This account is not set to public on notestock.
@zingibercolor
@zingibercolor@pawoo.net
お嬢様言葉で愚痴り続ける狂人(くるいんちゅ)ですわ
webライターをしつつ趣味で小説を書いている虚弱人(きょじゃくんちゅ)でもありますわ
一次創作小説『子々孫々まで祟りたい』更新中
https://novelup.plus/story/321767071
https://www.pixiv.net/novel/series/8915945
https://kakuyomu.jp/works/16817139555138453871
https://ncode.syosetu.com/n9035il/
欲しいものリストhttps://www.amazon.jp/hz/wishlist/ls/19D0UK0K6I4Z?ref_=wl_share
This account is not set to public on notestock.
This account is not set to public on notestock.
This account is not set to public on notestock.
一回目では腕がものすごく痛かった。二回目では三日熱が出て寝込んだ。今回は交差接種だ。先行して受けた人々の反応を見るに、三回とも同じワクチンで打つ場合より副反応がひどくなる可能性が高い。
「今のうちにちゃんと言っておくけど、俺、今日の夕方から調子崩すと思うし、三日はがっつり寝込むと思うし、自律神経がゴミなことを考えると、一週間は微熱がひかない可能性があるから」
新型コロナワクチン三回目の接種券を鞄につっこみつつ宣言したら、怨霊(女子中学生のすがた)がビビった顔をした。
あんまりこの姿の怨霊を連れて歩きたくないのだが、前に怨霊がこの格好だった時に連れて行った、かかりつけの病院でしかワクチンの予約が取れなかったし、怨霊は当たり前のようについてくる気だし、俺も普段から自律神経がイカれてる以上、出先での体調不良が心配で付き添いがいるとありがたいしで、いろいろと仕方がない。
『いや、なんでそんなもん打つんだ、やめろ、行くな』
怨霊が俺の腕をつかんだ。
「そういうわけにもいかないんだよ……副反応が強いワクチンなのは否定しないけど、新型コロナはかかると死ぬ事があるし、死ななくても症状がものすごく重いし、治っても後遺症が怖いし」
『後遺症?』
「血管がボロボロになって、心疾患とか脳出血とかのリスクが上がるんだって。あと、疲労とか倦怠感とか集中できないとか……認知症と同じ現象が起きるとも言われてる」
体がだいぶダメなのに、頭までダメになったら本当に終わりだ。細々とは言え頭脳労働で食べているし。
怨霊は呆れた顔になった。
『お前、普段からふにゃふにゃなのに、そんな後遺症になったらどうなるんだ?』
「そんな後遺症になったら、控えめに言って最悪。だから調子崩すってわかってても打たざるを得ないんだよ。一応、寝込んでもいいように、この一週間は受ける仕事少なくしてるし、稼げない分は、この間もらったクリーニング代である程度補填できるし」
『五万も包んでくるとは思わなかったな』
「びっくりした。今月分の食費に使ってもまだ余る」
金谷さんとは連絡先を交換したので、こんなにはいいですと伝えたのだが、「非礼だったのはこちらなので! こちらも大変助かったので受け取って頂けるとありがたいです。また改めてお話できると嬉しいです」と返ってきたため、受け取ることにした。
「まあ、そういう訳なんで、寝込むけどそんなに心配しないで。喉が腫れるわけじゃないから、普通の食事で大丈夫だと思う。いつも通りに作ってくれると助かる。でも食欲なくて残したらごめん」
『わかった、残ったらワシが食う』
怨霊はうなずいた。たぶん汗をかなりかくから水分補給も考えておかないといけないが、インスタントコーヒーばかり飲んでいたら怨霊が麦茶を作ってストックしておいてくれるようになったので、それを頼ればいい。布団から動けなかったら枕元まで持ってきてもらうこともできるし。介護されてるみたいで情けないから、できるだけ自分で起きて飲むけど。
「あの病院は解熱剤も一緒に出してくれるし、できる対策はしたかな。じゃあ行こう」
別に診察室までついてくる必要はないのだが、怨霊は三日寝込むレベルの注射がどんなものが見たいと診察室までついてきた。主治医に「付き添いの方は打ってないんですか?」と聞かれて言い訳に困った。
『あんな小さな注射でそんなに熱が出るのか?』
待合室に一緒に戻ってきた怨霊は不思議そうだった。
「従来とは違うワクチンだからね。それに俺は二回目でけっこう熱出たから、三回目もほぼ確実に熱出る」
『そんなもんなのか』
帰ったら案の定猛烈にだるくなり、夕飯はなんとか食べたが、早々に布団にもぐった。
『熱出てるのか?』
心配しなくていいとは言ったが、怨霊(黒い一反木綿のすがた)は落ち着かないらしく、布団の周りをうろついていた。
「……んー、ニ回目と同じなら深夜辺りだけど、もう出ててもおかしくないかな……」
『薬飲むか? 水持ってくるか?』
「今のうちに飲んでおこうかな……」
解熱剤を枕元に置いておいてよかった。介護されてるみたいで情けなかったが、怨霊の言葉に甘えて水を持ってきてもらい、カロナールを飲み下してまた寝た。
眠くなる薬ではないが、副反応のだるさは眠気も運んでくる。あと、解熱剤を飲んでも高熱時のひどい悪夢は変わらないらしい。元から悪夢ばかり見るけれど。
そのまま眠ったが、俺は怨霊がずっと枕元にいることに気づかなかったし、悪夢のひどさに比例して自分の寝言がひどくなることも知らなかった。
This account is not set to public on notestock.
#子々孫々まで祟りたい
第一話 せめて七代祟りたい(20220508初出)
RE: https://misskey.io/notes/9qj05pdk84s004mx
なぜ俺は、ヤの付く自由業を絵に描いたようなおっさんとともにリモート打ち合わせに臨んでいるんだろうか。威圧感がすごい。いや俺に向けられる威圧感には慣れたけど画面の先に向けられる圧がすごい。
おっさんがささやく。
『これでお前の取り分が増えないようだったら、取引先とやらにも祟ってやるからな』
こいつは俺の子々孫々まで祟ると宣言している怨霊である。割と変幻自在らしい。俺が子々孫々を作りそうにない貧乏なので、『まずお前の実入りを増やす。渡す金を増やせとお前の取引先を脅す』などと宣言してきた。
「やめて。てか変なことすると逆に減る可能性があるからやめて。仕事自体もらえなくなる可能性があるからやめて」
俺は必死で怨霊を押して画面の外に追いやろうとしたが、力が違いすぎてうまくいかなかった。
俺の仕事はフリーのWebライターだ。仕事が取れないと無職と同等の身分である。取引先との関係は大事なのだ。
『なんで打ち合わせが画面越しなんだ。対面ならもっと圧力がかけられるのに』
「あっち九州でここ神奈川なんだから、直接会うなんてコストかかりすぎるんだよ。もうそろそろ時間だから黙って頼むから」
俺の言葉を待っていたかのように、待機中だった画面が変わり、壮年の男性が映った。割と長いこと世話になっている編集者件兼ライターさんである。
〈どうもこんにちは、調子どうです? 和泉さん〉
「まあ、ぼちぼちです」
〈あれ? なんか部屋に他の人いる? ルームシェア始めたの?〉
「いや、ルームメイトでもなんでもありませんね……こないだ私とぶつかって、壊れたから賠償金を払えって言ってる人なんですけど、こっちに支払い能力がなさすぎるってわかったら稼げってうるさくて」
『もう少し他の説明の仕方ないのかお前』
怨霊に呆れられるという実績を解除した。俺としては普通に穏便に相手と話したいから無視するが。
「本当にすみません今日は萌木さんと仕事の話だって言ったらこいつ萌木さんに圧をかけて実入りを増やさせるって張り切って部屋に陣取ってきて私の腕力的に止められなかったんですけど私の気持ち的にはそういうつもりは一切ないので無視を貫いていただけると大変助かります本当にすみません」
一息で言い切ると、萌木さんは大変困惑した顔をした。無理もない。
〈そ、そう……まあ今日は部外者に漏れたらうるさいことは特に話さないからいいけど。でも一応聞いても言いふらさないでって言っておいて〉
「わかりました」
〈じゃあ、大体はこないだの納品終わりに言った感じだけど、今月は5記事大丈夫たなんだよね?〉
「はい」
〈記事のテーマとキーワードは共有した通り。ペルソナは前回から引き続き。いつも通り、まず記事構成ができたらこっちに渡して〉
ペルソナとは、記事などのWebコンテンツの想定読者層のことだ。どの程度の知識を持ったどの年代の人間が読むか、どんなニーズを持ったどんな人間が読むかなどを細かく決める。これがないと何も文章が書けないが、Web上の市場を調べ直した結果ペルソナに修正を加えることもたまにある。
「はい、でもまず全部のテーマで下調べして、前提から練り直したほうがいいんじゃないかってときは構成の前に連絡しますね。なるべく早めにします」
〈そうしてくれると助かる〉
「遅れそうなときは、それはそれで連絡します」
〈遅れたこと特にないじゃない〉
「量絞ってますからね……」
ブラック企業でぶっ壊した自律神経が本当に治らない。今はなんとか机の前に座って話しているけど、ダメなときは本当にダメで、一日寝ていることも珍しくないし、少し無理をすればすぐ反動が来てまた寝込む。
『たくさんやれば稼げるのか! 働け! お前昨日も寝て過ごしてたじゃないか! もっと働いて稼いで裕福になって子孫を繋げ!!』
「ちょっと黙ってて、ていうか自分のキャパ考えずに引き受けて結局できなくて納品日守れないとか、フリーランスとして完全アウトなんだよ、各所に迷惑がかかるんだよ」
さらに画面に映り込もうとする怨霊を全力でぐいぐい押し返していたら、萌木さんから声がかかった。
〈あのさ、余裕納品は本当に大事なんだけどさ、和泉さんがもうちょっと安定して仕事受けてくれるようなら、僕も上に言って記事単価上げられるんだよ? そっちも実績積めるしさ〉
こういうことを相手から言ってくれるのは本当にありがたい。仕事柄いろいろな編集と接しているが、はっきり言って稀有な人間だ。萌木さんはこういうことを言ってくれる人だから、なるべく関係をよくしておきたいのだが。
『お前、体を治すには規則正しく生活してちゃんとしたもの食べるしかないと言ったじゃないか』
俺を子々孫々まで祟ると言って現れて、俺が子孫を残しそうにないので俺に子孫を残させる方向にシフトした本末転倒の怨霊が言う。
俺はささやかな朝食を食べる手を止めて答えた。
「言ったけど」
『ダンボールに入ったパンしか食べてないじゃないか!! 何がちゃんとしたものだ』
「これはベーシックパンって言って、完全栄養食で栄養が取れるのにコンビニ飯より安いんだよ、自炊する体力のないヘボに最適なんだよ」
悪霊は訝しげな顔をした。
『信じられん』
「信じて、事実だから」
『うまいものなのか? なんでも入ってるというと味が濁りそうだが』
「……まずくはない、程度」
別に嘘は言っていない。まずくはない。ただ、毎日毎食食べ続けるとなるとかなり辛い味で、最近では舌の感覚を殺して食べている。
『お前なんか無理してないか?』
「別にしてない」
続きのベーシックパンを頬張ってインスタントコーヒーで流し込む。
『いやお前やっぱり無理してるぞ! たまにはまともなものも食え!!』
「金がかかるし、人間強度が下がるから食べない」
『……人間強度ってなんだ?』
こいつの感覚や語彙はあんまり新しくない。新しくても人間強度がわかるかはまた別の問題だが、この世のどんな人間でも子孫を残すものだという感覚が現代のものかと言われると、うなずきかねる。
「人間は贅沢を覚えたら戻れなくなるくらいの意味」
『別にものすごく高いものじゃなくて一汁三菜食えって話だ! お前、俺の財産があるだろ!!』
「奨学金返したら10万も残らなかったし、残りはもしもに備えて貯金」
『くそっ倹約家め』
「じゃあ、そろそろ俺仕事するから」
テーブルの前の椅子からパソコンデスクまで移動五秒。職住近接にもほどがある。
『あの萌木とか言うのからの仕事は終わったんじゃないのか?』
「終わったけど、あの量だけじゃとても暮らしていけない。俺の調子見て、やる余裕があればなるべく単発のを受けてる」
『どうやって受けるんだ?』
「ポートフォリオサイトのメールに直接来ることもあるけど、スキルシェアサイト通じて探すほうが断然多いかな」
『ポートフォリオ? スキルシェアサイト?』
「……ポートフォリオはやってきたことやできることのまとめで、スキルシェアサイトっていうのは技能集団の仕事探し寄り合いみたいなもの」
案の定メールには何も来ていないので、スキルシェアサイトを見る。流石に初心者は脱しているから、中級以上の記事単価のものに目を通していく。
『求人票が集まってるようなものなのか』
「そんな感じ」
できそうな案件のページを片っ端から開いて、隅々まで目を通していく。俺が明るい分野の案件があればありがたいのだが、物事はなかなかそう上手くはいかない。
『おい、これやれ! これいいぞ!』
「何?」
怨霊が画面を指すのを見ると、ミールキットの紹介記事をいくつか書くという案件だった。
「……できなくはないけど、こういう案件にしては値段低めだな」
『ミールキットって、ミールは食事のことだろう? 飯だろう?』
「料理用の食材キットってところかな」
『体験用に1回分提供って書いてあるぞ』
「………」
確かにそう書いてあった。記事単価を中心に見ていたから気づかなかった。3日分のミールキット付きなら、ミールキットの値段を考えると、たしかに割のいいほうかもしれない。
『これやれば金も食事も手に入るんだろう! これやってまともなもの食え!』
「他のも検討してからな」
開いたページは全部見たが、できるものはあれど、ぱっとしないものばかりだった。応募しても採用とは限らないから、ここからもひとつふたつ応募しておくことにはするが。
「……ミールキット案件も応募するか」
『おお! これでお前まともなもの食うな! 体治って稼いで子孫繋ぐな!!』
「そこまで物事は爆速でいかないから」
