慶應で四留した話|レペゼン原級|note https://note.com/represent4ryu/n/ncb6ef1fb3cde
二次元美少女がコンソール風の背景に飲まれて消えていくデジタル九相図だ
This Anime Does Not Exist https://thisanimedoesnotexist.ai/slider.html?seed=49283
Osaka University をミスタイプして Osake University になった.お酒大学…
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ふむ
「英語が難しい原因は次の2つです。1つは英語が日本語と全く別の言語だから、もう1つは中学・高校で正しい方法と順番で学ばなかったからです。この2点を意識しながら、中学・高校の英文法をもう一度学んでみましょう」
英文法再入門|新書|中央公論新社 https://www.chuko.co.jp/shinsho/2021/01/102628.html
「無神論に対抗して二十世紀初頭に花開いたロシア宗教哲学は、ロシア正教の言語観と神名論に着目した三人の哲学者による独自の言語哲学を生んだ。本書はその内の一人のセルゲイ・ブルガーコフによる『名前の哲学』の本邦初訳。ソロヴィヨフのソフィア論に影響を受け、あらゆる名詞の背後に人間を介した宇宙の発話と、宇宙を介した個人の発話を見て、これら人間によるすべての命名の頂点にある神名の啓示を説く」
名前の哲学 二十世紀ロシア神名論の哲学 セルゲイ・ブルガーコフ著/堀江広行訳http://www.seibunsha.net/books/ISBN978-4-86520-049-2.htm
なんか昔某所の PC に入ってた倉庫番のゲーム(灰色の背景に黄色だか何かよくわからないキャラを動かしてやる)がまたやりたい,せめて詳細が知りたいと思うものの,「倉庫番」で検索して出てくるものはどれも「違う,俺がやりたい倉庫番はそれじゃない…」になってしまう
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これなぁ BT
「ムーンショットの1150億円というのは50万円の研究23万件分」
https://twitter.com/ProfMasuda/status/1352162389282623491
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『ゆるキャン△』1期のときもそうだったが,「Aパート終わったな」と思ったらエンディングが流れて「!?」となるのを毎回やる
いつも思うが「○○を訳す」というので研究費が取れればなというのがある.論文を書く方で行く場合,やったけど芳しい結果が出なかった,ということがありうるが,翻訳は費用と時間を書ければ確実に成果が上がり,いつもいつも口煩く説明を求められる「一般社会への貢献」も間違いなく存在するのだが.
クラウドファンディングやサブスクリプションのような手段が厳しい事情があるというのは先程のツイートにある通りだけれども
学術的なこともクラウドファンディングで,という流れはあろうが,ちょうど昼にシェアした増田のアレ(https://anond.hatelabo.jp/20210119143401 )がうまく言っていたように「クラウドファンディングは集金装置ではなく、『信用をお金に両替するための両替機』」であって,邪悪な「人間のコンテンツ化」と軌を一にしているから抗うべきという考え.
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しかし、だとすれば資産家や企業がスポンサーする研究も「信用をお金に」変換しているのではないのかという疑問もある。
「信用」という語の性質――あるいは正体――が変わってしまうというのがあるかもしれない.さっきのクラウドファンディングの例だと「信用」はむしろその人とかかわったことによる好意や感情(affection)で,そういう情緒的な水物に決定権を委ねたくないというところがある.
お金を集める側がコンテンツ化される(=非人間化される)ということのみならず,好意や感情という本来値段をつけるべきでない人間の情緒を金銭化するという点で,出資する側も非人間化されることになる.
煩く宣伝を繰り返すことや支援サイトでの集金・誘導に忌避感を覚えるのはそういう点にも由来する.煎じ詰めると「値段をつけるべきではないものもあるだろう」ということになるが,これは何だか古臭い考えとも見える.
個人的な体験やつながりに値段をつけることへの反抗、やはり基金を間に置くのがよいのだろうか。間接参照が問題を解決する。
「誰もが誰かから金を巻き上げようとしている(少なくともそう見えてしまう)」世の中に背を向けて能うかぎり独立不羈を貫く dyscolus になるしかなくなる.