@を使わずに複数人で話題を共有するのは、中~上級のTwitterスキルのひとつである。
むしろワールドカップ以外の文脈で積極的に国旗ハッシュタグを使用していきたいな。「#jpn の探査船の『はやぶさ』が13日に #aus に着陸します」とか、わざとやるの。
なんと。で、さらにつけ加えると、#svk もスロバキアに取られちゃったんだよね。 #git という国がなかったのは不幸中の幸いだ。
さて、週明けの職場では、「明らかに自分の方が理に適っていないし、自分がこうやって逆ギレすることにはどうやっても正当性がないけど、でもキレずにはいられない」などと、言い訳しながらキレる面倒な人になりそうな自分が目に浮かんでこわい。
そういえば何年か前にも、perlで何か関数を二重に使うと集合の和だか差だかを計算できることを発見してはしゃいでたら、普通にCPAN使えと後輩に白い目で見られたことがあって、当時から全然変わっていないことに気づいた。
もしかして「自分の頭を使って問題を解くのが楽しい」って、いまどきのプログラマにとってはかえって有害な資質なのかも。標準的なプロセスとかライブラリを覚えて使うべきところを、全部自分で楽しんで考えてしまい、メンテ性の低いオレオレ答案を作ってしまう。もちろん僕のことです。
「腹を下す」をスポーツ記事コンテキストで解釈すると「腹に勝つ」となるが、実際には腹の持ち主が勝手に下痢状態になった腹に翻弄されているので、腹に負けている。
そうそう、ついに念願のライム果汁を手に入れた。焼酎の水割りに体積比で僅か0.5%加えるだけで、ほのかなライムのフレーバーを味わうことができて幸せになれる。
あー、いまの言い方は汎用度が高すぎて卑怯かもだな。「iPadブームというよりiPadに言及するブーム」「電子書籍ブームというより電子書籍に言及するブーム」「風邪ブームというより風邪に言及するブーム」。なんでも言えちゃう。だめだ禁じ手にしよう。
自吸(この表記については http://twitter.com/another/status/15323789351 参照)ブームというより、自吸に言及するブームだと思ってる。実際に自吸をやってる人はそんなに多くない気がする。
秋山仁が既に60を越えており、しかも由美かおるより年上であることに衝撃を受けた。秋山は頻繁にマスコミに露出していた1993年頃に40前後→今は55くらい? という認識でいた一方、見かけが実年齢より若いことを頻繁にネタにされる由美は漠然と60ちょっとだと思っていたらまだ59だった。
返信ボタン等を使わずに、直接投稿窓に「@だれそれ ほげほげ……」と返事してしまうのは、in_reply_toがつかないという意味で、非公式RTと同じくらい行儀が悪いのではないか。いうなれば「非公式reply」なのではないか。
そろそろ選挙なので「民主党が信用できない十の理由」的なコピペが大々的に出回るはず。でも、その「理由」のうち七つくらいまでは、事実ではなく「ネットで『真実』となったもの」を挙げてきそう。Truthiness! Wikiality!
問: 文明と文化の違いは何か? 答: 文明(1469-1486)のほうが文化(1804-1817)より300年以上早い。
僕が学生だった20世紀末のネットでは反マイクロソフト思想が盛んで、僕もどっぷり洗脳されていた。情報科学とか計算機工学とかを専攻しているのに自らの意思でマイクロソフトに就職した人が存在することから信じられなかった。当時の僕にとって情報学徒がそんな選択をするのはありえないことだった。
外国の新聞の見出しだけでいいから一つ残らず和訳しているサイトがほしい。「一つ残らず」というのが重要。「普通の日本人には意味不明だから」という理由で配信を省略してはならない。はじめは意味不明なものでも何年も続ければ常識になるのはニコニコ動画とかで証明済み。
「ケータイメールして三分以内に返事しないやつは友達じゃない」とか、そういうしょーもないシキタリを勝手にこしらえる子どもどもを叱るのが親の役割なのに。
名前欄を「(神奈川県・他人)」みたいにすると、Twitterがますます雑誌の投稿欄っぽくならないだろうか。と思ったのでやってみた。ハガキ職人感覚でTwitterやってる人はどうぞ。
アカウントを3つか4つくらい取って分散してツイートを行い、それらを全部フォローしてはじめて意味の通る文が読めるという細工を思いついたけど、もう誰かやってそうだ。
昨日くらいから、ベッドの上でノートPCを広げるのではなく、机の上にノートPCを置いて、椅子に座ってツイートするようにしている。また一歩文明に復帰した。
@masah いや、でも、インベーダーとかならいざ知らず、一掃する敵があろうがなかろうが、「あらゆる」ゲームについて使えちゃうじゃないですか。で、ネイティヴの英語によるいかなるゲーム文献を見ても、ゲームを最後までやりとげるのは「win」とかであって、決して「clear」じゃない。