ミールキットの案件に無事に採用され、二日後には体験用ミールキットが届いた。最近インスタントコーヒー用のお湯を沸かすことしかしていなかったワンルームのささやかな台所にも活躍の機会が来たようだ。
『おお! 本当に火が出るんだな今の台所は!』
「あんた、いつの時代の怨霊なの?」
最新の台所だとオール電化でむしろ火が出ないのだが、たぶんこの怨霊には言っても通じないだろう。
「もしもし……はい……あー、流石に今回は直接診察じゃないとだめですか……はい……行きます……はい、それじゃ予約どおりの時間に」
『どうしたんだ?』
部屋で電話をかけていたら、最近ほぼ同居状態になっている怨霊に声をかけられた。
「いや、病院と電話。月イチか二週間に一度で薬もらってるんだけど、最近電話診療で済ませてたら、今度は流石に直接診療じゃないとだめって言われた」
自律神経が死んでも大した治療法はないが、薬がないわけでもない。安定して自律神経が死んでいるので、薬の内容も特に変わらない。病院にわざわざ出向くのが面倒だったのと、コロナ禍でもあるため電話診療で済ませていた。主治医にも了解を得ていたのだが、病院の方針でたまには直接診療しろということになったらしい。
『そうか、病院行っとったのか! 体治して稼ぐにはちゃんと医者にかからないとな! お前には少なくとも七代子孫を繋がせるんだからな!』
「あのね、仮に子ども作れたとしても、俺その子供が子供作るかまで責任持てない」
ともあれ、久々に遠出することになった。翌日、病院へいく準備をしていたら怨霊が『ワシもついていく』とゴネだした。
『よく考えたら、お前が治らんの、かかってる医者がヤブ医者だからかも知れん。ワシがこの目で見て医者の腕を確認する』
この怨霊は毛羽立った黒い一反木綿みたいな姿をしているが、割と変幻自在なようだ。この間はヤの付く自由業みたいなおっさんになって他の人の目にも見えていたし。
「別に普通の医者だけど……ついてくるなら、この前みたいな法に触れそうな見た目はやめて。無害そうな見た目になって」
『無害か。じゃあこんなんでどうだ』
黒い一反木綿が煙に包まれ、煙が晴れるとそこには中学生くらいの、フーディーにデニムの少年が立っていた。
『無害そうだろう』
「まあ……無害かな。わりとかわいい姿にもなれるんだな」
目が丸っこく、背は中学生くらいながらまだ声や体格が男らしくなっていなくて、幼さを感じる。
『だいたい何にでもなれるぞ』
「とりあえずその格好でいいよ、じゃあ行こう」
病院まで、距離的には長いが、バス一本で行けるし、部屋からも病院からもバス停は近いのでそこまで歩かない。立ちっぱなしだと俺の体力にはそこそこ辛いが、運良く二人とも座れた。
病院に着き、受付に保険証と診察券を出す。
「すみません、予約の和泉です」
「はい。前回、自立支援医療の更新手続きがそろそろとお伝えしましたが、手続きはお済みですか?」
「済んでます、新しいの持ってきてますが今いりますか?」
「お会計時にお出しください。そちらは付添の方ですか?」
怨霊(中学生のすがた)は胸を張った。
『付き添いだ! こいつの医者の顔を見に来たぞ』
「すみません兄弟なんですが私がかかってる医者と会いたいってうるさくて今回だけよろしくお願いしますすみません」
よく考えたら付き添いに中学生は来ないだろ、と思ったが「こいつは俺を子々孫々祟りに来て、でも俺が子孫を作りそうにないから俺にあれこれやって子孫を作らせようとしてる怨霊です」と言ったら、幻覚か見えだしたか妄想癖が飛び出したかのどっちかにしか受け取られかねない。思わず一息で兄弟だと大嘘をついてしまった。
「あ、いえ、大丈夫ですよ、先生に伝えておきますね」
受付の女性は愛想笑いながら微笑んでくれたので、とりあえず嘘は通ったようだ。
「ありがとうございます、すみません」
俺は怨霊の手を引いて待合室まで連れて行った。
『ワシのこと、お前のきょうだいってことにするのか?』
「とりあえず親族なら、付き添いに来てもおかしくないだろ……」
ていうか、中学生くらいなら受付に敬語使ってほしい。怨霊は納得した顔をした。
『なるほど。さっき言ってた自立支援医療とは何だ?』
「申し込むと医療費と薬代が1/3になる制度」
『そんなのがあるのか!? それも令和とやらになったからあるのか!?』
「いや、これは割と昔からあるっぽいけど」
『よくそんなの知ってたな』
「金ないから、こういう制度探し出して片っ端から申し込まないとやってけないんだよ」
感性が少なくとも昭和、下手するとそれ以下の怨霊にあれこれ教え込んでいたら診療の順番が来た。
「こんにちは、お久しぶりです和泉さん。今日は付き添いの方がいらっしゃるようで」
まだ若い医師が微笑んだ。顔を合わせるのは何ヶ月か振りだ。
「一人で来るのはお辛い感じでしたか?そこまで調子が悪いのは珍しいですね」
「いえ、そういうわけじゃなくて、すみません、一人で来られる体調だったんですが、こいつ私のかかってるお医者さんに会うって言って聞かなくて」
『こいつを早く治してちゃんとした体にしろ! ワシはいい加減困っとるんだ! お前ヤブ医者か?』
「頼むから黙っててくれ」
医師は苦笑いした。
「えーっと……ご兄弟でしたっけ?」
「兄弟です」
『ワシの話を聞かんか!』
「……だいぶ雰囲気違いますね」
「すみませんこいつ方言がきつくて」
「和泉さん生まれも育ちも神奈川じゃありませんでしたっけ?」
「生き別れの兄弟で!」
成り行きで怨霊の属性が盛られてしまう。俺は話題転換の必要を感じた。
「ええと、私の調子としては特に変わらずポンコツです。在宅仕事はしてますけど丸一日稼働できないし、無理するとすぐ寝込むし、無理してなくてもダメな日はダメで寝込みます。寝込むほどじゃなくても、何もできないことも多いです。今日は割と調子いいほうですけど、帰ったら疲れて何もできないと思います」
「横になりがちなのはわかりましたけど、睡眠取れてますか?」
「夜は一応眠ってますが、正直、悪夢ひどくて寝た感じがしないことが多くて……動悸止まらなくなるのもよくありますし」
「夢は、睡眠薬でもどうにもなりませんからね……心臓も異常なかったし。この間出した漢方薬も効いた感じはありませんか?」
「寝付き良くなったかなとは思いますけど、それだけですね」
「下痢がひどいのも変わりませんか?」
「変わりませんね。外に出るときは下痢止め必須です」
「微熱はどうですか? 変わりませんか?」
「相変わらずしょっちゅうです。今日は検温引っかからなかったけど、たぶん引っかかる日のほうが多いです」
「……解熱剤も効きにくいし、生活整えて療養を続けるしかありませんね。食欲はあります? 食生活はどうですか?」
「食欲はなくはないです。食生活は……大体ベーシックパン頼りですけど、材料を安く買い込めるなら割とそこのおん……弟が作ってくれるのでなんとかなってます」
怨霊と言いかけて、あわてて言い直した。そういえば怨霊はおとなしい。おとなしいというか、かなり神妙な顔をしている。
「なあ、食材があれば割と作ってくれるよな」
『お、おう……そうだ』
話を振ったら怨霊は返事をしたが、微妙に心ここにあらずといった面持ちだ。どうした?
「食生活は改善傾向と……。前回と特に変わらずなので、薬も引き続き同じにしましょうか。それとも漢方薬は削りましょうか?」
「一応ください。まったく効果ないわけでもないんで」
「わかりました。では今日はこれで。待合室で会計をお待ち下さい」
「ありがとうございました。ほら、行くぞ」
『おう……』
怨霊を促して診察室を出たが、なんだか怨霊に元気がない。変に思いながら、待合室に腰を落ち着けると、怨霊がつぶやいた。
『お前……相当体悪いんだな。驚いた』
「え?」
『医者に言ってたことがひどかったから』
「そうか? ……いや、まあ、そうか」
もう3年くらいこんな調子だからこれが通常になっていたが、自律神経が死んで体のあちこちがポンコツだ。この調子のまま加齢が来たらどうなるか、あまり考えたくない。
「一応、内蔵なんかに異常はないんだけど、自律神経の調子がおかしくなってからずっとこの調子なんだよ。石の上にも三年とか言ってブラック企業で頑張るもんじゃないな」
『ブラック企業ってなんだ?』
「人を人とも思わず非人道的な仕事量を押し付ける企業のこと」
『そうか……』
怨霊はしょぼくれた顔をしていたが、やがて何かを決めたような顔をして立ち上がった。
『帰りに食料品店に寄るぞ! 精のつくものを作れば体にいいだろう。消化にいいもののほうがいいか?』
「1食390円以下に抑えてくれるならなんでもいい」
『食費の基準をベーシックパンの値段にするな! 安売りを選べばできるがお前は精をつけないといかん!』
「無い袖は振れないんだよ……あと遠出すると疲れるからまっすぐ帰りたい」
『財布をよこすなら一人で買う』
「……五千円渡すから、それでなんとかして」
『わかった』
家の最寄りのバス停で別れて一足先に部屋に帰って、一時間くらいしたら怨霊が中学生の姿のままはしゃいで帰ってきた。
『山芋が安かったぞ! これでお前も治るな!』
「いや、そんな神速では治らないけど」
『おろして飯にかけて食べるか? 切ってタレとかかけて食べるか?』
「作るの楽な方でいいよ」
『じゃあ切るぞ! 女の体だと料理のやる気が出るな!』
今、聞き捨てならないことを聞いた気がする。
「ちょ、ちょっと待って……今の姿女の子!?」
『そうだ! 男より女のほうが無害だし、きらびやかな女より地味な女の方が無害に見えるからな!』
怨霊は胸を張った。言われてみれば、だぼついたフーディでわかりにくいながら、ささやかに胸のあたりが持ち上がっている気がしないでもない。
『それにお前は女にモテないみたいだから、機会を見て子作りの練習をさせようと思っていたんだ! 女の姿にしておけばそれもできるしな』
「その年の子にそんなことできるわけ無いだろ!」
『何を言ってる、十五歳くらいで作ったぞ!ほらちゃんと女の体になってる!』
「胸を見せるな! 隠せ!」
『ほら、十分練習できる体だ、結婚だってできる年だしな』
「いつの時代の話だ!! 今は女も十八歳にならないと結婚できないし性的なことするのは犯罪! 今は令和なんだよ!!」
怨霊は口をとがらせた。
『時代の変化についていけん……』
「女の子となると、いろいろ事情が変わる……ダメだ、俺みたいな無職一歩手前が平日昼間に未成年女子とうろついてたら、下手すると通報されるし、付き添いしたいならその姿はダメだ。年そのままならせめて男になって。女のままならもうちょっと大人になって」
『面倒くさいな、そんなにすぐ別の姿は思いつかんから、今日はこのままだ』
「部屋の中だけならいいけど……」
ヤーさんの姿の方が気苦労がないなんて思わなかった。山芋を拍子木切りにして梅肉醤油をかけたのはおいしかった。
『なあ、おい、起きないのか』
「…………」
『飯ができてるぞ』
「…………」
前々から低気圧だと調子が悪いが、ここまでの爆弾低気圧は久しぶりだ。当然体調は地の底である。
『おい、生きてるか? 死んでないだろうな? おいお前、ワシは少なくとも七代祟るつもりでおるんだぞ? おい』
最近、食事の支度を任せきりの怨霊(黒い一反木綿のすがた)が布団の上からめちゃくちゃゆさぶってくる。体調が悪いときに騒がれると本当にしんどいので静かにしてほしい。
「……死んでないけど死ぬほど辛い……しばらくほっといて……」
『飯を食わないと体によくない!』
「……低気圧だからすべてがダメ……」
頭痛予測アプリで低気圧予報が見られるので、不調を予測して昨日のうちにできるだけ仕事を済ませた自分をほめてやりたいが、ほめたところで調子の悪さは変わらない。というか、体調が死ぬほど悪くなるのを正確に予測できるというのもなかなか精神に悪い。
『なあ、普通の飯は食べられないのか? ベーシックパンなら食べるか?』
「……普通の食事がいいけどほっといて……動けるようになったら食べるから……」
『…………』
頭まで布団をかぶっているので見えないが、怨霊はとりあえずあきらめたらしい。気配が遠ざかるのがわかった。
実を言うと食欲がないわけではなく、腹は減っているのだが、本当に体が動かない。気圧の波が落ち着くまでこのままなのはわかっているので、空腹に耐えてひたすら横になっているしかない。
『おい、動かなくていいから頭だけ出せ』
また怨霊の気配がすぐそばに来た。
「……ほっといてってば……」
『頭だけ出せ』
また布団の上からゆさぶられた。拒否し続けるほうが大変そうなので布団から顔を出したら、片手に料理を持った皿を、もう片手に箸を持った怨霊がいた。
『動けないなら適当に食わせるから口開けろ』
「…………」
介護か。俺は要介護レベルなのか。しかし自分の自律神経のイカれっぷりを考えると、あまり否定できない。
「……流石に、自分で食べられるから……」
『じゃあ食え! 今日の卵はちゃんと半熟だぞ!』
「うん……」
目玉焼きは半熟ながら、箸で切って口に運べるだけの固さがあり、よくできていた。浅漬けと味噌汁もうまかった。
最近、人間強度が下がりっぱなしかもしれないと思った。
『なあ、インターネットというのはいろいろ調べられるのか』
怨霊(中学生男子のすがた)の唐突な質問に俺は戦慄した。感覚が昭和で止まっており、インターネットをまったく知らない存在をネット空間に放り込むのはあまりにも危険すぎる。中途半端に知識があるかもしれないが、それはそれで危険が伴う。
「……最近のネットは、調べ方を知らないと適切な情報にたどり着けないから素人にはおすすめしない……何調べるの?」
なんとか無難な返事をひねり出した。調べたいものが何かによってはまた別の危険がある。俺に子孫を残させるためとか言って俺の名前で出会い系なんて調べ始めたらえらいことだ。
怨霊はこともなげに答えた。
『近所のスーパーの安売りとか値引き品での献立がそろそろ思いつかないから、新しい献立を調べたい』
怨霊がやる調べ物ではない。いやバリエーション豊かな食事を楽しめるのは本当にありがたいが。まあ、調べるものがそれだけ明確であれば、こちらも対応のしようがある。
「じゃあ、いい感じのレシピサイトいくつか教えるから、調べるのはそのサイトからのみにしてくれる?」
『お前が食いたい料理が載ってるのか?』
「うーん、必ずしもそうじゃないけど、ものすごくいろんなレシピが載ってるし、載ってるレシピの質が確かなところ」
『ふーん』
