らーめんハゲが小林秀雄引っ張ってきて形式について語ってるところめちゃくちゃおもしろいな。
https://bigcomics.jp/episodes/5d451a1ce3872/
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マルスピ、大塚英志に依拠して少女イメージをアールヌーボーから少女漫画と辿るあたりとか、青鞜と同時期の中国のアナーキズム系フェミニズム雑誌の紹介とか、いいなとおもったけど、雑誌というフレームで「雑誌的な」展示としてはちょっと物足りない感じはする。というかたぶん多くの人が雑誌的な展示だと気付かなかったんじゃないだろうか。
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nvidia の株価調整はいってるけど、これまで仮想通過マイニングとかAI学習とか、大規模な計算リソースが必要みたいな需要が同社の株価を支えていたんだなっておもうと、中央集権的コンピューティングの権化みたいな感じしてきた
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安住委員長が一喝したという件、これかな。
https://x.com/mi2_yes/status/1887034851905417391/video/1
この動画の前段がありそうなんだけど、橋本幹彦議員は防衛大臣の答弁に不満があるから自衛隊の制服組を呼べと言っているらしく、怒られても仕方ない。もう一歩いけばクーデターの肯定にもなりかねない。
前段からあった。まあ、大臣答弁および国会での議論を「机上の空論」と呼んで、制服組を呼べとは穏やかな話ではなく、ブチ切れ妥当だと感じる。
https://x.com/ca970008f4/status/1887013708494463204
今回の件が「お上の言うことはアテにならんから現場の声を聞け」みたいな話なら、そりゃあ武力云々を差し置いても余程の説得力と背景がないと無理があるじゃろな
橋本議員はまさにそういう舐めたこと言ってるだけなので、国会や内閣の軽視として文民統制を言われている
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「社会人」の概念史 - tukinoha’s blog
https://tukinoha.hatenablog.com/entry/20110422/p1
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もちろんソフトウェアそのものがそうなわけではなく、現行のソフトウェア産業の商習慣が Winner takes all な世界観をつくっているけど、nvidia のあれこれを見ていておもったのは、アメリカがGPU輸出制限を掛けることでAI開発のライバルとしての中国との差を作ろうとしていたことで、国家ぐるみで巨大な伽藍ができあがっている、みたいなこと
DeepSeekに対して、西側諸国が国から注意喚起をしていたのは笑ってしまったけど、OpenAIとかGoogleとかには裸にされてもいいのかよ。
石川さんがスマホを接触という点で特権化してしまっているの、おもしろいけど筋はよくないとおもう。スマホは触れるディスプレイとはいえディスプレイを引きずりまくっているというか、まさにGUIの文脈からでてきたものであって、デスクトップと技術的にもデザインの思想的にもラディカルな断絶があるわけではない。
GUIのパラダイムの枠内にあることは、それがアテンションを要求するデバイスであり、そのビジネスのまさに中心にあるということからもはっきりと言える。
アテンションを要求するという点で言えばJust Stop Oilも同一の枠内にあるといっても構わない。
スマホと Just Stop Oil に共通するのは、反・視覚的なものとしての接触なのではなくて視覚性+接触で、この接触は視覚を基礎にしている。スマホでは見えないアイコンをタップするわけではない。
ウォークマンとかガラケーとか、音声や振動を中心としたデバイスを視覚中心に組織しなおしたのがスマホだと言ってもいい。ガラケーにはそういう萌芽はあったものの、技術的にも思想的にもGUIのパラダイムから生まれたものではなかった。
デスクみたいな動かない身体をベースにしたデスクトップから、身体といっしょに動くことができるディスプレイというのはあるけど、それじたいウォークマンとか90年代の日本のデザインが源流で、たぶん当時のコンセプトでヒューマンウェアとかそういうやつ。家電のウェア化って悪い考えじゃないとおもうんだけど、そこにディスプレイを持ってきたのがスマホで、それはまあよい考えではないとおもう。思い切って衣服になっちゃえばよかったし、なんならヒューマンウェア的なものと電気服(田中敦子)を結びつけるような論考は読んでみたいかもしれない。
実際問題、具体ももの派も視覚はぜんぜん中心ではなくて動く身体のほうが重要なコンセプトになっているけど、そこから絵画に巻き戻っているのは市場の問題もあるが、フォーマリズムの影響といったものがあり、その流れにリヒター受容とかもあり、絵画の流行に反動的な流れがあったのはそうだとおもう。
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武蔵美の留学生値上げ問題に関わっている松野有莉さんと、アーティストの高石晃さんと3人で、モヤモヤする話を収録しました。
https://space-nobi.net/podcast/episode_002
Appleの podcast 管理のやつがむちゃくちゃポンコツすぎて、何回再生されたかとかわからないな...
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ひさしぶりに走るぞ!!ってなって走ってきた
garmin が途中で死亡してしまった
うーん、日銀の利上げは恐慌の前兆みたいなの聞いたことあるけど、今回もそう見えなくもない感じが怖い
市がオープンした書店がおしゃれでハイレベル! 八戸、敦賀両市の狙いとは║経済産業省 METI Journal ONLINE
https://journal.meti.go.jp/p/37145/
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能力と肩書が釣り合わず不平等が生じるのは、能力評価というもの自体が無茶苦茶だから以外にない。
評価可能な「能力」というものが「ある」という信念のほうが間違っているとおもうんだけど、会社の人事ってどうしようもないから「能力」というものが「ある」という前提で、それを可視化するためのシステムを考えようとする。それはその可視化のシステムのなかで「能力」というものが捏造されているだけなので、だいたいの場合に不平等に感じる。資格とかだったらまだいいけど。