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論理的に話せる人は論理的である前に感覚的(感覚が鋭い)のではないか?という仮説を私は立てている。
繊細または鋭い感覚に物事がひっかかる→言葉で捉えてよく考える(言葉選びというのはとても感覚的かつ論理的な頭の使い方だと思う)→論理的な話し方としてアウトプット、という流れではないだろうか?

論理というのは土台が腐っていると(前提が間違っていると)その上に何をどれだけ積み上げても間違いになる、という弱みはある。感覚の鋭さがあれば、そうなることを防げるのかもしれないけど、でも何もかも知り尽くして考えるなんて不可能だ。

クーラーの効いた部屋に居るのに夏バテしたかもなので、論理的なオチはないです!