責任に誇りを持ってる人たち、責任感に圧し潰されて自殺したりするわりに責任を取り上げられることにも怯えてて大変そう
私たちにはこんなに重責が!こんなに耐えて頑張ってる!って言うもんだからじゃあ苦労せんでもいいように考えましょうかって提案すると渋い顔するの面倒すぎでしょ 苦労が好きなら文句言わず自慢もせずに苦労しときなよ
セクハラは手軽に男性性を確認できる便利な道具で、あわよくば良い目が見られるかもしれないし、相手が嫌がっても「相手を嫌がらせることができた」→「勝った」という達成感が得られるから、発する側はどちらに転んでも気分がよくなるのよね 対抗手段は法的措置くらいしかない
攻撃する側が女性だとどうなるのかというと、セクハラもあるにはあるが件数が少なくて、生まれ育ちないし配偶者や子供の社会的地位をひけらかすマウントが多くて、どうすれば自己の価値を確認して誇示できるかにも性差があるらしい
女性からのセクハラの件数が少ないのは単に、やってもあまり嫌がってもらえなくて攻撃手段として威力がイマイチという理由で、これが本気で嫌がられるようになって「効果」が上がってきたら件数が増えていくんじゃないかと思う