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@zingibercolor
@zingibercolor@pawoo.net
お嬢様言葉で愚痴り続ける狂人(くるいんちゅ)ですわ
webライターをしつつ趣味で小説を書いている虚弱人(きょじゃくんちゅ)でもありますわ
一次創作小説『子々孫々まで祟りたい』更新中
https://novelup.plus/story/321767071
https://www.pixiv.net/novel/series/8915945
https://kakuyomu.jp/works/16817139555138453871
https://ncode.syosetu.com/n9035il/
欲しいものリストhttps://www.amazon.jp/hz/wishlist/ls/19D0UK0K6I4Z?ref_=wl_share
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『お前、体を治すには規則正しく生活してちゃんとしたもの食べるしかないと言ったじゃないか』
俺を子々孫々まで祟ると言って現れて、俺が子孫を残しそうにないので俺に子孫を残させる方向にシフトした本末転倒の怨霊が言う。
俺はささやかな朝食を食べる手を止めて答えた。
「言ったけど」
『ダンボールに入ったパンしか食べてないじゃないか!! 何がちゃんとしたものだ』
「これはベーシックパンって言って、完全栄養食で栄養が取れるのにコンビニ飯より安いんだよ、自炊する体力のないヘボに最適なんだよ」
悪霊は訝しげな顔をした。
『信じられん』
「信じて、事実だから」
『うまいものなのか? なんでも入ってるというと味が濁りそうだが』
「……まずくはない、程度」
別に嘘は言っていない。まずくはない。ただ、毎日毎食食べ続けるとなるとかなり辛い味で、最近では舌の感覚を殺して食べている。
『お前なんか無理してないか?』
「別にしてない」
続きのベーシックパンを頬張ってインスタントコーヒーで流し込む。
『いやお前やっぱり無理してるぞ! たまにはまともなものも食え!!』
「金がかかるし、人間強度が下がるから食べない」
『……人間強度ってなんだ?』
こいつの感覚や語彙はあんまり新しくない。新しくても人間強度がわかるかはまた別の問題だが、この世のどんな人間でも子孫を残すものだという感覚が現代のものかと言われると、うなずきかねる。
「人間は贅沢を覚えたら戻れなくなるくらいの意味」
『別にものすごく高いものじゃなくて一汁三菜食えって話だ! お前、俺の財産があるだろ!!』
「奨学金返したら10万も残らなかったし、残りはもしもに備えて貯金」
『くそっ倹約家め』
「じゃあ、そろそろ俺仕事するから」
テーブルの前の椅子からパソコンデスクまで移動五秒。職住近接にもほどがある。
『あの萌木とか言うのからの仕事は終わったんじゃないのか?』
「終わったけど、あの量だけじゃとても暮らしていけない。俺の調子見て、やる余裕があればなるべく単発のを受けてる」
『どうやって受けるんだ?』
「ポートフォリオサイトのメールに直接来ることもあるけど、スキルシェアサイト通じて探すほうが断然多いかな」
『ポートフォリオ? スキルシェアサイト?』
「……ポートフォリオはやってきたことやできることのまとめで、スキルシェアサイトっていうのは技能集団の仕事探し寄り合いみたいなもの」
案の定メールには何も来ていないので、スキルシェアサイトを見る。流石に初心者は脱しているから、中級以上の記事単価のものに目を通していく。
『求人票が集まってるようなものなのか』
「そんな感じ」
できそうな案件のページを片っ端から開いて、隅々まで目を通していく。俺が明るい分野の案件があればありがたいのだが、物事はなかなかそう上手くはいかない。
『おい、これやれ! これいいぞ!』
「何?」
怨霊が画面を指すのを見ると、ミールキットの紹介記事をいくつか書くという案件だった。
「……できなくはないけど、こういう案件にしては値段低めだな」
『ミールキットって、ミールは食事のことだろう? 飯だろう?』
「料理用の食材キットってところかな」
『体験用に1回分提供って書いてあるぞ』
「………」
確かにそう書いてあった。記事単価を中心に見ていたから気づかなかった。3日分のミールキット付きなら、ミールキットの値段を考えると、たしかに割のいいほうかもしれない。
『これやれば金も食事も手に入るんだろう! これやってまともなもの食え!』
「他のも検討してからな」
開いたページは全部見たが、できるものはあれど、ぱっとしないものばかりだった。応募しても採用とは限らないから、ここからもひとつふたつ応募しておくことにはするが。
「……ミールキット案件も応募するか」
『おお! これでお前まともなもの食うな! 体治って稼いで子孫繋ぐな!!』
「そこまで物事は爆速でいかないから」
ミールキットの案件に無事に採用され、二日後には体験用ミールキットが届いた。最近インスタントコーヒー用のお湯を沸かすことしかしていなかったワンルームのささやかな台所にも活躍の機会が来たようだ。
『おお! 本当に火が出るんだな今の台所は!』
「あんた、いつの時代の怨霊なの?」
最新の台所だとオール電化でむしろ火が出ないのだが、たぶんこの怨霊には言っても通じないだろう。
#子々孫々まで祟りたい
第一話 せめて七代祟りたい(20220508初出)
RE: https://misskey.io/notes/9qj05pdk84s004mx
なぜ俺は、ヤの付く自由業を絵に描いたようなおっさんとともにリモート打ち合わせに臨んでいるんだろうか。威圧感がすごい。いや俺に向けられる威圧感には慣れたけど画面の先に向けられる圧がすごい。
おっさんがささやく。
『これでお前の取り分が増えないようだったら、取引先とやらにも祟ってやるからな』
こいつは俺の子々孫々まで祟ると宣言している怨霊である。割と変幻自在らしい。俺が子々孫々を作りそうにない貧乏なので、『まずお前の実入りを増やす。渡す金を増やせとお前の取引先を脅す』などと宣言してきた。
「やめて。てか変なことすると逆に減る可能性があるからやめて。仕事自体もらえなくなる可能性があるからやめて」
俺は必死で怨霊を押して画面の外に追いやろうとしたが、力が違いすぎてうまくいかなかった。
俺の仕事はフリーのWebライターだ。仕事が取れないと無職と同等の身分である。取引先との関係は大事なのだ。
『なんで打ち合わせが画面越しなんだ。対面ならもっと圧力がかけられるのに』
「あっち九州でここ神奈川なんだから、直接会うなんてコストかかりすぎるんだよ。もうそろそろ時間だから黙って頼むから」
俺の言葉を待っていたかのように、待機中だった画面が変わり、壮年の男性が映った。割と長いこと世話になっている編集者件兼ライターさんである。
〈どうもこんにちは、調子どうです? 和泉さん〉
「まあ、ぼちぼちです」
〈あれ? なんか部屋に他の人いる? ルームシェア始めたの?〉
「いや、ルームメイトでもなんでもありませんね……こないだ私とぶつかって、壊れたから賠償金を払えって言ってる人なんですけど、こっちに支払い能力がなさすぎるってわかったら稼げってうるさくて」
『もう少し他の説明の仕方ないのかお前』
怨霊に呆れられるという実績を解除した。俺としては普通に穏便に相手と話したいから無視するが。
「本当にすみません今日は萌木さんと仕事の話だって言ったらこいつ萌木さんに圧をかけて実入りを増やさせるって張り切って部屋に陣取ってきて私の腕力的に止められなかったんですけど私の気持ち的にはそういうつもりは一切ないので無視を貫いていただけると大変助かります本当にすみません」
一息で言い切ると、萌木さんは大変困惑した顔をした。無理もない。
〈そ、そう……まあ今日は部外者に漏れたらうるさいことは特に話さないからいいけど。でも一応聞いても言いふらさないでって言っておいて〉
「わかりました」
〈じゃあ、大体はこないだの納品終わりに言った感じだけど、今月は5記事大丈夫たなんだよね?〉
「はい」
〈記事のテーマとキーワードは共有した通り。ペルソナは前回から引き続き。いつも通り、まず記事構成ができたらこっちに渡して〉
ペルソナとは、記事などのWebコンテンツの想定読者層のことだ。どの程度の知識を持ったどの年代の人間が読むか、どんなニーズを持ったどんな人間が読むかなどを細かく決める。これがないと何も文章が書けないが、Web上の市場を調べ直した結果ペルソナに修正を加えることもたまにある。
「はい、でもまず全部のテーマで下調べして、前提から練り直したほうがいいんじゃないかってときは構成の前に連絡しますね。なるべく早めにします」
〈そうしてくれると助かる〉
「遅れそうなときは、それはそれで連絡します」
〈遅れたこと特にないじゃない〉
「量絞ってますからね……」
ブラック企業でぶっ壊した自律神経が本当に治らない。今はなんとか机の前に座って話しているけど、ダメなときは本当にダメで、一日寝ていることも珍しくないし、少し無理をすればすぐ反動が来てまた寝込む。
『たくさんやれば稼げるのか! 働け! お前昨日も寝て過ごしてたじゃないか! もっと働いて稼いで裕福になって子孫を繋げ!!』
「ちょっと黙ってて、ていうか自分のキャパ考えずに引き受けて結局できなくて納品日守れないとか、フリーランスとして完全アウトなんだよ、各所に迷惑がかかるんだよ」
さらに画面に映り込もうとする怨霊を全力でぐいぐい押し返していたら、萌木さんから声がかかった。
〈あのさ、余裕納品は本当に大事なんだけどさ、和泉さんがもうちょっと安定して仕事受けてくれるようなら、僕も上に言って記事単価上げられるんだよ? そっちも実績積めるしさ〉
こういうことを相手から言ってくれるのは本当にありがたい。仕事柄いろいろな編集と接しているが、はっきり言って稀有な人間だ。萌木さんはこういうことを言ってくれる人だから、なるべく関係をよくしておきたいのだが。
「まあそうなんですが……やりたい気持ちはあるんですけども」
〈和泉さんは最初から構成も文章もしっかりしてるし、調査力も高いし、量を頼めるならありがたいんだけど〉
『働け! もっと働いて稼げ!!』
「頼むから黙って。すみません萌木さん、やりたい気持ちはすごくあるんですが、まだ体追いつかなくて」
〈そう……まあしっかり療養してね。増やせそうだったら相談してよ〉
「ありがとうございます、本当にありがたいです」
俺は頭を下げる。たぶん映像なしの音声だけのやり取りでも下げていたと思う。
自律神経が死んで在宅仕事しかできなくなり、消去法で始めたライター業だが、書いたものは意外と高く評価してもらえている。ブラック企業では死ぬほど業務を積み上げられてもそれをこなすのが当たり前であり、全く評価はなかったし、もちろん給料にも反映されなかった。
だから、評価がもらえている今、できる仕事はなるべく引き受けたいけれど、悲しいことに体がついてこない。
その後、萌木さんと細かいところを詰めて、打ち合わせはお開きになった。
『取引は済んだのか! 決まった通り働いてすぐ金をもらえ!』
怨霊が黒い一反木綿のような元の姿になってがなってきたが、できない相談だった。
「……エネルギー切れたからもう休む」
『はあ!?』
「今日もあんまり調子よくないんだよ……打ち合わせの予定は前々から決まってたから頑張ってたけど、もうダメだ、今日は店仕舞い」
