2018-01-21 12:08:53 @ncrt035@gnosia.info
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ἐπιζευκτικός ------ 接続法の.
ἰστέον δὲ ὅτι τὰ ὑποτακτικὰ ἓξ ὀνομασίας, τρεῖς ἀπο τῆς σημασίας, καὶ δύο ἀπὸ τῆς συντάξεως, καὶ μίαν ἀπὸ τῆς φωνῆς ... ἀπὸ δὲ τῆς συντάξεως ὑποτακτικὰ καὶ ἐπιζευκτικὰ καλοῦνται· καὶ ὑποτακτικὰ μὲν καλοῦνται, καθὸ ὑποτάττονται τούτοις τοῖς συνδέσμοις, φημὶ δὴ τῷ ἵνα, τῷ ὄφρα, τῷ ὅπως, τῷ ἐάν· ἐπιζευκτικὰ δέ, ὅτι ἐπιζεύγνυνται τούτοις τοῖς συνδέσμοις. (Choerob. Theod. 2.275)

※ὑποτακτικάには名称が6つあって,3つは意味から,2つは構文から,1つは音声から由来するという話の中で,構文由来のもののひとつがこれ.

2018-01-21 14:31:43 @ncrt035@gnosia.info
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oxymoron 対義結合(撞着語法,矛盾語法とも)

τοκέες δ᾽ ἄπαιδες δαιμόνι᾽ ἄχη ὀᾶ, δυρόμενοι γέροντες τὸ πᾶν δὴ κλύουσιν ἄλγος.
《子を失った親たちは,ああ,神より送られた苦しみを嘆きつつ,痛ましい報せを耳にしてはやすっかり老いさらばえる.》
アイスキュロス『ペルシアの人々』580-584行.

《親たち》τόκεες (<τίκτω《産む》)とἄπαιδες《子のない》との間のぶつかりが対義結合になる.

2018-01-21 14:49:54 @ncrt035@gnosia.info
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hendiadys 二詞一意(二語一想)

nunc etiam pecudes umbras et frigora captant
《今や家畜らは涼しい木陰を探し求める》
ウェルギリウス『牧歌』2歌8行.

文字どおりには《木陰と涼しさ》で,《涼しい木陰》や《木陰の涼しさ》と言い換えうる.一概念をなすものを二つのものの並列によって表している.
‘An instance of hendiadys, the figure by which the head and subordinate parts of a complex idea, e. g. umbras frigidas or umbrosa frigora, are presented as discrete items equal in status’ (Coleman, ad loc.)

2018-01-21 21:44:33 @ncrt035@gnosia.info
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ルクレーティウス『事物の本性について』第2巻679,681行

denique multa uides, quibus et color et sapor una
reddita sunt cum odore, in primis pleraque poma;
更にまた色や味が香りとともに与えられているものが
数多くあることが判る,とりわけ大抵の果実がそうだ.

《果実》pomaはBrunoの修正案で,写本では《贈物,供物》donaになっている.
Floresのエディションでは文献表にBruno, Bemerkungen zu einigen Stellen des Lucretius, 1872が示されているけれどもnon sono però riuscito a trovarloと断り書きがある.

この箇所は4-5ページにかけて論じられていて5ページ目の上の方にSchreiben wir also poma statt dona, so bietet die Stelle keinen Anstoß mehrとあるのが確認できる.

archive.org/details/4768937

Web site image
Bemerkungen zu einigen Stellen des Lucretius [microform]
2018-01-21 21:44:45 @ncrt035@gnosia.info
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多分Floresの注記は場所がわからなかったのではなくて文献そのものにアクセスできなかったということだろう.

