日本だろうが英国だろうがケツが決まってる仕事なら途中の休みの数がどうであろうと締切は変わらんのでは……
「顧客を指すのにユーザーという言葉を使うのはITとクスリだけ」みたいな言葉があるけれど、ふとボディビルダーの動画を開いたらドーピングをしている人のことをユーザーと呼んでいて、本当に薬を使う人という意味でユーザーと呼ぶことがあるんだと思った
NieR:Automata:テレビアニメが2023年1月スタート “2B”石川由依、“9S”花江夏樹出演 A-1 Pictures制作- MANTANWEB(まんたんウェブ)
https://mantan-web.jp/amp/article/20220924dog00m200027000c.html
『るろうに剣心』新作、2023年に放送決定 キャスト一新で剣心役を斉藤壮馬、薫役を高橋李依 【PV公開】 | ORICON NEWS https://www.oricon.co.jp/news/2250533/full/
このアカウントは、notestockで公開設定になっていません。
@w9aze 家にある新訳聖書はギデオン協会が配り歩いてる新共同訳ですが、インターネットで引用するときは一番すぐ検索で Wikisource とかから出しやすい口語訳というだけですね。日本語表現としては文語訳のほうが重々しくて好きですが。
このアカウントは、notestockで公開設定になっていません。
このアカウントは、notestockで公開設定になっていません。
物部氏の本拠地の渋川に廃寺の遺構があることから物部守屋も氏寺を建立していたのではないか、という説もかつてあったらしいけどこれは再発掘調査の末に普通に丁未の乱の後の建立ではないかということで下火になったっぽい
このアカウントは、notestockで公開設定になっていません。
このアカウントは、notestockで公開設定になっていません。
物部は品部制として氏が職業集団を所管していた時代からの豪族なわけで、渡来人の窓口として急に台頭した新興勢力の蘇我氏が気に入らんのは当然として、さらに掌握していた重要な宮中の祭祀の権限まで持ってかれたらたまらん、というところで権力闘争に突入した、というところで、神を信じるか蕃神を信じるかというよりは神と蕃神にかこつけたただの政治闘争感、という気がする
蘇我と物部の話は最近だと実は古くからのやまとの神と蕃神たる仏のどちらを支持するか、という話ではなかったのではないかと言われている
このアカウントは、notestockで公開設定になっていません。
このアカウントは、notestockで公開設定になっていません。
このアカウントは、notestockで公開設定になっていません。
このアカウントは、notestockで公開設定になっていません。
それっぽいものが掘り出されると後世の人は割と信じてしまう傾向があると思うので、まずはおるみん教に関するテキストの総量を増やすことが大切ということやねえ
反逆罪は反逆罪だけど、宗教的な主張はわりとどうでもよくて、ヘロデをイスラエルに封じたはずなのに勝手に(ユダヤ教のメシア信仰によればダヴィデの家よりイスラエルの王が生まれユダヤ人を救うはずなので)イエスがユダヤの王と呼ばれたことで「自称・ユダヤの王が発生するのはローマの秩序への挑戦」ってなった、というあたりか
このアカウントは、notestockで公開設定になっていません。
このアカウントは、notestockで公開設定になっていません。
このアカウントは、notestockで公開設定になっていません。
このアカウントは、notestockで公開設定になっていません。
このアカウントは、notestockで公開設定になっていません。
とはいえベツレヘムの星のもとにダヴィデ王の子孫より大工の息子が厩で生まれた話は書いてたり書いてなかったりしても、どの福音書にも十字架に架けられ人の罪を背負って死に、三日後に復活した話は共通しているのと、さっき toot したマタイの福音書から読むに旧約聖書のヨナ書にある預言者ヨナが三日魚に飲まれていたところが三日後の復活とかけられているっぽさはある
このアカウントは、notestockで公開設定になっていません。
史的イエスに迫ろうとする話とナザレのイエスの原初の教えに迫ろうとする話とキリスト教の教えの変遷に迫る話と現代の神学における文献批判の話とでいろいろあると思うので頓挫してるかどうかというと
福音書ってやつは言行録のふりをした二次創作ですからね
昔はそれでも各二次創作から共通する設定を見つけ出せばオリジナルに迫れる!とか考えられてたらしいけどほぼ頓挫してるらしいですよ
町の有力者みたいなカンジであるタナハやトーラーの教えを法とするユダヤ教のラビの教えには反してるので端的に違法っぽさはあるけど
ナザレのイエスの時代ってイスラエルはもう古代ローマが支配してたしそこに王朝を打ち立てていたヘロデ大王も神権政治だったかというと微妙なような
“そのとき、律法学者、パリサイ人のうちのある人々がイエスにむかって言った、「先生、わたしたちはあなたから、しるしを見せていただきとうございます」。
すると、彼らに答えて言われた、「邪悪で不義な時代は、しるしを求める。しかし、預言者ヨナのしるしのほかには、なんのしるしも与えられないであろう。
すなわち、ヨナが三日三晩、大魚の腹の中にいたように、人の子も三日三晩、地の中にいるであろう。” ― マタイ 12:38-40
“すると、わたしたちは神にそむく偽証人にさえなるわけだ。なぜなら、万一死人がよみがえらないとしたら、わたしたちは神が実際よみがえらせなかったはずのキリストを、よみがえらせたと言って、神に反するあかしを立てたことになるからである。” ― 15:15
