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早く寝てもねむいものはねむいのでずっと寝てたいぞ

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ほんと最近10時まで起きられなくて困ってる

やることリスト
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・多角関係オンリーのサークルカット
・多角関係オンリーの作品まとめページを作る
・レイリタの日

どれも20日まで がんばらずにがんばる

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夏だから睡眠問題に悩まされてるんだろうか 春ごろいったん落ち着いたのは気温のおかげだったってこと……?

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今日はくもりだ助かる〜って思ったら出かけたとたん太陽の攻勢が 地球と相性が悪い個体

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ヘヴィ案件でわりとゴリゴリエネルギーをすり減らし、頭痛に襲われなんとか薬で乗り切り、夜立て続けに忙しくなってあわや残業かと思ったけど定時で帰れた……がんばった……

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ヘヴィ案件をやると、ちゃんと労ってもらえる職場でありがたいことだなと思う

太宰治を読んでた高校の頃(ちょっと重めの個人的な話)
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太宰治をよく読んでた高校生の頃、『斜陽』の「幸福感というものは、悲哀の川の底に沈んで、幽かに光っている砂金のようなものではなかろうか」という一節や、『女生徒』の「今こんなに激しい腹痛を起こしているのに、見て見ぬふりをして、あの山の山頂までもう少しのがまんだ、というようなことばかり教えている」みたいな一節にすごく共感していた。

年月が経って、そうした一節からも少しだけ遠くなって、いまや山頂を指し示す側にもなってしまったなとも思う。悲哀の川に浸かりきってそれしか見えなくて、もう山の影すら見えないような頃があったんだと折に触れて思い出す必要があるなと思った。
今、川の底にいる人たちに関わると、時々そう思う。

どうにもならないことから運良く距離を取ろうとなんとか試行錯誤できるところまで来られたのは、単純に自分が幸運だったからで、その幸運をどこかにいつか返せたらいい、とどこかでずっと思っている。

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Twitterの収益化、魂を売る人と争いを起こす人と扇動する人のSNSになりそうだなって思ってしまった もうすでにインプレッション数の高い世界ではそうなりかけてるところはあるかもしれないけど

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世の中が殺伐として誰もが生きるのに精一杯になってるからっていうのもあるだろうけど、近年殺伐投稿たくさん見るようになってきたもんな 怒りを表明するのは人が持ってる大事な権利だと思うけど、それがお金になる場所ってなったら話は変わってくるなと思った

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SNSで発信する→反応がある→反応のありそうな投稿をするようになる
というのは人間のまっとうな行動パターンなのだろうけど、それに大勢が引っぱられすぎて、いろんなものがどんどん変わって動かされていってる感じがする 大きな影響力を持つようになったSNSの運命なのかな

反応数の話
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Twitterでごくたまにたくさんの人に作品を見てもらうと、反応が一定数超えたくらいから、だんだんどんな人が反応したとかいつどれくらい反応があったとか、そういうのがよく分からなくなっていって、だんだんどうでもよくなってくる。いつの間にか何件超えたな、とかそういうことしか気にならなくなる。
そういう気持ちになるの、すごく怖いなって思う。だからめちゃくちゃ反応が来ると、めったにないことなんだけど、嬉しいより怖!怖い!ってなってしまう。

これが日常になったらどうなるんだろう、って思うので、反応が来ないこと、特に別に見られないことの意味ってちゃんとあるんだなって最近特にしみじみ思っている。

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誤字を直すの巻

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明日の私へ
レイズのイベントやってください

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古いアカウントのアーカイブ取ってnotestockにほりこむか なんか他にもやろうと思ってたことあったけど すぐ忘れる