『……』
怨霊は首を傾げた。
『お前、外に働きにも行かずによく寝てるから、怠けてると思ってたが、もしかして病気なのか?』
「まあ……そう言っていいかな。自律神経失調症って正式な病名じゃないけど」
『難しい病気なのか?』
怨霊は不思議そうに聞く。幽霊に体調を心配されているというのも変な話だが、聞かれたことに答える以上のことに頭が回らなかった。
「パキッと効く治療法がないという意味ではね……規則正しく生活してちゃんとしたもの食べるくらいしかない」
『…………』
怨霊は考え込んだ。
『病気を治せば、たくさん働いて稼げるのか? 稼げるようになったら子孫を繋ぐか?』
「子孫はともかく、今よりは仕事増やせるから収入は増えると思う」
『じゃあまず病気を治せ! 寝ろ! 布団に行け!』
「言われなくても寝る……」
椅子から立ち上がって布団まで行こうとしたら、怨霊が俺の体を持ち上げて布団まで引きずりだした。
「いや自分で行けるから」
『速やかに寝ろ!』
「あんた力すごいな……」
引きずられるどころか体が宙に浮いた。そのまま布団に放られる。
『おい何だこの煎餅布団は! こんなところで寝たら治るものも治らんぞ!』
「いいから寝かせて」
『ワシは少なくともお前を七代祟るんだ! なんとしてでもお前を治して子孫を繋がせるぞ! もっと柔らかい布団に寝かせるからな!』
「俺が起きてられる時に布団干してくれるだけで十分なんで寝かせてください……」
体が治ったとしても、ライター業なんてよっぽど売れないと収入は悲惨なので俺が末代なのは変わらないと思うけれど、柔らかい布団で寝たいという気持ちはあるので、そこについてはもう何も言わなかった。
『お前、体を治すには規則正しく生活してちゃんとしたもの食べるしかないと言ったじゃないか』
俺を子々孫々まで祟ると言って現れて、俺が子孫を残しそうにないので俺に子孫を残させる方向にシフトした本末転倒の怨霊が言う。
俺はささやかな朝食を食べる手を止めて答えた。
「言ったけど」
『ダンボールに入ったパンしか食べてないじゃないか!! 何がちゃんとしたものだ』
「これはベーシックパンって言って、完全栄養食で栄養が取れるのにコンビニ飯より安いんだよ、自炊する体力のないヘボに最適なんだよ」
悪霊は訝しげな顔をした。
『信じられん』
「信じて、事実だから」
『うまいものなのか? なんでも入ってるというと味が濁りそうだが』
「……まずくはない、程度」
別に嘘は言っていない。まずくはない。ただ、毎日毎食食べ続けるとなるとかなり辛い味で、最近では舌の感覚を殺して食べている。
『お前なんか無理してないか?』
「別にしてない」
続きのベーシックパンを頬張ってインスタントコーヒーで流し込む。
『いやお前やっぱり無理してるぞ! たまにはまともなものも食え!!』
「金がかかるし、人間強度が下がるから食べない」
『……人間強度ってなんだ?』
こいつの感覚や語彙はあんまり新しくない。新しくても人間強度がわかるかはまた別の問題だが、この世のどんな人間でも子孫を残すものだという感覚が現代のものかと言われると、うなずきかねる。
「人間は贅沢を覚えたら戻れなくなるくらいの意味」
『別にものすごく高いものじゃなくて一汁三菜食えって話だ! お前、俺の財産があるだろ!!』
「奨学金返したら10万も残らなかったし、残りはもしもに備えて貯金」
『くそっ倹約家め』
「じゃあ、そろそろ俺仕事するから」
テーブルの前の椅子からパソコンデスクまで移動五秒。職住近接にもほどがある。
『あの萌木とか言うのからの仕事は終わったんじゃないのか?』
「終わったけど、あの量だけじゃとても暮らしていけない。俺の調子見て、やる余裕があればなるべく単発のを受けてる」
『どうやって受けるんだ?』
「ポートフォリオサイトのメールに直接来ることもあるけど、スキルシェアサイト通じて探すほうが断然多いかな」
『ポートフォリオ? スキルシェアサイト?』
「……ポートフォリオはやってきたことやできることのまとめで、スキルシェアサイトっていうのは技能集団の仕事探し寄り合いみたいなもの」
案の定メールには何も来ていないので、スキルシェアサイトを見る。流石に初心者は脱しているから、中級以上の記事単価のものに目を通していく。
『求人票が集まってるようなものなのか』
「そんな感じ」
できそうな案件のページを片っ端から開いて、隅々まで目を通していく。俺が明るい分野の案件があればありがたいのだが、物事はなかなかそう上手くはいかない。
『おい、これやれ! これいいぞ!』
「何?」
怨霊が画面を指すのを見ると、ミールキットの紹介記事をいくつか書くという案件だった。
「……できなくはないけど、こういう案件にしては値段低めだな」
『ミールキットって、ミールは食事のことだろう? 飯だろう?』
「料理用の食材キットってところかな」
『体験用に1回分提供って書いてあるぞ』
「………」
確かにそう書いてあった。記事単価を中心に見ていたから気づかなかった。3日分のミールキット付きなら、ミールキットの値段を考えると、たしかに割のいいほうかもしれない。
『これやれば金も食事も手に入るんだろう! これやってまともなもの食え!』
「他のも検討してからな」
開いたページは全部見たが、できるものはあれど、ぱっとしないものばかりだった。応募しても採用とは限らないから、ここからもひとつふたつ応募しておくことにはするが。
「……ミールキット案件も応募するか」
『おお! これでお前まともなもの食うな! 体治って稼いで子孫繋ぐな!!』
「そこまで物事は爆速でいかないから」
ミールキットの案件に無事に採用され、二日後には体験用ミールキットが届いた。最近インスタントコーヒー用のお湯を沸かすことしかしていなかったワンルームのささやかな台所にも活躍の機会が来たようだ。
『おお! 本当に火が出るんだな今の台所は!』
「あんた、いつの時代の怨霊なの?」
最新の台所だとオール電化でむしろ火が出ないのだが、たぶんこの怨霊には言っても通じないだろう。
「鮭の切身フライパンで焼いて、野菜は切ってあるからそのまま入れて、後は別添のソース入れて蒸せばいいのか」
ガスコンロの火をつけたり消したりしている怨霊が言った。
『この台所、おもしろいからワシにやらせろ』
「ええ? 火の加減とかできるの?」
『薪のくべ方で火を調節するのに比べたら、赤子の手をひねるようだぞ』
怨霊は胸を張った。見た目は黒くて毛羽立った一反木綿なので胸がどこかと言われると困るのだが、胸を張るような仕草をしているのはなんとなくわかる。
「あんた、いつの時代の怨霊なの?」
たしかに、いちいち火をおこしていた時代からしたらガスコンロは夢のように簡単だろうけども。
「まあやってくれるのは助かるけど……説明よく読んでその通りにやってよ」
『任せろ、ここにあるもの全部料理してやる。全部食べて体を治して稼いで子孫を繋げ』
「これ3日分だから。一度に作られても食べきれないから」
驚くべきことだが、怨霊は初めて使うガスコンロでまともに料理ができた。久々にテーブルに料理の皿を並べた。
ミールキットなので、味は保証されていて当然なのだが、ひとくち食べて思わず唸ってしまった。久々のまともな食事なのだ。
「……人間強度が下がっちゃうな……」
『うまいのか?』
「おいしい」
『ワシの手にかかれば当然だ!』
怨霊はまた胸を張った。その後もおいしいと言っておだてたらミールキットを全部作ってくれた。この間は布団を干しておいてくれたし、おだてたらもうちょっと家事をしてくれるのかもしれない。
「鮭の切身フライパンで焼いて、野菜は切ってあるからそのまま入れて、後は別添のソース入れて蒸せばいいのか」
ガスコンロの火をつけたり消したりしている怨霊が言った。
『この台所、おもしろいからワシにやらせろ』
「ええ? 火の加減とかできるの?」
『薪のくべ方で火を調節するのに比べたら、赤子の手をひねるようだぞ』
怨霊は胸を張った。見た目は黒くて毛羽立った一反木綿なので胸がどこかと言われると困るのだが、胸を張るような仕草をしているのはなんとなくわかる。
「あんた、いつの時代の怨霊なの?」
たしかに、いちいち火をおこしていた時代からしたらガスコンロは夢のように簡単だろうけども。
「まあやってくれるのは助かるけど……説明よく読んでその通りにやってよ」
『任せろ、ここにあるもの全部料理してやる。全部食べて体を治して稼いで子孫を繋げ』
「これ3日分だから。一度に作られても食べきれないから」
驚くべきことだが、怨霊は初めて使うガスコンロでまともに料理ができた。久々にテーブルに料理の皿を並べた。
ミールキットなので、味は保証されていて当然なのだが、ひとくち食べて思わず唸ってしまった。久々のまともな食事なのだ。
「……人間強度が下がっちゃうな……」
『うまいのか?』
「おいしい」
『ワシの手にかかれば当然だ!』
怨霊はまた胸を張った。その後もおいしいと言っておだてたらミールキットを全部作ってくれた。この間は布団を干しておいてくれたし、おだてたらもうちょっと家事をしてくれるのかもしれない。
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すっ転んで近所の祠(祟る)に直撃して壊してしまったら家に怨霊が出てきた。黒く不定形で人の姿すらしていない『それ』はやはり俺を祟るために来たらしい。
『ようもワシを害したな、子々孫々まで祟ってやるわ』
怨霊は大口を開けて牙を剝いた。何かを食い殺すことはできるのかもしれない。でも子々孫々とか言われてもな……
「いや、そんなこと言われても」
『末代まで恐怖に打ち震えるがいい……!』
「たぶん俺で末代だし」
真っ黒い怨霊の、つり上がった目が一瞬見開かれた。
『は?』
「だってさ、金ないし、相手いないし、モテないから作りようがないし……」
『お前そんなに金ないの!?』
「びっくりするほどない。そもそも若年層が貧乏な今の日本で結婚して子供作るとか大変すぎる」
フリーのWEBライターと言えば聞こえはいいが、バイトすらしていない現状だと無職一歩手前である。
『いや、でも親戚のツテとか職場のツテとか見合いとか』
怨霊がなぜかあせり始めたが、いつの時代の話だ。
「ないよそんなもん、令和の時代に」
『時代変わりすぎと違うか!?』
「とにかく金ないし、俺で末代だよ。奨学金返さないといけないから借金持ちでもあるし、今の身体だと普通に会社勤め出来る体力もないから安定した収入なんて無縁だし、モテないし」
『ワシ少なくとも七代祟るつもりで来たんだぞ! 力の使い所に困るわ!』
「そんなこと言われても」
怨霊は頭を抱えて焦りだした。ちなみに怨霊
の見た目は毛羽立った一反木綿を黒くした感じで、目と口と手はあるが鼻は見当たらない。
怨霊が抱えていた頭を話して言った。
『お前、見た目がいいわけじゃないけど別にそう悪くもないぞ、ちょっと絶望しすぎと違うか? それに人間ってもっと繁殖に血道を上げるものと違うか? 性欲ないのか?』
「ないわけじゃないけど」
正直に答えると悪霊は色めき立った。
『じゃあ子供を作れ! 子孫を残せ! 七代続け!!』
「今は性欲解消する手段なんてたくさんあるし、経済的事情でちゃんとした生育環境を用意できないのに性欲に任せて子供作るとか無責任だと思う」
そもそも相手がいないので性欲に任せて子作り自体ができないわけだが、ちゃんと育てられないのに子供を作るのはよくないというのは正直な思いだ。
『ええー、子供なんてたくさん作って出来のいいのが一人二人できればそれでいいもんじゃろ』
