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加藤直樹『九月、東京の路上で 1923年関東大震災 ジェノサイドの残響』(ころから,2014年3月)

ちょうど100年前の関東大震災の直後、混乱のなかで広まった犯罪や暴動の無根拠な噂に基づき、多数の朝鮮人が殺されました。本書はこの事件に関する証言や記録を集め、調査による解説を加えたノンフィクション作品。

時系列に沿ってまとめられた事実関係を見ると、思っていた以上に、警察や軍も最初のうちは流言蜚語を信じて動いており、それが一般市民で構成された自警団の勢いを加速して、あとから抑止しようとしても追いつかないほどにしてしまっている。偽りの大義名分を与えた体制側の責任は重い。

そして現在の日本社会で、ちょっと他人の血が流れているのを見てもギョッとして目をそむけたくなるような感覚が特に異端とはされない生活をしていると想像しがたくはあるけれども、極限状態で集団化すると、人はそんなに迷いなく生きてる他人の身体に対して残虐になれるものなのかということに絶望的な気持ちが湧く。

〔つづく〕

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〔つづき〕

また、価値観が違う100年も昔のことだと片付けることもできません。最終章では、2005年の米国でハリケーン災害の直後に起きた、非白人に対する無差別襲撃事件がとりあげられており、あまりにも関東大震災のときと状況および経緯が似通っていて背筋が寒くなった。条件がそろえば人間は「そう」なってしまうかもしれないのだ。

暴走が起きてしまった背景、その根底にある社会不安など、本書での分析を読んでいると、いまの日本にも通ずる部分は確実にあり、これからだって箍がはずれることへの警戒は必要だと考えざるをえない。

だから一東京都民である私は、地震自体を生き延びたあと言いがかりで惨殺された人たちについて、震災時に死亡という点ではほかの犠牲者と同じなので別途追悼する必要はない、という態度を取りつづけている、現都知事のスタンスには反対です。当時まだ生まれていなかった私たちも、記憶しておかなくてはならない。私たちにとって不都合だからと言って史実を風化させてはいけない。

未来のためにも自覚的・抑制的でありつづけ、分断に抗い、同じ街で暮らす隣人同士としての共感を確立・維持していかないと。

〔了〕

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ヤマボウシ。これが秋の気配か! まだこんなに蒸し暑いのに。

ヤマボウシの実がなった枝。すでに赤く色づいた実も、まだ青い実もある。
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Shanna Swendson "Tales of Enchantment"(自費出版,2023年8月)

〈㈱魔法製作所〉番外短編集。日本語読者にとっての完全新作は2つですが(このシリーズは、いったん本国で終了したあと東京創元社からの依頼で続行されたので、一部は和訳版のほうが先に出ている)、この2編がまさに「そうそう、そのあたり知りたかったんですよ」という内容。

ひとつは、突然イギリス出張を命じられたオーウェンと、お茶目で偉大な「あの御方」が出会ったときの物語。ですよね、MSIが本編開始時の状況に漕ぎつけるまでには、いろいろな苦労がないはずなかったですよね。

もうひとつは、主役のふたりが結婚したあとのお話。魔法の存在を知らない(ひともいる)ケイティ側の家族にも祝ってもらうため、ケイティの故郷で改めて式とパーティーを開催すべく準備が進むなか、まさかのトラブルが発生。孫娘の晴れの日をつつがなく迎えるため、ケイティのお祖母ちゃんが暗躍します。

このほか、シリーズ全体に関する裏話エッセイなども。また、すでに邦訳があるもの含め、収録作5点それぞれにあとがきが付いてます。