icon

おはようございます☂️
アスファルトは雨で黒く濡れていますが、遠くには青空が。今日は晴れたり曇ったりまた雨が降ったりと、めまぐるしいお天気になるとか。
面倒だけど傘🌂を持ち歩かなきゃ。いっそ時代劇みたいな笠が流行れば、傘はいらないのに。ダメ?
編笠じゃなくて撥水する軽い素材で、荷物が濡れないようもっと大きく。うーん、キノコ🍄みたいでカッコ悪いですね

icon

ガラケーはよかった、という声をたまに聞きますが、私はまだiPhoneが上陸する前から子供騙しな感じがして嫌いでした。iPhone 3を手に入れたときは「ユビキタスってこういうことだよね」としみじみ思ったものです。今やユビキタスも当たり前過ぎて死語(?)ですけど。

icon

あっ、iPhone 3じゃなくてiPhone 4でした

icon

iPhone → iPhone 3G → iPhone 3GS → iPhone 4でしたっけ。iPhone 3なんて機種はありませんでしたね。書いててなんかおかしいなーと感じてました。

icon

ガラケーって閉じられた空間でちまちまやってる印象で、その閉鎖的な感じが嫌いでした。だから後にガラパゴスって呼ばれるようになって、言い得て妙だなーと。不自由な中でいかに楽しむか、みたいな要素があって、それが面白いと思うこともありましたし、日本人ってこういうのわりと好きですよね。

icon

不自由な中でいかに楽しむか、という意味では、古いPCやUSBメモリにLinux入れて動かすのもそういうものかなと思ってみたり。もちろん、確固たる意志を持って選ぶ人も多いでしょうけど。最近Linuxに触れなくなったのは、iPhoneが便利になり過ぎて、不自由さを楽しむことさえ億劫になったから、かも。もともと私は長いものに巻かれるのを厭うタイプで、表通りを歩くより抜け道を見つけて悦に入る性分ですが、こんなに便利なら長いものに巻かれちゃえ、みたいな。

icon

誤解がないように書いておくと、これまでに試したLinuxの多くのディストリビューションは、Windowsより快適で好きです。折に触れて自助というか、自己研鑽しなきゃダメですけど。

icon

ガラケー嫌いって書きましたが、モノとしてはわりと愛着がありました。自分のトゥートを読み返してみて、嫌いだったのはガラケーそのものより、iモードとそれを取り巻くエコシステムだったんだなーと気づきました。
愛着といえば、iPhone 4から5まではアーティファクト感があって持つ喜びがありましたが、近頃のiPhoneは単なる道具に成り下がったなーと思わなくもありません。