「京都も緊急事態宣言の対象に」府知事と京都市長、国に要請へ 新型コロナ|社会|地域のニュース|京都新聞 https://www.kyoto-np.co.jp/articles/-/214819
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Google、遠隔授業で活用できるツールや情報を紹介するウェブサイト「家から教えよう」を公開:ユネスコ教育情報工学研究所の支援と協力を得て作成 | カレントアウェアネス・ポータル https://current.ndl.go.jp/node/40736
また面白げなものが出た.アイスキュロスのオレステイア三部作を,神(ゼウス)や正義(ディケー),宇宙の捉えられ方という点でこの悲劇詩人に影響を与えたであろうソークラテース以前哲学者(アナクシマンドロス,クセノパネース,ヘーラクレイトス,パルメニデース)の断片との比較を通して考察する研究.
The Flower of Suffering – Theology, Justice, and the Cosmos in Aeschylus’ ›Oresteia‹ and Presocratic Thought | De Gruyter https://www.degruyter.com/view/title/572130?language=en
「病」を特集した『史林』103号が特別公開されている
「2019年4月20日(土)、「病」を共通テーマとして史学研究会例会が開催されました。その内容を核とした特集号です。新型コロナウィルスの歴史的なパンデミックに際し、「病」に関する史学・地理学・考古学の知見を広く共有していただくため、特例として、刊行後ただちにオンライン公開いたします。(http://hdl.handle.net/2433/250085 )」
史学研究会 http://www.shigakukenkyukai.jp/
Classical Receptions Journalの最新号のアブストを読んでいて知ったけど,オウィディウス『恋の技法』の最初の中国語訳は1929年にすでに出ていたのか.
Ovid’s debut in Chinese: translating the Ars amatoria into the Republican discourse of love | Classical Receptions Journal | Oxford Academic https://academic.oup.com/crj/article-abstract/12/2/231/5709149?redirectedFrom=fulltext
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RT 「日本の首相の演説などを「ポエム」と形容する評言に出くわすと詩の研究から出発した学者としては我慢がならない。
「ポエム」という語の誤用はぜひやめていただきたい。
日本語にはもっとふさわしい由緒ある表現があって、それは「ネゴト」である。」
https://twitter.com/nulptyx/status/1247648067962073088
とはいえストレートに「寝言」「戯言」と言ったのでは「ポエム」を誤用している人たちの需要には即さなくて,「当人たちには何か高尚で価値があると思えている無価値なものを,そうであると真正面から指摘するでも啓蒙するでもなく,ただ高みから嗤いたい」という sardonic な態度に由来する諷刺的転用なのだろうね.
「デメリット: 添付資料などの外部ファイルが送信できない」じゃあないんですよ…
話題のテレワークって『あつまれ どうぶつの森』でも出来るんじゃない?編集部が実験して見えてきたメリット&デメリット | インサイド https://www.inside-games.jp/article/2020/03/27/128087.html
「北海道へ行くこと」を指して「来道」という言葉がちゃんとあるのか.「帰道」だと「かえりみち」のことだが.
この手の表現を色々集めたいね.「帰洛」はよく使う.「来京」は,今検索したらいろいろ出てきたけどほとんど聞いたことがない.
長崎に行くことを「来崎」と言うらしいが「何て読むの…」になった.「らいき/らいさき」らしい.
(ことばサプリ)来崎 「地名を漢語らしく」江戸期から:朝日新聞デジタル https://www.asahi.com/articles/DA3S14276785.html
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ラテン語の複合語における接続母音の話は,以前学名の付け方について問い合わせがあった際に,こちらに少し書きました(手前味噌ながら)
ラテン語の複合語における接続母音について|日本西洋古典学会 Q&Aコーナー
https://clsoc.jp/QA/2020/20200117.html
centreないしcenterはラテン語のcentrumからだけれども,これ自体ギリシア語のκέντρονから来るで-centrismをどっち系で考えたものか.κεντρισμόςという単語は一応辞書に載っているが,κέντρονの「(家畜を駆る)突棒」から「駆り立てること」くらいらしいので違う意味だね.
