シェアボタンてすと|Francesco Petrarca, Rerum vulgarium fragmenta - STROMATEIS
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ルクレーティウスが合成語を好んで積極的に用いていることには,ちょうど限られた要素の組み合わせで多様な意味が構成されることから字母をアトムになぞらえるように,既知の単語を組み合わせて新しいものを作り出す面白さに注意を喚起する狙いがあったかもしれない.
Aq·(ue) chao densos diuo(u)m numerabat amores·
Carmine quo captę dum fusis mollia pensa
[Memo:ウェルギリウス『農耕詩』4巻347-348行(10世紀頃のPar.
lat.
13043(http://archivesetmanuscrits.bnf.fr/ark:/12148/cc741629)).
一行目のaqueは前置詞a(ab)に接続詞の-queが付いたものでatqueに間違いやすく,実際5世紀頃のキャピタル体P写本ではATQVEで伝えられる.
二行目,女性複数主格のcaptaeでaeを表すのにęが用いられている]
#exerc_palaeogr_lat https://gnosia.info/media/YcBrfc7B9j6Puw9FlyY
参考のP写本(https://digi.vatlib.it/mss/detail/Pal.lat.1631 ).PだけではなくMやRをはじめ多くの写本でそうなっているようである. https://gnosia.info/media/wRbqnw2vNDHWwgrMUPY
あとついでに.
ウェルギリウス『農耕詩』4巻338行は今日一般に削除されている.t写本でも問題の行は本文の横に書き足されているのが確認できる. https://gnosia.info/media/kHC6GkzcOPcuGHV02Og
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M.L. West校訂の『オデュッセイア』(Odyssea, M.L. West(ed.), Bibliotheca Teubneriana, Walter de Gruyter, 2017)が出ていたので入手しました.Westは2015年に亡くなったので完成を見ることはできなかったのですね.序文の最後にStephanie Westの言葉が付いています. https://gnosia.info/media/7RTQNmty6Asr-BZb0SU
Haupt, M., 'De Lachmanno critico. Rede, gehalten beim Antritt des akademischen Lehramts in Berlin (12. August 1854)', in Neue Jahrb. f. das klass. Altertum, Gesch. und dt. Lit., 14. Jahrg., 27, 1911: 529-538.
ドイツの古典文献学者カール・ラッハマンについて彼の弟子モーリッツ・ハウプトが行なった講演(言語はラテン語).ハウプトのラッハマン観がよく現れていると同時に,後世のラッハマン理解に決定的な影響を及ぼしたと考えられる論考.
[以下,要約・雑感を非公開返信で付けます]
West, D.(1969), Imagery and Poetry of Lucretius, University Press Edinburgh.
エピクーロスの教えを伝え,迷信的な恐怖の払拭を目指したscientific treatiseである『事物の本性について』(De rerum natura)の詩法,とりわけその比喩表現(imagery)−−著者によるとこれまでの註釈家や翻訳者に十分に理解されてこなかった−−−に焦点を当てたこの作品へのイントロダクション.
ルクレーティウスの詩的技法の全体的な特徴を明らかにすることを目指すため,個別の比喩表現を網羅的に収集したり事細かに分類したりすることはせず,大まかな主題区分(火,光など)に基づいて議論される.
テレンティウス『宦官』
テクスト:Kauer, E., Lindsay W. M.(eds.), P. Terenti Afri Comoediae, Oxonii 1926(2nd ed.)
前口上(Prologus)
このアカウントは、notestockで公開設定になっていません。
5月ぐらいに好奇心から立てたこのおひとりさまインスタンスは,学術系の情報は広告の入らない媒体でやりたいというのとかtwitterは人文系の治安がアレというのとかもあって割としっくりきてるので,何かヘマをしてデータを飛ばすとかサーバ代も払えないくらい困窮するとかしない限りは多分続けていくと思います.
Schiesaro, A.(1994), 'The Palingenesis of De rerum natura', Proceedings of the Cembridge Philological Society 40: 81-107.
『事物の本性について』のplot(筋書,企図)に焦点を当ててこれを明らかにすることを試みる論文.
字母の反復に関してFriedländerの研究などを踏まえつつ,字母の集積としての詩がアトムの組み合わさった総体としての世界のmicrocosmになっているという指摘にまで議論を進める.
その上でこの詩全体における生から死への推移(1巻冒頭のウェヌス讃歌から6巻末尾の疫病と死)を取り上げ,単に生から死へという一方的な動きにだけ着目してpessimisticな解釈をするのではなくその中にある反復・再生のモチーフを分析していく.
非常に面白い論文なのだけれども,イントロで展開される話が少し捉えづらく感じた(こちらの勉強不足の可能性大)ので,躓いたら先に具体的な分析を追っていくのが良いかもしれない.
