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乾石智子『月影の乙女』(東京創元社,2024年10月)

ずっと続いている〈オーリエラントの魔道師〉シリーズとは別の世界を舞台とした単独作品。

イーリアという精霊のような獣たちが人々と共存し、民のすべてに基本的な魔力が備わっている国ハスティア。なかでも突出した才を持ち正しい訓練を経て資格を得た者が、フォーリと呼ばれる職業的な魔法師となる。

主人公は、とりわけ大きな魔力を備え、身の内に伝説のイーリア〈月の獣〉を宿して最年少でフォーリ候補生となった少女ジル。ひとりで生まれひとりで死ぬ人間が畢竟、孤独であることを常に訴えかけてくる〈月の獣〉の声を聞きながら、人とのかかわりを知り、社会の中で生きていく。

〔つづく〕

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〔つづき〕

そしてまた、魔法のあり方の異なる国からの進攻と、イーリアが定めた掟により人を害することに魔法を使えないため戦に関与できないフォーリのジレンマ、そのなかでのジルの選択が語られる。

優秀だけれど頑固で独りよがりなところのある子供だったジルが、周囲の大人たちや、ともに学んだ年上の同期フォーリたちに見守られながら必要に応じて他人と協力しあうことを覚え、友情をはぐくみ、視野を広げしなやかさを身につけ、しかし故郷が蹂躙されることに苦悩しながら成長していくさまがとてもみずみずしく描かれている。

またそれと同じくらい、この世界における「生活」そのものの描写のこまやかさが心に残った(これはこの作者のほかの作品でもそうなんだけど、これまでのシリーズとはまた違う仕組みとことわりで存在するところが舞台なので、余計に新鮮味があった)。そこにあるものの手触りや味わいがまざまざと感じられ、登場人物がやっていることの手順にリアリティがある。本当にそこで暮らしている人の実感を追体験させてもらっているかのような文章。

〔了〕