ちなみにギリシア語のκέντρονは占星術用語としてサンスクリットにもkendraとして入っている
ここが詳しいね
ギリシャ語からサンスクリット語にはいった外来語(十二宮・惑星など): ta meta ta phonetika http://toxa.cocolog-nifty.com/phonetika/2005/06/post_d16b.html
ラテン語の複合語を作る時は基本は-i-と言われるけれども調べてみると結構バリエーションがあるらしい,ということをゴチャゴチャ書いたけど,学名を作る際にギリシア語式造語法が勢力を持ち出したのは何時ごろからかみたいなのには答えられていない(それを調べようと思うと一大事業になりそう).
ラテン語の物珍しい複合語は概ね初期の作家に偏っていて,古典期にはそうした新造語はあまり活発には行われないというのがあり,積極的に複合語を用いてしばしばまったく新しい単語を編み出す手腕が問われたサンスクリット語やギリシア語の文学に比べるとだいぶ保守的というかその点については規範意識が強かったのかと思われる.
たしか新造語の是非についてクィンティリアーヌスあたりが何か見解を述べていた気がするが,すぐに該当箇所を掲出できない.
動作の様子を記述するのではなく,その出来事を語る話者の判断や評価を表す副詞に「批評の副詞」のほかもっとメジャーな名前がついていたはず……と少し調べて話法詞(Modalwort)にたどり着いた.
品詞分類とドイツ語の副詞
http://www.cc.mie-u.ac.jp/~kc20106/german/germanling/aufsatz/adverbwa.html
「副詞の全体像」の節を見ると「こんなに細かく分類するのか…」となる.
「3.4. 話法詞と他の副詞」のところで「一般副詞が心態詞として用いられる」ケースとして関口存男の例文が引いてある.このタイプの副詞は,文全体を主語にして副詞を述語にするような訳文にするとこなれた自然な文になる.
Sie gehen besser zum Arzt.を逐語的に拾うと「あなたはよりよく医者に行く」だが,もちろん言いたいのは「医者に行った方がいいですよ」.
http://www.cc.mie-u.ac.jp/~kc20106/german/germanling/aufsatz/adverbwa.html#link34
関口はそのものずばりの本も書いていた.
関口 存男『ドイツ語副詞』(ドイツ語文法シリーズ14)三修社, 1966.
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@plinius この箇所ですね(助かりました!).1.5.69で複合語はラテン語よりはギリシア語にマッチする云々(Sed res tota magis Graecos decet, nobis minus succedit)という話があるので,このあたりを読んだ記憶が残っていたのでした.
1.5.71には,「普及している語を用いる方が安全で,新しい語を作り出すのには危険が伴わないではない」(usitatis tutius utimur, nova non sine quodam periculo fingimus.)とも.
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vis equorumのように属格をvisにつけると直訳は「馬たちの力」でも実際には「力強い馬たち」の意味で,要するにギリシア語のβία, μένοςに属格をつける言い方に近くなりそうですね.
「太陽(=アポッローン)の馬の猛烈な力が道を逸れてパエトーンを天という天,地という地の方々へ攫って回ったとき」(avia cum Phaethonta rapax vis solis equorum | aethere raptavit toto terrasque per omnis. Lucr. 5.397-398)
でも,visの「力」としての意味がちゃんと表に出てきているのでただのperiphrasisとも言えないから微妙か.ザっと見たところOLDも態々そういう意味を項立てしていないようだし…
ギリシア語は「頭」κάρᾱとかもperiphrasisに使うからね… Οἰδίπου κάρα「オイディプースの頭=オイディプース」
しかし,『デジモンアドベンチャー』,『フルーツバスケット』,『イエスタデイをうたって』,『サクラ大戦』が放送中って何時代か分からんくなるな…
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