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市川沙央『ハンチバック』(文藝春秋,2023年6月)

第169回芥川賞受賞作。主人公と同じ身体障害を持つ著者による、読書のバリアフリーを訴える受賞スピーチが話題でした。従来の紙の本が、いかに健常者にのみ都合がいい媒体であるか。

作品としてはしかし、読書にかぎらず、健常者にとってはできれば回避したい「マイナス要因」であるような経験すらも、障害があるとまずその立場に置かれることすら不可能なのだ、ということが、ときに露悪的でもある尖った筆致で、怒りを叩きつけるかのように語られる。そもそも選択肢にない、みずから望んでさえも得られないものなのだ、と。

生きるための活動が同時に身体を消耗させていく活動でもあるという、読者のほとんどが経験どころか想像もしたことがなかったであろう生活も、具体的な分かりやすい描写で突き付けられてくる。そういう意味では、障害を持たない側の感覚にすごく寄り沿って書いてくれた作品であると思う。

とてもリーダビリティの高い文章で、するする読めてしまうのだけれど、同時にこれまで目に入れずに済ませてしまっていた世界を見せつけられて、ぶん殴られるような衝撃があった。