「たくさんとか、育てるの無理だよ、それに今は少産少死の時代」
『時代の変化についていけん……』
悪霊は再び頭を抱えた。
『うーん……つまり、話をまとめると、お前は金があって、女にモテれば子供を作るわけだな』
「いやそんな単純なもんでもないけど……経済的に苦しいのは確か」
自由業は不安定なのだ。体を壊して外に勤めることができなくなり、在宅仕事を選ばざるを得なかった人間なので、体力的にバリバリ働くということも難しいし。
『よし、ワシの財産をくれてやる』
「はい!?」
『祠の近くに隠してあるのだ。それを使えばお前も即子孫を作れるだろう』
「えーと、祠の周りって私有地だったと思うから、それ掘り起こしてもその土地の所有者のものになるんじゃないかな」
『適当な場所で拾ったことにしろ!』
「拾得物扱いだとしても、俺のものになるまで3ヶ月かかるし、ある程度以上の金額だと所得税持ってかれるから手元に残るの意外と少ないと思うんだけど」
『くそっうまくいかん!』
「でも3ヶ月先でも収入があるのは嬉しいので、ある場所教えてください」
『子孫を作るのに使えよ!』
「金額によるかな……」
怨霊の隠し財産は小判1枚で、しょぼいと思ったけど奨学金を返すのには十分な金額だった。
『借金がなくなったのだから、これで子孫を作れるだろう作れ』
「いや、支出は減ったけど収入相変わらずだから貧乏なままだよ」
『くそっうまくいかん!!』
なぜ俺は、ヤの付く自由業を絵に描いたようなおっさんとともにリモート打ち合わせに臨んでいるんだろうか。威圧感がすごい。いや俺に向けられる威圧感には慣れたけど画面の先に向けられる圧がすごい。
おっさんがささやく。
『これでお前の取り分が増えないようだったら、取引先とやらにも祟ってやるからな』
こいつは俺の子々孫々まで祟ると宣言している怨霊である。割と変幻自在らしい。俺が子々孫々を作りそうにない貧乏なので、『まずお前の実入りを増やす。渡す金を増やせとお前の取引先を脅す』などと宣言してきた。
「やめて。てか変なことすると逆に減る可能性があるからやめて。仕事自体もらえなくなる可能性があるからやめて」
俺は必死で怨霊を押して画面の外に追いやろうとしたが、力が違いすぎてうまくいかなかった。
俺の仕事はフリーのWebライターだ。仕事が取れないと無職と同等の身分である。取引先との関係は大事なのだ。
『なんで打ち合わせが画面越しなんだ。対面ならもっと圧力がかけられるのに』
「あっち九州でここ神奈川なんだから、直接会うなんてコストかかりすぎるんだよ。もうそろそろ時間だから黙って頼むから」
俺の言葉を待っていたかのように、待機中だった画面が変わり、壮年の男性が映った。割と長いこと世話になっている編集者件兼ライターさんである。
〈どうもこんにちは、調子どうです? 和泉さん〉
「まあ、ぼちぼちです」
〈あれ? なんか部屋に他の人いる? ルームシェア始めたの?〉
「いや、ルームメイトでもなんでもありませんね……こないだ私とぶつかって、壊れたから賠償金を払えって言ってる人なんですけど、こっちに支払い能力がなさすぎるってわかったら稼げってうるさくて」
『もう少し他の説明の仕方ないのかお前』
怨霊に呆れられるという実績を解除した。俺としては普通に穏便に相手と話したいから無視するが。
「本当にすみません今日は萌木さんと仕事の話だって言ったらこいつ萌木さんに圧をかけて実入りを増やさせるって張り切って部屋に陣取ってきて私の腕力的に止められなかったんですけど私の気持ち的にはそういうつもりは一切ないので無視を貫いていただけると大変助かります本当にすみません」
一息で言い切ると、萌木さんは大変困惑した顔をした。無理もない。
〈そ、そう……まあ今日は部外者に漏れたらうるさいことは特に話さないからいいけど。でも一応聞いても言いふらさないでって言っておいて〉
「わかりました」
〈じゃあ、大体はこないだの納品終わりに言った感じだけど、今月は5記事大丈夫たなんだよね?〉
「はい」
〈記事のテーマとキーワードは共有した通り。ペルソナは前回から引き続き。いつも通り、まず記事構成ができたらこっちに渡して〉
ペルソナとは、記事などのWebコンテンツの想定読者層のことだ。どの程度の知識を持ったどの年代の人間が読むか、どんなニーズを持ったどんな人間が読むかなどを細かく決める。これがないと何も文章が書けないが、Web上の市場を調べ直した結果ペルソナに修正を加えることもたまにある。
「はい、でもまず全部のテーマで下調べして、前提から練り直したほうがいいんじゃないかってときは構成の前に連絡しますね。なるべく早めにします」
〈そうしてくれると助かる〉
「遅れそうなときは、それはそれで連絡します」
〈遅れたこと特にないじゃない〉
「量絞ってますからね……」
ブラック企業でぶっ壊した自律神経が本当に治らない。今はなんとか机の前に座って話しているけど、ダメなときは本当にダメで、一日寝ていることも珍しくないし、少し無理をすればすぐ反動が来てまた寝込む。
『たくさんやれば稼げるのか! 働け! お前昨日も寝て過ごしてたじゃないか! もっと働いて稼いで裕福になって子孫を繋げ!!』
「ちょっと黙ってて、ていうか自分のキャパ考えずに引き受けて結局できなくて納品日守れないとか、フリーランスとして完全アウトなんだよ、各所に迷惑がかかるんだよ」
さらに画面に映り込もうとする怨霊を全力でぐいぐい押し返していたら、萌木さんから声がかかった。
〈あのさ、余裕納品は本当に大事なんだけどさ、和泉さんがもうちょっと安定して仕事受けてくれるようなら、僕も上に言って記事単価上げられるんだよ? そっちも実績積めるしさ〉
こういうことを相手から言ってくれるのは本当にありがたい。仕事柄いろいろな編集と接しているが、はっきり言って稀有な人間だ。萌木さんはこういうことを言ってくれる人だから、なるべく関係をよくしておきたいのだが。
「まあそうなんですが……やりたい気持ちはあるんですけども」
〈和泉さんは最初から構成も文章もしっかりしてるし、調査力も高いし、量を頼めるならありがたいんだけど〉
『働け! もっと働いて稼げ!!』
「頼むから黙って。すみません萌木さん、やりたい気持ちはすごくあるんですが、まだ体追いつかなくて」
〈そう……まあしっかり療養してね。増やせそうだったら相談してよ〉
「ありがとうございます、本当にありがたいです」
俺は頭を下げる。たぶん映像なしの音声だけのやり取りでも下げていたと思う。
自律神経が死んで在宅仕事しかできなくなり、消去法で始めたライター業だが、書いたものは意外と高く評価してもらえている。ブラック企業では死ぬほど業務を積み上げられてもそれをこなすのが当たり前であり、全く評価はなかったし、もちろん給料にも反映されなかった。
だから、評価がもらえている今、できる仕事はなるべく引き受けたいけれど、悲しいことに体がついてこない。
その後、萌木さんと細かいところを詰めて、打ち合わせはお開きになった。
『取引は済んだのか! 決まった通り働いてすぐ金をもらえ!』
怨霊が黒い一反木綿のような元の姿になってがなってきたが、できない相談だった。
「……エネルギー切れたからもう休む」
『はあ!?』
「今日もあんまり調子よくないんだよ……打ち合わせの予定は前々から決まってたから頑張ってたけど、もうダメだ、今日は店仕舞い」
『……』
怨霊は首を傾げた。
『お前、外に働きにも行かずによく寝てるから、怠けてると思ってたが、もしかして病気なのか?』
「まあ……そう言っていいかな。自律神経失調症って正式な病名じゃないけど」
『難しい病気なのか?』
怨霊は不思議そうに聞く。幽霊に体調を心配されているというのも変な話だが、聞かれたことに答える以上のことに頭が回らなかった。
「パキッと効く治療法がないという意味ではね……規則正しく生活してちゃんとしたもの食べるくらいしかない」
『…………』
怨霊は考え込んだ。
『病気を治せば、たくさん働いて稼げるのか? 稼げるようになったら子孫を繋ぐか?』
「子孫はともかく、今よりは仕事増やせるから収入は増えると思う」
『じゃあまず病気を治せ! 寝ろ! 布団に行け!』
「言われなくても寝る……」
椅子から立ち上がって布団まで行こうとしたら、怨霊が俺の体を持ち上げて布団まで引きずりだした。
「いや自分で行けるから」
『速やかに寝ろ!』
「あんた力すごいな……」
引きずられるどころか体が宙に浮いた。そのまま布団に放られる。
『おい何だこの煎餅布団は! こんなところで寝たら治るものも治らんぞ!』
「いいから寝かせて」
『ワシは少なくともお前を七代祟るんだ! なんとしてでもお前を治して子孫を繋がせるぞ! もっと柔らかい布団に寝かせるからな!』
「俺が起きてられる時に布団干してくれるだけで十分なんで寝かせてください……」
体が治ったとしても、ライター業なんてよっぽど売れないと収入は悲惨なので俺が末代なのは変わらないと思うけれど、柔らかい布団で寝たいという気持ちはあるので、そこについてはもう何も言わなかった。
『お前、体を治すには規則正しく生活してちゃんとしたもの食べるしかないと言ったじゃないか』
俺を子々孫々まで祟ると言って現れて、俺が子孫を残しそうにないので俺に子孫を残させる方向にシフトした本末転倒の怨霊が言う。
俺はささやかな朝食を食べる手を止めて答えた。
「言ったけど」
『ダンボールに入ったパンしか食べてないじゃないか!! 何がちゃんとしたものだ』
「これはベーシックパンって言って、完全栄養食で栄養が取れるのにコンビニ飯より安いんだよ、自炊する体力のないヘボに最適なんだよ」
悪霊は訝しげな顔をした。
『信じられん』
「信じて、事実だから」
『うまいものなのか? なんでも入ってるというと味が濁りそうだが』
「……まずくはない、程度」
別に嘘は言っていない。まずくはない。ただ、毎日毎食食べ続けるとなるとかなり辛い味で、最近では舌の感覚を殺して食べている。
『お前なんか無理してないか?』
「別にしてない」
続きのベーシックパンを頬張ってインスタントコーヒーで流し込む。
『いやお前やっぱり無理してるぞ! たまにはまともなものも食え!!』
「金がかかるし、人間強度が下がるから食べない」
『……人間強度ってなんだ?』
こいつの感覚や語彙はあんまり新しくない。新しくても人間強度がわかるかはまた別の問題だが、この世のどんな人間でも子孫を残すものだという感覚が現代のものかと言われると、うなずきかねる。
「人間は贅沢を覚えたら戻れなくなるくらいの意味」
『別にものすごく高いものじゃなくて一汁三菜食えって話だ! お前、俺の財産があるだろ!!』
「奨学金返したら10万も残らなかったし、残りはもしもに備えて貯金」
『くそっ倹約家め』
「じゃあ、そろそろ俺仕事するから」
テーブルの前の椅子からパソコンデスクまで移動五秒。職住近接にもほどがある。
『あの萌木とか言うのからの仕事は終わったんじゃないのか?』
「終わったけど、あの量だけじゃとても暮らしていけない。俺の調子見て、やる余裕があればなるべく単発のを受けてる」
『どうやって受けるんだ?』
「ポートフォリオサイトのメールに直接来ることもあるけど、スキルシェアサイト通じて探すほうが断然多いかな」
『ポートフォリオ? スキルシェアサイト?』
「……ポートフォリオはやってきたことやできることのまとめで、スキルシェアサイトっていうのは技能集団の仕事探し寄り合いみたいなもの」
案の定メールには何も来ていないので、スキルシェアサイトを見る。流石に初心者は脱しているから、中級以上の記事単価のものに目を通していく。