昔、懸賞で当てたが在宅仕事なのであまり使わずしまい込んでいた小さいタブレットを活用することにした。ブラウザを立ち上げて、レシピサイトを次々に開いてお気に入り登録していく。クックパッドは最大手だが、意外と上級者向けなので、説明に下ごしらえを飛ばして書いていることがままあるのであえてやめておく。レシピに外れがないのはE・レシピ、Nadia、白ごはん.com、きょうの料理あたり、動画が見られてわかりやすいのはクラシルやDELISH KITCHENあたりか。クラシルや楽天レシピも入れておこう。
自律神経がイカれてから大して料理もしないのに、俺が妙に詳しいのはその辺のサイトを比較する記事を書いたことがあるからだ。
タブレットの使い方やお気に入りからのサイトの飛び方を怨霊に教えがてら、大体のサイトを見せたら、怨霊は動画が見られるサイトが気に入ったようだ。
『料理してるところが見られるのはいいな!』
「わかりやすいよな、記事まとめるとき参考にいろいろ見た」
『ふーん……』
怨霊はなにか考え込むような顔になった。
『お前、こういう料理ができるところ見てて、うまそうだと思わないのか? 見てる時腹減らなかったのか? 』
「そういう時はベーシックパンかじってた」
『…………』
怨霊は、かわいそうなものを見る目で俺を見た。
『お前、飯は作ってやるから、もうあのパン食べるなよ』
「え、賞味期限が迫ってるから残り消費したいんだけど」
『まともな飯を食え!』
「栄養的には非常に行き届いてるんだよ!」
『味は?』
「まずくはない」
『ワシの飯の味は?』
「……おいしい」
『決まりだな』
怨霊は得意げに胸を張った。怨霊の作る食事と言うと呪われそうだが、ごく普通の家庭料理(和食が多い)で、ごく普通においしい。
おしかけ同居されている時点で呪われているという見方もあるが。いや、祟られているのか。
怨霊は楽しげにタブレットをいじっていたが、見るべきものは見たらしくて顔をあげた。
『じゃあスーパー行ってくるぞ。そろそろ値引きのシールが貼られる頃だ』
「いってらっしゃい、よろしく」
『精のつくものを作るぞ! 今のうちから子種を育てておいて損はないからな!』
「そういう気はまわさなくていい」
夜は、納豆と山芋とオクラのネバネバ丼と、ニラ入り卵焼きと、にんにくのホイル焼きが出た。意図が見え見えで腹が立ったが、ごく普通においしかった。
「行くべきか、行かないべきか、それが問題だ……」
『どうした?』
パソコンの前で悩んでいたら、考えていることが口に出ていたらしい。布団を干し終えてベランダから戻ってきた怨霊(ヤーさんのすがた)(大きいものを運ぶ時は大きい方が楽らしい)に声をかけられた。
「いや、今回頼まれたWebコンテンツ用の調べ物してて、たぶん図書館あされば結構資料が見つかると思うんだけど、少し遠いし行っても具合悪くなって引き返しちゃう可能性もあるから、どうしようかと思って」
怨霊は首を傾げた。
『インターネットで調べられないことなのか? 何でも調べられると思ってたぞ』
ネットにあまり詳しくない者によくある勘違いだ。感覚が昭和で止まっていると思しきこの怨霊は、それでもネットを参考にして毎日の料理を作れるからマシな方だと思うが。
「ネットはリアルタイムの情報追いかけたり、ある程度新しい事とか、広く関心が持たれてる事を調べたりにはいいけど、体系的知識を得るにはまだまだ本かな。あと、本を参考にしたほうがネット上でのネタかぶりしにくい」
『そういう物なのか』
怨霊は首を傾げた。
『よくわからんが、図書館に行ければ稼げるのか?』
「んー、すぐものすごく稼げるわけじゃないけど、いい成果が上がる可能性は高いし、それで評判が良くなればいい仕事にありつける可能性はある」
怨霊はやる気に満ち溢れた顔になった。
『じゃあ行くぞ! 洗濯物干したらすぐ行くぞ』
「え、あんたも来るの?」
『お前が動けなくなった時、ワシがいれば引きずって帰れるだろ』
わりと善意だった。あんまり引きずってほしくはないが。かと言って背負ったり抱き上げたりもしてほしいわけじゃないが。自分の足で普通に帰れるのが一番いい。
とはいえ、付添いがいるのは普通にありがたい。確か最寄りの図書館では十冊まで借りられるが、専門書ばかりになりそうだから、限度いっぱいまで借りるとかなり重くなる。
怨霊が布団を干したり料理を作ったりするたびに、どうも、とか助かる、とか言っていたら、頼んでもいないのに洗濯もしてくれるようになったから、頼んだら本を持つくらいはしてくれると思う。
一応、聞いておくことにした。
「あのさ、借りる本が多いからかなり重くなりそうなんだけど、持つの頼めたりする?」
『いいぞ、お前と一緒に引きずって帰る』
「俺のことは多少引きずってもいいけど本は傷つけないで、借り物だから」
ともあれ怨霊の快諾を得た。怨霊が洗濯物を干している間、図書館のホームページを開いて資料検索してみたら、一番の目当ての本は所蔵されていたし、貸出中でも貸出予約満載でもなかった。
天気もよく、数日は低気圧も来そうになかったので、体調は大丈夫な方にかけてみることにしようと思った。
『なあ、お前と外に出るなら無害な姿の方がいいんだろう?』
再びベランダから戻ってきた怨霊が聞いてきた。
「ん? ああ……まあ、今の格好だと威圧感すごいから、もうちょっと優しそうな姿のほうがいいかな」
『こないだの若い女の格好でいいか? ほら』
「……平日昼間に中学生女子連れ回してると、例え図書館でも別の意味で不審に見られるから、もうちょっと年上にして」
『令和って面倒くさいな……』
こないだの中学生女子が大きくなって大学生くらいになった感じの怨霊と連れ立って歩く。一人で日中歩くと、女性や子連れとすれ違うときあからさまに避けられるのだが、怨霊と歩いているとそうでもない。二人連れだからなのか女連れだからなのか。不審者を見る目を向けられるのは割ときついので、怨霊が暇そうなら、体調に無理がなくても同行を頼んでもいいかもしれない。
怨霊がこちらを見上げて言った。
『なあ、ワシも本借りられるのか?』
「あー、図書館内で読むのは大丈夫だけど、借りるのはちょっと無理かな……身分証明書がないと図書カード作れなくて借りられないと思う。またレシピとか調べるの?」
『料理もだが、他にもいろいろだ』
「ふうん?」
何を調べる気だろうか。物騒なことでなければ別に、立ち入るつもりはないけれど。読んだり借りたりした本の履歴は、実は結構な個人情報なので、あまり聞くのもよくない気がした。
無事に図書館に着き、俺はとりあえず体調を崩すこともなく目当ての本を探し当てることができた。本棚にずらっと並ぶ本から資料を探すのは、近い分野の本が目に入りやすいので、思いもかけずいい感じの資料も手に取ることができて、電子書籍とはまた違うメリットがあった。体調が許せば、金もかからないのでなるべく活用したい。
図書館を使い慣れていないらしい怨霊に、料理に関する本は技術・工学の家政学・生活科学棚にあると教えたら、一目散に行ってしまって、俺が目的の本を探し出して貸出カウンターで借り終わっても、別の棚で何か調べているようだった。
しばらく放っておいたほうがいいかなと思ったが、一応声をかけた。
「俺借り終わったけど、まだかかる?」
『お!? おう、済んだのか、本持つぞ、お前も持つか?』
怨霊は驚いた顔で俺を見上げた。
「いや、帰るのは大丈夫そうだから、本持ってくれればいいから。調べ物、まだかかるなら待とうか? そこまで急ぎじゃないし」
『いや、いや、いい。帰るぞ。飯の準備もしておきたいしな』
もらい物のエコバッグに入れた本を怨霊に持ってもらい、帰り道を行く。傍から見ると女の子に重そうな荷物を持たせている男だが、この男は傍から見た以上に弱々しいので勘弁してほしい。
「なあ」
『なんだ?』
「今日は普通に図書館まで往復できたけどさ、いつもこれくらい調子がいいとは限らないから、俺が返却日に寝込んでたら、代わりに返しに行ってくれる?」
怨霊は首をかしげた。
『本人が返さなくていいものなのか?』
「全然平気。めんどくさければ、図書館の外にある返却ボックスに突っ込んどいてくれればかまわない」
『最近の図書館は便利だな! 令和も便利なことがあるんだな』
「平成からあったと思うけどね」
『また行くぞ』
「うん、調子さえよければもっと図書館使いたい」
『今度はお前の子種を増やす方法と、お前の見た目をよくして女にモテる方法を調べるぞ』
それは特に調べなくていいと思った。
もう何年も続いているから当たり前のものになっているが、肩と腰と背中と首が常に痛い。ブラック企業時代、朝も昼も夜も深夜も仕事のし通しだったが、その頃から痛くなり、今に至る。まあ、今も安い椅子での座り仕事で、合間にストレッチするほどの体力もなく、治る要素がひとつもないのだが。
納品が終わって一段落ついたので、腰を叩いたりセルフで肩を揉んだりしていたら、怨霊(大学生女子のすがた)がわざわざ台所からよってきた。
『やっぱり腰痛いのか?』
「んー、肩と背中と首も痛い。あと頭痛い」
『お前、若いのに痛い所多すぎないか?』
怨霊にドン引きした顔をされた。人外に引かれるほどひどいのか? 俺は。
『おい、布団敷いてあるから寝ろ』
「いや、今日は寝るほど調子悪くないよ、痛いのいつもだし」
『眠れって言ってるんじゃない、うつ伏せで寝転がれって言ってるんだ』
「?」
次の案件に取り掛かってもよかったが、急ぐわけでもないので、布団まで行って言われたとおりにする。そうすると、怨霊の手が背中や腰を触ってきた。
『うわあ……お前、体に鉄板でも入ってるのか?』
「サイボーグになった覚えはないな……え、マッサージか何かしてくれるの?」
食事の世話や布団干しや洗濯に終わらず、体揉んでくれるとか至れり尽くせりすぎないか。こいつ俺を祟るつもりのはずなんだが。いや、こいつ俺の子々孫々まで祟るつもりらしいから、俺が体を治して稼いで子孫を残すために割と何でもやる気らしいが。
『そのうちやってやるつもりだった。療養には湯治とあんまがいいだろう?』
「オーソドックスな方法だなとは思う」
『湯治はお前の懐的に無理だが、あんまなら見様見真似でやれなくもない』
「なるほど。まあ見様見真似でも、やってくれるとすごくありがたい」
『じゃあ揉むぞ。この固さだと力仕事だ』
怨霊は煙とともにヤーさんの格好になり、背中や腰を指圧しだした。俺のコンディションだと、どう揉まれても割と気持ちいいと思うが、それを差し引いても、ツボを心得ている気がする。マッサージの経験がある怨霊とかいるのか?
「なんか……、いい感じのところついてくるけど……、マッサージ詳しいの?」
『図書館で調べたぞ!』
怨霊の得意げな声が上から降ってきた。そう言えば、この間図書館で声をかけたとき、料理本がおいてあるのとは別の棚にいた。そういうことを調べていたのか。
「なるほど……うん……すごく気持ちいい。肩と首も揉んでもらえたりする?」
『もちろんだ!』
「助かる……」
怨霊は背中と腰を揉んだ後、リクエスト通り肩と首も揉んでくれて、俺は気持ちよくて半分眠りかけた。
『終わったぞ?』
怨霊の声で、俺は眠りの国から現実に引き戻された。
「あー、どうも……。あっ、すごい! あんまり痛くなくなった!」
腕を回してもそこまで痛くないし、首を回してもそこまで痛くない。可動域が広くなった気がするし、頭痛もマシになった気がする。
「うわーすごく助かる。ありがとう!」
『あ、いや……』
怨霊はなぜか目をそらした。どうしたんだ?
『痛さが全部取れたわけじゃないのか?』
「んー、長年のだからなー、一発でなくすのは難しくない? でもこれでもすごく体軽いよ」
『…………』
怨霊は渋い顔をした。
『一発で全部治してやるつもりだったのに……やっぱり揉むだけじゃなくて、鍼もやらないとだめだな。図書館にそういう本もあるか? 縫い針でいけるか?』
「……刺すのは流石に専門家に任せたほうがいいと思う……たまにこれくらい揉んでもらえれば十分です」
縫い針の針山にされるのは全力で阻止しようと思った。人外は何を考え出すかいまいちわからないなとも思った。
怨霊(中学生男子のすがた)に電卓がないか聞かれたので、この間渡したタブレットの中のアプリの使い方を教えたら、何やら真面目に計算している。傍らにはレシートの束。前に「一食の費用はベーシックパン以下(350円)でお願い」と言ったのを律儀に守ってくれているようだ。
怨霊が顔を上げた。やたら嬉しそうだ。
『おい、だいぶ食費が余ったぞ!』
「え、本当? やっぱ自炊が一番安いな、助かる」
『ふふん』
怨霊は得意げな顔をした。
『スーパーの安売りと値引き品でまともな飯を作れるワシの腕のおかげだな』
「うん、普通においしいし野菜も肉も魚もちゃんと食べられるし、すごくありがたいよ、これで安く上がるとか最高」
素直な感想が口をついた。言ってから、俺を子々孫々まで祟ろうとしている存在に対してほめすぎた気もしたが、事実だし、怨霊が照れくさそうな顔をしているので、特に悪影響はなさそうだし、別にいいかと思った。
怨霊は鼻の下をこすりながら言った。
『いや、夕飯はともかく、お前、朝と昼はそこまで食べないから、精のつくものを入れたり栄養を考えたりしても、だいぶ安く上げられるからな』
「いくら余ったの?」
『一万と少しだ、一ヶ月分としては上々だな』
「おお、けっこう余ってる!」
俺は久々にはしゃいだ。
「じゃあその一万貯金して」
『この一万で精のつく高いものを』
怨霊と声が被った。しばし沈黙が場を支配した。
沈黙を破ったのは怨霊だった。
『お前、体治して稼いで子孫つなぎたくないのか!』
「いや、今の食事で十分健康的だと思うし、不慮の出費はいつでもあり得るから蓄えは持っておきたいし」
『くそっ倹約家め』
怨霊は毒づいた。
『もう知らんぞ! 今夜はうなぎにしようかと思っていたが買ってやらんからな』
「んー、嫌いじゃないけど、鶏もも肉の方が好きかな……絶滅危惧種をわざわざ食べる気もしないし」
『安上がりなやつめ……え、うなぎって絶滅危惧種なのか!?』
「割と前からそうだけど、ここ何年かでよく言われるようになったかな」
『時代の変化についていけん……』
怨霊は頭を抱えた。
『というか、うなぎしか考えていなかったから今日の夕飯が思いつかんぞ』
「ごめん」
毎回違う料理を考えて作るのも大変だと思うので、俺は素直に謝った。実際この怨霊はいろいろ作ってくれているし。
『思いつかんから何か食いたいものを言え、それで適当に作る』
「えー、そんな、いきなり言われても」
『なるべく精のつくものを言え』
「うーん……」
俺は天を仰いだ。精のつくもの……できればそれほど高くないもの。でも、ある程度お金を使いたいらしい怨霊を納得させるには、普段の食べ物よりは多少高いほうがいいか?
