我が大学で毎年開催されてきたミスコンテストは、かつて大学祭の注目イベントの一つであり、少なくない学生の話題の中心であった。そんな中、ある年のミスコンに奇妙な応募者が一人紛れ込んでいた。それは、学内の動物行動学研究室で飼育されているチンパンジー「ミミ」であった。ミミは研究者や学生の間で非常に人気が高く、人間さながらの豊かな表情と身振り手振りで愛嬌を振りまく存在だった。
これは、動物行動学研究室の悪戯好きな学生が軽い冗談のつもりで、ミミの名前でミスコンへエントリーシートを提出したことに端を発した珍事であった。大会の規則には「女性であること」としか明記されていなかったため、このエントリーは有効になってしまったのである。
ミスコン当日、会場は異様な熱気に包まれていた。他の出場者はドレスや化粧で華やかに装った若い女子学生たちだったが、ミミは特製のリボンを頭に巻きつけ、学生たちの拍手と歓声を受けながら登場した。ミミは特技である「手話を使った自己紹介」で「私の名前はミミです」と伝え、客席に向かってキュートなウインクを行った。このパフォーマンスに会場は沸いた。
ミスコンに反感を抱く学生たちの間では、このイベントは女性らしさを押し付ける時代遅れの文化であり、勉学を通じて自由な自己を確立するという本学の伝統と相いれないと考えられていた。本紙が毎年掲載するミスコンに関する論考は、そのような意見を牽引する存在であったと自負している。いずれにせよ、キャンパスには批判的なポスターが張られ、ミスコンの話題を意図的に避ける学生も目立った。
しかし、ミスコンにチンパンジーが出場することが知られると、事態は一変した。動物行動学研究室の人気者であるミミの参加は、このミスコンというイベントを茶化し、無効化する絶好の機会としてとらえられた。ミミに票を集中させ、彼女を優勝させるという計画がどこからともなく持ち上がり、野火のように学生たちの間で広まった。
大学祭当日、投票所は例年からは考えられない賑わいを見せた。学生たちは列を作り、ミミに熱狂的な支持を送った。「ミミは私たちのアイドル」「ミミとぜひ結婚したい」「ミミのウインクにときめいてしまった」などの冗談を競うように叫び、続々とミミに投票した。少なくない野次馬がミミの予想外のパフォーマンスに感銘し、この珍事を最大限楽しむために列に加わった。
ミミはこうして圧倒的な一位を獲得した。ところが、運営委員会はこの事態に焦り、ミミを特別賞として分離し人間の候補者の中から優勝者を選ぼうと画策した。これに観客は大ブーイングを浴びせた。それでも運営委員会が人間の中での最多得票者の三島に対する授賞を強行しようとした。ところが、三島は群衆の非難の対象となることを恐れ、優勝を辞退してミミを優勝者とするように要求した。運営委員会もそうなっては、ミミを優勝者と認めざるを得なかった。三島は、入賞者スピーチでミミの美しさを絶賛することで、自身のユーモラスな側面を観客にアピールし、観客もその趣向を評価した。
毎年ミスコンテストへの批判記事で知られる本紙は「今年のミスコンテストでは、知性が優勝」という挑発的な見出しの記事を掲載した。この見出しは、他の候補者はチンパンジー以下の知性しかないと揶揄しているような印象があるが、本紙は当然良識的な本学学生記者が執筆しているため、実際にはそのような誹謗中傷ではなく、ミスコンテストの価値観をユーモアの力により打破した学生の知性こそが真の優勝者であるという記事であった。
本紙は本記事を執筆するにあたって、三島にインタビューを行った。当時の心境について尋ねると、「多くの群衆がヤジを飛ばし、身の危険を感じた。そのまま優勝を認めていたら、この群衆が何をするのか恐怖心を抱いた。優勝を辞退したときに、「よくいった!」「そうだそうだ!」という野次が聞こえたが、それも正直に言うと怖かった。優勝者である自分が何でこんな目に合わないといけないのか理不尽に感じた。」という一方で、「投票でミミの票を超えられなかったのは事実。ミミの分かりやすい面白さやインパクトを上回る自分の魅力が伝わらなかった自分の責任だから、仕方がない。投票に参加してくれた人を責められないとその時は思った。」と語った。現在の考えについては、「その時はミスコンテストに反対する人たちの考え方を全く理解していなかった。今になれば、自分の魅力などは一切関係がなく、政治的衝突の場に自分が巻き込まれただけだと理解できる。」といい、「自分は今でも昔のような華やかなミスコンテストが理想だと思っているが、今の世の中の状況では、自分の理想だけでイベントを実施するのは正しいとは言い切れませんよね。」と寂しげに語った。
一方、当時の運営委員会のメンバーは、ミミのエントリーについて「単なる冗談だと思った。」「もし仮に本気で参加してきた場合でも、年々参加者が減少傾向を示すミスコンの話題性を高める余興として、利用価値が高いと考えた。」と証言している。深くは考えていなかったというのが実情であろう。運営委員会はこの事件に懲りたらしく、翌年のミスコンの応募条件として「候補者は人間の女性に限る」と新たに付け加えた。ところが、「今年のミスコンにはミミは出場しないのか」と苦情が殺到。運営委員会は冷淡に対応したが、ミスコンの運営はユーモアを理解しないつまらない人間というイメージが定着し、ただでさえ減少傾向にあったミスコンの参加者が急減。翌々年には大学祭のメインステージ企画から姿を消し、単なる内輪のイベントに転落した。
身内の内輪イベントと化したミスコンの運営は、過去の栄光から民間企業の助成金を多額に受け取る一方で、投票やエントリーに協力金を徴収するようになった。これらの資金は、ミスコンの運営や優勝の副賞だけではなく、「打ち上げ」や「懇親会」と称する私的な飲食や旅行に消費された。これらの懇親会は、形式的には参加者やスタッフをねぎらうものとされたが、幹部がお気に入りの人物に個人的に声をかけ招待したので、実体としては個人的な権力の維持と歓心を買うために利用された。巧妙なのは、民間企業から受け取った助成金はミスコンの直接経費に使われる一方で、華やかなミスコンに参加する権利に協力金を課し、個人的な目的で再配分するという構造を持っていることだった。
人気を失った後のミスコンの腐敗した現実については、本紙が毎年繰り返し批判する一方で、わざわざミスコンに参加しようとする候補者や参加者は、表面的な華やかさに執着し昔ながらの価値観を示す決意をもっており、限られたサークルの中で搾取構造が維持される要因になっていた。
そのような中で、長年続いたミスコンをついに廃止する決定が下された。この決定は単に腐敗した団体が解散したということだけを意味するものではない。むしろ、外見の美しさ、性別に基づく役割、そして権力構造への無批判的従順という、ミスコンが象徴してきた問題が断ち切られたということを意味する。時代錯誤の価値観が温存され、それがゆえに一部の学生が搾取の犠牲となっていた事態が解決したことに対し、本紙は歓迎の意を表するとともに、一時代が終わったことへの感慨と哀愁を禁じ得ない。