おぉ、推しよ
インターネットで不毛なレスバをするな
どうせするなら全裸中年男性の中年の定義についてレスバせよ
惣菜発表ドラゴンを拾った。仕事でへとへとになってやっと辿り着いた家の玄関の前に、そいつはちんまりと座っていた。
「お前、何?」
我ながら、ひどい言い方だったと思う。低い声で警戒心を隠さず、どっか行けという気持ちをこれでもかと込めた一言。言い訳させてもらえるなら、本当に、疲れ果てていたのだ。連日終電まで働いて、始業よりずっと早い時間に出社して、毎日毎日仕事に明け暮れていた。明け暮れても、仕事は減るばかりか増える一方で、疲れからかクレームも増え、その対応で時間を取られて、結局休日も無く働くばかり。上司に相談しても慢性的な人員不足でなかなか環境が変わらない。とにかく、へとへとだった。誰かに優しくなんてできっこなかった。ましてや、突然現れた好きな惣菜発表ドラゴンになんて。
でも。ドラゴンはそんな私の言葉に一つも怯まず、「とんかつ」と鳴いた。
「はぁ…?」
「とんかつ」
「なんでここにいるの?」
「とんかつ」
「捨てられたの?」
「とんかつ」
「とんかつ、食べたいの?」
「とんかつ」
とんかつなんて、用意できるわけない。スーパーはとうに閉まっている。まさか、これから私が揚げろって?冗談じゃない。
「お腹空いてるなら、他所行きなよ」
「とんかつ」
こいつ、とんかつしか鳴けないのかよ。
とんかつ、としか鳴かない小さなドラゴンが、少しだけ哀れに感じたのかもしれない。
「うどん、くらいしかない」
冷蔵庫の中身を思い出し、そういえば何が入っているんだろうと思った。うどん。冷凍うどんはあったはず。気づけば、口に出していた。
「うどんでいい?」
「とんかつ!」
とんかつは、ねぇよ。
そう思いながら、でも、足元で目をキラキラさせて私を見上げるドラゴンがなんだかいじらしくて、部屋に入れてしまった。
⭐︎
「素うどん!」
朝。新しい、あさが来た。
「素うどん!」
希望のあさ、だ。
「素うどん!!」
きっと、そうなのだろう。
「素うどん!!!」
「分かったって!」
いつの間にか布団を抜け出して、部屋を忙しなく走り回るドラゴンに応える。素うどん、素うどん、と、ドラゴンは毎朝ニワトリよろしく鳴いて騒いで私を叩き起こす。本当にニワトリのようにコケコッコーと鳴くだけなら煩いだけの目覚ましなのだけど、こいつの鳴き声はいつも「素うどん」だから毎度腹が減って仕方ない。そのせいで、ずっと抜いていた朝食を毎朝摂る羽目になった。お腹が空いて、仕方ないから。
「おはよう、今日も素うどんでいいのね?」
「素うどん!」
そう返事をしながら、ドラゴンは冷蔵庫から納豆を取り出す。うどんに納豆をかけて食べるのが最近のお気に入りらしいのだが、納豆をかけたらそれは素うどんではないと思う。というか、そもそも惣菜発表ドラゴンのくせに、素うどんは惣菜じゃない。主食だ。
でも、私はずっとそれを言ってやらないのだ。素うどんから、私たちの生活が始まった。素うどんなんて誰だって簡単に作れる食事だけど、そもそも惣菜じゃないけど、でも、私はそれを大切にしたい。小さな独占欲かもしれない。
「ほら、茹で上がったよ」
茹で上がったうどんを丼に移す。私の分と、ドラゴンの分。
「素うどん!」
足元から元気な声がする。
「納豆、混ぜられた?」
「素うどん!」
ドラゴンは、自慢げに白く糸を引く納豆を見せて来る。いいじゃん、とそれに応えて、ドラゴンを抱き上げて納豆を丼に盛り付けさせる。「素うどん、素うどん〜」と、歌っているような鳴き声がする。
抱き上げたまま、納豆を夢中で盛り付けるドラゴンの後頭部に鼻を埋める。納豆の匂いと、それから、ドラゴンの少しだけ生臭い匂い。やっぱり爬虫類なのかなぁ、ドラゴンって。少しだけ、抱きしめる腕を強く締める。今日から、私は新しい職場で仕事を始める。へとへとで、先も見えないまま目の前の仕事に向き合って心身をすり潰すだけだった日々が、少しずつ変わった。惣菜発表ドラゴンに出会ってから、変わった。新しい朝が、毎日やって来た。少しずつ、ゆっくりと、希望が宿っていった。惣菜発表ドラゴンが隣にいたから。惣菜発表ドラゴンが、隣で、惣菜の名前を鳴いていたから。
「素うどん!」
素うどんじゃないよ。それ、納豆うどんだよ。思いながら、伝えない。出会った日からドラゴンは「素うどん」と鳴くことが増えた。今は、「素うどん」とばかり鳴いている。「素うどん」がいつしか、私にとって、新しい朝がやってくる約束のようになっていた。
「素うどん、食べようね」
応える。
いつか、ドラゴンはわたしの元を離れるかもしれない。新しい惣菜を求めて、旅立つかもしれない。それまでは、どうか。惣菜じゃない、ありきたりな「素うどん」という呪文が、私とドラゴンを繋ぐ絆でありますように。