“もしキリストがよみがえらなかったとしたら、わたしたちの宣教はむなしく、あなたがたの信仰もまたむなしい。” ― コリント人への手紙 (15:14),伝・使徒パウロ
第二イザヤ書の「苦難の僕(しもべ)」あたり?>> 「苦難の僕」の詩について | 日本キリスト教団 代々木教会 https://yoyogi.church/2022/04/26/isaiah-the-servant-of-hardship/
三日後に甦りたもうのは法螺だとしても道中で病人をヒールしまくってることの説明はつかないんだよねえ
ヴァティカンの時代のキリスト教徒にとって蛇は堕落の象徴だけど、実はモーセの時代は蛇が信仰されていたのではという説もある。青銅の蛇、オピス派などがキーワード。
サボって GitHub で眺めずにちゃんと手元にもってきて find & grep すればもうちょっとサクっと追えそうではある
Unix v6 の cc、あまりにコードが難解すぎる。run は当時の Makefile のようなものなのでどうビルドしていたかはわかるし include がなくてもなんとなく呼べているコードにない関数がどのコードに入ってるかは run で cc に同時に渡されているコードのどれかになるので絞り込みはできるが、結局 2-pass ぐらいで評価してる順序やどこがパーサーでどこがレキサーなのかとかがあんまりパッと読めない
@unarist dmr のシュミの問題でしかなさそうな気がする(じゃあ return の後は pexpr にしろよ感しかない上にお前が作った言語だろ!!!にはなる
@unarist あと今気付いたけど c0.+\.(c|s) は 1st stage compiler とかで、本ちゃんで使う C compiler は c2.+\.(c|s) っぽそう
@unarist そこの c02.c の statement() の中で、brace や keyword、goto ラベル以外だったら c04.c にある rcexpr() を評価してるのでそこで function 呼び出しも見てそう(関数宣言自体は c02.c: cfunc() で見てるけど
このアカウントは、notestockで公開設定になっていません。
・イタリアの半年ROMってろ アントッシオ・ロムテッロ
・更地に 還りなさい
・たいへん蜜柑の実であります(もぐもぐ)
・ララランドのサザンドラ ラランドラ
このアカウントは、notestockで公開設定になっていません。
PDP-11 の無条件分岐のブランチ命令のニモニックって BR なの確認せずに勘で br 命令と書いてたけど確認しにいったら合っててよかった
@unarist まあ return expr; ではなく return; になってたら doret() の中で branch(retlab) しか評価されないから、結果としてあるラベルへのブランチ命令そのものに置換されるわけだけど(ただし ret 命令ではなく br 命令ではありますね、というか x86 みたいに ret 命令なんてべんり命令がない気がする、PDP-11
@unarist 真面目にコードリーディングするかと書斎の PC の前に座った直後に reply がきてくやしい……。でもたしかに expression のつもりで parse してるので現代の C と同じで return val; を return(val); にしちゃうのはただの Dr. Dennis M. Ritchie の趣味っぽそう、かつ return には returned object があって、それを関数の型に変換する必要がある、というコメントがわざわざ注記されてるのもみるに return は値を返す keyword なことが意識されてそうではある。
このアカウントは、notestockで公開設定になっていません。
@unarist 真面目にコードリーディングするかと書斎の PC の前に座った直後に reply がきてくやしい……。でもたしかに expression のつもりで parse してるので現代の C と同じで return val; を return(val); にしちゃうのはただの Dr. Dennis M. Ritchie の趣味っぽそう、かつ return には returned object があって、それを関数の型に変換する必要がある、というコメントがわざわざ注記されてるのもみるに return は値を返す keyword なことが意識されてそうではある。
このアカウントは、notestockで公開設定になっていません。
このアカウントは、notestockで公開設定になっていません。
このアカウントは、notestockで公開設定になっていません。
ちなみに return val; ではなく return(val); になってるのは今でもたまにやる人はいるが基本的には (val); が expression として解釈された結果の val を return に渡すので結論としては return val; で解釈されることになり関数っぽく見せ掛ける意味はあんまりないんだけど、pre K&R C の実装の return は関数として実装されていないかどうかは覚えていない。コンパイラのコード読めばわかる話だがアレの当時のコンパイラのコード読むのたいへんだからな……
C 言語は K&R 出版前の ancient Unix 実装に使われた C ですら関数の宣言には戻り値の型があって return は return(val); 的な記法で値を明示的に返す用法だったので、C の return は ret 命令の糖衣構文的なものであるというのは成り立たないんではないか。