2018-01-22 11:36:17 @ncrt035@gnosia.info
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デーンハルトのアイスキュロス『ペルシアの人々』スコリアですが,このリンク先のものは後半にページの脱落が見つかったのでリンクを貼り直します.
ただどういうわけか原本とページの左右がひっくり返ってスキャンされているのでその点要注意.1ページに2カラム印刷されている方が本来は右ページで,左カラムが行間註,右カラムがMスコリア,反対のページはΦ(A)スコリアになっている.

archive.org/details/bub_gb_9lM

Web site image
Scholia in Aeschyli Persas : Recensuit, apparatu critico instruxit
2018-01-22 12:00:36 @ncrt035@gnosia.info
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αἱμαχθεῖσα δ᾽ ἄρουρα] ἡ ἄρουρα δὲ καὶ ἡ γῆ καὶ ἡ χώρα τοῦ Αἴαντος ἡ περικλύστα καὶ περικλυζομένη, τῇ θαλάσσῇ δηλαδή, νῆσος, ἤγουν ἡ Σαλαμίν (Σαλαμὶς P(Dd.)), ἔχει τὰ σώματα τῶν Περσῶν. (ASch. Aeschyl. Pers. 598, ed. Dähnhardt)
註釈の中で《すなわち》という説明の際によく使われるのがδηλαδή, ἤγουνなど(ラテン語ならscilicet, id est相当).
ここではπερικλύστα《周りを洗われた》という語に《海によって》を補い,《アイアースの島》を《サラミース》と説明してあり,その導入に上記2語が使われている.

2018-01-22 19:37:15 @ncrt035@gnosia.info
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Archai誌の昨年9月号にマーニーリウスに関する論文が載っている.

Boechat, E. M. B.(2017), The concept of the Sun as ἡγεμονικόν in the Stoa and in Manilius’ Astronomica, Archai 21: 79-125.

タイトルの通り,『アストロノミカ』における太陽とストア派のヘーゲモニコン(統轄的部分)との関係を扱った論文.
初期・中期ストア派におけるこの概念についての検証と,『アストロノミカ』中での扱われ方の考察(p.97以下)という2部から成る.

periodicos.unb.br/index.php/ar

2018-01-22 22:15:18 @ncrt035@gnosia.info
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πλαγιάζω
語形変化に関する意味のほか,
《皮肉な・ひねった表現をする》というような意味が受動態でソポクレース『オイディプース王』のスコリアの中に確認できる.

πεπλαγίασται δὲ πἀλιν ὁ λόγος καὶ τὴν ἀλήθειαν αἰνίττεται τῷ θεάτρῳ ὅτι αὐτὸς δράσας τὸν φόνον ὁ Οίδίπους καὶ ἑαυτὸν τιμωρήσεται.
Sch. Soph. OT 137

εὖ πεπλαγίασται ὁ λόγος ὡς τὴν πήρωσιν αἰνιττομένου ἀλλ' ἐπὶ τὸν θάνατον αὐτῷ ὁ λόγος· ἀπορήσας γὰρ ξίφους ἑαυτὸν ἐτύφλωσεν.
Sch. Soph. OT 1183

2018-01-22 23:21:11 @ncrt035@gnosia.info
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φράσις ------ 言い方,表現,(慣用的)言い回し.

ἀμέλει καλῶς: ἀντὶ τοῦ "μὴ ἀθύμει". ἀττικὴ ἡ φράσις.
Sch. Aristoph. Nub. 488b-c.

2018-01-23 22:59:01 @ncrt035@gnosia.info
アイスキュロス『ペルシアの人々』516行(Q = Par.gr. 2884; 13世紀)
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ποδοῖν ἐνήλου

[Memo: アイスキュロス『ペルシアの人々』516行(Q = Par.gr. 2884; 13世紀)
行間註としてποδοῖνの上に恐らくἐν τοῖν(手段の意味であることを示す意図か),ἐνήλουの上にἐπηδήσας(意味上の言換え)とω(ἐνήλουという第2アオリストではなくἐνήλωという第1アオリスト形の意味)が書き添えられている]


gnosia.info/media/u_150gMZ_mQ7

アイスキュロス『ペルシアの人々』Q写本
Attach image
2018-01-24 00:02:32 @ncrt035@gnosia.info
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Santini, C.(1993), `Connotazioni sociologiche in margine ai paranatellonta maniliani', in Liuzzi, D.(a cura di), Manilio: fra poesia e scienza, Galatina, Congedo: 109-125.

