ふろあがり
印刷の○○が分からない全人類へ
印刷所によって社内の作業手順や対応ソフトウェアなどはまったく異なるので、不明な点はインターネットの集合知ではなく「印刷所に」直接尋ねたほうが早くて正確です(印刷所としても状況把握ができて助かります)
よろしくお願いいたします
元印刷屋・現デザイナーより
人には年齢ごとに社会や地域や職場や家族から期待される役割ってのがどうしようもなくある。
30代が10代みたいなことしてたら呆れられるし、10代が40代みたいだったらおかしい。
60代が10代と付き合ってたら「!?」ともなる。
それぞれの年齢で期待される役割を果たせる人は果たせばいいし、私のように果たしたくても能力や体力などがなくて果たせない人は、どこかで忸怩たるものを感じながら、できることをやっていけばいいと思っている。
その悩みや格闘から人格的深みもできるし、人から認めてもらえたり、友達ができたりもするので。
特に友人ができるのが嬉しい。
「自由にのびのびやってくれ」とお願いすると途端に学校を作って存在しない成績表におびえる態度をつくってしまうのは、管理教育の悪だとおもうよパトラッシュ
あのね、君みたいに緊張して私とかの顔色伺って、自由にのびのびしない態度だと在野で人は寄ってきてくれないよ。
もうここは会社でも学校法人でもないんだから、数字や人事評価におびえずに君のやりたいことをのびのびとやって人に奉仕してくれ。
と相棒に説教したさっき。つかれた、、、、
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人混みが苦手なら、同じく人混みが苦手なアウトドア好きを友人に持てば、人がいないスポットを教えてくれたり連れて行ってくれるのでおすすめである。
人混み嫌いアウトドアーは、必ず人がいない場所と時間帯を開拓している(自社調べ
私の限られた経験の範囲の観測によると、希死念慮は多くの人に普通にある。
なので問題は希死念慮のあるなしではない。ない人の方が珍しいと思う。
問題は、それを無視する力がないことと、実行力をつけてしまうことである。
ある意味、強迫観念に似ている。
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「自分を信じろ」と言われても、信じられる根拠よりも信じてはならない根拠の方がたくさん思い浮かぶので、まぁ、私には無理である。
なんか発症しそうだし。