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滝沢カレン『馴染み知らずの物語』(ハヤカワ新書,2023年6月)

フレッシュな言語感覚が評判の著者が、名が知れた既存の物語の「タイトルと少しのヒント」をもとに、自由に想像を羽ばたかせ綴った全15話。

そのヒントの「少し」って、どれくらい!? というのが気になります。微妙に元ネタ残っている感じのお話と、重なるとこきっぱり皆無なお話が混在している。ご本人が各作品にもともと持っていたイメージの強さが反映されている可能性もある?

この本は、一般的な商業出版物を読み慣れている人ほど、じっくり時間をかけて咀嚼することになるのではないか。少なくとも私はそうでした。

常日頃、この単語の次に来る単語はこれ、とオートマティックに先読みしてしまっているんだなってことが自覚できた。たとえば「たらふく」という副詞が目に入ったら、その文の続きには無意識に飲食系の述語を期待してたり。そういった惰性が、ここでは許されない。はしごを踏みはずすような感覚がある。

そして予断を打ち砕かれても、俯瞰的に文章全体を見れば情景としてはちゃんと脳裡に浮かぶし感覚としては理解できることに、感銘を受けるのだ。

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実生活上でとある懸念事項(ちゃんとした大人ならさほど悩まず対処できるのかもしれないが、私はちゃんとした大人ではないためとても不安に思っている)を抱えており、ずっとずっしり心にのしかかっているため、本の感想くらいしかここに抵抗なく書けることがない。

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伊藤人誉『ガールフレンド 伊藤人誉ミステリ作品集』(盛林堂ミステリアス文庫,2023年7月/底本:『ガールフレンド』東京出版センター,1962年)

今年1月に読んだ『人譽幻談 幻の猫』が面白かった伊藤人誉(人譽)の古い作品が復刊されていたので。

推理小説的なプロットで「普通の小説」を書くというコンセプトの連作短編集。事件っぽい感じのことは起こるし人死にもあるが、特に推理シーンなどはなく、わりとどの話も純文学っぽく(?)投げっぱなしで後味悪めに終わる。

主人公は次々と「女難」に遭うのだけれど、こいつもこいつで、この女性はなんかヤバいのではって、うすうす気づいていながら落とせそうと思うと安直に手を出しちゃったりと、なかなかに浅はかで志が低く下衆なため、あまり読者の心が痛まないのが作者の狙いどおりというところか。

ただ、私が生まれるより前の時代に書かれているので、この語り手の価値観が、どこまで意図して下衆なのかは、ちょっと分かっていないかもしれない。男尊女卑が現在より強かった頃の常識に照らすと、発表当時は、いま感じるほどには下衆くない印象だったのかもしれない。分からない。

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ここ数日、なんか胃をやられてしまって最低限のことだけなんとかこなしながらどよどよと過ごしていた。ちょっとストレス溜めると覿面に胃をやられるタイプと自覚しているにもかかわらず、食べられないので余計に体力が削られる問題への最適解を、この数十年に及ぶ人生のなかでいまだに見つけられていない。

体力を削られた状態でどうしても必要があって普段行かないところへよろよろとお出かけをしたら体温が37.2℃まで上がったので、お? ここからさらに高熱を発するようになったら発熱外来に行ったり検査を受けたりしないといかんの? と思っていたが、半日で下がったので結局そのままなにもせずその後は自宅でごろごろしていた。

まだ胃は本調子でなく、今日も食べられたものはお粥とアイスって感じです。そしてもともとあったストレス源については、動けなかったあいだは保留にしていただけで、なんの解決もしていない。保留にしていたぶん対応が遅れているのでむしろ追い詰められ感が出てきていますがどうしよう。

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仲町鹿乃子『代官山あやかし画廊の婚約者』(富士見L文庫,2023年9月)

天涯孤独となった恵茉が、祖父の遺言に従い身を寄せた屋敷の若き主人は、なんと恵茉の婚約者だという。彼は画廊を営む傍ら、怪奇現象を引き起こす絵画を鎮める仕事をしていた。それには特別な力を持つ職人が作ったお菓子が必要で、幼い頃から恵茉が祖父に仕込まれていた、ジャンルを問わない製菓の技術は、そのためのものだったのだ。

勝手に決められたことばかり。しかし恵茉はいい子なので、読んでる私のように「ふざけんな」とか言わない。自分にしかできない役目があることを悟り、果敢に真摯に取り組んでいく。

とある事情で引っ込み思案な女の子だった恵茉が、情報収集のため知らない人に会いに行ったり、失態からの信頼回復を頑張ったりしながら、その過去の事情をも精神的に乗り越えられる強さ、自分の在り方を自ら選べる強さを得ていくのが眩しい。

また画廊主人と恵茉が仕事上の相棒として助け合いつつ、互いを知り気持ちを近づけていくさまの描かれ方が暖かく、ふたりで託された絵画の背景を読み解き、ふさわしいお菓子を推理していく過程が面白かった。