……実を言うと、色々な食べ物について、古くから言われている効能には無駄に詳しい。もうあんまり触れたくない知識だが。
「じゃあ……エビとうずらの卵」
『エビとうずらの卵?』
怨霊は目を見開いて首を傾げた。
「そこのスーパーで買えるよね?」
『どっちもあったと思うぞ、エビは生から冷凍まであったはずだし、うずらの卵は水煮が袋で売ってるのを見た』
「じゃあそれで適当によろしく。エビは高いのじゃなくていいから」
『でも、あんまり精のつく食い物って感じではないな』
「そんなことないよ、どっちも古くから精を補う食べ物って言われてる。中国から来た考え方だから、日本ではマイナーだけど」
『そういうものなのか』
「うずらの卵とか、同じ重さなら鶏の卵よりタンパク質多いんだよ」
『へえー、詳しいな』
「……まあ、ちょっとね」
俺は怨霊から目をそらした。
『じゃあ後で買ってくるぞ、他に食べたいものあるか?』
「とりあえず、思いつくのはそれくらいかな」
『わかった、布団と洗濯物取り込んだら行ってくる』
「どうも、洗濯物は置いといてくれれば畳んでしまうから」
『おう』
怨霊は、ヤーさんの姿になってベランダに出ていった。ふと、俺の部屋は、ヤーさんがベランダで布団を干したり、中学生男子が買い物に出て帰ってきたり、女子大生が俺と一緒に出て帰ってきたりしていることに気づいたが、特に近所付き合いがあるわけでもないので、周囲への説明や、周りで立っているかもしれない噂については、あまり考えないことにした。考える体力もあまりないし。
むしろ、大家や不動産会社への言い訳をよく考えておくべきかもしれなかった。この部屋、一人暮らしということで契約してるし。
夕飯には、エビとブロッコリーの炒めものとうずら卵の肉巻きが出た。おいしかった。
俺は、とんでもないことに気づいてしまったかもしれない。
『どうした?』
朝の味噌汁の味見をしていた怨霊(女子大生のすがた)がこっちを見た。その味見が問題なのだ。
いや、怨霊が味見しているところは、これまでも見ていたと思う。見ていなくても、ごく普通においしい料理ができるんだから味見をしていて当然だと思う。だが、そこから導き出される結論にこれまで気づかなかった。
俺は恐る恐る聞いた。
「……あのさ、あんた、もの食べられるの?」
こいつがバリバリにものを食べられるのに、俺しか三食食っていないというのはまずくないか。何の法律にも条例にも触れているわけではないが、なんかまずい気がする。なんというか、食事時ものすごく気まずい。
怨霊はこともなげに答えた。
『食べられるぞ、食べなくても死なんがな』
怨霊に死の概念があるのか? という疑問がポップアップしたが、話が進まないのでとりあえず脇においておいた。今は別の話をすべきなのだ。
「……なんかごめん……」
『ん? どうした?』
「いや、俺だけ食べててさ」
『?』
怨霊はきょとんとした。
「いやさ、その、あんた、食べられるのに、いつも俺だけあんたの目の前で食べてて悪かったなって……」
怨霊は食事をしないと思っていたので、何も考えず食べていたが、食事ができる存在が何も食べないのに、その目の前で俺だけ食べていたとなると、かなり気まずい。しかもその食事はこの怨霊が全部作っているのだ。さらに気まずい。
怨霊は不思議そうな顔をした。
『ワシは食わんでも死なんし、ワシが食べても無駄だろ。味見は必要だからするが』
「うーん……でもさ、味がわかるなら、おいしいのもわかるってことじゃん」
『そうだな』
「それなら全然無駄じゃないと思うな……うまく言えないけど」
『…………』
怨霊はさらに不思議そうな顔をしたが、何度か首をひねってから言った。
『よくわからんが、ワシに何か食えというのか?』
「うん、まあ、完全に二人分の食費出すほど余裕ないけど、多少はいいんじゃないかと」
きっぱり二人分出すと言い切れない経済状況が悲しい。口ごもりながらも言うと、怨霊はもう一度首をひねった。
『じゃあ、余りやすい料理を適当に食うぞ。きっちり一人分作るのも、けっこう難しいんだ』
「あー、大抵のレシピは複数人表記だね」
『味噌汁が特に面倒だな。多くできた時はお前に多く飲ませてるが、そういうことなら、これから多い分はワシが飲むぞ』
「それがいいかな」
『味噌汁がある時は、白飯も少しよこせ』
「わかった」
『今日の味噌汁は多いからもらうぞ。白米も何日か分炊いてあるからもらう』
「うん、そうして。漬物とか魚も分けるから食べなよ」
そういうわけで、食卓にはいつも俺が使っている茶碗や皿と、怨霊が自分の分の味噌汁とご飯を盛ったありあわせの食器が並んだ。
「……今日、図書館に一緒に本返しに行くじゃない」
『そうだったな』
怨霊(小さい体ならたらふく食べた気になるとかで幼児のすがた)が菜箸で白米を頬張りながら言う。
「途中に百均あるから、箸とか茶碗とか、あんた用にもうひと揃え買おう」
『いいのか?』
「使うでしょ?」
『使う。まとめて食って改めて思ったが、ワシの味噌汁わりとうまいな。毎日飲みたい』
「じゃあ決まり、どっちも九時に開くから、予定より少し早く出よう」
『わかった』
誰かと囲む食卓は何年ぶりだろうか。コロナ禍や在宅仕事、自分から寄り付かなくなった実家。ずいぶんそういうものから遠ざかっていた。
百均に行ったら、『どうせ小さい体で食うから』と怨霊(女子大生のすがた)が子供用食器ばかり持ってきたので、「たくさん食べたっていいし大は小を兼ねるから」と大人用食器を買った。
This account is not set to public on notestock.
This account is not set to public on notestock.
あなたも #にゃんぷっぷーとあそぼう !
育てているnyapuです!
ずっとずーっと、一緒だよ
すき度 💛💛💛💛💛💛❤❤
https://misskey.io/play/9p3itbedgcal048f
This account is not set to public on notestock.
This account is not set to public on notestock.
This account is not set to public on notestock.
This account is not set to public on notestock.
This account is not set to public on notestock.
This account is not set to public on notestock.
This account is not set to public on notestock.
"コメントの認知的複雑性の推移を調べたところ、最もコメントの質が高かったのは「登録された匿名制」の段階であり、「完全な匿名制」から移行した後に議論の質が大幅に改善したことが示されました。しかし、「登録された匿名制」から「完全な実名制」に移行したところ、コメントの質は悪化してしまったとのこと。この結果は、「インターネット空間から匿名性を排除して実名に移行すれば、質の高い議論が可能になる」という見解に反するものです" https://gigazine.net/news/20240317-online-anonymity-online-discussion/
This account is not set to public on notestock.
#子々孫々まで祟りたい
第一話 せめて七代祟りたい(20220508初出)
RE: https://misskey.io/notes/9qj05pdk84s004mx
すっ転んで近所の祠(祟る)に直撃して壊してしまったら家に怨霊が出てきた。黒く不定形で人の姿すらしていない『それ』はやはり俺を祟るために来たらしい。
『ようもワシを害したな、子々孫々まで祟ってやるわ』
怨霊は大口を開けて牙を剝いた。何かを食い殺すことはできるのかもしれない。でも子々孫々とか言われてもな……
「いや、そんなこと言われても」
『末代まで恐怖に打ち震えるがいい……!』
「たぶん俺で末代だし」
真っ黒い怨霊の、つり上がった目が一瞬見開かれた。
『は?』
「だってさ、金ないし、相手いないし、モテないから作りようがないし……」
『お前そんなに金ないの!?』
「びっくりするほどない。そもそも若年層が貧乏な今の日本で結婚して子供作るとか大変すぎる」
フリーのWEBライターと言えば聞こえはいいが、バイトすらしていない現状だと無職一歩手前である。
『いや、でも親戚のツテとか職場のツテとか見合いとか』
怨霊がなぜかあせり始めたが、いつの時代の話だ。
「ないよそんなもん、令和の時代に」
『時代変わりすぎと違うか!?』
「とにかく金ないし、俺で末代だよ。奨学金返さないといけないから借金持ちでもあるし、今の身体だと普通に会社勤め出来る体力もないから安定した収入なんて無縁だし、モテないし」
『ワシ少なくとも七代祟るつもりで来たんだぞ! 力の使い所に困るわ!』
「そんなこと言われても」
怨霊は頭を抱えて焦りだした。ちなみに怨霊
の見た目は毛羽立った一反木綿を黒くした感じで、目と口と手はあるが鼻は見当たらない。
怨霊が抱えていた頭を話して言った。
『お前、見た目がいいわけじゃないけど別にそう悪くもないぞ、ちょっと絶望しすぎと違うか? それに人間ってもっと繁殖に血道を上げるものと違うか? 性欲ないのか?』
「ないわけじゃないけど」
正直に答えると悪霊は色めき立った。
『じゃあ子供を作れ! 子孫を残せ! 七代続け!!』
「今は性欲解消する手段なんてたくさんあるし、経済的事情でちゃんとした生育環境を用意できないのに性欲に任せて子供作るとか無責任だと思う」
そもそも相手がいないので性欲に任せて子作り自体ができないわけだが、ちゃんと育てられないのに子供を作るのはよくないというのは正直な思いだ。
『ええー、子供なんてたくさん作って出来のいいのが一人二人できればそれでいいもんじゃろ』
「たくさんとか、育てるの無理だよ、それに今は少産少死の時代」
『時代の変化についていけん……』
悪霊は再び頭を抱えた。
『うーん……つまり、話をまとめると、お前は金があって、女にモテれば子供を作るわけだな』
「いやそんな単純なもんでもないけど……経済的に苦しいのは確か」
自由業は不安定なのだ。体を壊して外に勤めることができなくなり、在宅仕事を選ばざるを得なかった人間なので、体力的にバリバリ働くということも難しいし。
『よし、ワシの財産をくれてやる』
「はい!?」
『祠の近くに隠してあるのだ。それを使えばお前も即子孫を作れるだろう』
「えーと、祠の周りって私有地だったと思うから、それ掘り起こしてもその土地の所有者のものになるんじゃないかな」
『適当な場所で拾ったことにしろ!』
「拾得物扱いだとしても、俺のものになるまで3ヶ月かかるし、ある程度以上の金額だと所得税持ってかれるから手元に残るの意外と少ないと思うんだけど」
『くそっうまくいかん!』
「でも3ヶ月先でも収入があるのは嬉しいので、ある場所教えてください」
『子孫を作るのに使えよ!』
「金額によるかな……」
怨霊の隠し財産は小判1枚で、しょぼいと思ったけど奨学金を返すのには十分な金額だった。
『借金がなくなったのだから、これで子孫を作れるだろう作れ』
「いや、支出は減ったけど収入相変わらずだから貧乏なままだよ」
『くそっうまくいかん!!』
なぜ俺は、ヤの付く自由業を絵に描いたようなおっさんとともにリモート打ち合わせに臨んでいるんだろうか。威圧感がすごい。いや俺に向けられる威圧感には慣れたけど画面の先に向けられる圧がすごい。
おっさんがささやく。
『これでお前の取り分が増えないようだったら、取引先とやらにも祟ってやるからな』
こいつは俺の子々孫々まで祟ると宣言している怨霊である。割と変幻自在らしい。俺が子々孫々を作りそうにない貧乏なので、『まずお前の実入りを増やす。渡す金を増やせとお前の取引先を脅す』などと宣言してきた。
「やめて。てか変なことすると逆に減る可能性があるからやめて。仕事自体もらえなくなる可能性があるからやめて」
俺は必死で怨霊を押して画面の外に追いやろうとしたが、力が違いすぎてうまくいかなかった。
俺の仕事はフリーのWebライターだ。仕事が取れないと無職と同等の身分である。取引先との関係は大事なのだ。
『なんで打ち合わせが画面越しなんだ。対面ならもっと圧力がかけられるのに』
「あっち九州でここ神奈川なんだから、直接会うなんてコストかかりすぎるんだよ。もうそろそろ時間だから黙って頼むから」
俺の言葉を待っていたかのように、待機中だった画面が変わり、壮年の男性が映った。割と長いこと世話になっている編集者件兼ライターさんである。
〈どうもこんにちは、調子どうです? 和泉さん〉
「まあ、ぼちぼちです」
〈あれ? なんか部屋に他の人いる? ルームシェア始めたの?〉
「いや、ルームメイトでもなんでもありませんね……こないだ私とぶつかって、壊れたから賠償金を払えって言ってる人なんですけど、こっちに支払い能力がなさすぎるってわかったら稼げってうるさくて」
『もう少し他の説明の仕方ないのかお前』
怨霊に呆れられるという実績を解除した。俺としては普通に穏便に相手と話したいから無視するが。
「本当にすみません今日は萌木さんと仕事の話だって言ったらこいつ萌木さんに圧をかけて実入りを増やさせるって張り切って部屋に陣取ってきて私の腕力的に止められなかったんですけど私の気持ち的にはそういうつもりは一切ないので無視を貫いていただけると大変助かります本当にすみません」
一息で言い切ると、萌木さんは大変困惑した顔をした。無理もない。
〈そ、そう……まあ今日は部外者に漏れたらうるさいことは特に話さないからいいけど。でも一応聞いても言いふらさないでって言っておいて〉
「わかりました」
〈じゃあ、大体はこないだの納品終わりに言った感じだけど、今月は5記事大丈夫たなんだよね?〉
「はい」
〈記事のテーマとキーワードは共有した通り。ペルソナは前回から引き続き。いつも通り、まず記事構成ができたらこっちに渡して〉
ペルソナとは、記事などのWebコンテンツの想定読者層のことだ。どの程度の知識を持ったどの年代の人間が読むか、どんなニーズを持ったどんな人間が読むかなどを細かく決める。これがないと何も文章が書けないが、Web上の市場を調べ直した結果ペルソナに修正を加えることもたまにある。
「はい、でもまず全部のテーマで下調べして、前提から練り直したほうがいいんじゃないかってときは構成の前に連絡しますね。なるべく早めにします」
〈そうしてくれると助かる〉
「遅れそうなときは、それはそれで連絡します」
〈遅れたこと特にないじゃない〉
「量絞ってますからね……」
ブラック企業でぶっ壊した自律神経が本当に治らない。今はなんとか机の前に座って話しているけど、ダメなときは本当にダメで、一日寝ていることも珍しくないし、少し無理をすればすぐ反動が来てまた寝込む。
『たくさんやれば稼げるのか! 働け! お前昨日も寝て過ごしてたじゃないか! もっと働いて稼いで裕福になって子孫を繋げ!!』
「ちょっと黙ってて、ていうか自分のキャパ考えずに引き受けて結局できなくて納品日守れないとか、フリーランスとして完全アウトなんだよ、各所に迷惑がかかるんだよ」
さらに画面に映り込もうとする怨霊を全力でぐいぐい押し返していたら、萌木さんから声がかかった。
〈あのさ、余裕納品は本当に大事なんだけどさ、和泉さんがもうちょっと安定して仕事受けてくれるようなら、僕も上に言って記事単価上げられるんだよ? そっちも実績積めるしさ〉
こういうことを相手から言ってくれるのは本当にありがたい。仕事柄いろいろな編集と接しているが、はっきり言って稀有な人間だ。萌木さんはこういうことを言ってくれる人だから、なるべく関係をよくしておきたいのだが。
