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親がスマホの機種変更したらLINE使えなくなったから設定してくれって言われて、それで「老人向けのスマホ」というものをはじめて触ったのだけど、使いもしないアプリを入れられまくったうえにデフォルト設定のままだと広告とニュースらしきものの通知が無限にくる。老人は設定の仕方なんてなにもわからない。端末の扱いがわからない人は、企業側の意図でクリックさせられる。スマホの通信と端末をセットで売る業者(auとか)と、インターネットメディア、LINEなどのプラットフォーム企業はけっこう邪悪なことをしているけど、わかったうえでやっているのか、それともいろいろな歯車が噛み合ってそうなっているのか。

2023-11-26 00:44:24
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「簡単スマホ」とか書いてあるんだけど、簡単さなどカケラもなく、その代わり企業側のアテンションを引く仕掛けはふんだんにあるのだった。

2023-11-26 09:43:29
2023-11-26 09:25:41 キイロスキィ(疲れ中)の投稿 kiiroski@fedibird.com
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2023-11-26 14:13:22
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鏑木清方記念館、警備員の方の顔が鏑木清方なんだが

2023-11-26 15:51:52
2023-11-26 11:42:51 男気柑橘系💀腐りかけの投稿 nekosiberya@fedibird.com
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2023-11-27 19:21:16
2023-11-27 13:56:46 白蕭蕭の投稿 haku_655@fedibird.com
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2023-11-27 19:25:12
2023-11-26 11:36:49 近藤銀河の投稿 spiralginga@fedibird.com
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2023-11-27 19:32:21
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とあるSNSでなにかを見て、美術業界の人マウンティングしがちと思ったけど、そうではなくて「マウンティングすることで業界人アピールできる」のが正解なのでは?と思った。

2023-11-27 19:34:44
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てかマウンティングって「おれのほうが詳しい」アピールだから、美術業界に限らないな...

2023-11-27 19:35:29
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すごくどうでもいいことだった...

2023-11-27 23:19:19
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GIGAZINE、以前bootstrapがバージョン更新に伴いjQuery依存をやめるみたいな記事で、bootstrapチームがjQueryをめちゃくちゃdisってるみたいな書き方してて、そんなわけねぇだろと思って原文読んだら案の定そんなことなくむしろリスペクトを捧げており、それを指摘したら何も言わずに記事変えてたな。

2023-11-27 23:32:03
2023-11-27 23:27:27 烏頭のおやま(の)の投稿 chino_eureka@fedibird.com
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2023-11-27 23:34:32
2023-11-27 20:01:47 コメカの投稿 comecaML@mastodon.social
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2023-11-27 23:34:38
2023-11-27 20:08:00 大見崇晴の投稿 ohmitakaharu@fedibird.com
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2023-11-27 23:34:45
2023-11-27 21:34:02 コメカの投稿 comecaML@mastodon.social
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2023-11-27 23:35:20
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首気になるな

2023-11-28 01:08:38
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今日(昨日)有給つかって鎌倉に行ってきた(親が来ていて連れていった)。鶴岡八幡宮だの建長寺だの円覚寺だの行ってきて、これはもう街ごと博物館だ、すごいすごいとなってパシャパシャ写真を撮った(スマホで)。建長寺の三門はとくに良かった。

建長寺三門正面から。一階部分は、4x3で柱がグリッド状にならんでおり、壁がなくどこからでも入ることができる。
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建長寺三門斜め後ろから。
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建長寺三門裏から。
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2023-11-28 01:13:29
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建長寺の奥の方丈はぐるりと縁側を回ることができ、裏には庭がある。この庭と向き合った縁側にベンチがあり、これは庭を見るためのものだろうが、ここで老人が二人弁当を開けて食べていたのでかなりびっくりした。当然弁当なんか売っているわけもないし持ち込んだものだろう。こんなことしていたら方丈も立ち入り禁止になってもおかしくないと思う一方、この博物館のような巨大な寺院の敷地は7割くらいは立ち入り禁止区域で、そこではふつうに宗教活動などが行われている。たぶん、その巨大な図体を維持するのに自ら観光地化していったのだろうという気もする。

そんなことを思っていたところ、たまたま同日にこういうツイートを見かけた。いちおう全文引用しておく。

お寺の「博物館」化は美術的視点が仏像に導入されて以降、著しいものがあり、お寺自体もそちらに迎合した事実があります。しかし、そっちに振り切ってお寺に来られ、諸仏に手を合わすこともなく、無遠慮にシャッターを切る姿を見ると暗澹たる思いがします。せめて、慎しみがあって良いと思うんですよ。 https://twitter.com/o_nuk_i/status/1728233683600224627

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岡倉天心は、法隆寺夢殿を開扉したときのことを以下のように書いている。

