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【英作家ロアルド・ダール氏の作品、オリジナルのまま出版継続へ 修正に批判殺到で】
bbc.com/japanese/64794821

おお、結局こういうことで決着がついたか。原書で親しんでいる本国の人たちは、親子で同じ作品を愛読してたつもりが、実はあちこちフレーズが違ってた……ってなったら寂しいんじゃないかなとは思ってたけど、やはり抵抗あったか。

あと、著者本人がすでに故人で、書き換えが第三者によるものというのがね。

ハリー・ポッターも、第2巻は実在する先天性疾患に言及している箇所を修正して出しなおされていた記憶がありますが、あれは作者自身の同意のもとにおこなわれた改訂だったはず。

ただ、オリジナル版じゃないとっていう気持ちには、純粋なノスタルジーもあるとは思うよ。たとえば原文同じでも、古い作品に新訳が出るたび、日本でもあれこれとかまびすしい。

いまどきの子には通じない表現満載だろうと理解はしつつ、『チョコレート工場の秘密』の和訳は1972年の田村隆一版がどうしても好き、みたいな人、絶対私だけじゃないだろ。

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英作家ロアルド・ダール氏の作品、オリジナルのまま出版継続へ 修正に批判殺到で - BBCニュース
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新井素子『南海ちゃんの新しいお仕事 階段落ち人生』(角川春樹事務所,2022年12月)

通常は人の目には見えないがときたま事故を誘発する「世界の亀裂」に必ず引っかかってしまうため、わけも分からず転びまくりの人生を送っていた南海ちゃんと、その亀裂を「赤い靄」として視認できるが触れることはできない板橋氏が出会い、世の安全のため人知れずその靄を消していく使命のもとコンビが結成される。しかしその靄には、もうひとつ別の作用があり、それが圧倒的に健やかな精神を持つ南海ちゃんを尻目に、板橋氏を懊悩させる……。

個人的にはこれ新井素子作品でなければ受け入れられていないな、みたいな要素が山のようにあるんだけど、新井素子作品だから受け入れられてしまうのが自分でも不思議です。独特のまっすぐさが力業でねじ伏せてくる感じ。あとがきで著者ご本人もおっしゃるとおり、まだこの先も物語は続かないとおかしいので、続編もお待ちしています。

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新海誠『小説 すずめの戸締まり』(角川文庫,2022年8月)

監督ご本人による小説版。映画は未見です。

先日、新井素子『南海ちゃんの新しいお仕事』を読みながら「この世ならざるどこかへ通じている場所を閉じていく話」って、最近ほかでもそういう感じのあらすじ紹介を見たぞ、と思ってしまったのです。手に取ってから、これ3月に読むにはしんどいほどタイムリーなやつだ、と気付きました。あれから12年。

理不尽に命が奪われたり、人生に不可逆な痛手を受けたりする大きな自然災害をどう捉え、受け止めていけばいいのかということを真摯に考える人のアウトプットのひとつとして読みました。ただ、個人が前に進んでいくために、個人(複数であっても)の意志で人知れず「ああいったもの」を封じ込められるっていう物語に身を委ねることに、そこはかとなく不安はあるな……。そして同時に、そんな物語を胸に抱いてでも、その後を前向きに生きていけるならそれは肯定すべきなのでは? という気持ちもある。

アニメとしては、きっと素晴らしい映像なのだろうなと思います。メインキャラのひとりが(ほとんど)椅子かよ! っていうのも含めて。

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赤染晶子『じゃむパンの日』(palmbooks,2022年12月)

2017年に逝去した芥川賞作家の単行本未収録だったエッセイをまとめたもの。

最初の数編は、読みながら思わず「これ、エッセイ集……だよね?」って確認しちゃった。短編小説のような端正な作り込まれ感があって。

畳みかけてくるリズムが心地よい話、展開に意表を衝かれて笑っちゃう話、風が通って心が軽くなる気がするような話、湿っぽくはないんだけどなんだか浸み込んでくる話などなど。同じ体験をしても、彼女しかこうは書かないだろうという文章ばかり。

最後に岸本佐知子さんとの交換日記が収録されており、ものすごく納得の人選だと思いました。

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乾石智子『神々の宴 オーリエラントの魔道師たち』(創元推理文庫,2023年1月)

シリーズ最新の短編集。権力志向を持たず、巷の人々のなかで堅実に庶民的に日々の生活を送り、それでもその身の内側に闇を抱え、きな臭い世間の動向に胸を騒がせ、必要に応じて力を行使する魔道師たち。

表題作の主人公だけは帝国による侵略戦争の旗印に駆り出された第四皇子という権力側のポジションにいる少年。しかし彼は神々の存在を感じ取る素質を有する繊細な子。英題としてつけられている "Peaceful, The Best" がまさにそう、というお話。

「ジャッカル」は、ほかの作品にも登場する本の魔道師ケルシュが視点人物。

表紙の日本語書名に併記された英題 "Only one drop of emerald"のほうに対応するもうひとつの表題作「ただ一滴の鮮緑」は、自らの生命を削って瀕死の他人を助けつづけてきた魔道師の物語。終盤の繁茂する森とめぐりめぐって還元されるいのちの表現が美しくて後を引く。

