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この喩えが分かりやすかった
>
哲学者のヒラリー・パトナムは、ことばを一種の道具とみなすとしても、それがハンマーやネジ回しのような一人で使う道具ばかりでなく、複数の人間が関わる蒸気船のようなものである可能性も考慮しなければならない、と指摘します。「ことば狩り」というフレーズの裏には、「どんなに危ないナイフでも刀でも、自分にはそれを使う権利があるし、実際安全に使っているのだから、ほっといてくれ」といった感覚があるのかもしれません。しかし、そもそもことばがナイフといった道具でないとしたらどうでしょう。ことばが蒸気船やタンカーのようなものだとすると、まず「狩れる」のだろうか、という疑問も湧いてきますが、いずれにせよそんなものを「ほっとく」わけにはいきません。蒸気船やタンカーは、個人が所有しているわけではなく、社会の中で巨大な位置を占め、便利で有益かもしれませんが、慎重に運用しなくては、運河に挟まったり大事故を引き起こしたりするでしょう。
読み終わった。おもろかった!
ちょうどよい薄さ。
なんか教えるときは何を言わないかが大事、ということを最近おもってるのだが、その観点からたいへんよく考えられている。
日本語世界の解毒剤としてだいじかも
>名詞を使い総称文を使うとき、私たちは、単に出来事を報告している、観察を記述しているわけではないのです。私たちが持つ社会集団についてのステレオタイプ、あるいは偏見を表明している可能性があります。私たちは、ジャガイモやキリンについて語る道具を使って、私たち自身について語っていることを、覚えておくべきです。
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「結局、前科がつきました」SNSでの誹謗中傷、被害者が本気出すとどうなる? 身元すぐ判明→賠償拒否→告訴→罰金刑 ║47NEWS
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