『求人票が集まってるようなものなのか』
「そんな感じ」
できそうな案件のページを片っ端から開いて、隅々まで目を通していく。俺が明るい分野の案件があればありがたいのだが、物事はなかなかそう上手くはいかない。
『おい、これやれ! これいいぞ!』
「何?」
怨霊が画面を指すのを見ると、ミールキットの紹介記事をいくつか書くという案件だった。
「……できなくはないけど、こういう案件にしては値段低めだな」
『ミールキットって、ミールは食事のことだろう? 飯だろう?』
「料理用の食材キットってところかな」
『体験用に1回分提供って書いてあるぞ』
「………」
確かにそう書いてあった。記事単価を中心に見ていたから気づかなかった。3日分のミールキット付きなら、ミールキットの値段を考えると、たしかに割のいいほうかもしれない。
『これやれば金も食事も手に入るんだろう! これやってまともなもの食え!』
「他のも検討してからな」
開いたページは全部見たが、できるものはあれど、ぱっとしないものばかりだった。応募しても採用とは限らないから、ここからもひとつふたつ応募しておくことにはするが。
「……ミールキット案件も応募するか」
『おお! これでお前まともなもの食うな! 体治って稼いで子孫繋ぐな!!』
「そこまで物事は爆速でいかないから」
ミールキットの案件に無事に採用され、二日後には体験用ミールキットが届いた。最近インスタントコーヒー用のお湯を沸かすことしかしていなかったワンルームのささやかな台所にも活躍の機会が来たようだ。
『おお! 本当に火が出るんだな今の台所は!』
「あんた、いつの時代の怨霊なの?」
最新の台所だとオール電化でむしろ火が出ないのだが、たぶんこの怨霊には言っても通じないだろう。
「鮭の切身フライパンで焼いて、野菜は切ってあるからそのまま入れて、後は別添のソース入れて蒸せばいいのか」
ガスコンロの火をつけたり消したりしている怨霊が言った。
『この台所、おもしろいからワシにやらせろ』
「ええ? 火の加減とかできるの?」
『薪のくべ方で火を調節するのに比べたら、赤子の手をひねるようだぞ』
怨霊は胸を張った。見た目は黒くて毛羽立った一反木綿なので胸がどこかと言われると困るのだが、胸を張るような仕草をしているのはなんとなくわかる。
「あんた、いつの時代の怨霊なの?」
たしかに、いちいち火をおこしていた時代からしたらガスコンロは夢のように簡単だろうけども。
「まあやってくれるのは助かるけど……説明よく読んでその通りにやってよ」
『任せろ、ここにあるもの全部料理してやる。全部食べて体を治して稼いで子孫を繋げ』
「これ3日分だから。一度に作られても食べきれないから」
驚くべきことだが、怨霊は初めて使うガスコンロでまともに料理ができた。久々にテーブルに料理の皿を並べた。
ミールキットなので、味は保証されていて当然なのだが、ひとくち食べて思わず唸ってしまった。久々のまともな食事なのだ。
「……人間強度が下がっちゃうな……」
『うまいのか?』
「おいしい」
『ワシの手にかかれば当然だ!』
怨霊はまた胸を張った。その後もおいしいと言っておだてたらミールキットを全部作ってくれた。この間は布団を干しておいてくれたし、おだてたらもうちょっと家事をしてくれるのかもしれない。
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すっ転んで近所の祠(祟る)に直撃して壊してしまったら家に怨霊が出てきた。黒く不定形で人の姿すらしていない『それ』はやはり俺を祟るために来たらしい。
『ようもワシを害したな、子々孫々まで祟ってやるわ』
怨霊は大口を開けて牙を剝いた。何かを食い殺すことはできるのかもしれない。でも子々孫々とか言われてもな……
「いや、そんなこと言われても」
『末代まで恐怖に打ち震えるがいい……!』
「たぶん俺で末代だし」
真っ黒い怨霊の、つり上がった目が一瞬見開かれた。
『は?』
「だってさ、金ないし、相手いないし、モテないから作りようがないし……」
『お前そんなに金ないの!?』
「びっくりするほどない。そもそも若年層が貧乏な今の日本で結婚して子供作るとか大変すぎる」
フリーのWEBライターと言えば聞こえはいいが、バイトすらしていない現状だと無職一歩手前である。
『いや、でも親戚のツテとか職場のツテとか見合いとか』
怨霊がなぜかあせり始めたが、いつの時代の話だ。
「ないよそんなもん、令和の時代に」
『時代変わりすぎと違うか!?』
「とにかく金ないし、俺で末代だよ。奨学金返さないといけないから借金持ちでもあるし、今の身体だと普通に会社勤め出来る体力もないから安定した収入なんて無縁だし、モテないし」
『ワシ少なくとも七代祟るつもりで来たんだぞ! 力の使い所に困るわ!』
「そんなこと言われても」
怨霊は頭を抱えて焦りだした。ちなみに怨霊
の見た目は毛羽立った一反木綿を黒くした感じで、目と口と手はあるが鼻は見当たらない。
怨霊が抱えていた頭を話して言った。
『お前、見た目がいいわけじゃないけど別にそう悪くもないぞ、ちょっと絶望しすぎと違うか? それに人間ってもっと繁殖に血道を上げるものと違うか? 性欲ないのか?』
「ないわけじゃないけど」
正直に答えると悪霊は色めき立った。
『じゃあ子供を作れ! 子孫を残せ! 七代続け!!』
「今は性欲解消する手段なんてたくさんあるし、経済的事情でちゃんとした生育環境を用意できないのに性欲に任せて子供作るとか無責任だと思う」
そもそも相手がいないので性欲に任せて子作り自体ができないわけだが、ちゃんと育てられないのに子供を作るのはよくないというのは正直な思いだ。
『ええー、子供なんてたくさん作って出来のいいのが一人二人できればそれでいいもんじゃろ』
「たくさんとか、育てるの無理だよ、それに今は少産少死の時代」
『時代の変化についていけん……』
悪霊は再び頭を抱えた。
『うーん……つまり、話をまとめると、お前は金があって、女にモテれば子供を作るわけだな』
「いやそんな単純なもんでもないけど……経済的に苦しいのは確か」
自由業は不安定なのだ。体を壊して外に勤めることができなくなり、在宅仕事を選ばざるを得なかった人間なので、体力的にバリバリ働くということも難しいし。
『よし、ワシの財産をくれてやる』
「はい!?」
『祠の近くに隠してあるのだ。それを使えばお前も即子孫を作れるだろう』
「えーと、祠の周りって私有地だったと思うから、それ掘り起こしてもその土地の所有者のものになるんじゃないかな」
『適当な場所で拾ったことにしろ!』
「拾得物扱いだとしても、俺のものになるまで3ヶ月かかるし、ある程度以上の金額だと所得税持ってかれるから手元に残るの意外と少ないと思うんだけど」
『くそっうまくいかん!』
「でも3ヶ月先でも収入があるのは嬉しいので、ある場所教えてください」
『子孫を作るのに使えよ!』
「金額によるかな……」
怨霊の隠し財産は小判1枚で、しょぼいと思ったけど奨学金を返すのには十分な金額だった。
『借金がなくなったのだから、これで子孫を作れるだろう作れ』
「いや、支出は減ったけど収入相変わらずだから貧乏なままだよ」
『くそっうまくいかん!!』
#子々孫々まで祟りたい
第一話 せめて七代祟りたい(20220508初出)
RE: https://misskey.io/notes/9qj05pdk84s004mx
なぜ俺は、ヤの付く自由業を絵に描いたようなおっさんとともにリモート打ち合わせに臨んでいるんだろうか。威圧感がすごい。いや俺に向けられる威圧感には慣れたけど画面の先に向けられる圧がすごい。
おっさんがささやく。
『これでお前の取り分が増えないようだったら、取引先とやらにも祟ってやるからな』
こいつは俺の子々孫々まで祟ると宣言している怨霊である。割と変幻自在らしい。俺が子々孫々を作りそうにない貧乏なので、『まずお前の実入りを増やす。渡す金を増やせとお前の取引先を脅す』などと宣言してきた。
「やめて。てか変なことすると逆に減る可能性があるからやめて。仕事自体もらえなくなる可能性があるからやめて」
俺は必死で怨霊を押して画面の外に追いやろうとしたが、力が違いすぎてうまくいかなかった。
俺の仕事はフリーのWebライターだ。仕事が取れないと無職と同等の身分である。取引先との関係は大事なのだ。
『なんで打ち合わせが画面越しなんだ。対面ならもっと圧力がかけられるのに』
「あっち九州でここ神奈川なんだから、直接会うなんてコストかかりすぎるんだよ。もうそろそろ時間だから黙って頼むから」
俺の言葉を待っていたかのように、待機中だった画面が変わり、壮年の男性が映った。割と長いこと世話になっている編集者件兼ライターさんである。
〈どうもこんにちは、調子どうです? 和泉さん〉
「まあ、ぼちぼちです」
〈あれ? なんか部屋に他の人いる? ルームシェア始めたの?〉
「いや、ルームメイトでもなんでもありませんね……こないだ私とぶつかって、壊れたから賠償金を払えって言ってる人なんですけど、こっちに支払い能力がなさすぎるってわかったら稼げってうるさくて」
『もう少し他の説明の仕方ないのかお前』
怨霊に呆れられるという実績を解除した。俺としては普通に穏便に相手と話したいから無視するが。
「本当にすみません今日は萌木さんと仕事の話だって言ったらこいつ萌木さんに圧をかけて実入りを増やさせるって張り切って部屋に陣取ってきて私の腕力的に止められなかったんですけど私の気持ち的にはそういうつもりは一切ないので無視を貫いていただけると大変助かります本当にすみません」
一息で言い切ると、萌木さんは大変困惑した顔をした。無理もない。
〈そ、そう……まあ今日は部外者に漏れたらうるさいことは特に話さないからいいけど。でも一応聞いても言いふらさないでって言っておいて〉
「わかりました」
〈じゃあ、大体はこないだの納品終わりに言った感じだけど、今月は5記事大丈夫たなんだよね?〉
「はい」
〈記事のテーマとキーワードは共有した通り。ペルソナは前回から引き続き。いつも通り、まず記事構成ができたらこっちに渡して〉
ペルソナとは、記事などのWebコンテンツの想定読者層のことだ。どの程度の知識を持ったどの年代の人間が読むか、どんなニーズを持ったどんな人間が読むかなどを細かく決める。これがないと何も文章が書けないが、Web上の市場を調べ直した結果ペルソナに修正を加えることもたまにある。
「はい、でもまず全部のテーマで下調べして、前提から練り直したほうがいいんじゃないかってときは構成の前に連絡しますね。なるべく早めにします」
〈そうしてくれると助かる〉
「遅れそうなときは、それはそれで連絡します」
〈遅れたこと特にないじゃない〉
「量絞ってますからね……」
ブラック企業でぶっ壊した自律神経が本当に治らない。今はなんとか机の前に座って話しているけど、ダメなときは本当にダメで、一日寝ていることも珍しくないし、少し無理をすればすぐ反動が来てまた寝込む。
『たくさんやれば稼げるのか! 働け! お前昨日も寝て過ごしてたじゃないか! もっと働いて稼いで裕福になって子孫を繋げ!!』
「ちょっと黙ってて、ていうか自分のキャパ考えずに引き受けて結局できなくて納品日守れないとか、フリーランスとして完全アウトなんだよ、各所に迷惑がかかるんだよ」
さらに画面に映り込もうとする怨霊を全力でぐいぐい押し返していたら、萌木さんから声がかかった。