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行ってきた。すごかった。

ますむらひろしの銀河鉄道の夜―前編
yumebi.com/index.html
artexhibition.jp/topics/news/2

八王子市夢美術館
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【プレビュー】「ますむらひろしの銀河鉄道の夜―前編」八王子市夢美術館で1月28日から
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宮沢賢治『銀河鉄道の夜』新字旧仮名版(青空文庫,2016年更新/底本:『新校本 宮澤賢治全集』第11巻,1996年1月/初出:1934年)
aozora.gr.jp/cards/000081/card

ますむらひろしさんの原画展に行ったあと、漫画版と並行して読んでいた。ずっと昔に読んだのとは違うバージョン。そもそもこれが未完の作品で、複数の原稿が遺されているっていうのも、展覧会に行くまで忘れてました。

改めて読んでも、ビジュアル的なイメージの喚起力がとても強いと感じる。でもよく考えると、具体的なところはどんどん分からなくなっていったりもする……。これを絵に落とし込んでいくますむらさんはやっぱりすごい。

〔つづく〕

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銀河鉄道の夜 (宮沢 賢治)
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〔つづき〕

そして記憶にあったよりずっと、家庭の事情により同級生のなかで浮いてしまっているジョバンニの視点から描写される、学校での人間関係が、なんかいやにリアル。ジョバンニを執拗にからかうザネリの、実際の視線の先は、クラスの人気者カムパネルラなのでは? いじめに加担こそしないけれど、積極的に止めに入ったりもしないカムパネルラは、矢面に立ちたくないだけでなく、ほかならぬ自分がそうすることで火に油を注ぐのを恐れてもいるんじゃないか。

ジョバンニのカムパネルラに対する感情が重い。思い出と無言の気遣いをよすがに、一緒に遊ぶことがなくなってからもずっと意識しているわけでしょう。現実では最後までカムパネルラのそばにいたザネリをも追い抜いて、銀河鉄道に乗り込み彼と合流できるほどの執着心。ふたりっきりでの銀河鉄道の旅の、いちじるしい多幸感。ほかの乗客が介入したときにうっすら湧いてくる独占欲。え、こんな生々しい話だったっけ。

それにしても、とりあえずザネリのその後の人生も、きっついよな……。え、こんな生々しい話だったっけ。

〔了〕

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ますむらひろし『銀河鉄道の夜 四次稿編』1~2巻(原作:宮沢賢治/有限会社風呂猫,2020年10月・2021年5月)

先日行った原画展の物販コーナーで購入。全4巻予定。

ますむらさんは1980年代に2回、原作の別バージョン(このお話は決定稿がないまま遺作となっている)をもとに漫画を描いているのだけれど、今回は「四次稿」一文一文の内容を丁寧に拾って考察を重ね、具体的な絵に落とし込んでいく丹念さがすごい。描き込みの緻密さ、要所要所の大ゴマの構図のダイナミックさも!

色塗りは妻の増村昭子さんが担当してるって初めて知ったんだけど、その色彩センスもシックなのに鮮やかさも感じられて印象的。モノクロのなかに一部分だけ効果的に色がついていたりと、凝った作りの贅沢な大判書籍。

最初は漫画でこんなに重くて大きい本、と思ったけど、これくらいの版型(B5)で堪能しないともったいないと思うに至りました。いや、でも、やっぱり展覧会で観た、さらにひとまわり大きい生原稿は本当に迫力があったよ……。

列車の座席を今回ロングシートにした根拠もあとがきでしっかり説明されていたりと、最後のページまで読み応えがある。

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ブログ更新:2023年3月に読んだものメモまとめ
days.mushi.pepper.jp/?eid=1262

■新井素子『南海ちゃんの新しいお仕事』(角川春樹事務所,2022年12月)
■新海誠『小説 すずめの戸締まり』(角川文庫,2022年8月)
■赤染晶子『じゃむパンの日』(palmbooks,2022年12月)
■乾石智子『神々の宴 オーリエラントの魔道師たち』(創元推理文庫,2023年1月)
■宮沢賢治『銀河鉄道の夜』新字旧仮名版(青空文庫,2016年更新/底本:『新校本 宮澤賢治全集』第11巻,1996年1月/初出:1934年)

●木頭(原作)+孫呱(作画)『藍渓鎮 羅小黒戦記外伝』第3巻(翻訳協力:熊一欣/KADOKAWA,2023年2月/原書:木头+孙呱《蓝溪镇 3》江苏凤凰文艺出版社,2021年11月)
●ますむらひろし『銀河鉄道の夜 四次稿編』第1巻(原作:宮沢賢治,1934年/有限会社風呂猫,2020年10月/底本:『宮沢賢治全集』第7巻,筑摩書房,1995年)
●ますむらひろし『銀河鉄道の夜 四次稿編』第2巻(有限会社風呂猫,2021年5月/原作・底本情報は同上)

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夜桜。どうやったらスマホカメラのピントが合うのかぜんぜん分からんかったです。

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