「まあそうなんですが……やりたい気持ちはあるんですけども」
〈和泉さんは最初から構成も文章もしっかりしてるし、調査力も高いし、量を頼めるならありがたいんだけど〉
『働け! もっと働いて稼げ!!』
「頼むから黙って。すみません萌木さん、やりたい気持ちはすごくあるんですが、まだ体追いつかなくて」
〈そう……まあしっかり療養してね。増やせそうだったら相談してよ〉
「ありがとうございます、本当にありがたいです」
俺は頭を下げる。たぶん映像なしの音声だけのやり取りでも下げていたと思う。
自律神経が死んで在宅仕事しかできなくなり、消去法で始めたライター業だが、書いたものは意外と高く評価してもらえている。ブラック企業では死ぬほど業務を積み上げられてもそれをこなすのが当たり前であり、全く評価はなかったし、もちろん給料にも反映されなかった。
だから、評価がもらえている今、できる仕事はなるべく引き受けたいけれど、悲しいことに体がついてこない。
その後、萌木さんと細かいところを詰めて、打ち合わせはお開きになった。
『取引は済んだのか! 決まった通り働いてすぐ金をもらえ!』
怨霊が黒い一反木綿のような元の姿になってがなってきたが、できない相談だった。
「……エネルギー切れたからもう休む」
『はあ!?』
「今日もあんまり調子よくないんだよ……打ち合わせの予定は前々から決まってたから頑張ってたけど、もうダメだ、今日は店仕舞い」
『……』
怨霊は首を傾げた。
『お前、外に働きにも行かずによく寝てるから、怠けてると思ってたが、もしかして病気なのか?』
「まあ……そう言っていいかな。自律神経失調症って正式な病名じゃないけど」
『難しい病気なのか?』
怨霊は不思議そうに聞く。幽霊に体調を心配されているというのも変な話だが、聞かれたことに答える以上のことに頭が回らなかった。
「パキッと効く治療法がないという意味ではね……規則正しく生活してちゃんとしたもの食べるくらいしかない」
『…………』
怨霊は考え込んだ。
『病気を治せば、たくさん働いて稼げるのか? 稼げるようになったら子孫を繋ぐか?』
「子孫はともかく、今よりは仕事増やせるから収入は増えると思う」
『じゃあまず病気を治せ! 寝ろ! 布団に行け!』
「言われなくても寝る……」
椅子から立ち上がって布団まで行こうとしたら、怨霊が俺の体を持ち上げて布団まで引きずりだした。
「いや自分で行けるから」
『速やかに寝ろ!』
「あんた力すごいな……」
引きずられるどころか体が宙に浮いた。そのまま布団に放られる。
『おい何だこの煎餅布団は! こんなところで寝たら治るものも治らんぞ!』
「いいから寝かせて」
『ワシは少なくともお前を七代祟るんだ! なんとしてでもお前を治して子孫を繋がせるぞ! もっと柔らかい布団に寝かせるからな!』
「俺が起きてられる時に布団干してくれるだけで十分なんで寝かせてください……」
体が治ったとしても、ライター業なんてよっぽど売れないと収入は悲惨なので俺が末代なのは変わらないと思うけれど、柔らかい布団で寝たいという気持ちはあるので、そこについてはもう何も言わなかった。
『お前、体を治すには規則正しく生活してちゃんとしたもの食べるしかないと言ったじゃないか』
俺を子々孫々まで祟ると言って現れて、俺が子孫を残しそうにないので俺に子孫を残させる方向にシフトした本末転倒の怨霊が言う。
俺はささやかな朝食を食べる手を止めて答えた。
「言ったけど」
『ダンボールに入ったパンしか食べてないじゃないか!! 何がちゃんとしたものだ』
「これはベーシックパンって言って、完全栄養食で栄養が取れるのにコンビニ飯より安いんだよ、自炊する体力のないヘボに最適なんだよ」
悪霊は訝しげな顔をした。
『信じられん』
「信じて、事実だから」
『うまいものなのか? なんでも入ってるというと味が濁りそうだが』
「……まずくはない、程度」
別に嘘は言っていない。まずくはない。ただ、毎日毎食食べ続けるとなるとかなり辛い味で、最近では舌の感覚を殺して食べている。
『お前なんか無理してないか?』
「別にしてない」
続きのベーシックパンを頬張ってインスタントコーヒーで流し込む。
『いやお前やっぱり無理してるぞ! たまにはまともなものも食え!!』
「金がかかるし、人間強度が下がるから食べない」
『……人間強度ってなんだ?』
こいつの感覚や語彙はあんまり新しくない。新しくても人間強度がわかるかはまた別の問題だが、この世のどんな人間でも子孫を残すものだという感覚が現代のものかと言われると、うなずきかねる。
「人間は贅沢を覚えたら戻れなくなるくらいの意味」
『別にものすごく高いものじゃなくて一汁三菜食えって話だ! お前、俺の財産があるだろ!!』
「奨学金返したら10万も残らなかったし、残りはもしもに備えて貯金」
『くそっ倹約家め』
「じゃあ、そろそろ俺仕事するから」
テーブルの前の椅子からパソコンデスクまで移動五秒。職住近接にもほどがある。
『あの萌木とか言うのからの仕事は終わったんじゃないのか?』
「終わったけど、あの量だけじゃとても暮らしていけない。俺の調子見て、やる余裕があればなるべく単発のを受けてる」
『どうやって受けるんだ?』
「ポートフォリオサイトのメールに直接来ることもあるけど、スキルシェアサイト通じて探すほうが断然多いかな」
『ポートフォリオ? スキルシェアサイト?』
「……ポートフォリオはやってきたことやできることのまとめで、スキルシェアサイトっていうのは技能集団の仕事探し寄り合いみたいなもの」
案の定メールには何も来ていないので、スキルシェアサイトを見る。流石に初心者は脱しているから、中級以上の記事単価のものに目を通していく。
『求人票が集まってるようなものなのか』
「そんな感じ」
できそうな案件のページを片っ端から開いて、隅々まで目を通していく。俺が明るい分野の案件があればありがたいのだが、物事はなかなかそう上手くはいかない。
『おい、これやれ! これいいぞ!』
「何?」
怨霊が画面を指すのを見ると、ミールキットの紹介記事をいくつか書くという案件だった。
「……できなくはないけど、こういう案件にしては値段低めだな」
『ミールキットって、ミールは食事のことだろう? 飯だろう?』
「料理用の食材キットってところかな」
『体験用に1回分提供って書いてあるぞ』
「………」
確かにそう書いてあった。記事単価を中心に見ていたから気づかなかった。3日分のミールキット付きなら、ミールキットの値段を考えると、たしかに割のいいほうかもしれない。
『これやれば金も食事も手に入るんだろう! これやってまともなもの食え!』
「他のも検討してからな」
開いたページは全部見たが、できるものはあれど、ぱっとしないものばかりだった。応募しても採用とは限らないから、ここからもひとつふたつ応募しておくことにはするが。
「……ミールキット案件も応募するか」
『おお! これでお前まともなもの食うな! 体治って稼いで子孫繋ぐな!!』
「そこまで物事は爆速でいかないから」
ミールキットの案件に無事に採用され、二日後には体験用ミールキットが届いた。最近インスタントコーヒー用のお湯を沸かすことしかしていなかったワンルームのささやかな台所にも活躍の機会が来たようだ。
『おお! 本当に火が出るんだな今の台所は!』
「あんた、いつの時代の怨霊なの?」
最新の台所だとオール電化でむしろ火が出ないのだが、たぶんこの怨霊には言っても通じないだろう。
「鮭の切身フライパンで焼いて、野菜は切ってあるからそのまま入れて、後は別添のソース入れて蒸せばいいのか」
ガスコンロの火をつけたり消したりしている怨霊が言った。
『この台所、おもしろいからワシにやらせろ』
「ええ? 火の加減とかできるの?」
『薪のくべ方で火を調節するのに比べたら、赤子の手をひねるようだぞ』
怨霊は胸を張った。見た目は黒くて毛羽立った一反木綿なので胸がどこかと言われると困るのだが、胸を張るような仕草をしているのはなんとなくわかる。
「あんた、いつの時代の怨霊なの?」
たしかに、いちいち火をおこしていた時代からしたらガスコンロは夢のように簡単だろうけども。
「まあやってくれるのは助かるけど……説明よく読んでその通りにやってよ」
『任せろ、ここにあるもの全部料理してやる。全部食べて体を治して稼いで子孫を繋げ』
「これ3日分だから。一度に作られても食べきれないから」
驚くべきことだが、怨霊は初めて使うガスコンロでまともに料理ができた。久々にテーブルに料理の皿を並べた。
ミールキットなので、味は保証されていて当然なのだが、ひとくち食べて思わず唸ってしまった。久々のまともな食事なのだ。
「……人間強度が下がっちゃうな……」
『うまいのか?』
「おいしい」
『ワシの手にかかれば当然だ!』
怨霊はまた胸を張った。その後もおいしいと言っておだてたらミールキットを全部作ってくれた。この間は布団を干しておいてくれたし、おだてたらもうちょっと家事をしてくれるのかもしれない。
「もしもし……はい……あー、流石に今回は直接診察じゃないとだめですか……はい……行きます……はい、それじゃ予約どおりの時間に」
『どうしたんだ?』
部屋で電話をかけていたら、最近ほぼ同居状態になっている怨霊に声をかけられた。
「いや、病院と電話。月イチか二週間に一度で薬もらってるんだけど、最近電話診療で済ませてたら、今度は流石に直接診療じゃないとだめって言われた」
自律神経が死んでも大した治療法はないが、薬がないわけでもない。安定して自律神経が死んでいるので、薬の内容も特に変わらない。病院にわざわざ出向くのが面倒だったのと、コロナ禍でもあるため電話診療で済ませていた。主治医にも了解を得ていたのだが、病院の方針でたまには直接診療しろということになったらしい。
『そうか、病院行っとったのか! 体治して稼ぐにはちゃんと医者にかからないとな! お前には少なくとも七代子孫を繋がせるんだからな!』
「あのね、仮に子ども作れたとしても、俺その子供が子供作るかまで責任持てない」
ともあれ、久々に遠出することになった。翌日、病院へいく準備をしていたら怨霊が『ワシもついていく』とゴネだした。
『よく考えたら、お前が治らんの、かかってる医者がヤブ医者だからかも知れん。ワシがこの目で見て医者の腕を確認する』
この怨霊は毛羽立った黒い一反木綿みたいな姿をしているが、割と変幻自在なようだ。この間はヤの付く自由業みたいなおっさんになって他の人の目にも見えていたし。
「別に普通の医者だけど……ついてくるなら、この前みたいな法に触れそうな見た目はやめて。無害そうな見た目になって」
『無害か。じゃあこんなんでどうだ』
黒い一反木綿が煙に包まれ、煙が晴れるとそこには中学生くらいの、フーディーにデニムの少年が立っていた。
『無害そうだろう』
「まあ……無害かな。わりとかわいい姿にもなれるんだな」
目が丸っこく、背は中学生くらいながらまだ声や体格が男らしくなっていなくて、幼さを感じる。
『だいたい何にでもなれるぞ』
「とりあえずその格好でいいよ、じゃあ行こう」
病院まで、距離的には長いが、バス一本で行けるし、部屋からも病院からもバス停は近いのでそこまで歩かない。立ちっぱなしだと俺の体力にはそこそこ辛いが、運良く二人とも座れた。
病院に着き、受付に保険証と診察券を出す。
「すみません、予約の和泉です」
「はい。前回、自立支援医療の更新手続きがそろそろとお伝えしましたが、手続きはお済みですか?」
「済んでます、新しいの持ってきてますが今いりますか?」
「お会計時にお出しください。そちらは付添の方ですか?」
怨霊(中学生のすがた)は胸を張った。
『付き添いだ! こいつの医者の顔を見に来たぞ』
「すみません兄弟なんですが私がかかってる医者と会いたいってうるさくて今回だけよろしくお願いしますすみません」
よく考えたら付き添いに中学生は来ないだろ、と思ったが「こいつは俺を子々孫々祟りに来て、でも俺が子孫を作りそうにないから俺にあれこれやって子孫を作らせようとしてる怨霊です」と言ったら、幻覚か見えだしたか妄想癖が飛び出したかのどっちかにしか受け取られかねない。思わず一息で兄弟だと大嘘をついてしまった。
「あ、いえ、大丈夫ですよ、先生に伝えておきますね」
受付の女性は愛想笑いながら微笑んでくれたので、とりあえず嘘は通ったようだ。
「ありがとうございます、すみません」
俺は怨霊の手を引いて待合室まで連れて行った。
『ワシのこと、お前のきょうだいってことにするのか?』
「とりあえず親族なら、付き添いに来てもおかしくないだろ……」
ていうか、中学生くらいなら受付に敬語使ってほしい。怨霊は納得した顔をした。
『なるほど。さっき言ってた自立支援医療とは何だ?』
「申し込むと医療費と薬代が1/3になる制度」
『そんなのがあるのか!? それも令和とやらになったからあるのか!?』
「いや、これは割と昔からあるっぽいけど」
『よくそんなの知ってたな』
「金ないから、こういう制度探し出して片っ端から申し込まないとやってけないんだよ」
感性が少なくとも昭和、下手するとそれ以下の怨霊にあれこれ教え込んでいたら診療の順番が来た。
「こんにちは、お久しぶりです和泉さん。今日は付き添いの方がいらっしゃるようで」
まだ若い医師が微笑んだ。顔を合わせるのは何ヶ月か振りだ。
「一人で来るのはお辛い感じでしたか?そこまで調子が悪いのは珍しいですね」
「いえ、そういうわけじゃなくて、すみません、一人で来られる体調だったんですが、こいつ私のかかってるお医者さんに会うって言って聞かなくて」
『こいつを早く治してちゃんとした体にしろ! ワシはいい加減困っとるんだ! お前ヤブ医者か?』
「頼むから黙っててくれ」
医師は苦笑いした。
「えーっと……ご兄弟でしたっけ?」
「兄弟です」
『ワシの話を聞かんか!』
「……だいぶ雰囲気違いますね」
「すみませんこいつ方言がきつくて」
「和泉さん生まれも育ちも神奈川じゃありませんでしたっけ?」
「生き別れの兄弟で!」
成り行きで怨霊の属性が盛られてしまう。俺は話題転換の必要を感じた。
「ええと、私の調子としては特に変わらずポンコツです。在宅仕事はしてますけど丸一日稼働できないし、無理するとすぐ寝込むし、無理してなくてもダメな日はダメで寝込みます。寝込むほどじゃなくても、何もできないことも多いです。今日は割と調子いいほうですけど、帰ったら疲れて何もできないと思います」
「横になりがちなのはわかりましたけど、睡眠取れてますか?」
「夜は一応眠ってますが、正直、悪夢ひどくて寝た感じがしないことが多くて……動悸止まらなくなるのもよくありますし」
「夢は、睡眠薬でもどうにもなりませんからね……心臓も異常なかったし。この間出した漢方薬も効いた感じはありませんか?」
「寝付き良くなったかなとは思いますけど、それだけですね」
「下痢がひどいのも変わりませんか?」
「変わりませんね。外に出るときは下痢止め必須です」
「微熱はどうですか? 変わりませんか?」
「相変わらずしょっちゅうです。今日は検温引っかからなかったけど、たぶん引っかかる日のほうが多いです」
「……解熱剤も効きにくいし、生活整えて療養を続けるしかありませんね。食欲はあります? 食生活はどうですか?」
「食欲はなくはないです。食生活は……大体ベーシックパン頼りですけど、材料を安く買い込めるなら割とそこのおん……弟が作ってくれるのでなんとかなってます」
怨霊と言いかけて、あわてて言い直した。そういえば怨霊はおとなしい。おとなしいというか、かなり神妙な顔をしている。
「なあ、食材があれば割と作ってくれるよな」
『お、おう……そうだ』
話を振ったら怨霊は返事をしたが、微妙に心ここにあらずといった面持ちだ。どうした?
