icon


王谷晶『君の六月は凍る』(朝日新聞出版,2023年6月)

タイトルからして6月中に読むべきだよなって思っていたのに、気づいたらすでに7月に入っていたのですが、1ページ目を見ると7月に入ってからの回想だったのでセーフ(なのか?)。

語り手をはじめとして、すべての登場人物に固有の名前がない。性別も年齢も、はっきりしない。いつ、どこで起こったことなのかも、特定できない。読みながらたしかに脳裡にはっきりと映像は浮かび、感情はトレースできるのだけれど、それは文章から喚起される私自身のもともと持っていたイメージでしかなく、読みながら「あ、でもそれは書いてない」と、何度もブレーキをかけた。綱渡りのようにニュートラルな解釈を保って読み進めることは難しく、しかしそれが奇妙に面白くもあった。自分のなかにあるバイアスがかえって輪郭を持ってくるようで。

〔つづく〕

icon

〔つづき〕

語られる感情にもまた、名前がない。追体験できるのに、名前がつかない。物語のなかでも、特定の行動に対する理由の言語化が拒否される場面が何度かあるけれども。

なにもかもに名前がないせいで感覚と感情だけが浮き上がり、さらにそのなかに突出してくる、ガリッと砂を噛んだようなざらつきと痛みを伴う現実味。

併録の「ベイビー、イッツ・お東京さま」は一転して、都内のあちこちでアルバイトをし、ネットで2次創作小説を公開するアラサー女性が主人公の、特定的な固有名詞に満ちた作品。

しかし、これだけの詳細な具体性があっても、それらを認識する主体は、それぞれに独立した個体であって、自分だけしか見ていないものを見ているんだということが物語の途中でふいに指摘され、だとすると結局、表題作とこれは表裏一体でもあるということか。

〔了〕

icon

新語にうといので、さっき見たネット上の文章でなんの説明もなく出てきた「底見えする」という表現の意味が分からず、すぐに見えちゃうくらい底が浅い、みたいな悪口か? でも文脈から考えると違うよな……などと悩んでしまったのです。

お化粧に関する話題で「この色が底見えする」みたいに使われていたので、塗り重ねた色の、下のレイヤーのほうが強く出ちゃうとか、そういう? とも推測してみたものの、やっぱり違う気がする。

ググってみたところ正解は、特定の化粧品を使い切るくらい愛用して、容器の「底が見える」ってことだって。

まあたしかにお化粧品、けっこう使いきれなかったりします(少なくとも私は)。顔はひとつしかないし、必ずしも同じものを毎日使うわけではないですからね。ちょくちょく底が見えないまま古くなったものを処分している。

インスタでも「底見えコスメ」というタグで、皆さん使用頻度の高いお気に入りコスメを紹介なさっているそうです。

それにしても、日本語は自由だなあ。いや、本当はどんな言語でも、辞書に載ってない表現が絶対に次々と生まれているはずなんだけど。私の理解が及ぶ範囲に入っていないだけで。