なんで赤斑点のやつと白斑点のやつがいるのか、なんで海に降りるやつと川に留まるやつがいるのか、なんで食べるものや住む場所が違うのか、とかが次々疑問になっては解かれていく。すごい。
文章が上手すぎて、イワナもヤマメも鮎もとくにわからん自分でもなぜか一気に読めてしまった。(鮎は写真見たら全然違った)
川魚リスペクトがすごい。
>イワナとヤマメ。山間の渓流に妍を競って僚々あいゆずらぬこの両者は、日本の渓流魚の双璧をなすものといっていい。ともにサケ科に属するこの二つの魚は、いずれ劣らぬ精悍な姿態と果敢な行動力の持ち主であるとともに、さらに、これもサケ科魚類ならではの味の良さが加わるとあって、古くから世の釣り人たちの心をかき乱し続けてきたのであった。
イワナに直接関係ないが、自然描写もいい。
>このあたりから、窓外の様子がなんとなく変わってきているのに人は気がつくに違いない。ついさっきまで十勝平野の空で明るく輝いていた太陽は、なぜかよそよそしい弱い光のものになり、どこか湿った空気が車内にはいりこんでくる。そして、見れば豆畑やビート畑はいつか姿を消し、かわって窓外には、淋しげな原野がひろびろと広がりはじめている。根釧原野にはいったのだ。
>根釧原野の秋の空には、群れをなして浮かぶ赤トンボの姿はない。ただ、時折り青空をよぎる鳥の影があるばかりである。
>夏の葉洩れ日が伊茶仁川の水面をまだらに染める。その葉洩れ日をゆらめかせて、美しい水が豊かに流れてゆく。流れる水の中には緑のバイカモがふさをなしてゆれ、川底の砂礫を絶え間なく掃き清めているかのようだ。そして、魚が泳いでいる。アメマス、オショロコマ、そしてヤマメ。どれも川に暮すサケ科の魚たちである。
>なんと美しい、心躍る情景だろう。晴れた日の夏の伊茶仁川を訪れるたびに、私はきまってシューベルトのピアノ五重奏曲「鱒」の旋律を想い浮かべる。そして、ウィーンの都の近くにもきっとこれとそっくりの川があるのに違いない、と思う。そうでもなければ、あの名曲が、どうしてこれほどまでにこの川にふさわしいだろうか──。
途中に種の分類の話があったが、分類学者には「分けたがり」と「まとめたがり」がいるらしい。
『溪流棲昆虫の生態』という論文の中で、川の「瀬」「淵」形態が定義されていて当時から研究者の参考になっていたそうだが、著者は太平洋戦争で戦死されたらしい。悲しい。
https://reference.morisita.or.jp/kani.html
このイワナ本を後輩に言ってみたら、父がイワナ釣りなので聞いてみます!と返ってきて、数分後に違うイワナ本まで紹介された。
イワナ、1ジャンル築かれているのか?
#読書