まーそんでも鼻つまんでよりマシな糞に入れるしかないんじゃない。
俺たち未だ嘗て民主制もったことないんだし(ちゃんとした民主制の国では供託金が日本より二桁ぐらい低いらしいですな)、糞みたいな世襲権力者、専業政治屋しか居ないのはしゃーない。
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「鼻をつまんで一票」の次の景色が見てみたい 政治や社会変えるため
北原みのり
昨年の衆院選で、人生で初めて棄権しました。「主権者はあなた」。もちろん分かっていますし、選挙が大事だと、人一倍思ってきました。それでも、投票できなかったんです。
私のフェミニズムへの入り口は、女性参政権獲得のために闘った市川房枝さんの存在です。女性参政権の歴史、女性が選挙権を持つことの意味、そして一票の重み――。そうしたことをいつも考え、真面目に投票してきました。候補者の応援演説に立ったこともあります。2014年にわいせつ物陳列容疑で逮捕された時、警察で最初に言った言葉は「選挙、行けますか?」でした。その翌週が衆院選の投開票日だったんです。それくらい、選挙を大切に思ってきました。
ですが、政治に関わり、色々な政党の女性候補と接し、気付いたんです。選挙区をたらい回しにされる。比例名簿の順位で男性が優先される。新顔の女性候補は「フレッシュ」な若い女性が歓迎される。当選して議員になっても「じっくり育てよう」という雰囲気なんてなく、女性議員は男性議員の顔色をうかがい、びくびくしている。一方で、女性のためのことなんて何もせず、むしろ冷たかった女性候補が、さもこれまで女性のために働いてきたかのように選挙でアピールする。本当に女性のことを考えてきた女性候補が、まるでDV被害に遭っているように見えました。
そんな政党に、期待なんてできるのか。女性候補も、女性票も、使い捨てにするだけなんじゃないか。生活とは関係ないイデオロギー対立の道具にしているだけなんじゃないか。こんな思いが積もっていた昨年の東京都知事選で、誰に入れるか決めかねたまま、投票所の記載台で目をつむって考えました。どれくらい時間がかかったでしょうか。私は白票を投じました。衆院選では、投票所に行きませんでした。
批判はあるでしょう。「鼻をつまんで投票するのが選挙だ」「ベターな方を選ぶんだ」――。もちろん分かっています。そうやって我慢して、何度も投票してきたのが私なんですから。でもあの時は、自分が感じてきた政党への怒りや女性候補への思いにふたをして、本当は入れたくない候補者に投票したら、自分の尊厳が踏みにじられると感じたんです。自分を守るためでした。決して選挙を軽んじたわけではなく、むしろ、その重みに耐えられなくなったのでしょう。
これは選挙だけの話ではありません。この社会は政党も、メディアも、企業も、都合のいい時にうわべだけ女性やマイノリティーを利用しています。
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