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Ai Jiang "Linghun"(Dark Matter INK, 2023年4月)

電子書籍サンプルで冒頭部分を読んで、お盆にちょうどいいかもって安直に思っちゃったんだよ……。

今年6月に発表された2023年ネビュラ賞の Best Novella(中長編) 部門受賞作。タイトルの Linghun は灵魂(霊魂)の中国語読み。作中ではさらに別の意味も。

カナダのどこかにある、亡くなった大切な誰かを忘れられずにいる人間ばかりが暮らす町。ここでは、正しい手順を踏めば家の中に故人がよみがえってきてくれると言う。

この場所に、とある中国系移民一家が親戚の伝手で居住権を得て引っ越してくるところから物語は始まる。語り手は、兄の死亡時にはまだ幼かった高校生の一人娘ウェンチー。失った息子に執着する母も、母の幸せが大事な父も、生きてそこにいるウェンチーを気にかけておらず、実際に兄が「戻ってきた」ことで家庭内はかえって殺伐としていく。

〔つづく〕

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〔つづき〕

過去への妄執に囚われたこの町全体の異様さと暴力性が端的に描写され、ウェンチーの怒りと孤独に共感させられたうえで、やがて彼女にも大切な人を失うときがやってくるという皮肉。

息子のために中国式の食事を作りアニメ「大头儿子和小头爸爸」の主題歌しか歌わなくなったウェンチーの母とか、中国の農村から人身売買に近いかたちで嫁いできて数十年後も英語を話さず亡夫の教えを守る近所の老婦人とか、作中では「固執」の象徴的にも移民のルーツの文化が機能しており、移民の子である作者自身の感覚として、そのへんに複雑な気持ちがあるのかな、ということもちょっとだけ思った。

過去の記憶を鮮明に保ちつつ、現在に生き未来へ進むって、意外と難しいのかも。自然のことわりとして、前を向いた時点で過去の鮮明さは薄れていってしまうべきなのかも。ただそうだとしても、過去を「大切に」し続けることは可能なんじゃないかな、と感じたりもします。読者の勝手な思いとしては、ウェンチーには現在の世界にいてほしい。

表題作のほか、作品に絡んだエッセイと、やはり中華要素があり喪失とその可逆性の有無にかかわる短編小説2つを収録。

〔了〕