マーニーリウス『アストロノミカ』第5巻は黄道十二宮とともに昇る星座(paranatellonta)とその影響を取り扱う.
それらの星座にちなんで地上の人々の性質や携わる職業が多岐に亘って描かれており,そこに認められる当時の社会や経済との関わりが分析される.特にそうしたカタログ的描写のひとつひとつがun vero e proprio quadro di vita sociale(p.113)になっているという指摘は興味深い.

2018-01-24 00:25:14 @ncrt035@gnosia.info
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この論文がペルセウスとアンドロメダの挿話にウェルギリウス『農耕詩』第4巻におけるオルペウスとエウリュディケのepillio(小叙事詩)との類似を認めているのはなるほどと思った.

2018-01-24 00:29:59 @ncrt035@gnosia.info
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ところでウェルギリウス『農耕詩』4巻のこのエピソードについてはセルウィウスが興味深い情報を与えてくれている.

sane sciendum, ut supra diximus, ultimam partem huius libri esse mutatam: nam laudes Galli habuit locus ille, qui nunc Orphei continet fabulam, quae inserta est, postquam irato Augusto Gallus occisus est. (Serv. in G. 4.1)

つまり当初ガッルスへの称讃が含まれていたはずが,彼がアウグストゥスの怒りゆえに殺された後オルペウスの伝説に置き換わったという.
G.B.Conte校訂の『農耕詩』の新しいテクストは4巻291行(et uiridem Aegyptum nigra fecundat harena)の取り扱いに関してこの話に触れていて,エジプトの名を出すこの詩行はその地の総督を務めたガッルスの没後,彼への言及を消すため変更された可能性を示唆している.

2018-01-25 22:17:30 @ncrt035@gnosia.info
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litotes 緩叙

ある事柄を言うのにそれと反対の事柄を(否定と共に)用いて言う.

κτύπον δέδορκα· πάταγος οὐχ ἑνὸς δορός.
《凄まじい音が見える,ひとつならざる槍の音》
アイスキュロス『テーバイ攻めの七将』103行

包囲されたテーバイの町の女たち(合唱隊)の台詞.《ひとつならざる》と表現された城外の敵軍が放つ物音は,実際には夥しい数の武器が立てる恐ろしい轟音.

2018-01-26 19:18:59 @ncrt035@gnosia.info
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hypallage (enallage) 形容語転移

この語そのものは《代換》としてより広い意味を持つが,多くの場合,形容語がその本来一致すべき対象から別のものへ転移した現象を指すのに使われる.

numquam Tyndaridis forma conflatus amore
ignis Alexandri Phrygio sub pectore gliscens
clara accendisset saevi certamina belli,
《テュンダレオースの娘の美貌への恋心により灯された
炎がプリュギアのアレクサンドロスの胸中に沸き上がり,
激しい戦の白熱した闘いを燃え立たせることもなかっただろう》
ルクレーティウス『事物の本性について』1巻473-475行

《プリュギアのアレクサンドロス》とはパリスのこと.文字どおりには《プリュギアの》という形容詞が《パリス》ではなくその《胸》の方に一致してしまっている.
もっとも近代語に直訳した時に不自然なだけでこうした現象が古典語として特別な意匠を凝らした表現かどうかは必ずしも確かではない.

2018-01-27 11:05:22 @ncrt035@gnosia.info
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D.J. Mastronardeによるエウリーピデースの古註のオンライン・エディション(進行中).
euripidesscholia.org

同著者によるPreliminary Studies on the Scholia to Euripides (2017)もここから読めます(PDFのダウンロードはまだできない)
calclassicalstudies.org/?page_