〈あのさ、余裕納品は本当に大事なんだけどさ、和泉さんがもうちょっと安定して仕事受けてくれるようなら、僕も上に言って記事単価上げられるんだよ? そっちも実績積めるしさ〉
こういうことを相手から言ってくれるのは本当にありがたい。仕事柄いろいろな編集と接しているが、はっきり言って稀有な人間だ。萌木さんはこういうことを言ってくれる人だから、なるべく関係をよくしておきたいのだが。
「まあそうなんですが……やりたい気持ちはあるんですけども」
〈和泉さんは最初から構成も文章もしっかりしてるし、調査力も高いし、量を頼めるならありがたいんだけど〉
『働け! もっと働いて稼げ!!』
「頼むから黙って。すみません萌木さん、やりたい気持ちはすごくあるんですが、まだ体追いつかなくて」
〈そう……まあしっかり療養してね。増やせそうだったら相談してよ〉
「ありがとうございます、本当にありがたいです」
俺は頭を下げる。たぶん映像なしの音声だけのやり取りでも下げていたと思う。
自律神経が死んで在宅仕事しかできなくなり、消去法で始めたライター業だが、書いたものは意外と高く評価してもらえている。ブラック企業では死ぬほど業務を積み上げられてもそれをこなすのが当たり前であり、全く評価はなかったし、もちろん給料にも反映されなかった。
だから、評価がもらえている今、できる仕事はなるべく引き受けたいけれど、悲しいことに体がついてこない。
その後、萌木さんと細かいところを詰めて、打ち合わせはお開きになった。
『取引は済んだのか! 決まった通り働いてすぐ金をもらえ!』
怨霊が黒い一反木綿のような元の姿になってがなってきたが、できない相談だった。
「……エネルギー切れたからもう休む」
『はあ!?』
「今日もあんまり調子よくないんだよ……打ち合わせの予定は前々から決まってたから頑張ってたけど、もうダメだ、今日は店仕舞い」
『……』
怨霊は首を傾げた。
『お前、外に働きにも行かずによく寝てるから、怠けてると思ってたが、もしかして病気なのか?』
「まあ……そう言っていいかな。自律神経失調症って正式な病名じゃないけど」
『難しい病気なのか?』
怨霊は不思議そうに聞く。幽霊に体調を心配されているというのも変な話だが、聞かれたことに答える以上のことに頭が回らなかった。
「パキッと効く治療法がないという意味ではね……規則正しく生活してちゃんとしたもの食べるくらいしかない」
『…………』
怨霊は考え込んだ。
『病気を治せば、たくさん働いて稼げるのか? 稼げるようになったら子孫を繋ぐか?』
「子孫はともかく、今よりは仕事増やせるから収入は増えると思う」
『じゃあまず病気を治せ! 寝ろ! 布団に行け!』
「言われなくても寝る……」
椅子から立ち上がって布団まで行こうとしたら、怨霊が俺の体を持ち上げて布団まで引きずりだした。
「いや自分で行けるから」
『速やかに寝ろ!』
「あんた力すごいな……」
引きずられるどころか体が宙に浮いた。そのまま布団に放られる。
『おい何だこの煎餅布団は! こんなところで寝たら治るものも治らんぞ!』
「いいから寝かせて」
『ワシは少なくともお前を七代祟るんだ! なんとしてでもお前を治して子孫を繋がせるぞ! もっと柔らかい布団に寝かせるからな!』
「俺が起きてられる時に布団干してくれるだけで十分なんで寝かせてください……」
体が治ったとしても、ライター業なんてよっぽど売れないと収入は悲惨なので俺が末代なのは変わらないと思うけれど、柔らかい布団で寝たいという気持ちはあるので、そこについてはもう何も言わなかった。
『お前、体を治すには規則正しく生活してちゃんとしたもの食べるしかないと言ったじゃないか』
俺を子々孫々まで祟ると言って現れて、俺が子孫を残しそうにないので俺に子孫を残させる方向にシフトした本末転倒の怨霊が言う。
俺はささやかな朝食を食べる手を止めて答えた。
「言ったけど」
『ダンボールに入ったパンしか食べてないじゃないか!! 何がちゃんとしたものだ』
「これはベーシックパンって言って、完全栄養食で栄養が取れるのにコンビニ飯より安いんだよ、自炊する体力のないヘボに最適なんだよ」
悪霊は訝しげな顔をした。
『信じられん』
「信じて、事実だから」
『うまいものなのか? なんでも入ってるというと味が濁りそうだが』
「……まずくはない、程度」
別に嘘は言っていない。まずくはない。ただ、毎日毎食食べ続けるとなるとかなり辛い味で、最近では舌の感覚を殺して食べている。
『お前なんか無理してないか?』
「別にしてない」
続きのベーシックパンを頬張ってインスタントコーヒーで流し込む。
『いやお前やっぱり無理してるぞ! たまにはまともなものも食え!!』
「金がかかるし、人間強度が下がるから食べない」
『……人間強度ってなんだ?』
こいつの感覚や語彙はあんまり新しくない。新しくても人間強度がわかるかはまた別の問題だが、この世のどんな人間でも子孫を残すものだという感覚が現代のものかと言われると、うなずきかねる。
「人間は贅沢を覚えたら戻れなくなるくらいの意味」
『別にものすごく高いものじゃなくて一汁三菜食えって話だ! お前、俺の財産があるだろ!!』
「奨学金返したら10万も残らなかったし、残りはもしもに備えて貯金」
『くそっ倹約家め』
「じゃあ、そろそろ俺仕事するから」
テーブルの前の椅子からパソコンデスクまで移動五秒。職住近接にもほどがある。
『あの萌木とか言うのからの仕事は終わったんじゃないのか?』
「終わったけど、あの量だけじゃとても暮らしていけない。俺の調子見て、やる余裕があればなるべく単発のを受けてる」
『どうやって受けるんだ?』
「ポートフォリオサイトのメールに直接来ることもあるけど、スキルシェアサイト通じて探すほうが断然多いかな」
『ポートフォリオ? スキルシェアサイト?』
「……ポートフォリオはやってきたことやできることのまとめで、スキルシェアサイトっていうのは技能集団の仕事探し寄り合いみたいなもの」
案の定メールには何も来ていないので、スキルシェアサイトを見る。流石に初心者は脱しているから、中級以上の記事単価のものに目を通していく。
『求人票が集まってるようなものなのか』
「そんな感じ」
できそうな案件のページを片っ端から開いて、隅々まで目を通していく。俺が明るい分野の案件があればありがたいのだが、物事はなかなかそう上手くはいかない。
『おい、これやれ! これいいぞ!』
「何?」
怨霊が画面を指すのを見ると、ミールキットの紹介記事をいくつか書くという案件だった。
「……できなくはないけど、こういう案件にしては値段低めだな」
『ミールキットって、ミールは食事のことだろう? 飯だろう?』
「料理用の食材キットってところかな」
『体験用に1回分提供って書いてあるぞ』
「………」
確かにそう書いてあった。記事単価を中心に見ていたから気づかなかった。3日分のミールキット付きなら、ミールキットの値段を考えると、たしかに割のいいほうかもしれない。
『これやれば金も食事も手に入るんだろう! これやってまともなもの食え!』
「他のも検討してからな」
開いたページは全部見たが、できるものはあれど、ぱっとしないものばかりだった。応募しても採用とは限らないから、ここからもひとつふたつ応募しておくことにはするが。
「……ミールキット案件も応募するか」
『おお! これでお前まともなもの食うな! 体治って稼いで子孫繋ぐな!!』
「そこまで物事は爆速でいかないから」
ミールキットの案件に無事に採用され、二日後には体験用ミールキットが届いた。最近インスタントコーヒー用のお湯を沸かすことしかしていなかったワンルームのささやかな台所にも活躍の機会が来たようだ。
『おお! 本当に火が出るんだな今の台所は!』
「あんた、いつの時代の怨霊なの?」
最新の台所だとオール電化でむしろ火が出ないのだが、たぶんこの怨霊には言っても通じないだろう。
「鮭の切身フライパンで焼いて、野菜は切ってあるからそのまま入れて、後は別添のソース入れて蒸せばいいのか」
ガスコンロの火をつけたり消したりしている怨霊が言った。
『この台所、おもしろいからワシにやらせろ』
「ええ? 火の加減とかできるの?」
『薪のくべ方で火を調節するのに比べたら、赤子の手をひねるようだぞ』
怨霊は胸を張った。見た目は黒くて毛羽立った一反木綿なので胸がどこかと言われると困るのだが、胸を張るような仕草をしているのはなんとなくわかる。
「あんた、いつの時代の怨霊なの?」
たしかに、いちいち火をおこしていた時代からしたらガスコンロは夢のように簡単だろうけども。
「まあやってくれるのは助かるけど……説明よく読んでその通りにやってよ」
『任せろ、ここにあるもの全部料理してやる。全部食べて体を治して稼いで子孫を繋げ』
「これ3日分だから。一度に作られても食べきれないから」
驚くべきことだが、怨霊は初めて使うガスコンロでまともに料理ができた。久々にテーブルに料理の皿を並べた。
ミールキットなので、味は保証されていて当然なのだが、ひとくち食べて思わず唸ってしまった。久々のまともな食事なのだ。
「……人間強度が下がっちゃうな……」
『うまいのか?』
「おいしい」
『ワシの手にかかれば当然だ!』
怨霊はまた胸を張った。その後もおいしいと言っておだてたらミールキットを全部作ってくれた。この間は布団を干しておいてくれたし、おだてたらもうちょっと家事をしてくれるのかもしれない。
仕事の打ち合わせで
「あなたの文章はこなれてなくて固くて専門バカ」
と言われたのですが
「それさえ何とかなればもっと任せたい仕事たくさんあるから、良い教科書送るから頑張って」
と多分その人のポネットマネーで買ってくれたので、ここで頑張らねば女がすたりますわね……
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「われこそは読解力よわよわの民!少しでも固くて難しい文章は嫌い!」という人に私の文章をチェックしてほしい気持ちがありますが、そんな人はそもそも文字ベースのSNSに常駐しないという矛盾ですわ
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すっ転んで近所の祠(祟る)に直撃して壊してしまったら家に怨霊が出てきた。黒く不定形で人の姿すらしていない『それ』はやはり俺を祟るために来たらしい。
『ようもワシを害したな、子々孫々まで祟ってやるわ』
怨霊は大口を開けて牙を剝いた。何かを食い殺すことはできるのかもしれない。でも子々孫々とか言われてもな……
「いや、そんなこと言われても」
『末代まで恐怖に打ち震えるがいい……!』
「たぶん俺で末代だし」
真っ黒い怨霊の、つり上がった目が一瞬見開かれた。
『は?』
「だってさ、金ないし、相手いないし、モテないから作りようがないし……」
『お前そんなに金ないの!?』
「びっくりするほどない。そもそも若年層が貧乏な今の日本で結婚して子供作るとか大変すぎる」
フリーのWEBライターと言えば聞こえはいいが、バイトすらしていない現状だと無職一歩手前である。
『いや、でも親戚のツテとか職場のツテとか見合いとか』
怨霊がなぜかあせり始めたが、いつの時代の話だ。
「ないよそんなもん、令和の時代に」
『時代変わりすぎと違うか!?』
「とにかく金ないし、俺で末代だよ。奨学金返さないといけないから借金持ちでもあるし、今の身体だと普通に会社勤め出来る体力もないから安定した収入なんて無縁だし、モテないし」
『ワシ少なくとも七代祟るつもりで来たんだぞ! 力の使い所に困るわ!』
「そんなこと言われても」
