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織守きょうや『キスに煙』(文藝春秋,2024年1月)

なんとなくミステリーとかサスペンスとか、そっち系の作者だというイメージがあって、本作でもわりと序盤で人死にがあるので、そういうものを予想して読んでいたけど、純然たるラブストーリーでした。カバー折り返しの「恋情」という語が入った惹句を、素直に受け止めてよかったのだ。

ただ描かれるのは、性的指向が一致しているとは言えない者同士が、「才能」を取っ掛かりとして相手に傾倒し、指向がすれ違ったまま互いを唯一無二と位置付けている、みたいな関係なので、そこは情動の行き着く先がなかなか見えてこないような、ひねりが入っている感じ。ところできみたち(特に主役の片方)、ドラスティックな行動に走る前に、報・連・相は大事だよ!

それはともかく、本作は表紙に併記されている英語タイトルが "Kiss and Cry and Lie" となっており、読む前から分かる人には分かるように、フィギュアスケーターたち(現役の人と引退済みの人)の話です。で、実在するスケーターの名前なんかも、外野キャラの会話の中には出てきちゃう。

〔つづく〕

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〔つづき〕

そしてその一方で本作では、もしそんなことあったら、みんな絶対にその、作中でも言及のある実在の人たちを前例として連想するだろ、というような、インパクトの強いいくつかの事象を、オリキャラが経験することとして書いているのです。それが、なんか落ち着かぬ……いっそあの人やこの人が初めから存在しない設定の作品世界にしておいてくれれば……。

あとさー! 選手が交通事故に遭ったときに、ライバル選手サイドの仕業だろうなんてSNSに書き込む「ファン」や、好機だとあからさまに喜ぶライバル選手側の「ファン」がもしいたら、同じファン仲間からフルボッコ(←たぶん死語)では。個人的な日頃の観察からすると、少なくとも選手本人がエゴサーチでたどり着きそうなところでは、もうちょい自浄作用が働くのではないか、と。甘い? でもスケートファンのコミュニティがそんなんだと描写されているのが悔しい。

そんなこんなで、雑念が生じまくって没入はしづらかったです。題材がほかの分野から取られていたならもっと楽しめた気も。主役たちの関係性自体はけっこう好きだったので(とはいえ報・連・相はちゃんとして!)。

〔了〕