「食生活は改善傾向と……。前回と特に変わらずなので、薬も引き続き同じにしましょうか。それとも漢方薬は削りましょうか?」
「一応ください。まったく効果ないわけでもないんで」
「わかりました。では今日はこれで。待合室で会計をお待ち下さい」
「ありがとうございました。ほら、行くぞ」
『おう……』
怨霊を促して診察室を出たが、なんだか怨霊に元気がない。変に思いながら、待合室に腰を落ち着けると、怨霊がつぶやいた。
『お前……相当体悪いんだな。驚いた』
「え?」
『医者に言ってたことがひどかったから』
「そうか? ……いや、まあ、そうか」
もう3年くらいこんな調子だからこれが通常になっていたが、自律神経が死んで体のあちこちがポンコツだ。この調子のまま加齢が来たらどうなるか、あまり考えたくない。
「一応、内蔵なんかに異常はないんだけど、自律神経の調子がおかしくなってからずっとこの調子なんだよ。石の上にも三年とか言ってブラック企業で頑張るもんじゃないな」
『ブラック企業ってなんだ?』
「人を人とも思わず非人道的な仕事量を押し付ける企業のこと」
『そうか……』
怨霊はしょぼくれた顔をしていたが、やがて何かを決めたような顔をして立ち上がった。
『帰りに食料品店に寄るぞ! 精のつくものを作れば体にいいだろう。消化にいいもののほうがいいか?』
「1食390円以下に抑えてくれるならなんでもいい」
『食費の基準をベーシックパンの値段にするな! 安売りを選べばできるがお前は精をつけないといかん!』
「無い袖は振れないんだよ……あと遠出すると疲れるからまっすぐ帰りたい」
『財布をよこすなら一人で買う』
「……五千円渡すから、それでなんとかして」
『わかった』
家の最寄りのバス停で別れて一足先に部屋に帰って、一時間くらいしたら怨霊が中学生の姿のままはしゃいで帰ってきた。
『山芋が安かったぞ! これでお前も治るな!』
「いや、そんな神速では治らないけど」
『おろして飯にかけて食べるか? 切ってタレとかかけて食べるか?』
「作るの楽な方でいいよ」
『じゃあ切るぞ! 女の体だと料理のやる気が出るな!』
今、聞き捨てならないことを聞いた気がする。
「ちょ、ちょっと待って……今の姿女の子!?」
『そうだ! 男より女のほうが無害だし、きらびやかな女より地味な女の方が無害に見えるからな!』
怨霊は胸を張った。言われてみれば、だぼついたフーディでわかりにくいながら、ささやかに胸のあたりが持ち上がっている気がしないでもない。
『それにお前は女にモテないみたいだから、機会を見て子作りの練習をさせようと思っていたんだ! 女の姿にしておけばそれもできるしな』
「その年の子にそんなことできるわけ無いだろ!」
『何を言ってる、十五歳くらいで作ったぞ!ほらちゃんと女の体になってる!』
「胸を見せるな! 隠せ!」
『ほら、十分練習できる体だ、結婚だってできる年だしな』
「いつの時代の話だ!! 今は女も十八歳にならないと結婚できないし性的なことするのは犯罪! 今は令和なんだよ!!」
怨霊は口をとがらせた。
『時代の変化についていけん……』
「女の子となると、いろいろ事情が変わる……ダメだ、俺みたいな無職一歩手前が平日昼間に未成年女子とうろついてたら、下手すると通報されるし、付き添いしたいならその姿はダメだ。年そのままならせめて男になって。女のままならもうちょっと大人になって」
『面倒くさいな、そんなにすぐ別の姿は思いつかんから、今日はこのままだ』
「部屋の中だけならいいけど……」
ヤーさんの姿の方が気苦労がないなんて思わなかった。山芋を拍子木切りにして梅肉醤油をかけたのはおいしかった。
『なあ、おい、起きないのか』
「…………」
『飯ができてるぞ』
「…………」
前々から低気圧だと調子が悪いが、ここまでの爆弾低気圧は久しぶりだ。当然体調は地の底である。
『おい、生きてるか? 死んでないだろうな? おいお前、ワシは少なくとも七代祟るつもりでおるんだぞ? おい』
最近、食事の支度を任せきりの怨霊(黒い一反木綿のすがた)が布団の上からめちゃくちゃゆさぶってくる。体調が悪いときに騒がれると本当にしんどいので静かにしてほしい。
「……死んでないけど死ぬほど辛い……しばらくほっといて……」
『飯を食わないと体によくない!』
「……低気圧だからすべてがダメ……」
頭痛予測アプリで低気圧予報が見られるので、不調を予測して昨日のうちにできるだけ仕事を済ませた自分をほめてやりたいが、ほめたところで調子の悪さは変わらない。というか、体調が死ぬほど悪くなるのを正確に予測できるというのもなかなか精神に悪い。
『なあ、普通の飯は食べられないのか? ベーシックパンなら食べるか?』
「……普通の食事がいいけどほっといて……動けるようになったら食べるから……」
『…………』
頭まで布団をかぶっているので見えないが、怨霊はとりあえずあきらめたらしい。気配が遠ざかるのがわかった。
実を言うと食欲がないわけではなく、腹は減っているのだが、本当に体が動かない。気圧の波が落ち着くまでこのままなのはわかっているので、空腹に耐えてひたすら横になっているしかない。
『おい、動かなくていいから頭だけ出せ』
また怨霊の気配がすぐそばに来た。
「……ほっといてってば……」
『頭だけ出せ』
また布団の上からゆさぶられた。拒否し続けるほうが大変そうなので布団から顔を出したら、片手に料理を持った皿を、もう片手に箸を持った怨霊がいた。
『動けないなら適当に食わせるから口開けろ』
「…………」
介護か。俺は要介護レベルなのか。しかし自分の自律神経のイカれっぷりを考えると、あまり否定できない。
「……流石に、自分で食べられるから……」
『じゃあ食え! 今日の卵はちゃんと半熟だぞ!』
「うん……」
目玉焼きは半熟ながら、箸で切って口に運べるだけの固さがあり、よくできていた。浅漬けと味噌汁もうまかった。
最近、人間強度が下がりっぱなしかもしれないと思った。
『なあ、インターネットというのはいろいろ調べられるのか』
怨霊(中学生男子のすがた)の唐突な質問に俺は戦慄した。感覚が昭和で止まっており、インターネットをまったく知らない存在をネット空間に放り込むのはあまりにも危険すぎる。中途半端に知識があるかもしれないが、それはそれで危険が伴う。
「……最近のネットは、調べ方を知らないと適切な情報にたどり着けないから素人にはおすすめしない……何調べるの?」
なんとか無難な返事をひねり出した。調べたいものが何かによってはまた別の危険がある。俺に子孫を残させるためとか言って俺の名前で出会い系なんて調べ始めたらえらいことだ。
怨霊はこともなげに答えた。
『近所のスーパーの安売りとか値引き品での献立がそろそろ思いつかないから、新しい献立を調べたい』
怨霊がやる調べ物ではない。いやバリエーション豊かな食事を楽しめるのは本当にありがたいが。まあ、調べるものがそれだけ明確であれば、こちらも対応のしようがある。
「じゃあ、いい感じのレシピサイトいくつか教えるから、調べるのはそのサイトからのみにしてくれる?」
『お前が食いたい料理が載ってるのか?』
「うーん、必ずしもそうじゃないけど、ものすごくいろんなレシピが載ってるし、載ってるレシピの質が確かなところ」
『ふーん』
昔、懸賞で当てたが在宅仕事なのであまり使わずしまい込んでいた小さいタブレットを活用することにした。ブラウザを立ち上げて、レシピサイトを次々に開いてお気に入り登録していく。クックパッドは最大手だが、意外と上級者向けなので、説明に下ごしらえを飛ばして書いていることがままあるのであえてやめておく。レシピに外れがないのはE・レシピ、Nadia、白ごはん.com、きょうの料理あたり、動画が見られてわかりやすいのはクラシルやDELISH KITCHENあたりか。クラシルや楽天レシピも入れておこう。
自律神経がイカれてから大して料理もしないのに、俺が妙に詳しいのはその辺のサイトを比較する記事を書いたことがあるからだ。
タブレットの使い方やお気に入りからのサイトの飛び方を怨霊に教えがてら、大体のサイトを見せたら、怨霊は動画が見られるサイトが気に入ったようだ。
『料理してるところが見られるのはいいな!』
「わかりやすいよな、記事まとめるとき参考にいろいろ見た」
『ふーん……』
怨霊はなにか考え込むような顔になった。
『お前、こういう料理ができるところ見てて、うまそうだと思わないのか? 見てる時腹減らなかったのか? 』
「そういう時はベーシックパンかじってた」
『…………』
怨霊は、かわいそうなものを見る目で俺を見た。
『お前、飯は作ってやるから、もうあのパン食べるなよ』
「え、賞味期限が迫ってるから残り消費したいんだけど」
『まともな飯を食え!』
「栄養的には非常に行き届いてるんだよ!」
『味は?』
「まずくはない」
『ワシの飯の味は?』
「……おいしい」
『決まりだな』
怨霊は得意げに胸を張った。怨霊の作る食事と言うと呪われそうだが、ごく普通の家庭料理(和食が多い)で、ごく普通においしい。
おしかけ同居されている時点で呪われているという見方もあるが。いや、祟られているのか。
怨霊は楽しげにタブレットをいじっていたが、見るべきものは見たらしくて顔をあげた。
『じゃあスーパー行ってくるぞ。そろそろ値引きのシールが貼られる頃だ』
「いってらっしゃい、よろしく」
『精のつくものを作るぞ! 今のうちから子種を育てておいて損はないからな!』
「そういう気はまわさなくていい」
夜は、納豆と山芋とオクラのネバネバ丼と、ニラ入り卵焼きと、にんにくのホイル焼きが出た。意図が見え見えで腹が立ったが、ごく普通においしかった。
「行くべきか、行かないべきか、それが問題だ……」
『どうした?』
パソコンの前で悩んでいたら、考えていることが口に出ていたらしい。布団を干し終えてベランダから戻ってきた怨霊(ヤーさんのすがた)(大きいものを運ぶ時は大きい方が楽らしい)に声をかけられた。
「いや、今回頼まれたWebコンテンツ用の調べ物してて、たぶん図書館あされば結構資料が見つかると思うんだけど、少し遠いし行っても具合悪くなって引き返しちゃう可能性もあるから、どうしようかと思って」
怨霊は首を傾げた。
『インターネットで調べられないことなのか? 何でも調べられると思ってたぞ』
ネットにあまり詳しくない者によくある勘違いだ。感覚が昭和で止まっていると思しきこの怨霊は、それでもネットを参考にして毎日の料理を作れるからマシな方だと思うが。
「ネットはリアルタイムの情報追いかけたり、ある程度新しい事とか、広く関心が持たれてる事を調べたりにはいいけど、体系的知識を得るにはまだまだ本かな。あと、本を参考にしたほうがネット上でのネタかぶりしにくい」
『そういう物なのか』
怨霊は首を傾げた。
『よくわからんが、図書館に行ければ稼げるのか?』
「んー、すぐものすごく稼げるわけじゃないけど、いい成果が上がる可能性は高いし、それで評判が良くなればいい仕事にありつける可能性はある」
怨霊はやる気に満ち溢れた顔になった。
『じゃあ行くぞ! 洗濯物干したらすぐ行くぞ』
「え、あんたも来るの?」
『お前が動けなくなった時、ワシがいれば引きずって帰れるだろ』
わりと善意だった。あんまり引きずってほしくはないが。かと言って背負ったり抱き上げたりもしてほしいわけじゃないが。自分の足で普通に帰れるのが一番いい。
とはいえ、付添いがいるのは普通にありがたい。確か最寄りの図書館では十冊まで借りられるが、専門書ばかりになりそうだから、限度いっぱいまで借りるとかなり重くなる。
怨霊が布団を干したり料理を作ったりするたびに、どうも、とか助かる、とか言っていたら、頼んでもいないのに洗濯もしてくれるようになったから、頼んだら本を持つくらいはしてくれると思う。
一応、聞いておくことにした。
「あのさ、借りる本が多いからかなり重くなりそうなんだけど、持つの頼めたりする?」
『いいぞ、お前と一緒に引きずって帰る』
「俺のことは多少引きずってもいいけど本は傷つけないで、借り物だから」
ともあれ怨霊の快諾を得た。怨霊が洗濯物を干している間、図書館のホームページを開いて資料検索してみたら、一番の目当ての本は所蔵されていたし、貸出中でも貸出予約満載でもなかった。
天気もよく、数日は低気圧も来そうになかったので、体調は大丈夫な方にかけてみることにしようと思った。
『なあ、お前と外に出るなら無害な姿の方がいいんだろう?』
再びベランダから戻ってきた怨霊が聞いてきた。
「ん? ああ……まあ、今の格好だと威圧感すごいから、もうちょっと優しそうな姿のほうがいいかな」
『こないだの若い女の格好でいいか? ほら』
「……平日昼間に中学生女子連れ回してると、例え図書館でも別の意味で不審に見られるから、もうちょっと年上にして」
『令和って面倒くさいな……』
こないだの中学生女子が大きくなって大学生くらいになった感じの怨霊と連れ立って歩く。一人で日中歩くと、女性や子連れとすれ違うときあからさまに避けられるのだが、怨霊と歩いているとそうでもない。二人連れだからなのか女連れだからなのか。不審者を見る目を向けられるのは割ときついので、怨霊が暇そうなら、体調に無理がなくても同行を頼んでもいいかもしれない。
怨霊がこちらを見上げて言った。
『なあ、ワシも本借りられるのか?』
「あー、図書館内で読むのは大丈夫だけど、借りるのはちょっと無理かな……身分証明書がないと図書カード作れなくて借りられないと思う。またレシピとか調べるの?」
『料理もだが、他にもいろいろだ』
「ふうん?」
何を調べる気だろうか。物騒なことでなければ別に、立ち入るつもりはないけれど。読んだり借りたりした本の履歴は、実は結構な個人情報なので、あまり聞くのもよくない気がした。
無事に図書館に着き、俺はとりあえず体調を崩すこともなく目当ての本を探し当てることができた。本棚にずらっと並ぶ本から資料を探すのは、近い分野の本が目に入りやすいので、思いもかけずいい感じの資料も手に取ることができて、電子書籍とはまた違うメリットがあった。体調が許せば、金もかからないのでなるべく活用したい。