余は明治十七年頃、フェノロサ及び加納鉄斎と共に、寺僧に面してその開扉を請ふた。寺僧の曰く、これを開ければ必ず雷鳴があらう。明治初年、神仏混交の喧しかつた時、一度開いた所忽ちにして一転掻き曇り、雷鳴が轟いたので、衆は大いに怖れ、事半ばにして罷めたと。前例が斯くの如く顕著であるからとて、容易に聴き容れなかつたが、雷のことは我々が引受けようと言つて、堂扉を開き始めたので、寺僧はみな怖れて遁げ去つた。(岡倉覚三『日本美術史』)

これは「日本美術史」が立ち上がる神話そのものだが、同時に信仰も駆逐され寺社が博物館になる決定的な瞬間だろう。これについて亀井勝一郎は「発掘の情熱の陰には「文明開化」の無作法もひそんでいる」と述べている。

2023-11-28 01:49:09
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ある場所において「見るに値するもの」を作りだしているのは美術史そのものなのだから、美術史の発明とは観光客を発明することに等しいとすら思う。

2023-11-28 01:56:52
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美術史的な価値を創造することは、ある客体を観光資源化することになるし、自分が鎌倉の仏像と向き合う姿勢も資源として見ている。観光地で写真を撮るというのはそういうことではある。

2023-11-28 15:14:47
2023-11-28 12:42:33 カラバコ✅たぬきのたからばこの投稿 hi_kmd@misskey.cloud
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asami bii Kaiowaさんによる https://twitter.com/fadiquran/status/1728902006994022610 の翻訳を転載する。
元の
ツイートは15連続ツイートになっているけれども、読みやすいように繋いである。

パレスチナの子どもの囚人についての個人的な話をしよう:

- 2012年、私はヘブロンでシュハダ通りを開放するデモに参加して逮捕された。シュハダ通りはイスラエル軍が閉鎖し、イスラエル人入植者専用になるまでパレスチナ人の主要な市場だった通りだ。1/

- 手錠をかけられ、唐辛子スプレーで目をつぶされ、イスラエル軍のハンヴィーの荷台に放り込まれ、頭を打ちつけられると、兵士たちは発車した。彼らは突然停車し、外へ走り出し、私が聞いたのは泣き叫ぶ子どもの声だけだった。

- その子は私の上に投げ出され、手錠をかけられた。彼に年齢を尋ねると、13歳だと答えた。何があったのかと尋ねると、姉の家に向かって歩いていたところ、兵士が彼を止めて、つまみ上げられたと言う。

「お姉ちゃんが僕のために昼食を作ってくれたのに、僕が迷子になったらお姉ちゃんが怖がるよ」と泣きながらパニック状態になっている。私は彼に、心配しないで、何とかなるからと言い、基本的なヒントを与えた: あなたには黙秘権がある、弁護士なしでは何も言うな......等々。

- イスラエル軍の前哨基地に着くと、私たちはハンビーから引きずり出された。子どもは怯え、兵士に目をつぶすなと言う(彼は私が唐辛子スプレーで目をつぶされたと思ったようで、私は目を開けることができなかった)。

- 子どもはあちこち叩かれて、兵士は黙っていろと告げる。

- 少し待つと、子どもは尋問のために呼ばれた。

- イスラエル軍の取調官は文字通りこう言った: 「家に帰してやるから、一緒にいた男がデモを先導し、我々に石を投げろと言ったことを確認しろ」。

- 子どもは、家族や弁護士に電話したいと言った。取調官はオーケーと言う: 携帯電話を取り、子どもに渡す。子どもが母親の番号を入れる。兵士が子どもから携帯を奪い取り、母親が出る。兵士は言う:「 あなたの息子は刑務所行きです。もし口を割らなかったら、あなたを逮捕しに行きます」。

スピーカーにしていて、母親はパニックになっているのがわかる。子どもがパニックになりだす。兵士は彼女の顔を見ながら電話を切る。

- 兵士は子どもに言う。「おまえの家族の生活を地獄にしてやるぞ。だが、私が言ったとおりに言えば、すべてうまくいく」。

- 子供はすすり泣きをし始めながら言う: 「でも、この男のことは知らないんだ......あんたたちが僕をつかみ上げたとき、ハンヴィーの中で会っただけなんだ」。部屋の外に座り、私は叫んだ:「少年、強く生きて、本当のことを言って。彼の嘘に陥らないように」。

- 奴らが来て、私を連行した。30分後、少年は震えながら尋問室から出てきた。兵士が母親を撃つと言ったと言うのだ。かわいそうな子どもは、でも心配しないで、本当のことを言っただけだからと言った。

