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小島憲之による、夏目漱石の漢詩文についての論文に触れた。こういう書き出し、論文というよりエッセイ風だから真似してはいけないのだけど、味わいがあるよなぁ。
学問がもたらす人生の余裕というか、深みというか…が感じられる。
(小島憲之「漱石の詩語」、『講座夏目漱石』5、有斐閣)
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漢文なんでやるの?っていう問への実用性重視な答えは、昔の公文書が読めないと困るからだよってひとまずは答えておきたい。
日本国憲法や昔の法律は漢文訓読調で書かれてるよね。例えばこんなの。
「検閲は、これをしてはならない。」
普通の日本語なら「これ」はいらないよ。でも「これ」が入っているのは、「学而時習之」を「学びて時に之を習ふ」と読んだのと関係あるよ。一字も落とさないように読んだほうが原文に忠実だよねって考えたので、「これを…する」という、純粋な日本語にはない表現で読んだんだよ。
まあ、上の例は簡単だから、別に漢文を知らなくても意味はわかるけど、我々が普段使ってる日本語も漢文由来の熟語や言い回しは普通に出てくるし、漢文をやらなかったせいでほんの何十年かくらい前の文章(特に公文書)がからっきし読めなくなる可能性があるってのは、ちょっともったいないんじゃないかな。
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論文毎日読むぞ262日目。占領下日本の性政策について。米軍兵のための「慰安所」についてや、売春禁止運動をめぐる活動家・国会議員と当事者たちのすれ違い、「兵士には性的慰安が必要」という男性神話が女性にも(そして現代にも)共有されていることなど。とても興味深く読んだ。
三枝和子「その冬の死」を思い出した。あれも「パンパン」を扱った小説だった。筆者は女性史研究が「慰安婦」の問題について立ち遅れている感が否めないことを嘆いているけれど、案外小説のほうがそういったことを扱いやすいのかな、なんて思った。
「その冬の死」の単行本が出たのは1989年、この論文は2014年。2024年現在、女性史研究が「慰安婦」の問題をどう扱えるようになったかはわからないけど、フィクションじゃないと扱いづらいものってのも、この世の中にはまあまああるわよね。
paperpileのタグがカオスになってきてんなあ。
タグ整理の難点はここかも。いろんな階層がタグという一つの機能に平面化されてる感じ。
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職場から貸与されたiPadを触ってるんだけど、今まで一度もiOSに触れずに来たから、新しいデバイスにワクワクするよりストレスが勝ってしまう。うーん。
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シン・仮面ライダーの前日譚を描いた「真の安らぎはこの世になく」、いつのまにか4巻まで出てた。ボリュームもあるけどちょっとだけ高いから放置してた。読みたいなー。
日本の古代、男性は女性の裳(ロングスカートみたいな服)の裾に惹かれ、特にそれが濡れている様に官能をそそられたようなのだけど、なんでかなーってずっと思ってた。
濡れるとたくし上げて足が見えるからかな、と今思いついた。
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