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岸政彦『にがにが日記』(新潮社,2023年10月)

断続的な公開日記。著者は社会学者で小説家でジャズマンで大学教員。多忙な日々が、ときにぽーんと発想が飛躍して意外なフレーズが生まれてきたりする思考の流れをそのまま写し取るように、緩急をつけて飄々とリズミカルに綴られる。

お連れ合いの「おさい先生」による突っ込み力の高い挿絵が、とてもかわいくて楽しい。

短い「0章」と、「1章」のあいだの空白期間に、猫の「きなこ」さんが亡くなっていて、そこからの本文では、おさい先生とともに、突発的にあふれ出てくる喪失感を抱いたまま日常をこなしていくさまが語られ、最後に収録された書き下ろしの「おはぎ日記」では、双子の姉妹であるもう1匹の猫「おはぎ」さんを24時間体制で介護する日々になっている。

人間よりも寿命が短くことわりの違う生きものと暮らすというのは、飼い主へ向けられる信頼や愛情と、身の内に込み上げるいとおしさとを享受する喜びがある一方で、こういう別れのつらさに直面することでもあるんだというのが、あらためて胸に迫る。それでも読後に残るのは、猫姉妹に対する、おふたりの慈しみの深さのほう。

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ところで、私は1990年代後半の時期に、岸先生のウェブ日記を読んでいたはずなのです。明らかに学生さんの日々の記録だったので、書いているのはちょっと年下の男の子か、せいぜい同い年くらいかな、と勝手に決めつけていました。ずっとずっとあとになってからご著書を手に取って、岸先生は学部卒業後にいったんほかでお仕事をされてから大学院に進んだので、ぜんぜん年下の男の子じゃなかった! って気付きました(本書にも、大学院に入ったのは29歳のときという記述が)。

あの頃のいろんな可能性に思い至らなかった私を殴りたい。いや殴らなくていいから、「その『がんばってるんだねー』みたいな僭越目線をやめろ、おまえが読んでいるそれを書いていらっしゃるのは経験豊富な年上のお兄さんだ」と、あの頃の私に伝えたい。というか、その事実を認識したうえであの日記を読んでいたという過去を持つ自分になりたい。なれない。

岸先生の日記は、当時から面白かったです(って、具体的な内容は実はもうほとんど記憶にないのですが、「このひとの文章、面白いなー」と思っていたことは覚えている)。