17:24:03
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おれみたいにジャンル問わず、メロディやリズムやフロウや抑揚から入って内容への関心があとからついてきて、社会や文化的背景掘り出す輩もいるからなあ。それがマジョリティかどうかはしらん(違うと思う)けど。

17:20:22
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大理石作りな部屋は沁み入るほど寒く、理想的な陽射しの屋上は山が全く見えないほどの大気汚染である。
いろいろ天秤にはかって口元を抑えながら屋上にいる。

17:07:24
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あと、音楽に限らず、クールジャパンとか見てても、「世界に見せたい(現代)ニポン」みたいな色気出し始めると頓珍漢な方向になりがちな気がするな。
まぁ、これはニポンに限った話ではないけど。

見たい側の真のニーズや萌えポイントとかを見誤って「これを見せたい、これを見ろ」っていう自分の側の意識が強くなると、ただの押し付けになっちゃって、せっかく自然発生的に評価されてきたものの提供から程遠くなりがちな気がする。

16:57:50
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これは面白いね。
「世界はニポンの音楽に注目してる」については、ニポンにだけ寄りすぎた視点にも思えるけど、ニポンの音楽「にも」注目というか、等しく垣根はとっくに外れてるんだと思う。

韓国はじめ、タイやら何やらはだいぶ前から海外マーケットを意識して戦略的に or 極端な囲い込みもせずにローカル言語のまま配信して普通に世界(とは、だけどw)からハードルゼロでリーチも出来てたから気付いたら垣根なんてとっくに外れてて、言語バリアアレルギーもどんどんワカモノの間では薄れてて。

ニポンの音楽ギョーカイが既に垣根が外れてるのに気づいてたのか気づいてなかったのかは定かじゃないけど、気づいててもドメな権利保護意識の強さとか、自分たちの側に強くある言語バリアとか、そういうのが邪魔で、外の垣根より中の垣根を越えられないままきた(きてる)んじゃないかねぇ。

繰り返すと、ニポンに注目、なわけではなく、既にニポンのアーティストにも等しく競争できる機会は与えられてる…ということだと思う。
ニポンは文化的言語的垣根崩しの先人にはなれなかった。

ピンポイントにニポンの音楽、こと昭和歌謡の詩の暗くて深い感じに前から興味を持ってた異国の友達は、興味持っててもなかなかリーチできてないうちに関心薄れてたしな。


QT: threads.net/@tokuriki/post/DEM
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徳力 基彦 (@tokuriki) on Threads
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投稿の参照(1件) by browneyes :fedibird_02: aka ちゃいろ (@browneyes@fedibird.com)
15:41:51
2024-12-30 12:21:56 ぬまがさワタリ@科博「鳥」展の投稿 numagasa.bsky.social@bsky.brid.gy
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