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新海誠『小説 すずめの戸締まり』(角川文庫,2022年8月)

監督ご本人による小説版。映画は未見です。

先日、新井素子『南海ちゃんの新しいお仕事』を読みながら「この世ならざるどこかへ通じている場所を閉じていく話」って、最近ほかでもそういう感じのあらすじ紹介を見たぞ、と思ってしまったのです。手に取ってから、これ3月に読むにはしんどいほどタイムリーなやつだ、と気付きました。あれから12年。

理不尽に命が奪われたり、人生に不可逆な痛手を受けたりする大きな自然災害をどう捉え、受け止めていけばいいのかということを真摯に考える人のアウトプットのひとつとして読みました。ただ、個人が前に進んでいくために、個人(複数であっても)の意志で人知れず「ああいったもの」を封じ込められるっていう物語に身を委ねることに、そこはかとなく不安はあるな……。そして同時に、そんな物語を胸に抱いてでも、その後を前向きに生きていけるならそれは肯定すべきなのでは? という気持ちもある。

アニメとしては、きっと素晴らしい映像なのだろうなと思います。メインキャラのひとりが(ほとんど)椅子かよ! っていうのも含めて。

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赤染晶子『じゃむパンの日』(palmbooks,2022年12月)

2017年に逝去した芥川賞作家の単行本未収録だったエッセイをまとめたもの。

最初の数編は、読みながら思わず「これ、エッセイ集……だよね?」って確認しちゃった。短編小説のような端正な作り込まれ感があって。

畳みかけてくるリズムが心地よい話、展開に意表を衝かれて笑っちゃう話、風が通って心が軽くなる気がするような話、湿っぽくはないんだけどなんだか浸み込んでくる話などなど。同じ体験をしても、彼女しかこうは書かないだろうという文章ばかり。

最後に岸本佐知子さんとの交換日記が収録されており、ものすごく納得の人選だと思いました。

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乾石智子『神々の宴 オーリエラントの魔道師たち』(創元推理文庫,2023年1月)

シリーズ最新の短編集。権力志向を持たず、巷の人々のなかで堅実に庶民的に日々の生活を送り、それでもその身の内側に闇を抱え、きな臭い世間の動向に胸を騒がせ、必要に応じて力を行使する魔道師たち。

表題作の主人公だけは帝国による侵略戦争の旗印に駆り出された第四皇子という権力側のポジションにいる少年。しかし彼は神々の存在を感じ取る素質を有する繊細な子。英題としてつけられている "Peaceful, The Best" がまさにそう、というお話。

「ジャッカル」は、ほかの作品にも登場する本の魔道師ケルシュが視点人物。

表紙の日本語書名に併記された英題 "Only one drop of emerald"のほうに対応するもうひとつの表題作「ただ一滴の鮮緑」は、自らの生命を削って瀕死の他人を助けつづけてきた魔道師の物語。終盤の繁茂する森とめぐりめぐって還元されるいのちの表現が美しくて後を引く。