icon


桜庭一樹『名探偵の有害性』(東京創元社,2024年8月)

かつて「名探偵」がブームだった時代があり、彼らは事件を推理するさまを演出込みでテレビ放送され、芸能人のように注目を浴びていた、という設定の世界。

いまとなってはすっかり世間からも忘れ去られた存在だった名探偵たち。しかしある日突然、ブームの頃には生まれてもいなかったであろう人気Vtuberが、過去に活躍していた彼らを現代の価値観に基づき告発しはじめる。

20代の頃に「名探偵の助手」であり、現在はもう50歳になっている主人公は、かつてコンビを組んだ元名探偵とともに、過去の事件を検証する旅に出る――。

あれですよ、たとえて言うなら(いや、そもそもたとえる必要があるのかって話ですけど、ほら、ネタバレ回避で)、尾崎豊の有名な曲。

〔つづく〕

icon

〔つづき〕

昔は抑圧的な大人たちへの抵抗の表現として、若者にとって「救い」であった歌詞が、いまとなっては「盗んだバイクで走行なんて泥棒じゃん」と突っ込まれてしまって、でも当時あれを聴いて涙ぐんでいたひともたしかにいて、それはそのひとの大事な記憶で……みたいな。

一方では、当時も実は「バイクを盗られた側の気持ち」を慮っていたひともいて、でも高らかに声を上げたいとは思わないように誘導されていたのかもしれないねっていう。どうでしょう。

真摯に人助けしてたはずだった大切な名探偵を四半世紀が経ってから批判されて困惑する主人公も、時代の空気に流されて本当は自分だって推理力が高かったのに広告代理店の意向で男性名探偵のかわいい女性アシスタントにされてしまってた主人公も、同じひとりのひとなのだ。そして人生は続く。

って、ごめん、たとえを挟んだことでかえって「なんの話だ」って感じになった気も。私自身は、「15の夜」がヒットしてたのであろう時期からすでに世情に疎く、「泥棒じゃん」ってネタにされ出してから初めて曲の存在を知ったクチなのだ(←なぜそんなよく知らんものを、たとえに使う)。

〔了〕