図書館を使い慣れていないらしい怨霊に、料理に関する本は技術・工学の家政学・生活科学棚にあると教えたら、一目散に行ってしまって、俺が目的の本を探し出して貸出カウンターで借り終わっても、別の棚で何か調べているようだった。
しばらく放っておいたほうがいいかなと思ったが、一応声をかけた。
「俺借り終わったけど、まだかかる?」
『お!? おう、済んだのか、本持つぞ、お前も持つか?』
怨霊は驚いた顔で俺を見上げた。
「いや、帰るのは大丈夫そうだから、本持ってくれればいいから。調べ物、まだかかるなら待とうか? そこまで急ぎじゃないし」
『いや、いや、いい。帰るぞ。飯の準備もしておきたいしな』
もらい物のエコバッグに入れた本を怨霊に持ってもらい、帰り道を行く。傍から見ると女の子に重そうな荷物を持たせている男だが、この男は傍から見た以上に弱々しいので勘弁してほしい。
「なあ」
『なんだ?』
「今日は普通に図書館まで往復できたけどさ、いつもこれくらい調子がいいとは限らないから、俺が返却日に寝込んでたら、代わりに返しに行ってくれる?」
怨霊は首をかしげた。
『本人が返さなくていいものなのか?』
「全然平気。めんどくさければ、図書館の外にある返却ボックスに突っ込んどいてくれればかまわない」
『最近の図書館は便利だな! 令和も便利なことがあるんだな』
「平成からあったと思うけどね」
『また行くぞ』
「うん、調子さえよければもっと図書館使いたい」
『今度はお前の子種を増やす方法と、お前の見た目をよくして女にモテる方法を調べるぞ』
それは特に調べなくていいと思った。
もう何年も続いているから当たり前のものになっているが、肩と腰と背中と首が常に痛い。ブラック企業時代、朝も昼も夜も深夜も仕事のし通しだったが、その頃から痛くなり、今に至る。まあ、今も安い椅子での座り仕事で、合間にストレッチするほどの体力もなく、治る要素がひとつもないのだが。
納品が終わって一段落ついたので、腰を叩いたりセルフで肩を揉んだりしていたら、怨霊(大学生女子のすがた)がわざわざ台所からよってきた。
『やっぱり腰痛いのか?』
「んー、肩と背中と首も痛い。あと頭痛い」
『お前、若いのに痛い所多すぎないか?』
怨霊にドン引きした顔をされた。人外に引かれるほどひどいのか? 俺は。
『おい、布団敷いてあるから寝ろ』
「いや、今日は寝るほど調子悪くないよ、痛いのいつもだし」
『眠れって言ってるんじゃない、うつ伏せで寝転がれって言ってるんだ』
「?」
次の案件に取り掛かってもよかったが、急ぐわけでもないので、布団まで行って言われたとおりにする。そうすると、怨霊の手が背中や腰を触ってきた。
『うわあ……お前、体に鉄板でも入ってるのか?』
「サイボーグになった覚えはないな……え、マッサージか何かしてくれるの?」
食事の世話や布団干しや洗濯に終わらず、体揉んでくれるとか至れり尽くせりすぎないか。こいつ俺を祟るつもりのはずなんだが。いや、こいつ俺の子々孫々まで祟るつもりらしいから、俺が体を治して稼いで子孫を残すために割と何でもやる気らしいが。
『そのうちやってやるつもりだった。療養には湯治とあんまがいいだろう?』
「オーソドックスな方法だなとは思う」
『湯治はお前の懐的に無理だが、あんまなら見様見真似でやれなくもない』
「なるほど。まあ見様見真似でも、やってくれるとすごくありがたい」
『じゃあ揉むぞ。この固さだと力仕事だ』
怨霊は煙とともにヤーさんの格好になり、背中や腰を指圧しだした。俺のコンディションだと、どう揉まれても割と気持ちいいと思うが、それを差し引いても、ツボを心得ている気がする。マッサージの経験がある怨霊とかいるのか?
「なんか……、いい感じのところついてくるけど……、マッサージ詳しいの?」
『図書館で調べたぞ!』
怨霊の得意げな声が上から降ってきた。そう言えば、この間図書館で声をかけたとき、料理本がおいてあるのとは別の棚にいた。そういうことを調べていたのか。
「なるほど……うん……すごく気持ちいい。肩と首も揉んでもらえたりする?」
『もちろんだ!』
「助かる……」
怨霊は背中と腰を揉んだ後、リクエスト通り肩と首も揉んでくれて、俺は気持ちよくて半分眠りかけた。
『終わったぞ?』
怨霊の声で、俺は眠りの国から現実に引き戻された。
「あー、どうも……。あっ、すごい! あんまり痛くなくなった!」
腕を回してもそこまで痛くないし、首を回してもそこまで痛くない。可動域が広くなった気がするし、頭痛もマシになった気がする。
「うわーすごく助かる。ありがとう!」
『あ、いや……』
怨霊はなぜか目をそらした。どうしたんだ?
『痛さが全部取れたわけじゃないのか?』
「んー、長年のだからなー、一発でなくすのは難しくない? でもこれでもすごく体軽いよ」
『…………』
怨霊は渋い顔をした。
『一発で全部治してやるつもりだったのに……やっぱり揉むだけじゃなくて、鍼もやらないとだめだな。図書館にそういう本もあるか? 縫い針でいけるか?』
「……刺すのは流石に専門家に任せたほうがいいと思う……たまにこれくらい揉んでもらえれば十分です」
縫い針の針山にされるのは全力で阻止しようと思った。人外は何を考え出すかいまいちわからないなとも思った。
怨霊(中学生男子のすがた)に電卓がないか聞かれたので、この間渡したタブレットの中のアプリの使い方を教えたら、何やら真面目に計算している。傍らにはレシートの束。前に「一食の費用はベーシックパン以下(350円)でお願い」と言ったのを律儀に守ってくれているようだ。
怨霊が顔を上げた。やたら嬉しそうだ。
『おい、だいぶ食費が余ったぞ!』
「え、本当? やっぱ自炊が一番安いな、助かる」
『ふふん』
怨霊は得意げな顔をした。
『スーパーの安売りと値引き品でまともな飯を作れるワシの腕のおかげだな』
「うん、普通においしいし野菜も肉も魚もちゃんと食べられるし、すごくありがたいよ、これで安く上がるとか最高」
素直な感想が口をついた。言ってから、俺を子々孫々まで祟ろうとしている存在に対してほめすぎた気もしたが、事実だし、怨霊が照れくさそうな顔をしているので、特に悪影響はなさそうだし、別にいいかと思った。
怨霊は鼻の下をこすりながら言った。
『いや、夕飯はともかく、お前、朝と昼はそこまで食べないから、精のつくものを入れたり栄養を考えたりしても、だいぶ安く上げられるからな』
「いくら余ったの?」
『一万と少しだ、一ヶ月分としては上々だな』
「おお、けっこう余ってる!」
俺は久々にはしゃいだ。
「じゃあその一万貯金して」
『この一万で精のつく高いものを』
怨霊と声が被った。しばし沈黙が場を支配した。
沈黙を破ったのは怨霊だった。
『お前、体治して稼いで子孫つなぎたくないのか!』
「いや、今の食事で十分健康的だと思うし、不慮の出費はいつでもあり得るから蓄えは持っておきたいし」
『くそっ倹約家め』
怨霊は毒づいた。
『もう知らんぞ! 今夜はうなぎにしようかと思っていたが買ってやらんからな』
「んー、嫌いじゃないけど、鶏もも肉の方が好きかな……絶滅危惧種をわざわざ食べる気もしないし」
『安上がりなやつめ……え、うなぎって絶滅危惧種なのか!?』
「割と前からそうだけど、ここ何年かでよく言われるようになったかな」
『時代の変化についていけん……』
怨霊は頭を抱えた。
『というか、うなぎしか考えていなかったから今日の夕飯が思いつかんぞ』
「ごめん」
毎回違う料理を考えて作るのも大変だと思うので、俺は素直に謝った。実際この怨霊はいろいろ作ってくれているし。
『思いつかんから何か食いたいものを言え、それで適当に作る』
「えー、そんな、いきなり言われても」
『なるべく精のつくものを言え』
「うーん……」
俺は天を仰いだ。精のつくもの……できればそれほど高くないもの。でも、ある程度お金を使いたいらしい怨霊を納得させるには、普段の食べ物よりは多少高いほうがいいか?
……実を言うと、色々な食べ物について、古くから言われている効能には無駄に詳しい。もうあんまり触れたくない知識だが。
「じゃあ……エビとうずらの卵」
『エビとうずらの卵?』
怨霊は目を見開いて首を傾げた。
「そこのスーパーで買えるよね?」
『どっちもあったと思うぞ、エビは生から冷凍まであったはずだし、うずらの卵は水煮が袋で売ってるのを見た』
「じゃあそれで適当によろしく。エビは高いのじゃなくていいから」
『でも、あんまり精のつく食い物って感じではないな』
「そんなことないよ、どっちも古くから精を補う食べ物って言われてる。中国から来た考え方だから、日本ではマイナーだけど」
『そういうものなのか』
「うずらの卵とか、同じ重さなら鶏の卵よりタンパク質多いんだよ」
『へえー、詳しいな』
「……まあ、ちょっとね」
俺は怨霊から目をそらした。
『じゃあ後で買ってくるぞ、他に食べたいものあるか?』
「とりあえず、思いつくのはそれくらいかな」
『わかった、布団と洗濯物取り込んだら行ってくる』
「どうも、洗濯物は置いといてくれれば畳んでしまうから」
『おう』
怨霊は、ヤーさんの姿になってベランダに出ていった。ふと、俺の部屋は、ヤーさんがベランダで布団を干したり、中学生男子が買い物に出て帰ってきたり、女子大生が俺と一緒に出て帰ってきたりしていることに気づいたが、特に近所付き合いがあるわけでもないので、周囲への説明や、周りで立っているかもしれない噂については、あまり考えないことにした。考える体力もあまりないし。
むしろ、大家や不動産会社への言い訳をよく考えておくべきかもしれなかった。この部屋、一人暮らしということで契約してるし。
夕飯には、エビとブロッコリーの炒めものとうずら卵の肉巻きが出た。おいしかった。
俺は、とんでもないことに気づいてしまったかもしれない。
『どうした?』
朝の味噌汁の味見をしていた怨霊(女子大生のすがた)がこっちを見た。その味見が問題なのだ。
いや、怨霊が味見しているところは、これまでも見ていたと思う。見ていなくても、ごく普通においしい料理ができるんだから味見をしていて当然だと思う。だが、そこから導き出される結論にこれまで気づかなかった。
俺は恐る恐る聞いた。
「……あのさ、あんた、もの食べられるの?」
こいつがバリバリにものを食べられるのに、俺しか三食食っていないというのはまずくないか。何の法律にも条例にも触れているわけではないが、なんかまずい気がする。なんというか、食事時ものすごく気まずい。
怨霊はこともなげに答えた。
『食べられるぞ、食べなくても死なんがな』
怨霊に死の概念があるのか? という疑問がポップアップしたが、話が進まないのでとりあえず脇においておいた。今は別の話をすべきなのだ。
「……なんかごめん……」
『ん? どうした?』
「いや、俺だけ食べててさ」
『?』
怨霊はきょとんとした。
「いやさ、その、あんた、食べられるのに、いつも俺だけあんたの目の前で食べてて悪かったなって……」
怨霊は食事をしないと思っていたので、何も考えず食べていたが、食事ができる存在が何も食べないのに、その目の前で俺だけ食べていたとなると、かなり気まずい。しかもその食事はこの怨霊が全部作っているのだ。さらに気まずい。
怨霊は不思議そうな顔をした。
『ワシは食わんでも死なんし、ワシが食べても無駄だろ。味見は必要だからするが』
「うーん……でもさ、味がわかるなら、おいしいのもわかるってことじゃん」
『そうだな』
「それなら全然無駄じゃないと思うな……うまく言えないけど」
『…………』
怨霊はさらに不思議そうな顔をしたが、何度か首をひねってから言った。
『よくわからんが、ワシに何か食えというのか?』
「うん、まあ、完全に二人分の食費出すほど余裕ないけど、多少はいいんじゃないかと」
きっぱり二人分出すと言い切れない経済状況が悲しい。口ごもりながらも言うと、怨霊はもう一度首をひねった。
『じゃあ、余りやすい料理を適当に食うぞ。きっちり一人分作るのも、けっこう難しいんだ』
「あー、大抵のレシピは複数人表記だね」
『味噌汁が特に面倒だな。多くできた時はお前に多く飲ませてるが、そういうことなら、これから多い分はワシが飲むぞ』
「それがいいかな」
『味噌汁がある時は、白飯も少しよこせ』
「わかった」
『今日の味噌汁は多いからもらうぞ。白米も何日か分炊いてあるからもらう』
「うん、そうして。漬物とか魚も分けるから食べなよ」
そういうわけで、食卓にはいつも俺が使っている茶碗や皿と、怨霊が自分の分の味噌汁とご飯を盛ったありあわせの食器が並んだ。
「……今日、図書館に一緒に本返しに行くじゃない」
『そうだったな』
怨霊(小さい体ならたらふく食べた気になるとかで幼児のすがた)が菜箸で白米を頬張りながら言う。
「途中に百均あるから、箸とか茶碗とか、あんた用にもうひと揃え買おう」
『いいのか?』
「使うでしょ?」
『使う。まとめて食って改めて思ったが、ワシの味噌汁わりとうまいな。毎日飲みたい』
「じゃあ決まり、どっちも九時に開くから、予定より少し早く出よう」
『わかった』
誰かと囲む食卓は何年ぶりだろうか。コロナ禍や在宅仕事、自分から寄り付かなくなった実家。ずいぶんそういうものから遠ざかっていた。
百均に行ったら、『どうせ小さい体で食うから』と怨霊(女子大生のすがた)が子供用食器ばかり持ってきたので、「たくさん食べたっていいし大は小を兼ねるから」と大人用食器を買った。
図書館帰り、人混みを怨霊(女子大生のすがた)と一緒に歩いていたら、袈裟を着たお坊さんとすれ違った。こんな町中で珍しいなと思って、なんとなく視線で追っていたら、お坊さんは驚いた顔でこちらを二度見した。
そんなにジロジロ見ていたかな、と不思議に思ったが、一瞬後、怨霊の存在に思い当たった。霊感があるような人が怨霊を見たら、ぎょっとするのかもしれない。というか、俺を祟ると言って現れた存在だから、意外と厄い存在かもしれない。