怨霊は頭を抱えて焦りだした。ちなみに怨霊
の見た目は毛羽立った一反木綿を黒くした感じで、目と口と手はあるが鼻は見当たらない。
怨霊が抱えていた頭を話して言った。
『お前、見た目がいいわけじゃないけど別にそう悪くもないぞ、ちょっと絶望しすぎと違うか? それに人間ってもっと繁殖に血道を上げるものと違うか? 性欲ないのか?』
「ないわけじゃないけど」
正直に答えると悪霊は色めき立った。
『じゃあ子供を作れ! 子孫を残せ! 七代続け!!』
「今は性欲解消する手段なんてたくさんあるし、経済的事情でちゃんとした生育環境を用意できないのに性欲に任せて子供作るとか無責任だと思う」
そもそも相手がいないので性欲に任せて子作り自体ができないわけだが、ちゃんと育てられないのに子供を作るのはよくないというのは正直な思いだ。
『ええー、子供なんてたくさん作って出来のいいのが一人二人できればそれでいいもんじゃろ』
「たくさんとか、育てるの無理だよ、それに今は少産少死の時代」
『時代の変化についていけん……』
悪霊は再び頭を抱えた。
『うーん……つまり、話をまとめると、お前は金があって、女にモテれば子供を作るわけだな』
「いやそんな単純なもんでもないけど……経済的に苦しいのは確か」
自由業は不安定なのだ。体を壊して外に勤めることができなくなり、在宅仕事を選ばざるを得なかった人間なので、体力的にバリバリ働くということも難しいし。
『よし、ワシの財産をくれてやる』
「はい!?」
『祠の近くに隠してあるのだ。それを使えばお前も即子孫を作れるだろう』
「えーと、祠の周りって私有地だったと思うから、それ掘り起こしてもその土地の所有者のものになるんじゃないかな」
『適当な場所で拾ったことにしろ!』
「拾得物扱いだとしても、俺のものになるまで3ヶ月かかるし、ある程度以上の金額だと所得税持ってかれるから手元に残るの意外と少ないと思うんだけど」
『くそっうまくいかん!』
「でも3ヶ月先でも収入があるのは嬉しいので、ある場所教えてください」
『子孫を作るのに使えよ!』
「金額によるかな……」
怨霊の隠し財産は小判1枚で、しょぼいと思ったけど奨学金を返すのには十分な金額だった。
『借金がなくなったのだから、これで子孫を作れるだろう作れ』
「いや、支出は減ったけど収入相変わらずだから貧乏なままだよ」
『くそっうまくいかん!!』
なぜ俺は、ヤの付く自由業を絵に描いたようなおっさんとともにリモート打ち合わせに臨んでいるんだろうか。威圧感がすごい。いや俺に向けられる威圧感には慣れたけど画面の先に向けられる圧がすごい。
おっさんがささやく。
『これでお前の取り分が増えないようだったら、取引先とやらにも祟ってやるからな』
こいつは俺の子々孫々まで祟ると宣言している怨霊である。割と変幻自在らしい。俺が子々孫々を作りそうにない貧乏なので、『まずお前の実入りを増やす。渡す金を増やせとお前の取引先を脅す』などと宣言してきた。
「やめて。てか変なことすると逆に減る可能性があるからやめて。仕事自体もらえなくなる可能性があるからやめて」
俺は必死で怨霊を押して画面の外に追いやろうとしたが、力が違いすぎてうまくいかなかった。
俺の仕事はフリーのWebライターだ。仕事が取れないと無職と同等の身分である。取引先との関係は大事なのだ。
『なんで打ち合わせが画面越しなんだ。対面ならもっと圧力がかけられるのに』
「あっち九州でここ神奈川なんだから、直接会うなんてコストかかりすぎるんだよ。もうそろそろ時間だから黙って頼むから」
俺の言葉を待っていたかのように、待機中だった画面が変わり、壮年の男性が映った。割と長いこと世話になっている編集者件兼ライターさんである。
〈どうもこんにちは、調子どうです? 和泉さん〉
「まあ、ぼちぼちです」
〈あれ? なんか部屋に他の人いる? ルームシェア始めたの?〉
「いや、ルームメイトでもなんでもありませんね……こないだ私とぶつかって、壊れたから賠償金を払えって言ってる人なんですけど、こっちに支払い能力がなさすぎるってわかったら稼げってうるさくて」
『もう少し他の説明の仕方ないのかお前』
怨霊に呆れられるという実績を解除した。俺としては普通に穏便に相手と話したいから無視するが。
「本当にすみません今日は萌木さんと仕事の話だって言ったらこいつ萌木さんに圧をかけて実入りを増やさせるって張り切って部屋に陣取ってきて私の腕力的に止められなかったんですけど私の気持ち的にはそういうつもりは一切ないので無視を貫いていただけると大変助かります本当にすみません」
一息で言い切ると、萌木さんは大変困惑した顔をした。無理もない。
〈そ、そう……まあ今日は部外者に漏れたらうるさいことは特に話さないからいいけど。でも一応聞いても言いふらさないでって言っておいて〉
「わかりました」
〈じゃあ、大体はこないだの納品終わりに言った感じだけど、今月は5記事大丈夫たなんだよね?〉
「はい」
〈記事のテーマとキーワードは共有した通り。ペルソナは前回から引き続き。いつも通り、まず記事構成ができたらこっちに渡して〉
ペルソナとは、記事などのWebコンテンツの想定読者層のことだ。どの程度の知識を持ったどの年代の人間が読むか、どんなニーズを持ったどんな人間が読むかなどを細かく決める。これがないと何も文章が書けないが、Web上の市場を調べ直した結果ペルソナに修正を加えることもたまにある。
「はい、でもまず全部のテーマで下調べして、前提から練り直したほうがいいんじゃないかってときは構成の前に連絡しますね。なるべく早めにします」
〈そうしてくれると助かる〉
「遅れそうなときは、それはそれで連絡します」
〈遅れたこと特にないじゃない〉
「量絞ってますからね……」
ブラック企業でぶっ壊した自律神経が本当に治らない。今はなんとか机の前に座って話しているけど、ダメなときは本当にダメで、一日寝ていることも珍しくないし、少し無理をすればすぐ反動が来てまた寝込む。
『たくさんやれば稼げるのか! 働け! お前昨日も寝て過ごしてたじゃないか! もっと働いて稼いで裕福になって子孫を繋げ!!』
「ちょっと黙ってて、ていうか自分のキャパ考えずに引き受けて結局できなくて納品日守れないとか、フリーランスとして完全アウトなんだよ、各所に迷惑がかかるんだよ」
さらに画面に映り込もうとする怨霊を全力でぐいぐい押し返していたら、萌木さんから声がかかった。
〈あのさ、余裕納品は本当に大事なんだけどさ、和泉さんがもうちょっと安定して仕事受けてくれるようなら、僕も上に言って記事単価上げられるんだよ? そっちも実績積めるしさ〉
こういうことを相手から言ってくれるのは本当にありがたい。仕事柄いろいろな編集と接しているが、はっきり言って稀有な人間だ。萌木さんはこういうことを言ってくれる人だから、なるべく関係をよくしておきたいのだが。
「まあそうなんですが……やりたい気持ちはあるんですけども」
〈和泉さんは最初から構成も文章もしっかりしてるし、調査力も高いし、量を頼めるならありがたいんだけど〉
『働け! もっと働いて稼げ!!』
「頼むから黙って。すみません萌木さん、やりたい気持ちはすごくあるんですが、まだ体追いつかなくて」
〈そう……まあしっかり療養してね。増やせそうだったら相談してよ〉
「ありがとうございます、本当にありがたいです」
俺は頭を下げる。たぶん映像なしの音声だけのやり取りでも下げていたと思う。
自律神経が死んで在宅仕事しかできなくなり、消去法で始めたライター業だが、書いたものは意外と高く評価してもらえている。ブラック企業では死ぬほど業務を積み上げられてもそれをこなすのが当たり前であり、全く評価はなかったし、もちろん給料にも反映されなかった。
だから、評価がもらえている今、できる仕事はなるべく引き受けたいけれど、悲しいことに体がついてこない。
その後、萌木さんと細かいところを詰めて、打ち合わせはお開きになった。
『取引は済んだのか! 決まった通り働いてすぐ金をもらえ!』
怨霊が黒い一反木綿のような元の姿になってがなってきたが、できない相談だった。
「……エネルギー切れたからもう休む」
『はあ!?』
「今日もあんまり調子よくないんだよ……打ち合わせの予定は前々から決まってたから頑張ってたけど、もうダメだ、今日は店仕舞い」
『……』
怨霊は首を傾げた。
『お前、外に働きにも行かずによく寝てるから、怠けてると思ってたが、もしかして病気なのか?』
「まあ……そう言っていいかな。自律神経失調症って正式な病名じゃないけど」
『難しい病気なのか?』
怨霊は不思議そうに聞く。幽霊に体調を心配されているというのも変な話だが、聞かれたことに答える以上のことに頭が回らなかった。
「パキッと効く治療法がないという意味ではね……規則正しく生活してちゃんとしたもの食べるくらいしかない」
『…………』
怨霊は考え込んだ。
『病気を治せば、たくさん働いて稼げるのか? 稼げるようになったら子孫を繋ぐか?』
「子孫はともかく、今よりは仕事増やせるから収入は増えると思う」
『じゃあまず病気を治せ! 寝ろ! 布団に行け!』
「言われなくても寝る……」
椅子から立ち上がって布団まで行こうとしたら、怨霊が俺の体を持ち上げて布団まで引きずりだした。
「いや自分で行けるから」
『速やかに寝ろ!』
「あんた力すごいな……」
引きずられるどころか体が宙に浮いた。そのまま布団に放られる。
『おい何だこの煎餅布団は! こんなところで寝たら治るものも治らんぞ!』
「いいから寝かせて」
『ワシは少なくともお前を七代祟るんだ! なんとしてでもお前を治して子孫を繋がせるぞ! もっと柔らかい布団に寝かせるからな!』
「俺が起きてられる時に布団干してくれるだけで十分なんで寝かせてください……」
体が治ったとしても、ライター業なんてよっぽど売れないと収入は悲惨なので俺が末代なのは変わらないと思うけれど、柔らかい布団で寝たいという気持ちはあるので、そこについてはもう何も言わなかった。
『お前、体を治すには規則正しく生活してちゃんとしたもの食べるしかないと言ったじゃないか』
俺を子々孫々まで祟ると言って現れて、俺が子孫を残しそうにないので俺に子孫を残させる方向にシフトした本末転倒の怨霊が言う。
俺はささやかな朝食を食べる手を止めて答えた。
「言ったけど」
『ダンボールに入ったパンしか食べてないじゃないか!! 何がちゃんとしたものだ』
「これはベーシックパンって言って、完全栄養食で栄養が取れるのにコンビニ飯より安いんだよ、自炊する体力のないヘボに最適なんだよ」
悪霊は訝しげな顔をした。
『信じられん』
「信じて、事実だから」
『うまいものなのか? なんでも入ってるというと味が濁りそうだが』
「……まずくはない、程度」
別に嘘は言っていない。まずくはない。ただ、毎日毎食食べ続けるとなるとかなり辛い味で、最近では舌の感覚を殺して食べている。
『お前なんか無理してないか?』
「別にしてない」
続きのベーシックパンを頬張ってインスタントコーヒーで流し込む。
『いやお前やっぱり無理してるぞ! たまにはまともなものも食え!!』
「金がかかるし、人間強度が下がるから食べない」
『……人間強度ってなんだ?』
こいつの感覚や語彙はあんまり新しくない。新しくても人間強度がわかるかはまた別の問題だが、この世のどんな人間でも子孫を残すものだという感覚が現代のものかと言われると、うなずきかねる。
「人間は贅沢を覚えたら戻れなくなるくらいの意味」
『別にものすごく高いものじゃなくて一汁三菜食えって話だ! お前、俺の財産があるだろ!!』
