17:46:59
icon


松田青子『お砂糖ひとさじで』(PHP,2024年7月)

雑誌連載のエッセイをまとめたもの。タイトルはメアリー・ポピンズの映画の曲にある「お砂糖ひとさじで薬が飲みやすくなる」という歌詞から取られていて、苦手なことやつらいことのある生活のなかでも気持ちを上向かせてくれるような、日々のちょっとしたことがテーマ。

身の回りのこまごまとしたものやことに対する、それを選んだ経緯とか、どこがよいとかの語りは、必ずしも自分と同じような好みではないひとのお話でも楽しい。

ひるがえって、私ももっと自分の持ち物を長く愛せるような買い物をしよう……などと、決意を新たにしたりもするのだった。

またそんな素敵なもの嬉しいことの話題と並んで、タクシーで嫌な思いをした体験が報告される回があり、ちょっと異彩を放っている。でもそういった「怒り」をきちんと言語化しておくのも、自分を大切にするということだというお話に、納得するものがあった。直接文句を言えなくても、少なくとも自分のなかでは曖昧に流さず基準を持っていたほうがいいんだな。

これもまた、身に着けるものを意識的に選ぶのと同様のことなんだ。

icon


岸本佐知子『わからない』(白水社,2024年6月)

実際のところ、ゆりかもめ東京臨海新交通臨海線は、なかなか素敵な気持ちのよい路線ではないかと思います(もう何年も乗ってないのですが)。でもお台場に行ったことなかった著者が2010年に夢想したゆりかもめは、気まぐれなお猿が地上数十メートルのところを運転する、アヒルないしヒヨコのかたちをした座席吹きっさらしの不安定な乗り物なのです。スリリング。

本書はゼロ年代から去年まで、四半世紀近くにわたってさまざまな媒体で発表されたエッセイやレビューや公開日記の集大成。これまで読んできた同著者のエッセイ単行本とはまた趣きが違うけれど、やっぱり独特のセンスと発想がみちみちと詰まっています。

ちなみにマリー・ホール・エッツの絵本『海のおばけオーリー』にあちこちでたびたび言及なさっていて、本当にお好きなのだな、と。一方、大人になって本書収録のベストセラー書評の仕事(2002年)をするまで、あの超定番『ぐりとぐら』を手に取ったことがなかったという岸本さん。そんな子供だったから、「こんな大人」になったのだと自嘲気味におっしゃいます。

〔つづく〕

icon

〔つづき〕

読んでる側からすれば「こんな大人」とはすなわち、ボリュームゾーンの有象無象のなかに埋没しない唯一無二の感性のすごいひとってことですよね! としか思えませんけれど。

ここで自分語りに突入して申し訳ないのですが、私は子供の頃から「オーリー」と「ぐりぐら」、どっちも好きだったんですよ。でも、どちらに対しても、岸本さんが「オーリー」に対して繰り出すほどの具体的で的確な深みのあるコメントは出てこない。

そういう突出した好き嫌いのないぼんやりしたどっちつかずの子供だったから、私はこういう突出した個性のないぼんやりしたどっちつかずの大人になったのかも(や、あくまでも私の場合は、です)。

そうそう、2007年に読んだエッセイ集『ねにもつタイプ』のなかで存在が不確かな謎の橋として言及されていた「べぼや橋」。その語感の不思議さからたまに思い出していましたが、実在した橋であったと判明したことが2020年に書かれた坪内祐三さん追悼文に記されており、なんだか感動しました(追悼自体も、センチメンタルになりすぎない筆致で誠実に敬意と寂しさが表明されており、よい文章でした)。

〔了〕