とりあえず、穏当な表現を用いて怨霊に聞いてみた。
「あんた、意外と強い霊だったりする?」
この怨霊に会うまで、俺の人生で心霊体験はゼロだ。霊感なんてないと思っていたので、そんな俺に見えて聞こえて触れるとなれば、この怨霊の力はかなり強いのかもしれない。
怨霊は事もなげに答えた。
『お前を七代祟れる程度には強いぞ。霊の中でどれくらい強いかは知らんが』
「霊感のある人なら、今の格好みたいなあんたを見ても、人間じゃないってわかる感じ?」
『うーん、試したことはないが、わかってもおかしくないと思うぞ』
「ふーん」
その時はそれで納得してしまったし、こちらを二度見したお坊さんが、慌ててどこかに連絡したらしい事にも気づかなかった。
翌日、パソコンの前で仕事をしていたら玄関のチャイムが鳴った。インターホンがない部屋なので、チャイムの後、玄関のドア越しに「いらっしゃいませんか?」と女性の声がした。
Amazonその他はコロナ禍以降、置き配を頼んでいるし、近所付き合いも特にないから、俺はまず訝しんだ。
「変な勧誘とか訪問販売とかだったら嫌だな……」
布団を干そうとしていた怨霊(ヤーさんのすがた)が布団を置いた。
『ワシが出るか? 今の格好なら追い返しやすいぞ』
俺は少し考えた。主に、この部屋は一人暮らしだと申告して借りており、二人暮らしと誤認されると契約上厄介だということを。
「同居人がいると思われると大家さんに怒られるかもしれないから、一応俺出るよ。しつこそうだったら、適当なところで出てきて圧かけて」
『わかった』
俺は「すいません、今出ます」と声をかけて玄関のドアを開けた。ドアを開けた先には、若い女の子が立っていた。高校生くらいだろうか。動きやすそうな服装に、背中に何やらいろいろ背負っていて、片手には何か入った瓶、もう片手には何かを握り込んでいる。
「こんにちは、拝み屋をやっている金谷と申します。本日はあなたに憑いている霊を祓いに来ました」
「……はい?」
「ああ、だいぶやつれていらっしゃる! 今すぐ祓いますから!」
「いや、これは元から……」
「悪霊退散! 悪霊退散!」
水をぶっかけられた上、何か粉をぶっかけられた。
「何!? ちょっと何!?」
「突然で大変申し訳ないのですが、あなたには大変強い悪霊がついています! 近所にある祠に何かしましたね?」
心当たりしかない。とすると、今ぶっかけられたのは聖水とか塩とかだろうか。
「心配いりません、ルルドの湧き水の聖水とうちの神社で作った清めの塩で悪霊はほぼ祓えますから!」
キリスト教なのか神道なのか、はっきりしてほしい。ある意味、非常に日本的とも言えるが。
騒いでいたら、怨霊が奥から出てきた。
『おい、変な奴みたいだな! 追い返すか!?』
「あ、ちょっと待って、あんた出たらまずい!」
こいつを祓うと言うことは、こいつがいなくなるということで、それはなんだか気分が悪い。生活上も困る。押しとどめようとしたが、新たな瓶と塩を取り出した女の子の攻撃のほうが早かった。
「出てきたな!! 悪霊退散!!」
『冷たっ!』
怨霊はもろに水と塩をかぶったが、それだけだった。女の子は驚愕した。
「き……効かない!? 煙すら立たない!?」
怨霊は頭をぷるぷる振りながらぼやいた。
『何だこの女? 何しに来たんだ? 帰れ、コラ』
「嘘だ、そんな……」
女の子は呆然と立ち尽くしている。怨霊は女の子の反応を意に介せず俺に顔を向けた。
『おい、お前も水かけられたのか?』
「あ、うん……大丈夫? なんかあんたを倒しに来たみたいだけど、この子」
『冷たい』
「それだけ?」
『それだけだな。おい、ぬれたままだと風邪ひくぞお前』
「そこまではぬれてないけど……顔拭きたいな。タオル乾いてる? あと塩もまかれたみたいだから、雑巾ほしい。水と一緒に拭きたい」
『乾いてるぞ。雑巾も持ってくる』
怨霊は奥に戻っていった。女の子はまた驚愕した。
「あ、悪霊を、使役している……?」
何に驚いているのかよくわからないが、とりあえずこの子にはお引取り願いたい。俺は正直なところを話した。
「あの、確かに俺、すっ転んで近所の祠壊して、あいつはそれに怒って『子々孫々まで祟ってやる』って出てきたんですけど、俺が子孫残しそうにないんで、稼いで子孫作れって言って食事作りとか身の回りの世話してくれてる現状なんで、特に害はないです。俺がやつれてるのは元から不健康なだけです。あいつは俺以外の人間への害意もないし、ほっといても変なことにはならないと思うんで、祓うとかはちょっと……」
女の子はまだ驚いた顔で黙っていたが、やがて言った。
「おみそれしました……!」
「はい?」
女の子はキラキラの目になっている。
「あのレベルの霊を使役されているとは……! 相当の力がないとできないことです! さぞかし名のある血筋なのでしょう! どこで修行されたのですか!?」
どっちも全く心当たりがない。俺は神奈川県の薬局の家に生まれ育ったその辺の人である。
「いや、一般人です。そういうのなんの関係もないです」
「なんの修行もなしに使役を……!? 何という素質!!」
話がどんどん変な方に行っている気がする。
「祠が壊れているのは以前から騒ぎになっていたのですが、あそこにいた霊があなたのような人に使役されているなら安心です! 業界の者にもそのように伝えます!」
業界の者ってなんだ。あの祠、拝み屋業界にはそんなに有名なのか。
『おい、タオルと雑巾持ってきたぞ』
怨霊が戻ってきた。
「あ、ありがとう……」
顔を吹いていたら、怨霊が俺が言ったとおりに女の子に圧をかけていた。
『おい、そこの女、とっとと帰れ! まだ水かける気か! こいつに風邪ひかせたら容赦せんぞ!』
女の子は、怨霊に物怖じする風ではなかったが、俺に深々と頭を下げた。
「押しかけて本当に申し訳ありませんでした、出過ぎた真似をしました! 後日改めてお詫びに伺います!」
「いや、お詫びとか特にいいんで」
年の割に言葉遣いや礼儀はしっかりしている子だと思うが、それでも出会い頭に水かけてくる相手とはあまりお近づきになりたくない。
「いえ、本当に申し訳ありませんでした! 後日、クリーニング代として、いくらか包んで来ますから!」
その言葉を聞いて、多少とはいえ金が手に入る、と思って、いらないと追い返せなかった自分が憎い。
嵐のように来られて嵐のように去られて、掃除にもバタバタしたので体力がなくなってしまい、その日は疲れてあまり仕事ができなかった。早く布団に潜ってふて寝していたら、怨霊に風邪を心配された。
一回目では腕がものすごく痛かった。二回目では三日熱が出て寝込んだ。今回は交差接種だ。先行して受けた人々の反応を見るに、三回とも同じワクチンで打つ場合より副反応がひどくなる可能性が高い。
「今のうちにちゃんと言っておくけど、俺、今日の夕方から調子崩すと思うし、三日はがっつり寝込むと思うし、自律神経がゴミなことを考えると、一週間は微熱がひかない可能性があるから」
新型コロナワクチン三回目の接種券を鞄につっこみつつ宣言したら、怨霊(女子中学生のすがた)がビビった顔をした。
あんまりこの姿の怨霊を連れて歩きたくないのだが、前に怨霊がこの格好だった時に連れて行った、かかりつけの病院でしかワクチンの予約が取れなかったし、怨霊は当たり前のようについてくる気だし、俺も普段から自律神経がイカれてる以上、出先での体調不良が心配で付き添いがいるとありがたいしで、いろいろと仕方がない。
『いや、なんでそんなもん打つんだ、やめろ、行くな』
怨霊が俺の腕をつかんだ。
「そういうわけにもいかないんだよ……副反応が強いワクチンなのは否定しないけど、新型コロナはかかると死ぬ事があるし、死ななくても症状がものすごく重いし、治っても後遺症が怖いし」
『後遺症?』
「血管がボロボロになって、心疾患とか脳出血とかのリスクが上がるんだって。あと、疲労とか倦怠感とか集中できないとか……認知症と同じ現象が起きるとも言われてる」
体がだいぶダメなのに、頭までダメになったら本当に終わりだ。細々とは言え頭脳労働で食べているし。
怨霊は呆れた顔になった。
『お前、普段からふにゃふにゃなのに、そんな後遺症になったらどうなるんだ?』
「そんな後遺症になったら、控えめに言って最悪。だから調子崩すってわかってても打たざるを得ないんだよ。一応、寝込んでもいいように、この一週間は受ける仕事少なくしてるし、稼げない分は、この間もらったクリーニング代である程度補填できるし」
『五万も包んでくるとは思わなかったな』
「びっくりした。今月分の食費に使ってもまだ余る」
金谷さんとは連絡先を交換したので、こんなにはいいですと伝えたのだが、「非礼だったのはこちらなので! こちらも大変助かったので受け取って頂けるとありがたいです。また改めてお話できると嬉しいです」と返ってきたため、受け取ることにした。
「まあ、そういう訳なんで、寝込むけどそんなに心配しないで。喉が腫れるわけじゃないから、普通の食事で大丈夫だと思う。いつも通りに作ってくれると助かる。でも食欲なくて残したらごめん」
『わかった、残ったらワシが食う』
怨霊はうなずいた。たぶん汗をかなりかくから水分補給も考えておかないといけないが、インスタントコーヒーばかり飲んでいたら怨霊が麦茶を作ってストックしておいてくれるようになったので、それを頼ればいい。布団から動けなかったら枕元まで持ってきてもらうこともできるし。介護されてるみたいで情けないから、できるだけ自分で起きて飲むけど。
「あの病院は解熱剤も一緒に出してくれるし、できる対策はしたかな。じゃあ行こう」
別に診察室までついてくる必要はないのだが、怨霊は三日寝込むレベルの注射がどんなものが見たいと診察室までついてきた。主治医に「付き添いの方は打ってないんですか?」と聞かれて言い訳に困った。
『あんな小さな注射でそんなに熱が出るのか?』
待合室に一緒に戻ってきた怨霊は不思議そうだった。
「従来とは違うワクチンだからね。それに俺は二回目でけっこう熱出たから、三回目もほぼ確実に熱出る」
『そんなもんなのか』
帰ったら案の定猛烈にだるくなり、夕飯はなんとか食べたが、早々に布団にもぐった。
『熱出てるのか?』
心配しなくていいとは言ったが、怨霊(黒い一反木綿のすがた)は落ち着かないらしく、布団の周りをうろついていた。
「……んー、ニ回目と同じなら深夜辺りだけど、もう出ててもおかしくないかな……」
『薬飲むか? 水持ってくるか?』
「今のうちに飲んでおこうかな……」
解熱剤を枕元に置いておいてよかった。介護されてるみたいで情けなかったが、怨霊の言葉に甘えて水を持ってきてもらい、カロナールを飲み下してまた寝た。
眠くなる薬ではないが、副反応のだるさは眠気も運んでくる。あと、解熱剤を飲んでも高熱時のひどい悪夢は変わらないらしい。元から悪夢ばかり見るけれど。
そのまま眠ったが、俺は怨霊がずっと枕元にいることに気づかなかったし、悪夢のひどさに比例して自分の寝言がひどくなることも知らなかった。
This account is not set to public on notestock.
This account is not set to public on notestock.
This account is not set to public on notestock.
This account is not set to public on notestock.
This account is not set to public on notestock.
This account is not set to public on notestock.
This account is not set to public on notestock.
This account is not set to public on notestock.
This account is not set to public on notestock.
あなたも #にゃんぷっぷーとあそぼう !
育てているnyapuです!
ずっとずーっと、一緒だよ
すき度 💛💛💛💛💛💛❤❤❤
https://misskey.io/play/9p3itbedgcal048f
もともと3/16か3/17にもらえるはずだった次の仕事の詳細、今朝催促したら「今日中に渡す!」と言われたのですが、現時点でまだ来ておりませんわ
ここはもう何度同じことをやりますの!!
私がヘボライターなのは事実ですがそっちもそっちで期日守るくらいしろ!私はコロナ感染以外は期日守る優等生ですわよ!!
This account is not set to public on notestock.
守り人シリーズをちまちま再読し、自分の小説を省みて、あまりの情景描写のなさにメタメタになってますわ
Web小説はテンポ重視と言ってもほどがありますわよ
しかし苦手な情景描写から逃げたから話を書き勧められた面もあり、つらいですわ
This account is not set to public on notestock.
This account is not set to public on notestock.
療養中で体調安定しない身なので、コロナ感染以外で仕事の期日破ったことないのはかなりえらいのでは?と思うのですが、病院くらいでしか褒めてもらえませんわね……
This account is not set to public on notestock.
@aonekoumiha そんくらいでいいですよね!
二次創作、はちょくちょに嬉しいです!ありがとうございます!
This account is not set to public on notestock.
This account is not set to public on notestock.
This account is not set to public on notestock.