「奨学金返したら10万も残らなかったし、残りはもしもに備えて貯金」
『くそっ倹約家め』
「じゃあ、そろそろ俺仕事するから」
テーブルの前の椅子からパソコンデスクまで移動五秒。職住近接にもほどがある。
『あの萌木とか言うのからの仕事は終わったんじゃないのか?』
「終わったけど、あの量だけじゃとても暮らしていけない。俺の調子見て、やる余裕があればなるべく単発のを受けてる」
『どうやって受けるんだ?』
「ポートフォリオサイトのメールに直接来ることもあるけど、スキルシェアサイト通じて探すほうが断然多いかな」
『ポートフォリオ? スキルシェアサイト?』
「……ポートフォリオはやってきたことやできることのまとめで、スキルシェアサイトっていうのは技能集団の仕事探し寄り合いみたいなもの」
案の定メールには何も来ていないので、スキルシェアサイトを見る。流石に初心者は脱しているから、中級以上の記事単価のものに目を通していく。
『求人票が集まってるようなものなのか』
「そんな感じ」
できそうな案件のページを片っ端から開いて、隅々まで目を通していく。俺が明るい分野の案件があればありがたいのだが、物事はなかなかそう上手くはいかない。
『おい、これやれ! これいいぞ!』
「何?」
怨霊が画面を指すのを見ると、ミールキットの紹介記事をいくつか書くという案件だった。
「……できなくはないけど、こういう案件にしては値段低めだな」
『ミールキットって、ミールは食事のことだろう? 飯だろう?』
「料理用の食材キットってところかな」
『体験用に1回分提供って書いてあるぞ』
「………」
確かにそう書いてあった。記事単価を中心に見ていたから気づかなかった。3日分のミールキット付きなら、ミールキットの値段を考えると、たしかに割のいいほうかもしれない。
『これやれば金も食事も手に入るんだろう! これやってまともなもの食え!』
「他のも検討してからな」
開いたページは全部見たが、できるものはあれど、ぱっとしないものばかりだった。応募しても採用とは限らないから、ここからもひとつふたつ応募しておくことにはするが。
「……ミールキット案件も応募するか」
『おお! これでお前まともなもの食うな! 体治って稼いで子孫繋ぐな!!』
「そこまで物事は爆速でいかないから」
ミールキットの案件に無事に採用され、二日後には体験用ミールキットが届いた。最近インスタントコーヒー用のお湯を沸かすことしかしていなかったワンルームのささやかな台所にも活躍の機会が来たようだ。
『おお! 本当に火が出るんだな今の台所は!』
「あんた、いつの時代の怨霊なの?」
最新の台所だとオール電化でむしろ火が出ないのだが、たぶんこの怨霊には言っても通じないだろう。
「鮭の切身フライパンで焼いて、野菜は切ってあるからそのまま入れて、後は別添のソース入れて蒸せばいいのか」
ガスコンロの火をつけたり消したりしている怨霊が言った。
『この台所、おもしろいからワシにやらせろ』
「ええ? 火の加減とかできるの?」
『薪のくべ方で火を調節するのに比べたら、赤子の手をひねるようだぞ』
怨霊は胸を張った。見た目は黒くて毛羽立った一反木綿なので胸がどこかと言われると困るのだが、胸を張るような仕草をしているのはなんとなくわかる。
「あんた、いつの時代の怨霊なの?」
たしかに、いちいち火をおこしていた時代からしたらガスコンロは夢のように簡単だろうけども。
「まあやってくれるのは助かるけど……説明よく読んでその通りにやってよ」
『任せろ、ここにあるもの全部料理してやる。全部食べて体を治して稼いで子孫を繋げ』
「これ3日分だから。一度に作られても食べきれないから」
驚くべきことだが、怨霊は初めて使うガスコンロでまともに料理ができた。久々にテーブルに料理の皿を並べた。
ミールキットなので、味は保証されていて当然なのだが、ひとくち食べて思わず唸ってしまった。久々のまともな食事なのだ。
「……人間強度が下がっちゃうな……」
『うまいのか?』
「おいしい」
『ワシの手にかかれば当然だ!』
怨霊はまた胸を張った。その後もおいしいと言っておだてたらミールキットを全部作ってくれた。この間は布団を干しておいてくれたし、おだてたらもうちょっと家事をしてくれるのかもしれない。
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【NHKニュース速報 12:14】
漫画家の鳥山明さん死去 68歳
「DRAGON BALL」などで人気
#ニュース #NHKニュース速報
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あなたも #にゃんぷっぷーとあそぼう !
育てているnyapuです!
ずっとずーっと、一緒だよ
すき度 💛💛💛💛💛❤❤❤❤
https://misskey.io/play/9p3itbedgcal048f
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自分でちゃんと勉強しなくてはと文章術の本を読んだのですが、例文のネタから著者がめちゃくちゃツイ廃なのがわかってよかったですわ(文章術自体はとても勉強になりました)
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仕事先に
「文章が専門バカ!固い!こなれてない!」と言われる問題、
「小学5年生が読んで分かる文章を書け」
と自分に命令するくらいでちょうどいいのかもしれませんわ……幼少から活字中毒だった人間(私)が想定する小5くらいが世間一般(文章を読むのが嫌い)の許容度だと思うので……
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すっ転んで近所の祠(祟る)に直撃して壊してしまったら家に怨霊が出てきた。黒く不定形で人の姿すらしていない『それ』はやはり俺を祟るために来たらしい。
『ようもワシを害したな、子々孫々まで祟ってやるわ』
怨霊は大口を開けて牙を剝いた。何かを食い殺すことはできるのかもしれない。でも子々孫々とか言われてもな……
「いや、そんなこと言われても」
『末代まで恐怖に打ち震えるがいい……!』
「たぶん俺で末代だし」
真っ黒い怨霊の、つり上がった目が一瞬見開かれた。
『は?』
「だってさ、金ないし、相手いないし、モテないから作りようがないし……」
『お前そんなに金ないの!?』
「びっくりするほどない。そもそも若年層が貧乏な今の日本で結婚して子供作るとか大変すぎる」
フリーのWEBライターと言えば聞こえはいいが、バイトすらしていない現状だと無職一歩手前である。
『いや、でも親戚のツテとか職場のツテとか見合いとか』
怨霊がなぜかあせり始めたが、いつの時代の話だ。
「ないよそんなもん、令和の時代に」
『時代変わりすぎと違うか!?』
「とにかく金ないし、俺で末代だよ。奨学金返さないといけないから借金持ちでもあるし、今の身体だと普通に会社勤め出来る体力もないから安定した収入なんて無縁だし、モテないし」
『ワシ少なくとも七代祟るつもりで来たんだぞ! 力の使い所に困るわ!』
「そんなこと言われても」
怨霊は頭を抱えて焦りだした。ちなみに怨霊
の見た目は毛羽立った一反木綿を黒くした感じで、目と口と手はあるが鼻は見当たらない。
怨霊が抱えていた頭を話して言った。
『お前、見た目がいいわけじゃないけど別にそう悪くもないぞ、ちょっと絶望しすぎと違うか? それに人間ってもっと繁殖に血道を上げるものと違うか? 性欲ないのか?』
「ないわけじゃないけど」
正直に答えると悪霊は色めき立った。
『じゃあ子供を作れ! 子孫を残せ! 七代続け!!』
「今は性欲解消する手段なんてたくさんあるし、経済的事情でちゃんとした生育環境を用意できないのに性欲に任せて子供作るとか無責任だと思う」
そもそも相手がいないので性欲に任せて子作り自体ができないわけだが、ちゃんと育てられないのに子供を作るのはよくないというのは正直な思いだ。
『ええー、子供なんてたくさん作って出来のいいのが一人二人できればそれでいいもんじゃろ』
「たくさんとか、育てるの無理だよ、それに今は少産少死の時代」
『時代の変化についていけん……』
悪霊は再び頭を抱えた。
『うーん……つまり、話をまとめると、お前は金があって、女にモテれば子供を作るわけだな』
「いやそんな単純なもんでもないけど……経済的に苦しいのは確か」
自由業は不安定なのだ。体を壊して外に勤めることができなくなり、在宅仕事を選ばざるを得なかった人間なので、体力的にバリバリ働くということも難しいし。
『よし、ワシの財産をくれてやる』
「はい!?」
『祠の近くに隠してあるのだ。それを使えばお前も即子孫を作れるだろう』
「えーと、祠の周りって私有地だったと思うから、それ掘り起こしてもその土地の所有者のものになるんじゃないかな」
『適当な場所で拾ったことにしろ!』
「拾得物扱いだとしても、俺のものになるまで3ヶ月かかるし、ある程度以上の金額だと所得税持ってかれるから手元に残るの意外と少ないと思うんだけど」
『くそっうまくいかん!』
「でも3ヶ月先でも収入があるのは嬉しいので、ある場所教えてください」
『子孫を作るのに使えよ!』
「金額によるかな……」
怨霊の隠し財産は小判1枚で、しょぼいと思ったけど奨学金を返すのには十分な金額だった。
『借金がなくなったのだから、これで子孫を作れるだろう作れ』
「いや、支出は減ったけど収入相変わらずだから貧乏なままだよ」
『くそっうまくいかん!!』
なぜ俺は、ヤの付く自由業を絵に描いたようなおっさんとともにリモート打ち合わせに臨んでいるんだろうか。威圧感がすごい。いや俺に向けられる威圧感には慣れたけど画面の先に向けられる圧がすごい。
おっさんがささやく。
『これでお前の取り分が増えないようだったら、取引先とやらにも祟ってやるからな』
こいつは俺の子々孫々まで祟ると宣言している怨霊である。割と変幻自在らしい。俺が子々孫々を作りそうにない貧乏なので、『まずお前の実入りを増やす。渡す金を増やせとお前の取引先を脅す』などと宣言してきた。
「やめて。てか変なことすると逆に減る可能性があるからやめて。仕事自体もらえなくなる可能性があるからやめて」
俺は必死で怨霊を押して画面の外に追いやろうとしたが、力が違いすぎてうまくいかなかった。
俺の仕事はフリーのWebライターだ。仕事が取れないと無職と同等の身分である。取引先との関係は大事なのだ。
『なんで打ち合わせが画面越しなんだ。対面ならもっと圧力がかけられるのに』
「あっち九州でここ神奈川なんだから、直接会うなんてコストかかりすぎるんだよ。もうそろそろ時間だから黙って頼むから」
俺の言葉を待っていたかのように、待機中だった画面が変わり、壮年の男性が映った。割と長いこと世話になっている編集者件兼ライターさんである。
〈どうもこんにちは、調子どうです? 和泉さん〉
「まあ、ぼちぼちです」
〈あれ? なんか部屋に他の人いる? ルームシェア始めたの?〉
「いや、ルームメイトでもなんでもありませんね……こないだ私とぶつかって、壊れたから賠償金を払えって言ってる人なんですけど、こっちに支払い能力がなさすぎるってわかったら稼げってうるさくて」
『もう少し他の説明の仕方ないのかお前』
怨霊に呆れられるという実績を解除した。俺としては普通に穏便に相手と話したいから無視するが。
