目防止を主目的にAudibleとか朗読サービスを利用してるけど、目からと耳からでは理解度が大きく異なってしまう。人にもコンテンツにもよるのだろうけど。書籍そのままの朗読ではなく耳用のアレンジがあるといいんだろうな。
https://www.audible.co.jp/
朗読サービスを使って食事中などにも本を読み上げさせて抜粋を作る大プリーニウスごっこを行う機運が生まれた
某先生は「論文を読みながら寝るとすぐ眠れる」と仰っていたが,面白い論文を引いてしまうと起き上がって要約を作り始める危険性があるという問題がある.
「私は今も覚えていますが,朗読者が何箇所か間違って読み上げたとき,叔父の友人の誰かが,呼び止め,読み直しをさせました.その人に私の叔父は言ったのです.『あなたは誤読とわかっていたのでしょう』。友人が認めると,『ではなぜ朗読のやり直しをさせたのです.あなたのこの横槍のおかげで,十行以上も損をしたよ』」(國原訳『プリニウス書簡集』 p.117)
大プリーニウスの抜粋の習慣について.Nihil enim legit quod non excerperet; dicere etiam solebat nullum esse librum tam malum ut non aliqua parte prodesset. 《というのも彼は,抜き書きをせずに読むようなものは何もありませんでした.またこう言うことを常としてもいました,いかなる部分も役に立たないほど悪い書物は何もない,と》(Plin.Epist.3.5.10)
さっきの連載の37回から39回までの3回がカフカ『変身』を老人介護を扱った作品として――つまり虫への変身=突然の老化――読むという話で,そういう見方もできるのかーと感心した.
http://to-ti.in/story/oi_ou37
ところで養生訓というと11世紀に書かれた『サレルノ養生訓Regimen sanitatis Salernitanum』という詩を思い出した.
si tibi deficiant medici, medici tibi fiant
haec tria mens laeta, requies, moderata diaeta. (8-9)
あなたに医者がいないなら,次の三つが医者となろう,
元気な心と休息と節度を守った食餌とだ.
そういえば昼間買い物に行ったらケムリクサ効果なのかどん兵衛が若干品薄だった(そういう自分の一個買った)
大カトーの逸話で,「『何故カトーの像があるのか』と問われるよりも『何故カトーの像がないのか』と問われる方がいい」と言った,という話の出典はどこだっけと調べたらプルータルコス『対比列伝』(Cat. ma. 19.4)のようだ.
πρὸς δὲ τοὺς θαυμάζοντας, ὅτι πολλῶν ἀδόξων ἀνδριάντας ἐχόντων ἐκεῖνος οὐκ ἔχει «μᾶλλον γὰρ» ἔφη «βούλομαι ζητεῖσθαι, διὰ τί μου ἀνδριὰς οὐ κεῖται ἢ διὰ τί κεῖται»
《無名でも像を持つ人が多くあるのに彼が像を持たないことに驚く人々にはこう言った.「なぜ私の像があるのかと問われるよりなぜ私の像がないのかと問われる方がいい」と》
衝動は突然訪れるので『ワンダと巨像』のPS4リメイク版をやりたい感じになってしまった
https://www.jp.playstation.com/games/wander/