2019年制作のガザのドキュメンタリー。無料公開中。こう言うドキュメンタリーがあってなお国際的に擁護されてきた結果が、現在の虐殺のベースになったのだ。国際社会(我々含む)の中東への選択的無関心の罪は重い。
ガザ 自由への闘い | ドキュメンタリー映画|アジアンドキュメンタリーズ
2019年制作のガザのドキュメンタリー。無料公開中。こう言うドキュメンタリーがあってなお国際的に擁護されてきた結果が、現在の虐殺のベースになったのだ。国際社会(我々含む)の中東への選択的無関心の罪は重い。
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報道も「自民党の裏金問題」ではなく「安倍派の裏金問題」と言う体で報じているものが多い。安倍派以外の問題は添え物程度の扱い(安倍派に問題が多いのは納得の事実ではあるけど、これは自民党そのものの問題であることは間違いなく、一派閥の問題に矮小化すべきでない)
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あと日清・日露戦争なんて起こしたのがそもそもの間違いだったという反省が全然足りてなくて、日中・太平洋戦争についてだけ辛かった悲惨だった戦争良くないってやってるの露骨に「負ける戦争は良くない/勝つ戦争は良い」になってしまって本当に良くないな…と父親の戦争トラウマに苦しめられたはずの武田鉄矢が日露戦争礼賛をやっていたと知って思った。
日中戦争以前、日清・日露戦争も韓国併合もその他の植民地支配も侵略も全て、日本が武力で利益を得ようとした事全てが間違いです。
10月7日以降のイスラエルとパレスチナにおける集団暴力に関するホロコーストと大量虐殺研究の学者の声明。
Statement of Scholars in Holocaust and Genocide Studies on Mass Violence in Israel and Palestine since 7 October | Contending Modernities
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ドイツは、ヒトラーに従ってホロコーストに加担し、ネタニヤフに従ってガザ虐殺に加担するのか。
ホロコーストへの加担を反省するならば、ガザ虐殺に反対すべきではないのか。また再び虐殺する側に立つつもりなのか。
自分たちは、ガザ虐殺について「知らなかった」とはもう言えない立場にいる。止める手段を持っていないにしても、やめよと声を上げる力はある。
虐殺を止めさせる側に立つのか、それとも虐殺に加担する側に立つのか。ガザで何が起こっているか、少なくとも全くジャーナリズムが伝えていないような状況ではない。知らなかったから、とはもう言えない。
アメリカは原爆を正当化するようにして、ガザ虐殺を正当化するのだろう。だが、この虐殺が間違いなく不必要な行為だったことは、歴史が示すはずだ。アメリカはまた戦争に勝つかもしれない。しかしそれは人権主義の敗北であり、差別の勝利でしかない。アメリカは恥を知れ。民主主義のリーダーの顔を2度とするな。
定型句として「おぞましくて吐き気がする」と言うことはあるけれども、怒りや不快や悲しみや恐怖で、本当に吐き気がわいたことがない。
映画などであまりにも酷いものを見聞きした人が吐いているシーンがあるけれども、そう言うシーンにパッと共感したことがない。不愉快なものを見た時に「オエー」と吐き気をもよおすアピールをする人がいる。あれは本当に吐き気がしているのではなくて、「吐き気がするほど嫌いだ」であることのアピールだと思っている。
それとも、普通の人は普通に「吐き気」がわいているのだろうか。自分が鈍感なだけなのだろうか。
辞書を引くと「胃の中の物をもどしそうな感じ。激しい嫌悪感や不快感にもいう。」(大辞林)とある。身体的に吐き気がする以外にも使われることが明記されていた。日国・明鏡・新明解あたりも、感情としての不快感の表現について使うことが書いてある。
指示が間違っている可能性があっても「客がそうやれって言ってるし」と言ってそのままやらせようとするのはダメだろ。仕事の質的に。子どものおつかいかよ(愚痴)。
Wikipediaが「信頼できる情報源」として「信頼できる出版元」を利用せよと説くように、大手出版社は書籍の内容を一定程度チェックしていることが期待されている。その責任を放棄した出版社は信頼できない情報源になる。
「事実誤認や著しい誤りがある本は出版されるべきではない」という主張について見解を教えていただきたいです。私は、内容が正しいものであってもなくても、出版される事自体は問題なく、出版後に適切な批判を受けるでよいのでは、と感じているのですが、いまいちすっきひ論理的に整理できずに悶々としています。|新たな発想を生み出す質問箱 Querie.me
信頼できる出版元の書籍は、あらかじめその意見について出版前にきちんと批判的な検討がなされた上で出版されていると言う期待を受けているから、「間違っていても後で批判されれば足る」と言うような本を出してはいけない。
三省堂がオタク用語辞典を雑に出して強く批判されたのも、辞書に強い「三省堂」と言うブランドを背負ってああ言うものを出したからだと言う側面が大きい。あれは、弱小サブカル出版社が出していたら、鼻で笑われて終わりだったかもしれない。
現在の大手出版社がどこまで信頼できるか、と言う点は議論の余地はもちろんあるが、それでも「大手出版社」であると言うことの意味はとてつもなく大きい。ワックとか飛鳥新社とか青林堂が出した、と言うのと、KADOKAWAが出した、と言うのでは、意味合いは大きく違う。
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こんなのシェアする価値もないんだけど。
このガイチ氏の投稿で言っていることと、言及先のニュース記事とが全く整合していないように見えるのは気のせいですかね?
RE: https://fedibird.com/users/gaitifuji/statuses/111561079732757676
端的に政権担当能力がないのでは。維新も、自民も。
万博運営費の増額 「赤字でも大阪府市は負担せず」 吉村知事ら:朝日新聞デジタル