ロバート・ジョンソンは1930年に十字路で悪魔に魂を売り渡してブルース・ギターのテクニックを手に入れた。彼は契約の代償に27歳での死を運命づけられた。『クロス・ロード・ブルース』という歌が悪魔との出会いを自白していると囁かれている。
そんなのは全部嘘で、本当はその10年前にトミー・ジョンソンという同じ苗字の別のブルース・シンガーが自分自身の歌に箔をつけるために悪魔と契約したと吹聴して回ったんだ。彼は交差点で悪魔から才能を受け取ったと嘯いた。
「真夜中の交差点にギターを持ってひとりで立て。すると暗がりから黒い大男が現れて、魔法の力をもってお前のギターをチューニングするだろう。」
そんなのは全部嘘で、悪魔と最初に契約したミュージシャンはパガニーニだった。
そんなのは全部嘘だ。
ロバート・ジョンソンだかトミー・ジョンソンだかは2年の間行方をくらまし、帰ってきたときにはギターがものすごく上達していた。それは悪魔に魂を売ったからだ。周りの人はみんな信じた。
そんなのは全部嘘で、2年も特訓すればギターの腕は上達するものだ。
ロバート・ジョンソンが悪魔崇拝に傾倒した記録は存在しない。
だが人々は十字路に立って中身のない伝説を囁き続けた。
噂話は十字路に沿って大陸を超えて四方へ旅立った。
悪魔の名前はサタンでもロノウェでもなく、もとはハイチのブードゥーの神パパ・レグバという名前だった。それはそもそも悪魔ではなく、アフリカから人々が奴隷として連れてこられたときに同じ奴隷船に詰め込まれてきたアフリカ大陸に住まう古い精霊だった。
だが伝説だけが十字路で囁かれ、北アメリカとユーラシア大陸中の戦火を幾度も逃れながら世界中の交差点を点々と伝って噂話が極東の島国の首都にたどり着いたときには、神だか精霊だか悪魔だかの名前も、27歳で死んだギタリストの名前も、肌の色も真実も旅路のどこかで落としてしまって、
伝説の抜け殻だけがあとに残った。
ブルースの魂がフォークと出会いロックンロールの血潮が溢れてレコードショップの店頭で細分化されたジャンルに溶けて流れ去ったいまとなっても、
伝説の抜け殻だけが魂を求めて十字路に立っている。
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5/19開催イベント・文学フリマ東京38で新作小説『ファング』を発表します。
1989年(平成元年)12月の高円寺で、失踪したギタリストを探して奔走するベーシストの話です。
添付画像は決定稿ではない表紙デザインです。
本作に関する正式発表はイベント日時が近くなったら改めて公開しますが、いつもwipを見てくださっている皆様へのお礼を兼ねて(あと滅茶苦茶格好良いから見せびらかしたくて)、こっそり先出しします。
“得意だろ? 秘密にしといてくれよ。”
🤘 #novel_fang #SeasideBooks