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伊藤人譽『人譽幻談 幻の猫』(龜鳴屋,2004年4月)

著者は1913(大正2)年生まれ。34歳から79歳までのあいだに執筆された8編を収録。これから読むつもりの別の短編集には90代で発表された作品もあるので、とても活動期間が長いね。

現実的なところからふっとずれて奇妙なねじれを見せていく物語が多い。怪談的でありながら、どぎつさはなく、ぞくりとさせつつ飄々としてもいる。最初に入っている「穴の底」の、どうして成立しちゃってるのか不明なシチュエーションのなかでじわじわと主人公の焦りがつのるさま、表題作「幻の猫」の本当とそうでないことの境目があいまいな感じ、「シメシロ」におけるおぞましさと滑稽味の同居……どの作品も魅力的です。

あと、おおむねシュールな要素がある内容のお話だけど、文章はずいぶん抑制が効いて理屈っぽくもあるなと感じる。巻末の年表によると著者は1960年代には工業系の翻訳の仕事をしていたようなので、そういうのも影響しているのかも。

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殊能将之『子どもの王様』(講談社文庫,2016年1月/初出2003年7月)

児童向けミステリ叢書の第1回配本だった作品。小学生のショウタは、同じ団地に住むトモヤから、ひげが生えているのに大人ではなく、子どもをつかまえては残虐なことをする「子どもの王様」のことを聞く。日頃からトモヤが語るさまざまな空想話のなかでも、とりわけ具体的に描写されたそいつを、トモヤは本気で恐れているようだ。やがて小学校の近くに、その話に合致する風体の男が現れて――。

巻末解説でも言われているけど、大人読者には「王様」とトモヤの関係は状況から容易に想像がついてしまう。でもショウタには分からない。分からないまま彼は、怯えるトモヤを守りたい一心で行動していく。大好きなテレビ番組の正義の味方に恥じない勇気を持って。

「子ども」の狭く限定された世界のなかでも直面せざるをえない厳しさは多々あって、大人が思う以上にいろいろな思惑が渦巻いていて、「子ども」であるがゆえのビターな顛末も、ただ呑み込んで消化して成長していくしかないんだという容赦のない現実が、当事者たる子どもたちへのエールとしても描かれている気がします。