West, M. L.(1973), Textual Criticism and Editorial Technique, Stuttgart, B.G.Teubner.
ホメーロスやアイスキュロスの校訂を始め多くの優れた仕事で知られる古典文献学者M. L. West (1937-2015)が本文批判についてまとめた書.150頁程度とコンパクトながら本文批判や校訂テクストについての基本的な考え方を知るための最初の一冊として優れる.
全体は,テクスト伝承の性質や「校合 recension」にあたっての問題,異読の判断や「修正 emendation」といった事柄について述べられる第1部,実際に校訂本文を作っていくにあたっての編集上要求される知識や技術が整理される第2部,具体的な古典テクスト(ギリシア語・ラテン語,韻文・散文から採られる)を挙げ,編者の目としてそれをどのように判断していくかという実践例が示される第3部という構成になっている.
アルド・マヌーツィオの『ネアカデーミアー会則』をWilsonのもので読んでいて幾つか疑問を感じたのでヴァチカン図書館のインキュナブラから起こしてみたというやつです(突貫工事)
https://www.stromateis.info/zib/neacademia.html
分散型SNSというMastodonの思想がいいなっと思えるのは自分が学生時代にシュティルナーの『唯一者とその所有』を読んでいたのとかもあるかもしれない.
|Mastodon が普及しつつあるけど、元 GNU Social 勢として思うこともありまして - 何とは言わない天然水飲みたさ https://blog.cardina1.red/2017/12/15/comparison-of-mastodon-and-gnusocial/
昔書いた読書感想文的な何か。
|シュティルナー『唯一者とその所有』書評
https://www.stromateis.info/zib/stirner.html
κτύπον δέδορκα· πάταγος οὐχ ἑνὸς δορός.
(Aeschyl. Sept. 103)
《凄まじい音が見える,ひとつならざる槍の音》
アイスキュロス『テーバイ攻めの七将』から「音が見える」という聴覚と視覚の共感の好例.
【メモ】
ペトラルカ『カンツォニエーレ』各詩の制作年代や主題,文献を整理して検索・ソートできるようにすると研究学修支援ツールとして良さげ.UIとかはRepertory of Conjectures on Horace(http://tekstlab.uio.no/horace/ )など参考にできそう.
Job, L.(1893), De grammatici vocabulis apud latinos, Paris, Lutetiae Parisiorum, Bouillon.
ラテン語の文法用語に関するラテン語で書かれた研究書…
Zuliani, L.(2000), 'Una possibile correzione interpuntiva al «Canzoniere» di Petrarca', Critica del testo III: 807-816.
ペトラルカ『カンツォニエーレ』55番のバッラータの句読点の打ち方に関する論文.
ベンボ編集のアルドゥス版以来コンティーニ版や新しいサンタガタ版など権威あるエディションはこのバッラータの6行目をフルストップにし7行目を","で切って次行へつなぐように作っている.しかしむしろ7行目をフルストップにして前の行へつなげた方が意味の面でも韻律の面でも具合が良いこと,そして同趣旨の句読点案がSalvo Cozzoなどによってすでに示されていたことを論じる.
※academia.eduで閲覧できる.
http://www.academia.edu/31303682/Una_possibile_correzione_interpuntiva_al_Canzoniere_di_Petrarca
決定稿Vat.lat.3195 (fol. 13r)を見てみると6行目(... sia peggio)と7行目(... a mille)が同じ"."で句切られていることが判る.
他方ベンボの3197写本(fol.26r)では6行目と7行目の句読点の違いが見て取れる(... sia peggio. | ... a mille, ). https://gnosia.info/media/byYEzizcAxaSbngHWuA
Schorsch, F.(2011), Das commentum Monacense zu den Komödien des Terenz: eine Erstedition des Kommentars zu "Andria", "Heautontimorumenos" und "Phormio", Tübingen, Narr.
中世におけるテレンティウス註釈としてはまず,9世紀中頃にフランスで(少なくともその一部が)作られたCommentum Brunsianumと呼ばれるものがある.もっともそこに含まれる説明は不正確・不可解な内容も多く,古典作品そのものの理解に資するというよりは中世におけるその需要に目を向けた場合に有用となるもの.
これに少し遅れて作られたのがミュンヘン写本註解(Commentum Monacense)で,これは全体的な趣旨・傾向としては前者と同様ではあるが,その作者の学識水準は一層高く,当時としては珍しいことにギリシア語の知識をも持ち合わせていたようである.
このミュンヘン写本註解(の一部)のはじめての印刷校訂版(editio princeps).
アプデ後にマストドン検索ポータルにトゥートが送れてないのは自鯖の問題かと思ってたけど向こうの更新が止まって色々不具合が出てるのか.
https://ja.mstdn.wiki/マストドン検索ポータル