「人件費は人権費」というキャッチフレーズを思いついたがもう既にありそう
ロレンツォ・ヴァッラ国定版の進捗状況でも眺めよう
http://www.centrostudiclassicismo.it/valla.htm
古典作品の本文の読みが分かれたときの考え方としてdifficilior lectio potior《難しい読みの方が優れる》というのがある.
筆写によって書き継がれてくる過程では難しい表現がより簡単で一般的な表現に置き換わることはあってもその逆は起きにくい,という想定に基づくためで,基本的なスタンスとしては妥当なのだけれども,場合によっては読みがより難しい方へ変化してしまうケースもなくはないので慎重さが求められる.
『ラテン語の典雅』第4, 5(, 6)巻を担当するClementina Marsico博士が2013年にPer l'edizione delle Elegantie di Lorenzo Vallaという第5巻に関する研究をまとめておられたのは知らなかった.
http://www.fupress.com/catalogo/per-l-edizione-delle-elegantie-di-lorenzo-valla/2640
買った.
全然違う業界の話だけどなるほどなーと思いながら読みました.
退職エントリ2018(有償)|mzyy94|note(ノート) https://note.mu/mzyy94/n/n71a13626d4f5
mastodon.cloudにpushできてないなーと思って見に行ったらThis page is not correct
アイスキュロス『ペルシアの人々』704行でダーレイオスの霊が《高貴な妻よ》と呼びかける際,ほとんどの写本がεὐγενὲς γύναιとするなかI写本だけがεὐγενὲς δἀμαρを伝えている.
《妻》を表す言葉としてγυνήがごく普通の,一般的な単語であるのに対してδἀμαρは珍しい語.単純に証言の多数決を取ればγύναιが有利だけれども,《難しい読みの方が優れるdifficilior lectio potior》という基準を引き合いに出せば,本来のδάμαρという珍しい単語がγύναιという易しい語で説明された・置き換わったというストーリーを考えることができる.
とはいえδάμαρを伝える写本がただひとつであることは判断を躊躇わせる.
γύναιという読み自体には意味上問題がないのだからδάμαρがそれに対して加えられた故意の「改良」であるという考え方もありうる.
Daweはこの箇所のδάμαρが真正な読みを保存しているケースと考えるが,もしこれが故意の訂正の結果だとすれば極端な例となると言う.
Could δάμαρ have been a deliberate and arbitrary 'improvement'? All that we can reply is that, if it is, it is a very extreme example. (Collation, p.120)
'The material for learning what transcribers do consists in the various readings of their MSS.; but to find out what their mental habits were you must study scholia; there you can see the ways their intelligences worked, the things they consider puzzling, and the way they deal with them.'
Headlam, W., 'Transposition of Words inMSS.', in Classical Review vol. 16(1902): p. 247.
ウォルター・ヘッドラム,古註(スコリア)を学ぶ意義について.