ぬるめた R-18 で検索したら3件だった
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なんか、正しく修復したとしても目立たないので人は呼べない、変な「修復」によって人が呼べて経済効果があるなら、正しさとは、文化財保護とは…ってよくわからない。
存在しないものへの供養、存在し得なかったものへの供養。死んだものへの供養があるんだから生まれなかったものへの供養があってもいいのでは。感染症蔓延下で生まれなかった子供への供養とかどうですか?
沖縄語に馴染みのない日本語話者がゴーヤーをゴーヤと書いてしまふことがあるの、恐らく外来語と同じ扱ひになってるんだと思ふが、なんで外来語だと長短の区別ゆるくなるんだらうな
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言文一致は本当にいいものなのだらうか、言文一致をするには特定の方言に依拠することになるが、その標準的なものとして選ばれた方言の話者は楽になる一方で、それ以外の方言の話者は母方言にない区別を強ひられたり、また非標準的だとして排除されていく。言文一致を進めると口語や方言の多様性は失はれ易いのではないか、とか。
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