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2018-04-17 13:36:08 ぜま​:kurage_blue:​クラゲ丼鯖缶の投稿 yi0713@kurage.cc
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14:02:48 @ncrt035@gnosia.info
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これどうみても行かないとダメだったやつじゃん | Tokyo Digital History シンポジウム
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15:24:33 @ncrt035@gnosia.info
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昨日のこれ,気になったので調べてきたよ.
『群像』2013年4月号の穂村弘「現代短歌ノート[37]」(pp.331-333)が「『間違い』のある歌・その2」という題で,その冒頭が

あのね,アーサー昔東北で摘んだだろ鬼の脳(なづき)のやうな桑の実

という岡井隆さんの歌を取り上げている.この「鬼」が元々は「兎」だったというお話.

15:29:29 @ncrt035@gnosia.info
少し長いけれども穂村さんの解説を引用しておこう.
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実は引用歌の「鬼」はもともと「兎」だった.ところが,私も参加していた或る互選歌会で,作者が描いたその文字が「鬼」と誤読されたのである.しかも好評を得た.その結果,「兎」が「鬼」に化けた歌はそのまま歌集に収録されることになった.確かに,「鬼の脳」には異様な迫力がある.一方,「兎の脳」は「桑の実」の見立てとしてユニークでありつつ,大きさと形状の類似から納得もしやすい.どちらがいいか,迷うところではないか.だが,作者は「偶然の添削」を受け入れたのだ.その態度に経験や主観や言語感覚よりも自らを覆す不測の事態を信じる詩人の魂を見た思いがした.数年後,「脳と胸書き間違えるおとこいて光らせたい私が神だったら(北山あさひ)」という歌をみたとき,私は反射的に岡井隆のことを連想した.あのとき「『兎』と書いたつもりなんですが……」と呟きながら,どこか嬉しそうだった.そんな彼は「間違い」こそが新たな世界を生み出す契機であることを知る潜在的なアクシデント希求者なのだろう.

20:56:11 @ncrt035@gnosia.info
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