「本当にすみません今日は萌木さんと仕事の話だって言ったらこいつ萌木さんに圧をかけて実入りを増やさせるって張り切って部屋に陣取ってきて私の腕力的に止められなかったんですけど私の気持ち的にはそういうつもりは一切ないので無視を貫いていただけると大変助かります本当にすみません」
一息で言い切ると、萌木さんは大変困惑した顔をした。無理もない。
〈そ、そう……まあ今日は部外者に漏れたらうるさいことは特に話さないからいいけど。でも一応聞いても言いふらさないでって言っておいて〉
「わかりました」
〈じゃあ、大体はこないだの納品終わりに言った感じだけど、今月は5記事大丈夫たなんだよね?〉
「はい」
〈記事のテーマとキーワードは共有した通り。ペルソナは前回から引き続き。いつも通り、まず記事構成ができたらこっちに渡して〉
ペルソナとは、記事などのWebコンテンツの想定読者層のことだ。どの程度の知識を持ったどの年代の人間が読むか、どんなニーズを持ったどんな人間が読むかなどを細かく決める。これがないと何も文章が書けないが、Web上の市場を調べ直した結果ペルソナに修正を加えることもたまにある。
「はい、でもまず全部のテーマで下調べして、前提から練り直したほうがいいんじゃないかってときは構成の前に連絡しますね。なるべく早めにします」
〈そうしてくれると助かる〉
「遅れそうなときは、それはそれで連絡します」
〈遅れたこと特にないじゃない〉
「量絞ってますからね……」
ブラック企業でぶっ壊した自律神経が本当に治らない。今はなんとか机の前に座って話しているけど、ダメなときは本当にダメで、一日寝ていることも珍しくないし、少し無理をすればすぐ反動が来てまた寝込む。
『たくさんやれば稼げるのか! 働け! お前昨日も寝て過ごしてたじゃないか! もっと働いて稼いで裕福になって子孫を繋げ!!』
「ちょっと黙ってて、ていうか自分のキャパ考えずに引き受けて結局できなくて納品日守れないとか、フリーランスとして完全アウトなんだよ、各所に迷惑がかかるんだよ」
さらに画面に映り込もうとする怨霊を全力でぐいぐい押し返していたら、萌木さんから声がかかった。
〈あのさ、余裕納品は本当に大事なんだけどさ、和泉さんがもうちょっと安定して仕事受けてくれるようなら、僕も上に言って記事単価上げられるんだよ? そっちも実績積めるしさ〉
こういうことを相手から言ってくれるのは本当にありがたい。仕事柄いろいろな編集と接しているが、はっきり言って稀有な人間だ。萌木さんはこういうことを言ってくれる人だから、なるべく関係をよくしておきたいのだが。
「まあそうなんですが……やりたい気持ちはあるんですけども」
〈和泉さんは最初から構成も文章もしっかりしてるし、調査力も高いし、量を頼めるならありがたいんだけど〉
『働け! もっと働いて稼げ!!』
「頼むから黙って。すみません萌木さん、やりたい気持ちはすごくあるんですが、まだ体追いつかなくて」
〈そう……まあしっかり療養してね。増やせそうだったら相談してよ〉
「ありがとうございます、本当にありがたいです」
俺は頭を下げる。たぶん映像なしの音声だけのやり取りでも下げていたと思う。
自律神経が死んで在宅仕事しかできなくなり、消去法で始めたライター業だが、書いたものは意外と高く評価してもらえている。ブラック企業では死ぬほど業務を積み上げられてもそれをこなすのが当たり前であり、全く評価はなかったし、もちろん給料にも反映されなかった。
だから、評価がもらえている今、できる仕事はなるべく引き受けたいけれど、悲しいことに体がついてこない。
その後、萌木さんと細かいところを詰めて、打ち合わせはお開きになった。
『取引は済んだのか! 決まった通り働いてすぐ金をもらえ!』
怨霊が黒い一反木綿のような元の姿になってがなってきたが、できない相談だった。
「……エネルギー切れたからもう休む」
『はあ!?』
「今日もあんまり調子よくないんだよ……打ち合わせの予定は前々から決まってたから頑張ってたけど、もうダメだ、今日は店仕舞い」
『……』
怨霊は首を傾げた。
『お前、外に働きにも行かずによく寝てるから、怠けてると思ってたが、もしかして病気なのか?』
「まあ……そう言っていいかな。自律神経失調症って正式な病名じゃないけど」
『難しい病気なのか?』
怨霊は不思議そうに聞く。幽霊に体調を心配されているというのも変な話だが、聞かれたことに答える以上のことに頭が回らなかった。
「パキッと効く治療法がないという意味ではね……規則正しく生活してちゃんとしたもの食べるくらいしかない」
『…………』
怨霊は考え込んだ。
『病気を治せば、たくさん働いて稼げるのか? 稼げるようになったら子孫を繋ぐか?』
「子孫はともかく、今よりは仕事増やせるから収入は増えると思う」
『じゃあまず病気を治せ! 寝ろ! 布団に行け!』
「言われなくても寝る……」
椅子から立ち上がって布団まで行こうとしたら、怨霊が俺の体を持ち上げて布団まで引きずりだした。
「いや自分で行けるから」
『速やかに寝ろ!』
「あんた力すごいな……」
引きずられるどころか体が宙に浮いた。そのまま布団に放られる。
『おい何だこの煎餅布団は! こんなところで寝たら治るものも治らんぞ!』
「いいから寝かせて」
『ワシは少なくともお前を七代祟るんだ! なんとしてでもお前を治して子孫を繋がせるぞ! もっと柔らかい布団に寝かせるからな!』
「俺が起きてられる時に布団干してくれるだけで十分なんで寝かせてください……」
体が治ったとしても、ライター業なんてよっぽど売れないと収入は悲惨なので俺が末代なのは変わらないと思うけれど、柔らかい布団で寝たいという気持ちはあるので、そこについてはもう何も言わなかった。
『お前、体を治すには規則正しく生活してちゃんとしたもの食べるしかないと言ったじゃないか』
俺を子々孫々まで祟ると言って現れて、俺が子孫を残しそうにないので俺に子孫を残させる方向にシフトした本末転倒の怨霊が言う。
俺はささやかな朝食を食べる手を止めて答えた。
「言ったけど」
『ダンボールに入ったパンしか食べてないじゃないか!! 何がちゃんとしたものだ』
「これはベーシックパンって言って、完全栄養食で栄養が取れるのにコンビニ飯より安いんだよ、自炊する体力のないヘボに最適なんだよ」
悪霊は訝しげな顔をした。
『信じられん』
「信じて、事実だから」
『うまいものなのか? なんでも入ってるというと味が濁りそうだが』
「……まずくはない、程度」
別に嘘は言っていない。まずくはない。ただ、毎日毎食食べ続けるとなるとかなり辛い味で、最近では舌の感覚を殺して食べている。
『お前なんか無理してないか?』
「別にしてない」
続きのベーシックパンを頬張ってインスタントコーヒーで流し込む。
『いやお前やっぱり無理してるぞ! たまにはまともなものも食え!!』
「金がかかるし、人間強度が下がるから食べない」
『……人間強度ってなんだ?』
こいつの感覚や語彙はあんまり新しくない。新しくても人間強度がわかるかはまた別の問題だが、この世のどんな人間でも子孫を残すものだという感覚が現代のものかと言われると、うなずきかねる。
「人間は贅沢を覚えたら戻れなくなるくらいの意味」
『別にものすごく高いものじゃなくて一汁三菜食えって話だ! お前、俺の財産があるだろ!!』
「奨学金返したら10万も残らなかったし、残りはもしもに備えて貯金」
『くそっ倹約家め』
「じゃあ、そろそろ俺仕事するから」
テーブルの前の椅子からパソコンデスクまで移動五秒。職住近接にもほどがある。
『あの萌木とか言うのからの仕事は終わったんじゃないのか?』
「終わったけど、あの量だけじゃとても暮らしていけない。俺の調子見て、やる余裕があればなるべく単発のを受けてる」
『どうやって受けるんだ?』
「ポートフォリオサイトのメールに直接来ることもあるけど、スキルシェアサイト通じて探すほうが断然多いかな」
『ポートフォリオ? スキルシェアサイト?』
「……ポートフォリオはやってきたことやできることのまとめで、スキルシェアサイトっていうのは技能集団の仕事探し寄り合いみたいなもの」
案の定メールには何も来ていないので、スキルシェアサイトを見る。流石に初心者は脱しているから、中級以上の記事単価のものに目を通していく。
『求人票が集まってるようなものなのか』
「そんな感じ」
できそうな案件のページを片っ端から開いて、隅々まで目を通していく。俺が明るい分野の案件があればありがたいのだが、物事はなかなかそう上手くはいかない。
『おい、これやれ! これいいぞ!』
「何?」
怨霊が画面を指すのを見ると、ミールキットの紹介記事をいくつか書くという案件だった。
「……できなくはないけど、こういう案件にしては値段低めだな」
『ミールキットって、ミールは食事のことだろう? 飯だろう?』
「料理用の食材キットってところかな」
『体験用に1回分提供って書いてあるぞ』
「………」
確かにそう書いてあった。記事単価を中心に見ていたから気づかなかった。3日分のミールキット付きなら、ミールキットの値段を考えると、たしかに割のいいほうかもしれない。
『これやれば金も食事も手に入るんだろう! これやってまともなもの食え!』
「他のも検討してからな」
開いたページは全部見たが、できるものはあれど、ぱっとしないものばかりだった。応募しても採用とは限らないから、ここからもひとつふたつ応募しておくことにはするが。
「……ミールキット案件も応募するか」
『おお! これでお前まともなもの食うな! 体治って稼いで子孫繋ぐな!!』
「そこまで物事は爆速でいかないから」
ミールキットの案件に無事に採用され、二日後には体験用ミールキットが届いた。最近インスタントコーヒー用のお湯を沸かすことしかしていなかったワンルームのささやかな台所にも活躍の機会が来たようだ。
『おお! 本当に火が出るんだな今の台所は!』
「あんた、いつの時代の怨霊なの?」
最新の台所だとオール電化でむしろ火が出ないのだが、たぶんこの怨霊には言っても通じないだろう。
「鮭の切身フライパンで焼いて、野菜は切ってあるからそのまま入れて、後は別添のソース入れて蒸せばいいのか」
ガスコンロの火をつけたり消したりしている怨霊が言った。
『この台所、おもしろいからワシにやらせろ』
「ええ? 火の加減とかできるの?」
『薪のくべ方で火を調節するのに比べたら、赤子の手をひねるようだぞ』
怨霊は胸を張った。見た目は黒くて毛羽立った一反木綿なので胸がどこかと言われると困るのだが、胸を張るような仕草をしているのはなんとなくわかる。
「あんた、いつの時代の怨霊なの?」
たしかに、いちいち火をおこしていた時代からしたらガスコンロは夢のように簡単だろうけども。
「まあやってくれるのは助かるけど……説明よく読んでその通りにやってよ」
『任せろ、ここにあるもの全部料理してやる。全部食べて体を治して稼いで子孫を繋げ』
「これ3日分だから。一度に作られても食べきれないから」
驚くべきことだが、怨霊は初めて使うガスコンロでまともに料理ができた。久々にテーブルに料理の皿を並べた。
ミールキットなので、味は保証されていて当然なのだが、ひとくち食べて思わず唸ってしまった。久々のまともな食事なのだ。
「……人間強度が下がっちゃうな……」
『うまいのか?』
「おいしい」
『ワシの手にかかれば当然だ!』
怨霊はまた胸を張った。その後もおいしいと言っておだてたらミールキットを全部作ってくれた。この間は布団を干しておいてくれたし、おだてたらもうちょっと家事をしてくれるのかもしれない。