- このかわいそうな子どもが訴えられた事件は投石で、2人の兵士が彼が石を投げるのを見たと "証言 "した。

- 法廷審理が延期され続けたため、彼は刑務所で3カ月を過ごした。最終的に彼は弁護士から、投石を「認める」ようアドバイスされた。

そうすれば、イスラエルの軍事裁判所の判決を待つのに1年かかる可能性がある一方で、弁護士は4カ月で釈放を交渉できるため、刑務所で過ごす期間が短くなるからだ。

- 要するに、パレスチナで12年間この問題に取り組んできた私が言えるのは、パレスチナにおける子どもの逮捕の大半は、まさにこのパターンに従っているということだ:

- イスラエルはパレスチナ人社会に教訓を与え、抑圧に抗議する人々を抑え込みたいのだ。

- 子どもを標的にして逮捕する- 1年に700人にものぼる。

- 子どもたちの大半は虐待され、尋問される。

- 弁護士も子どもたちも、たとえ犯罪をしていなくても「自白」した方がいいことを知っている。判決を待ち、不確実で宙ぶらりんな状態に置かれるのは地獄だからだ。だから有罪率は95%なのだ。14/

- それでイスラエル政府は、組織的な虐待を追及されると、こう言うのだ。「これらの子どもはテロリストである。- 彼らは兵士を攻撃し、それを認めた」

- そしてパレスチナの子どもたちの命は大事ではないので、世界は何度も何度も何度も見て見ぬふりをする。

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asami bii Kaiowa (@ninomiia) on X
2023-11-28 16:08:23
2023-11-28 15:36:03 ぽんこつ 27Lの投稿 ponkotuy@social.mikutter.hachune.net
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2023-11-28 16:10:23
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Fediverseでもブログでもいいけど、個人ドメインでホストする場合ってその人が死んだらいずれドメインの契約が切れてしまってコンテンツが消滅してしまうよな

2023-11-29 01:11:53
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日本美術院百年史、金額よりも体積的な問題で買うの躊躇するな...。どこ置くのこれ。

2023-11-29 15:58:51
2023-11-29 14:21:08 ちょう_ゲン_ぼうの投稿 GEN@misskey.design
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2023-11-29 15:58:59
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デザイン

2023-11-29 21:27:56
2023-11-29 21:00:50 imdkmの投稿 imdkm@fedibird.com
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2023-11-29 21:32:31
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「なぜ山に登るのか?」「そこに山があるから」ではない。それは植民地主義/帝国主義的な考え方だ。そうではなくて、知覚し、見るためだ。

山関連の文脈、いちど調べて放置しているけど、整理したい気持ちはある(気持ちはある)

https://imdkm.com/archives/2310

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書評:新潟県立近代美術館・国立国際美術館・東京都現代美術館 編『Viva Video! 久保田成子』(河出書房新社、2021年)
2023-11-29 21:42:02
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今西錦司と梅棹忠夫の師弟は登山でも有名だけど(今西は日本山岳会の会長もやっている)、彼らの人類学的パースペクティブは大東亜共栄圏的な構想と並行関係にあるとおもう。山に登ることは彼らにナショナルな境界線を解体していく経験をもたらしたはずで、そのへんと大東亜共栄圏との関係が気になっている。

2023-11-29 21:53:59
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中尾佐助がまた今西グループと登山仲間で、彼の「照葉樹林文化論」は読んで字のごとく照葉樹林帯の文化圏の類似性を語ったものだけど、これつまり国家的境界を越えた文明圏について語っているわけで、中尾らの登山経験からもたらされた発想だろう。この本を宮崎駿が読んで、「日本」から解放されることになる。
一方で、自分としてはこれが大東亜共栄圏的な思考にも見える。

2023-11-30 00:08:44
2023-11-29 10:21:20 aqz/tamainaの投稿 aqz@p1.a9z.dev
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むかしは640kBでやれてた仕事と同等のことやるのに、なんでいまは100MBオーダーで使うんだよみたいな気持ちが、ずっとある。UIなどが格段にリッチになっているので単純に比べることはおかしいとしても、コンピューティングリソースあたりの生産性を指標にとると、めちゃくちゃ退化してないか
https://x.com/kunukunu/status/1729575356028375535

2023-11-30 01:05:49
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浮世絵研究ってかなりおもしろい世界ではあるけど、「浮世絵研究」というフレームを打ち破ることが難しい世界でもある

2023-11-30 01:15:24
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版画史、複製芸術史、出版史とか一歩引いてみることが必要だけど、「浮世絵」研究となると暗黙の強固なフレームが存在している。「浮世絵」という概念が「版画」や「複製芸術」「出版」「メディア」といった一般概念に還元されることを拒絶してしまう。「浮世絵」という概念の固有性は「日本美術」みたいな言葉より遥かに強固な磁場をもっている。

2023-11-30 01:38:36
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縄文時代というのは世界史的には新石器時代になるから「縄文時代」という呼び方自体が日本固有の呼び方である、ということが『この国の芸術』に収録の「〈日本美術史〉の脱中心化」に記述がある。「浮世絵」という概念も「縄文」みたいなものではないかという気がする。「浮世絵」という言葉は元の風俗画的な意味を離れて「日本固有の」版画芸術というニュアンスを帯びすぎている。

2023-11-30 02:11:09
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こういうの検討するのは工芸史とか考えるべきなのか。

2023-11-30 02:42:03
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セカイ系、たぶん小林秀雄の私小説論に基礎を掘り下げることができる。小林の主張は、欧米の「私」は社会化されているが日本の「私」は社会化されていない、というもの。
ドストエフスキーが「欧米」かはわからないが、彼の小説にしても、ある場所で多様な人間が出会いぶつかり合うなかで「私」を配置しており、そのぶつかり合う場のことを小林が言う「社会」だと考えればいい。ドストエフスキーについていえば、そういう社会のなかで「私」の固有性は常に揺らいでいるわけだ。日本の私小説で「私」はそういう場に出会わないというのが小林の主張で、最近読みなおしてみたときに「あっそれはセカイ系じゃん」ておもったのでした。

2023-11-30 02:48:59
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このへんはたぶん柄谷の日本近代文学の起源とかと重ねて考えることができるはずだけど、まだちゃんと読みなおせていない。
ついでにいえば、大正期に起こった吉田博らの新版画では近景の扱いが変化するのだけど、それは主観的な眼差しが誘われつつ、その風景から疎外されるようなものとして形成される。遠近法的な視覚の発達だと言えなくはないけど、問題は作図の発達にあるのではなく観念の変化にあって、自分の見解では、新版画は世界から遊離したものとしての自我の表現になっている。

2023-11-30 02:51:41
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この意味で、吉田博が山に登って山から見た風景を描いたのは象徴的で、山とは人間社会が無い世界のことであり、自己を疎外すると同時に誘惑するものでもある。

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北斎にせよ広重にせよ、彼らが描く風景はつねに人間臭さがあって、言ってしまえば人間社会の延長に自然を配していたのだけど、吉田博描く自然には北斎や広重が描いた人間くささはなく、全く街の延長ではない。人間は身体的には自然の一部であり、その身体を包むものとしての風景があり、一方で、絵を見る観客としての「私」は、その風景に包まれつつ疎外される。なぜなら私の身体はいまここにあって山にあるわけではないのだから。北斎や広重の絵にはこのような疎外感がない。

2023-11-30 18:34:04
2023-11-30 18:08:56 李氏の投稿 BLUE_PANOPTICON@fedibird.com
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2023-11-30 19:01:49
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関係性の美学読まずに敵対と関係性の美学だけ読んでたけど、そのへんの流れで思弁的実在論とかOOOとか出てきたように見えていたのめちゃくちゃ嘘くせぇ〜っておもってたな。

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OOOあたりはまったく別文脈ででてきて、ようやく全体の文脈なんとなく把握できるようになったけど、15年くらい前の日本のアート関係では言ってみただけみたいな感じがあって、そういう雰囲気がとにかく嫌だったことだけ思いだしている。

2023-11-30 20:15:03
2023-11-30 20:12:24 あたしかの投稿 wakalicht@fedibird.com
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2023-11-30 20:38:32
2023-11-30 20:37:32 松浦知也 / Tomoya Matsuuraの投稿 tomoya@social.matsuuratomoya.com
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2023-11-30 20:50:53
2023-11-30 20:41:08 松浦知也 / Tomoya Matsuuraの投稿 tomoya@social.matsuuratomoya.com
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2023-11-30 20:52:49
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人文っぽい方面から出てきたものでなければ、ドナルド・ノーマン、一部でホワイトヘッドとか(Clojure界隈)

2023-11-30 20:57:33
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ノーマンについては今後は続かないというか、この系統は後退していくだろうなと思うけど、clojureから出てきたホワイトヘッドはoop批判を含んでいるからメディア論的ではないコンピュータ関連の議論としておもしろい(ただプログラマー向けすぎる)

2023-11-30 21:12:56
2023-11-30 21:03:40 松浦知也 / Tomoya Matsuuraの投稿 tomoya@social.matsuuratomoya.com
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2023-11-30 23:33:34
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これはマティス展のカタログに掲載されていた論考よりはおもしろいけど、芸術の自律性については1mmも疑いがなくて、この枠組みのなかで立てられるあらゆる問いは芸術上の意味に還元されてしまうんだよな。芸術の外部は戦争だろうとなんだろうと完全に霧消してしまう。
http://www.kaminotane.com/2023/08/04/24105/

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第一回 導かれる線──アンリ・マティス【前篇】
2023-11-30 23:45:23
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こういう分析のなかでは、昇華みたいなプロセスが仮定される夢判断みたいなものになる。